【悪役令嬢がリメイク版で敵側のヒロインに昇格したのに、恋愛どころじゃないんですけど!/103話】


 結局、父上に会いに行こうとレト王子は言い出した。


 犬猫が動物病院に連行される時を察知したかのように……ベッドにしがみついて『絶対嫌だ』『行かない』『無理矢理連れて行くなら、レト王子から口で言えないひどいことをされたと騒いでやる』……と、脅迫まで持ち出し最大限の抵抗をした(つもりの)わたくしだったのだが、そんなのあっちで好きにすれば良いと言い放ったレト王子の腕力には勝てず、最終的には(というよりも実にあっけなく)肩に荷物でも担ぐ時のような体勢で……魔王様の居室に連行された。



 しかもこの騒ぎに、ほかの皆様――リモート接続でセレスくんまで呼びだされた。


 レト王子が『リリーの精神(なかみ)がない』と魔王様に告げただけで、魔王様も一瞬驚いた顔をされたものの……わたくしをレト王子から受け取り、またあの覗き見をされた。


 しかし、魔王様はレト王子のようにわたくしを押さえつけたりはしない。

 膝の上にのせた後に見つめ合うだけで……金縛りに遭った。


「はーい、リリちゃん良い子にしてね~……」

 返事も出来ないし、うめき声すら出ない。これは効率がいい……じゃなくて、逆になんか合理的で怖い。


「あ、ちょっと傷ついてる……」

「申し訳ございません……」


 頭の中を探られている(ような感じ)を再び受けることになっているのだが、レト王子の時より長く、しっかり見られている気がする。傷って何よ! どこよ! レト王子もなんでわたくしの……何かに傷を付けたんだ!


 こうスマートな作業ではあるが、やっぱり筆舌に尽くしがたい嫌悪は感じるので、全てが終わったらしい後も震えと涙が止まらなかった。


「う……、うあぁ、っ……身体の中が……きもち、わる……いぃ……」

 自らの身体を抱きしめたまま、わたくしはまだ身体に残った感覚に苛まれていた。


 うっかりすると泣きながら寝てしまいそうになる……というよく分からん状態なのに『寝ちゃダメだよ』と言われて、魔王様に魔法か何かで揺り起こされるのだ。拷問だ。


「……ふむ」

 真っ青になって震え、時折身をよじって苦痛に耐える……という恐慌状態に近いわたくしを、あやすように膝上に乗せたまま……魔王様は、これは大変だなあと息を吐いた。


「リリちゃん、君はもう誰かに精神を触られて、おかしくなりかけている」

「レッ、レトおうじ、と……魔王、様がっ……、わたくしをぐちゃぐちゃにして……」

 誰のせいだよ! という静かな怒りを乗せたまま、魔王様とレト王子を睨んだ。


「いや、まあ……外殻を触っただけなんだけど……在るはずの場所になくて、繋がってないんだよ、リリちゃんの精神」

「つっ……繋がってても、わたしのなかっ、多分、見ようとし……レトおう、じぃ、押さえつけて、あたまがっ、ざらっとして……ううっ……」

「ごめんよ、レトゥハルトはそういうことが初めてだったんだ。リリちゃんに随分怖い思いをさせたね」


 ショックが収まらず言葉を途切れさせつつもひどいと訴え、涙を流し続けるわたくしに、ごめんねとレト王子と魔王様が謝ってくれるのだが、なんだったらそのときの記憶を消して、不快感を取り除いてくれたら良いのに……。


「なか、傷、ついてるって……」

「ごめん、俺もやったことないから……うまくできなくて……」

 そのうちちゃんと綺麗に治るからと言うのだが、彼自身も自信が無いようで、多分、と付け加えている。


「……あの、これは本当に健全……な話をしているのでしょうか……?」

「おれに聞くなよ。あいつらが目を見ただけで何やってるかなんて分かんねぇよ」


 ノヴァさんがぴんとしていたはずの耳をへなへなと垂らし、ジャンへと尋ねるのだが……ジャンだってどうなっているかいまいちわかっていないらしい。


 実際わたくしにだって、何が起こっているのか分からないのだ。


 説明しようにも、感覚的なところしかないので的確な言葉が見つからない。


 宇宙人に拉致されて人体改造される方が、納得できるかどうかは別として……よほどきちんとした説明が出来そうだ。


『リリー様の様子は、私にもここからじゃどうなっているか分かりません……やはり近くじゃないとダメみたいです』


 セレスくんも申し訳なさそうにわたくしを見るのだが、ああ、もう、みんなそんな哀れで痛々しいものを見るかのようにわたくしを見ないで……いったいわたくしがなにをしたというの……?


 あんなに頭がごちゃごちゃになって、不快感でおかしくなりそうだったのに、あれが身体の中での外側 (すでにもう分からない)……での不快感というなら、内側ってのを触られたらどうなっているのか。


 そもそも魔王様達はわたくしの精神を、ご自身のどんなもので触っているの? 精神? 魔力? それとも別のもの? ああ、どれだとしても……聞くのは怖いし、他者の何かが内部に探りを入れてきた、なんて……怖いよぅ……感覚的にお嫁に行けないよぉ……。


「そうだなあ……普通は身体の中に、心と脳に繋がっている精神っていう霊的な……目に見えない部分が入っているんだけど……そこがね、今のリリちゃんにはないんだ。切れた部分には、僅かに別の力の残滓があって、そいつが取っていったって感じが……一番言い方としてはしっくりくるのかな」


「別の……じゃあ、わたくしの心は何者かに盗まれてしまった?」

「そんな感じかな」


 そんな名言になるようなものを盗む怪盗がこの世界にいるのか? あの怪盗一味はピュアラバのコラボキャラなのか?



 んん……。考え事をしようと思うと、ぼーっとして眠くなってくる……。



「あー、だめだよ寝ないでね」

「うわわ……」


 目を閉じかけたわたくしに、再び魔王様が何らかの魔法をかける。


 その途端に眠気は覚めるのだから、多分眠気覚ましの魔法だ。


「普通は一回かけたら、一日じゅう起きていられるはずなんだけどねえ……リリちゃんが眠たがっているわけじゃなく、そうさせられているのかな」


「……誰が、いったいこんな……リリーがずっと眠ったりおかしくなったのは、先日帰ってきてからだ……まさか、あの男……」


 あの男といったのはマクシミリアンだと思うが……。


「……たぶん……マクシミリアンは、魔法を別段得意としていなかったような……気がします……だから、レト王子に気づかれぬよう……魔法をかけるなんて……無理では? ああ、ねむ……」


「なんで魔法かけてすぐ眠くなるんだよ。ぶったたけば直るんじゃねーか?」

 若干いらつき始めたのか、ジャンが壊れかけた家電製品の応急処置みたいな方法を言い始めた。やめて……あんたがいうと本当にしか聞こえないよ。


「しかし、魔界以外でほぼ誰かと共に行動している状態のリリーさんが、誰かに何かをされるというのは……考えづらいことではありますね」


 エリクがそう意見をすると、一同の顔を見渡し……最後にレト王子のところで止まる。


「錬金術で人の心をどうにかするのは分野が違います。セレス、レト王子。こういった魔法や特技は、どれほどの難易度なのでしょうか」


『……聖なる魔法などは、痛みを忘れさせる・幻覚を消す……ということは可能ですけど、人心の把握は教義による上書き……あまり使いたくない言葉ですが、洗脳という状態になるかと』


「洗脳ねえ。確かに教会は得意でしょう」

『誤解があってはいけませんが、教会とて人を強制的に惑わすような行為は禁じられています』


 セレスくんがムッとしたようにエリクと話しているが、レト王子がぽつりと呟く。


「……心を奪う、という特技がないわけじゃない……」

「特技なのか魔術なのか、もっと別の体系なのかは分かりませんが……できる、と?」


 ノヴァさんの控えめな問いに、沈痛な表情でレト王子は頷いた。


「人の奥底に入り込んで、傷を付けずに精神を奪うなんて……そうそう出来る技じゃない。急に精神に作用する術を使われても、リリーは精神抵抗(レジスト)ができる。見えない場所から魔法をかけられても、精霊がついているんだ。危害を加えられそうなら守ってくれるはず。でも、精霊もそんな奴はいなかったって」


 そうか。外敵からの攻撃があったなら、精霊さんはわたくしを守ってくださるのね……いつもほったらかしでごめんなさい。ありがとう……。


「じゃあ、レトや魔王がやったように目をのぞき込んでもこいつは抵抗できるんじゃないのか?」

「これは術じゃないし、直接()()()から抵抗できない」


 真顔でレト王子は説明した……し、魔王様も表情を変えなかった……のだが。



――何を入れてるんだ。



 多分みんなが思ったんだろうけど、誰しも口には出さなかった。

 結局あの感覚は間違ってないわけで、目に見えないのに何かされてるって……すごい怖いじゃない。


 この世には知ってはいけない事って絶対ある。これが多分それだ。



「それで、こういった外的要因じゃないなら睡眠中の無防備な状態で接近した……そう考えられるんだ。いや、そうとしか思えない。例えば――……夢の中で何かされた。夢魔かなとも思ったけど、心を『奪う』にしても『意のままに操る』という感じになるはずだから、違う」



――夢。



「……でも、わたくし最近自分で夢を見ていたかよく分かりませんの。覚えていなくて……」


「あんた、この間……ラズールから早々に引き上げたとき、そのまま寝てただろ。すごい悲鳴上げて飛び起きて、自分でも『怖い夢を見た気がする』ってなことを言ってたぜ」


 ジャンがそう指摘し、わたくしもいわれてみればと思い出す。


「そう、です……確かそんなやりとりをいたしました。でも、そういえば少し前にも何か……よく分からないまま目覚めたり、怖かったってだけで何も……」


「夢の中か……」

 魔王様とレト王子が互いに目配せし合い、頷いている。


 なによ、何か知っているっていうの?


「……リリー」

「な、なんです? もうアレは嫌ですわよ!」

「アレはもうする必要が無いから……――さっき、ヘリオスの事を聞いたよね。なんとなく思い出したって」


「ええ……本当に、なんとなく名前が浮かんで……」

 すると、レト王子はそこだ、と声の調子をほんの少しだけ鋭くした。


「リリーは『なんとなく』気になったからって、理由無くデリケートな話を聞きたがったりはしないだろう? それに、聞きたかったらもう少し家庭環境がどうだったか知りたいとか、それなりに言い訳だって考えるはずだ。俺がリリーにヘリオスの話をしたのは一年くらい前だった。気を抜くと眠ってしまうと言っている人が思い出すには時間が経ってるし、リリーにはヘリオスの事より先に解決するべき悩みがあったはずだ」


 小説の名探偵みたいなことを言って、レト王子は魔王様の膝に座っているわたくしの横に座る……いや、魔王様の隣に座った、と言えば良いだけかもしれないが、わたくしの顔を見つめながら座っていたので、多分魔王様ではなくわたくしにまだ何か言いたいのだと思う。



「人心掌握の魔術……やろうと思えば片手間できるよ、って前に言ったでしょう? さっき、リリーの目を見たアレは、実はヴィレン家の能力のひとつなんだ。相手の心を奪い、その気になれば支配することだって可能で……リリーは……既にこれをされていたんじゃないか……?」


「全く……覚えが……ないのですが……」

「……今、こうしているリリーが覚えていなくても、一生懸命、俺にヘリオスが関係していると……伝えようとしてくれたんだと思うよ」


 はあ、と自分で生返事をした気がする。

 気がするのは、もう眠くて、あんまり意識がないせいだ……。


「ありがとう、ずいぶんなことをしてしまったから、少し眠っていた方が良いかもしれない」

 誰のせいなんだよ。治んなかったら怒りますよ!


「ごめんね。俺のことを信じて耐えて」

「ふぁい……」


 そうして、うつらうつらしながらも、話を頑張って理解しようとしているわたくしの頬を指で押した……かと思うと、視ているんだろう、と怖い声を出した。


 ただ、落ちていく意識の中で聞いていたから、レト王子がどんな顔をしていたかは分からない。



「――……ヘリオス……お前のこと、許さないからな……!」



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こめんと

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