【悪役令嬢がリメイク版で敵側のヒロインに昇格したのに、恋愛どころじゃないんですけど!/101話】


 あれから数日が経った。



 自分で調合した睡眠導入剤は……割と効き目が強かったらしい。

 毎日、寝ても寝ても足りないというような、慢性的な眠気が続いている。


 おかげでノヴァさんが起こしに来ても起きることもできていないし、みんなとは顔を合わせる時間がずれてきている。


 生活にだらしがないというのは、有効に時間を活用できないんだから由々しき問題だ。


 薬の配合を少し変えた方が良いかもしれない、と思いながら……一人で遅い朝食を摂っていた。



「……今日は、何をしましょう……」


 ああ、薬の調合もするけれど……ううん、なんか……いまいち調子が出ないな……。


 頭に(もや)がかかったように、何を考えてもまとまらないとき……っていうのは確かにある。



 今も割とそんな感じで、紅茶のカフェインで無理矢理頭を起こそうとするのに、カフェインも効いているのかどうなのか……ああ、今日はこれから何をしましょう……これさっきも考えていたような……。


 あと日記も数日忘れてたし……今日もたくさん寝たというのにまだ、眠いわ……。




「――リリー?」

「ひっ!?」

 突然肩を叩かれて、わたくしは飛び上がらんばかりに驚いた。



「わっ? ごめん、食事しながら寝てたのかと思って……そんなに驚かせるつもりはなかったんだ」

 わたくしがびっくりしたのと同じくらいレト王子本人も驚いて、肩を叩いた体勢のままでいる。


「食事を取りながらボーッとしていると、こぼして服を汚しちゃうじゃないか。それに行儀も良くないよ」

「あ……え、ええ。そうですわね……ちょっと、今日の……個人的な用途の調合を考えたりしていていたので……」

 手に持っていたパンを口に押し込み、紅茶で胃の中に流し込むと、ごめんなさいねと微笑んで誤魔化した。




「……なんだか最近……心ここにあらずというか、ボーッとしてる事が増えてる気がするんだけど」

「きっと偶然、そういうときばかり見ているのですわね。でも最近、わたくしはレト王子にご心配ばかりおかけしておりますのね。恥ずかしいです」


 偶然見たんじゃないかと言ったが、これは嘘だ。

 指摘されているように、常にボーッとしている。


「心配かけてるとかそんなこと気にしなくて良いよ。でもさ、俺がリリーの力になれることがあったら、教えて欲しいんだ……最近、リリーは塞ぎ込んでるみたいだし……」


 彼の方が悲しげな顔をして、わたくしをじっと見つめていた。

 こんなに気にかけてくれているなんて……。

 申し訳ないことのはずなのに、なんか嬉しいとも思ってしまってごめんなさい。


「この間から、ずっと……どうしたら良いか考えているんだ。父上にも相談したけど、それはまずリリーが決めることだって。俺もそう思ってはいるけど……でも、リリーがどうしたいかだけでも、はっきりと教えてくれたら……ううん。はっきりじゃなくても、今どう考えているかさえ言ってくれたら、そうしたら――」


「――レト王子」



 わたくしの口からついて出たのは、やけにはっきりとした呼びかけだった。


 彼に賛同するものではなく、彼が言おうとしていることを止めるだけの力を持った、冷たい響き。



 発したわたくしの方が内心驚いていた。



「わたくしのことは、わたくしでなんとかします。ご安心ください」

「なんとか、って……どういう……?」


 当然の問いが返ってきたが、わたくしだって何でそう言っちゃったのか自分に聞いてみたい。


 でも……まるでわたくしがわたくし自身でないかのように振る舞い、ふふっと笑った。


「そのときになったら分かりますわよ。では、失礼」

 レト王子を押し退けるようにして席を立つと、皿を片付けてその場を逃げるように立ち去る。


「リリー……」

 背中に、レト王子の視線を強く感じるのに……振り向くことも出来ない。



 なんで、こんな態度を取ってしまったのだろう?



 レト王子はわたくしを心配して、力になろうとしている……それなのに、その手を振り払うようなことを……。


 どうしたいかなんて、ちゃんと決まっていないのに。





 やっぱり、わたくしはどこかおかしいのかしら?




 おかしいかもしれないと感じると、その不安もこみ上げてくる。

 どうしよう。そうだ魔王様に、ご相談――……だめだ。それだけはだめ。



 え? なんで……だめなの?



 じゃあ誰なら相談していいの? このまま……誰にも言えなかったら、わたくし、どうなってしまうの? というか、自分でなんとかするってレト王子に言い切ってましたわよね……。


 そもそもこんなことで悩んでる場合じゃ……ああ、また思考がぐるぐる、ごちゃごちゃになる。



 わたくし実はお豆腐メンタルだったのかしら……。



 それとも、……眠いせいなら、少し寝れば収まるのかしら。

 調合……も、魔界の環境確認や魔界水の瓶詰め……、今日のうちにやっておきたいことはたくさんある。買ってきた本だって……まだ読んでないのに。



 だけど、ああ……もう、起きたばっかりだというのに、どうしてこんなに眠いのかしら。



 あくびが出ちゃうくらい眠いから……とりあえず先に……寝よう。



 わたくしは再び自室に戻り、着替えもせずにベッドに潜り込むと……すぐにそのまま、機械の電源を落とした時みたいに……意識がストンと落ちた。






……

…………。





 じゃらり。


 鎖の擦れる音で、はっと意識が引き戻される。




 わたくしはまた、薄暗いあの水の部屋にいた。




――そうだ。鎖……椅子と一緒にくくりつけられて、わたくしは……!



「……あ、起きた? っと、起きたというのはおかしいねぇ。実際のリリーティアは眠っているのだものね」


 わたくしの後方で楽しそうに笑う男の声。

 さらっと髪をなでられたので、嫌だと言って首を振った。


「女性へみだりに触れるのはおよしなさい!! わたくしが誰にも助けを求められず、何か考えられないようにしているのはあなたなのでしょう!?」


「そうだけど、そんなに怒らないでほしいよ。ボクは、リリーティアの意識がこの間よりも感じられるようになって、嬉しいんだ。君が眠った事も分かる。起きたことも眠ったこと分かるようになって……もう少し君の質問などに答えていったら、巻き付ける(それ)も増えるし……そうだ、この間の質問って何て言われていたかな……えーと……」


「もう結構です。野蛮なあなたと話すことなんてございませんわ。早くこの縛めを解きなさい……!」


 きつく身体に巻き付いた鎖は、わたくしがお腹を引っ込めようが暴れてみようとも、決して緩むことはない。


「リリーティアったら……」

 そんな猛獣のように暴れるわたくしに苦笑して、青年はもう一本鎖を取り出した。


「結果的にボクは、リリーティアがいつでも会える場所にいてくれるなら良いのさ。もう目を覚まさなくしたほうが良いっていうならそうさせて貰うけれど……そうすれば、リリーティアは魔界で困ることもないだろうし、家に戻ることもないじゃない? ボクもリリーティアも幸せに暮らせるし……何より、あいつらが絶望するのが一番見たいなあ」


「――……なるほど。どうにも最近いろいろと調子がおかしいと思っていましたが……起きているときの意識を徐々に緩慢にさせていき、わたくし本来の意識をこちらに引いていると……こういうことだったのですわね」


「そうだよ。察しが良いなあ。少し強制的に反転させているから、リリーティアがこちらで抵抗していけばいくほど、向こうでの君はおかしくなっていくのさ。こっち側で向こうでのことを思い出せても、こっちで見聞きしていることは、起きて何一つ思い出せない。空白が多くなるのがだんだん怖くなって、起きていることを嫌がるだろう。君はとりあえず眠気さえ収まれば良いと思ってベッドに潜り込んだようだけど……()()()()()()()からね?」



 実際、眠いせいだと思ってベッドに入ったのだから……今後、わたくしは自らの意思で起きていたくなくなる、と指摘されている。



「……起きなくなると、食事もとれないわたくしは死ぬのではなくて?」

「――それが今回、鎖を増やすための質問って解釈でも良いのかな?」


 確認を取るように見つめられたので、思わず首を左右に振った。


「何でも聞いておいでよ。あんなにまくし立てて、ボクに聞きたいことがたくさんあるのじゃないか。遠慮しなくて良いんだ」



 こんな恐ろしい男にこれ以上何を問えというのか。


 いつの間に恋愛ゲームから監禁脱出ゲームになってんだ。ジャンル変わってんじゃん!

 そもそもゴールが夢の中から目覚めるって、ハードルの難易度が高いのか低いのか分からないわ。


 どこぞの少年漫画なら、夢の世界で自分の手に傷をつけて敵のことや状況を思い出すとかいうネタがあったけれど、あいにくとわたくしは、自分の身体に文字を書くような傷などつけられない。


 傷つけたくないという気持ちが全くない……わけじゃないが、身体の姿勢的に無理なのだ。

 腕は、肘を内側にするようにして拘束されているので、太ももをひっかいたりすることすらかなわない。



 わたくしが質問を投げかけようとしないので、この青年は焦れてきたようだ。

「……そうだ。姿を先に見せてしまったけど、確かボクの名のほうを先に聞いていたっけね」


 ぱっと表情が明るくなったのだが、彼とは逆にわたくしの表情は引きつる。

「ちょっ……、もう聞きたいことは別にございません……!」


 鎖を暇そうにふらふらと左右に振っていたのは、過去の質問を思い返している最中だったらしい。


「そう言わないでおくれよ。ボクは早く、リリーティアにあっち側から離れて貰いたいだけなんだ」

 わたくしのほうへ彼は金色の鎖を再び放り投げると――……どういう仕組みか鎖がぐるぐると足に絡んで巻きつき、太ももの位置で二個目の錠がかかる。


「……いくらわたくしが類い稀なる美少女だからと言って、こうして鎖につながれて喜ぶような趣味は持っておりませんわ」

「そう睨まないで。言っている意味が少々分かりかねるところはあるけれどね、リリーティアとボクのためなんだ」


 わたくしの真向かいに座り、ニコニコと天使のように微笑みながら……『ヘリオス』と口にした。




「ボクの名前はね、ヘリオス・ナイト・メア・ヴィレン。リリーティアのよく知る、アシュデウムの息子にしてレトゥハルトの――弟だよ」




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こめんと

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