【悪役令嬢がリメイク版で敵側のヒロインに昇格したのに、恋愛どころじゃないんですけど!/107話】


「――気持ち悪いッ……! 不快でしかないですわっ!」



 そう叫んで飛び起きたときには、わたくしは自室のベッドにいた。



 魔王様のお膝の上ではなかったようだ。そして――……視界の隅で、緑色の何かが動く。


「…………元気そうですね。むしろ急に叫ぶので、こっちがびっくりしました」

 読んでいた本を閉じ、ほっとした様子でセレスくんが話しかけてきた。


 いつの間にか、魔界にセレスくんが……どうやらわたくしの様子を診にきてくれたようだ。



「あっ、セレスくん……! あの、そうだ、いろいろ言わなくてはいけないことが一杯あって、でもまず……お手洗い……は、なんか限界でもないっぽい……ですわね」


 自分のお腹をさすってみるが、まあとりあえず行っておくか程度の感じしかしない。


 状況を飲み込めないセレスくんは、よく分からないといった顔をして首をかしげた。


「リリー様は、私が来てから多分半日以上寝ていましたよ。寝始めて一日は経ってないみたいですけど……」

「あら? その程度なのですか……一日以上経ったのかと思っていました」


 寝すぎたせいで身体の節々がこり固まって痛むけど、元気なわけだ。


「……あれっ? リリー様、なんか……精神、治ってますね?」

 セレスくんがわたくしの顔というか胸というか、とりあえず上半身のあたりをじっと眺めながら驚いている。その辺に、精神が入っているのだろうか。


「そうだわ、詳しい話をしなくちゃ……! セレスくん、魔王様の前に皆さんを集めておいてくださいな。わたくしも身支度したら向かいます」


「それはいいのですけど……レト様とノヴァさんとジャンニさんは魔界にいませんよ。いるのは錬金術師と私だけです」



「……何しに、というのは……戦闘特化メンバー編成で聞いても仕方ありませんわね……早く行かないと……レト王子を説得しなくては!」


 ベッドから出ようとしたが、立ちくらみのような症状が出て、わたくしはその場にへたり込む。かろうじて倒れなかったのは、セレスくんが慌てて肩を支えてくれたからだ。


「ダメですよ、リリー様は精神も体調もかなり疲弊しているんです。水も食事も摂っていないし、動けるわけがありません。通常と同じように行動するにはもう少し休まないと――」


「それでは遅すぎるのです! セレスくん、エリクを呼んで、一番良い薬剤(ポーション)と……わたくしを支えて歩いてください。なんとしてもレト王子とヘリオス王子の間に入らないと、家族で殺し合ってしまうかもしれないのです! もしかすると!」


「……大丈夫か大丈夫じゃないのか分かりませんが、体調の回復は必須なので呼んできますね」


 わたくしの剣幕に押され、セレスくんはこくりと頷き、急いでエリクの元へと向かってくれた。

 時計は……午後二時である。あした、って言ってたけど……。



「――そもそも明日っていつよ!! 日時を言いなさいよ!」

 寝て元に戻る間に日時またいでたらどうするんだ。



 ラズールの森なんていつも通ってるところだし、気配が分かるもんなら――……。



「ああ……なんとなく、レト王子が彼らを連れて行った理由が分かりましたわ……」



 確かこの間、ラズールの森でレト王子は魔方陣を張っているときに何かを感じて振り返った。


 何事もなかったと言っていたが、もし彼の気配を知ってか知らずか……感じ取っていたのを黙っていたら?


 そして、ジャンは妙に敵の気配に敏感であるし、気配を殺して近づくことも出来るし、森の中でも機動力の高さがすごい。



 耳の良さと防御力の高さならノヴァさんの右に出る人はいない。




 レト王子はつまり、持てる力を動員して……ヘリオス王子絶対殺すマンと化しているのだ。



 着替えながらそう考察してみるが、頭からスポッと着替えればいいタイプの服でさえ着るのに難儀する体調不良。


 部屋の戸が叩かれているのだが、ちょっと待ってと言って戸口で待たせている。


「人を呼びつけておいて何してんの? 早くしてよ」

 エリクの声が戸口で聞こえた。


「着替えですのよ! 着替えるのにも大変で、下着丸見えの状態のまま男の人にどうぞなんて言えるわけありませんわ!」


「……リリーさんの下着姿に興味ないから、ここで五分無駄にするより十秒で終わらせるため、入って良いよね」


「だ、だめー! 絶対だめっ……きゃああ!! やだ、ダメって言って、あ……」

 エリクがずかずかと入ってきて、抵抗をしようとするわたくしを後ろから羽交い締めにして立ち上がらせると、セレスくんが顔を赤くしながら服の裾を持って、すみませんと何度も謝りながら顔を背けてチュニックを胸元から膝下におろす。


「はい終わり。これ飲んで」

 わたくしの口にポーションを押し込み、それを飲んでいる間、二人がかりで靴下とブーツまで履かせてくれた。


「んぐ……っ……ぷはっ……横暴は不問にしておきますわね」

 薬の味が強いけど、ポーション飲んだら随分元気になれた気がする。


……というか、めちゃくちゃ元気になった。身体の細胞が活性化してる的な……すごく気分も良いし。


「これ、随分効くのですけど……何なのかしら。危ない薬?」


 まじまじと空になった薬瓶を見ていると、そんなわけないでしょとわたくしの手から瓶を取り去り、キャップをして再び鞄にしまった。



万能の霊薬(エリクシル)の試作品です。その様子から見ると思った以上に効果があったようですね」

「あなたが……作ったのですか?」

「そうですけど? ほかに誰か作れるわけ?」

 なんと。そんなすごいものまで作ってるのか。


 ゲーム内の合成レシピでは作れなくて、宝箱から入手するようなものじゃなかったかしら。


 やはりこの男は天才だ。名前に霊薬の一部がついてるだけあって、彼は錬金術発展のために生まれたのだ。


「天才かな……」

「この環境のおかげです。地上ではまだ作れなかったでしょうね」

 それでも褒められたことに気を良くしたのか、ふっと得意げに笑って、もう歩けますかね、と一応聞いてくれる。


「ええ、そうだったわ、立ち話してる場合じゃありません。魔王様!」







 わたくしは急いで魔王様の元へと向かうと、挨拶もそこそこにラズールに転送して欲しいとお願いする。


「理由は後ほどお話しいたします。ただ、早く行かなければ……レト王子とヘリオス王子が、争うことに……!」



 魔王様はなぜか暢気にラズールのおしゃれなお店が特集されている情報誌などを読んでいたが、わたくしが元に戻っているのは分かったようだ。ていうかその雑誌、誰が買ってきたんだ。


「……レトゥハルトがラズールに向かったとして、ヘリオスがそこにいるのかい?」

「わたくしは彼と約束しました。ラズールの森で待っているって。わたくしを解放してくださるときにそう言ったのです。レト王子はラズールに向かっていないのなら……それで、まだいいのですが……とにかく、行かないと」


「リリちゃんは目覚めぬまま死んでしまうかもしれなかったんだよ……魔界にとっても、我々にとっても大事な存在なのに。個人的な理由で能力と君を利用するヘリオスに、レトゥハルトが怒るのは当たり前でしょう」


「……それは、ありがたいのですが今……レト王子に剣を抜かせるわけにはまいりません」

「君は、自分に危害を加えた相手まで許すつもりなのかな? こんな国であっても、我々に歯向かったなら罰は必要だ。それについては分かるね?」

「…………はい」

「なのに、向かおうと言うんだね」

 こくりと頷くと、魔王様はやれやれと情報誌を閉じて、ベッドから立ち上がった。


「リリちゃん、鞄は持ったかな」

「え、ええ……エリクに持って貰って……」

 鞄が何か必要なのだろうか。とりあえず素直に返事をしたら、魔王様はうんうんと微笑んだ。


「それじゃ、ラズール行こうか。こうなった以上、リリちゃんには最後までとことん付き合って貰おう……とりあえず、どうすればいいの? 森に行きたいの? レトゥハルトに会う方が先?」

「――……え、えぇと……レト王子にじゃあ……」




「はいはい……リリちゃん、この()()()()()()()()()()()()



 気安く返事をしていた魔王様が『貸し』のところを強調され、わたくしはただならぬ事を感じたのだが……この条件をのまないわけに行かぬ状況であることを認識する。


 先程偉そうにヘリオス王子に堕ちるにはただ一回やれば良いだのと御託を並べていたが、前提条件を出されて頷いたら後戻りできなくなってるって……わたくしにとって今なんじゃないかな。


「ッ……こ、心得ました……」


 もはやどうにでもなれだ。


「よし、それじゃすぐ行くよ」

 おいでおいで、とわたくしたちを手招きすると、魔王様は自分の手を一度叩いた。




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こめんと

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