【悪役令嬢がリメイク版で敵側のヒロインに昇格したのに、恋愛どころじゃないんですけど!/104話】


 

……

…………。





「――あ」

 ぱちん、と目が覚め――いや、現実では寝た? まあ、どっちでもいいか。


 わたくしが今現在いる水のお部屋は夢の中で、わたくしの本来あるべき精神? は、こっち側に引き寄せられている、という状態……って言っていたはず。


 つまり寝ているけれど起きている状態が続いていて、肉体が眠いながらも見聞きしたことも把握できた。


――レト王子……。よく『ヘリオス』と言ったことだけでそこまで気づいてくださいました……! しかも、魔王様にまでお見せいただいて……。




 信じて待っててなんて物語みたいなこと言われてしまうと……。


 別に良いけど、女の子あんまり待たせないでねというツンデレスタイルで待たせていただこう。

 自惚れかもしれませんが、わたくしとあなたは強い信頼で繋がっていると思って良いですわよね……?



「――クソ……! 余計なものを……!」

 わたくしがここまで名推理をしたレト王子にきゅんきゅんして、好感度爆上げしていたのがバレたのだろうか。真向かいに座っていたヘリオス王子が毒づいた。


「王族がクソとか言ってはいけませんわ」

「うるさい! リリーティアのせいでレトゥハルトにも魔王にも見つかったじゃないか! こうなったのは誰のせいだと思っているの?!」


「――間違いなく、あなたのせいじゃありませんか。独善的にわたくしを利用しようとするからです。身から出た錆というのですわ。そういえば、時間を計測してくださったのではなくて? わたくしどれくらい起きていたのかしら」


「うるさい!!」

「あら怖い……」

 ざまぁ顔でそんなこと言っちゃっているわたくしだが、これはレト王子の勘が良すぎただけであり、わたくしの手柄というわけではない。


 しかし……仮にレト王子がわたくしのように囚われの身になっている側だったとしたら……。


 必死にメッセージを送ってわたくしへ必死に訴えたとしても、こんな感じで導き出せたか自信が無い。



……あの頭に入ってくるような変な感じ、アレは怖いからもうやらないで欲しいのだが……そういう能力だったのか。



 今なら分かる。


 わたくしがここでヘリオス王子にされたのも同じだ。アレを彼に……されていたのだ。




 どーでもいいけど、ヴィレン家の人たち全員に覗かれているわたくしの精神だか心はもう傷だらけですわよ。


 して良いものじゃないとか言ってたくせに、結局一族みんなでわたくしに恐ろしい思いをさせやがって……。


 表に出てる『眠い』が鳴き声みたいな抜け殻っぽいはずのわたくしが、あんなに震えているのだ。覗きはもはやプライバシーの侵害を通り越した看過できない問題だ。


 っていうかわたくしの抜け殻は今魔界で寝てるにしても、どうなっているの?!



 わたくし、ちゃんと女の子の体つきしてる15才の女の子ですよ。


 年齢一ケタの子供じゃないんだぞ。それをだ、レト王子は荷物のように担いで、魔王様は膝の上に両手で抱えて、頭撫でたりして……しかもそのまま寝落ちしてるっぽいって事は、わたくし魔王様の腕の中で爆睡……!!



 目覚めたら魔王様と一緒のお布団とかだったらどうしよう!!



 リリちゃんなら俺の横で寝てるよ状態じゃないですか……。そのままの意味だけど……。

 目を開けたらあの美形が飛び込んでくる、って事では……。



『リリちゃん、おはよう……よく寝ていたねぇ』

 とか言って、周りがキラキラーーって輝いてるわけか?

 魔王様がわたくしの髪を撫でて、そのまま頬に指を滑らせて……微笑まれる……。


 うわあああ……まぶしくて目がやられる! つらい……! 妄想上でも魔王様が美形過ぎて罪だ!


 そしてレト王子も充分罪深い顔だ。もはや咎人。

 わたくしの中身を無理矢理覗いたのも罪だから重罪人である。


……怖かったけど、いつもと違うレト王子も、なんかかっこよかったような……



「リリーティア、何がそんなにおかしいのさ」

 その咎人の弟も、わたくしの心を奪うという物理的……いや、心理的? とにかく、真の意味で今回の騒動を引き起こし、こいつもまたわたくしを覗いたアヤマチのある人だ。


「んんっ……、なんでもございませんわ……」

 まさか、魔王様との乙女妄想でニヤニヤし(てしまっ)てた……とは口が裂けても言えまい。


 こんなものを誰かに見られたら、見た奴を道連れにして自分も倒れる覚悟である。




「――そういえば。あなたはいつ、わたくしとお話しし始めたのかしら」

「……それって質問?」

「ただの思い出話です。質問ではありませんわ」

 そうそう何か聞くたびに質問だと言われて鎖を巻かれては困る。


 あと何回耐えられるのかも分からないんだから、聞く必要の無いことは聞きたくないし……少しでも時間稼ぎや、ヒントとなるようなものを引き出したい。



「……リリーティアが8歳になったときが初めてだよ」

 もしかすると話してもらえないかもしれないと思ったが、彼は昔を懐かしむように、それでいて治りかけの傷口に触れるように、ささやくような小さな声音で教えてくれた。



「ボクは……魔界から出てきたばかりで、人間世界のことをよく知らなかった。道を歩いていた人は、ボクの目の色を見ただけですごい悲鳴を上げた。魔族だと石を投げられたり、捕まえろって追いかけてくるんだよ。すごい剣幕で何人もの人に追いかけられて、きっと……捕まったらいっぱい叩かれて、殺されてしまう、って思ったから逃げ回ってた……初めて見た人間が怖くてしょうがなかった。でもね、なんとか逃げおおせて、人がいないところを探そうって歩き回っていたら……屋敷の庭で遊んでいる君を見かけた。そのとき、とても……言い知れぬ安堵感と、味わったことのない畏怖がこみ上げてきた。この子はほかの人間とは違う。君なら、きっと……ボクを……救ってくれると、なぜだかそう感じたんだ」


 自分の胸に手を置いて、少しばかり恍惚の顔をしつつ、ヘリオス王子はわたくしとの出会いを語る。


「わたくしが……【魔導の娘】であるという事を知っていたからでは?」

「まさか。そんなこと全然知らなかったよ。またリリーティアを見かけてから一生懸命精神接続(コネクト)を試みつつ、繋がりかけたとき漏れ聞こえる会話などから、断片的な情報を得ていったんだ。ボクのことを忘れていること・リリーティアの記憶が無いこと、そして【魔導の娘】という特殊な存在であること……」


 漏れ聞こえる会話……ラジオとか電話みたいに、姿は見えないけど内容だけは把握できたとかなのかしら。


 だけど、とさらにヘリオス王子は言葉を続け、にこりと微笑んだ。


「リリーティアが結果的に【魔導の娘】だから気になったのかは分からないけどね、それを理解する前から君と一緒にいたいと思っていたのは本当さ。信じておくれ」



 ね、と言ってわたくしに切ないような視線を向けてくる。




 うーん、なんつーか……【魔導の娘】補正すごい。




 一目見ただけのくせに、レト王子にもヘリオス王子にも、恐ろしいまでの好感度を与えているのだが……。



 んでもって、隠しパラメータ(だと勝手にわたくしが思っている)病み値のほうは軽減できず、こっちもぐんぐんアップしてる気がするんですけど……ゲームバランスがおかしいんじゃないのか? 世界を救う戦乙女アリアンヌ様のほうはどうなってんの?



 あいつがにっこり微笑んで『きゃっ、クリフォードさまったら(はーと)』とかやったら好感度爆上げで即落ちとかできないの? 出来てないから婚約破棄が起こってないのかしら……?


 ま、まあ、アリアンヌのことはいい。


 今の話からだと、リリーティア・ローレンシュタインは記憶をなくす前――……つまりわたくしが成り代わる前・その後も関係なく、生まれつき【魔導の娘】たる素質が備わっていたわけだ。


 もしかして突然変異しちゃったのかと心配したが、そんなことないわけだ。ああ、良かった……!


 で、ヘリオス王子も、ほかの魔族達と同じく地上に逃げてきたのに、しょっぱなからとんでもない苦労をされていたようである。



「――それで……わたくしたちが初めて言葉を交わしたとき、いったいどのような会話をしたのでしょう?」


「助けて……って、言ったんだ。屋敷の柵の向こうから、君に……」

「いろいろ直接的ですのね」


「ああ、そうだとも。すると、君はなんて言ったと思う? 『よろしくてよ。助けるかわりに、わたくしの下僕に成り下がりなさい』って言ってたよ。しかも、頷いたらオホホとか笑ってそのままどこかに行っちゃって、戻ってこなかったんだ。ボクは本気で助けて欲しかったのに、笑ってるなんて最低だよね」


「……返す言葉もございませんわね……それで、下僕が友達にクラスアップしたのはどうしてかしら」


「次に会ったとき文句言ったのさ。下僕になったのに助けてくれなくて無視してひどい、って……そうしたら『下僕の分際でこのわたくしと対等に口をきこうなどとは腹立たしいので、しょうがないからお友達にしてあげますわ』だったと思う……内容はともかく、リリーティアとお話しするのは嬉しかったから……それでもよかった」



 まじかよリリーティア最低。



 8歳でそんな恐ろしい言葉が出てくるなんて……というか、そんなこと言われてヘリオス王子良くお友達続けてこられたな……。


 一応、下僕からお友達へのランクアップは一回で行われたようだけど……それがホントに良かったのか、なんてわからない。



 なんか、出会わない方が互いに幸せだった気もするけど。



……っていうかそれでも『お話しするの嬉しかった』って、そんな……ああ、どうしよう……実はこの人すごく素直な子だったんじゃないの?



 頼るべきは精霊達とスライムという過酷な環境で、まっしろ純粋に育ってしまったのがレト王子であり……人間世界とリリーティアのヒドさに染まってずる賢くなったのがヘリオス王子なのではないかしら……。



「それから何度も屋敷に会いに行ったけど、小汚くて得体の知れない小僧が、貴族の一人娘に会わせてもらえるわけないから、幽霊みたいにリリーティアの夢に出るばっかりだった。この部屋、ずっと昔からこうなんだよ。リリーティアがああしてほしい、こうしてほしい……って言うから、要望通りにしたら水が多くなったの。綺麗だ、落ち着く……って褒めてくれた。嬉しいよ」

「……」


 そんな顔をしていれば、本当に優しい人っぽいのに。


 彼はずっと一人、会話を楽しみにしながらこの部屋で……いつ繋がるとも分からない、中身の変わってしまったお友達(リリーティア)を待っていたのだろうか……。



「記憶をなくしたわたくしが、レト王子とご一緒に行動しているのをいつ知ったのです?」

「……それ、質問として聞くなら教えるけれども」

「……仕方ありませんわね」


 すると、彼は意外そうに顔をこちらに向ける。


「あんなに嫌がっていたのに、いいのかい?」

「あら、わたくしたちの間柄を聞くのだから必要なことでしょう」


「…………」

 彼は鎖を用意し、わたくしに向けたが……それを放り投げず『ラズールで見た』と答えた。


「リリーティアがおかしくなったから、違う場所に移送されたってらしいって、門番達が話してたんだ……。その頃、ボクとリリーティアはどういうわけか精神接続ができなくなっていて、精神の残滓を追ってもどこに行ったのかも掴めなかったのさ。まさか死んじゃったのかと思ってしまったけど、ボクにも……よく分からないけど……そうじゃないって、感覚で分かって……。半年以上フォールズ国内を探し回った後、ラズールで――……やっと見つけた。君を見つけたとき、ボクがどれだけ嬉しかったか、きっと君には分からないだろうね。声をかけようとしたら横に会いたくない奴まで一緒で……目の前が真っ暗になった。また、あいつらはボクから大事な人を奪ってしまう気なんだ、って」


 話しながら、さっきまで穏やかだった彼の顔には、消えない怒りと憎しみが満ちていくかのようにきついものに変わっていく。



 イケメンも怒ると修羅の者みたいな顔になるのね。



 以前、わたくしは幼い子供がいつまでも恨みを抱えて生きていくことなんか出来ないんじゃないかって思っていた。




 でも、それを忘れかけたとき、もしまた目の前に現れたら。



 思い出したくもないから封じていた箱の蓋を、無理矢理こじ開けられてしまったら?




――許したくは……なくなった、のだろう。



「……これも、質問なのですが……」

「……なに」


 あ、答えてくれるみたいだ。




「……あなたが成し遂げようとしているのは、結局わたくしを使って魔王様とレト王子に深い傷を残すこと……つまり、お母様の復讐。そのためなら、わたくしを――殺してしまうことになっても、仕方が無いと思っているのではないかしら」


 すると、ヘリオス王子は悲しげに眉を寄せ、首を横に力なく振った後……。

「それは、違うよ……」


 と弱々しく呟いた。あら、わたくしの思い違いだったかしらね。



「君を失ったら、あいつらは確かに胸の痛みを覚えるだろうね。でも、そんなのは数年の間だけじゃないか。そんなの全く意味が無いんだ……君が生きていてくれなきゃ、だめなのさ」



 そう言って、先程の鎖をわたくしの前へと持ち出した。


「生きて、その口で……自分を助けてくれなかった、許しはしないって……あいつらを非難してくれないと困るんだ」




……思い違いの方がまだ良かったかもしれない。



 床に落とされた鎖は、蛇のようにうねうねと這って進んで……わたくしの足首に巻き付いた。


「レト王子達を許すかどうかの前に、わたくしはあなたを恨むかもしれませんわね」

「そうなっても構わないよ……恨もうがどうしようが、リリーティアはボクを必要とするんだから。共に依存しながら生きていこうじゃないか」




 やっぱり、この兄弟はいろいろ重たい。


 そう辟易したところで、ぱちん、と三つ目の錠がかかった。




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こめんと

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