馬車というのも、わたくしがリリーティアだった(といっても、ローレンシュタイン家から除籍されてない以上、あーだこーだ言っても結局リリーティアでもある)頃にしか乗っていないので、こんな乗り物数年ぶりだ。
やや広めに作ってあるとはいえ、向かい合って座れば、電車の座席に座っているのと大差ない距離感。たまに乗るのなら良いけれど、何日も何時間も乗っていたくはないものだ。レト王子の転移魔法様々である。
わたくしの隣にはそのレト王子がいるのだが、マクシミリアンに『同乗を許可するけれども、我々の話に一切の口出しをしないと了承できるなら』という前提条件を突きつけられているので、お人形のように座ることしか許されていない。当然釈然としない様子ではある。
そして、わたくしの前に座るマクシミリアンは……すまないな、と幾分表情を緩めて話しかけてきた。
「長話になるというのに、もてなしもできない」
「それを憂慮されるのなら、要点だけをきっちりお伝えいただければ、そう時間もかかりませんでしょう」
「相変わらず冷たいものだ。皆にこうしているのか?」
「あなたとクリフ王子くらいですけれどね」
あとアリアンヌ。
わたくしの塩対応にも特別気分を害した様子もないが、マクシミリアンは眼鏡を中指と人差し指で押し上げ、そのクリフォード殿下からの代理で来た、と話し始める。
「一応聞いておくが……王都に、学院を建設中だというのは知っているか?」
「ええ。どのような学び舎かは……特に存じ上げませんが、今までに無いタイプのもので、施設も大きいものであると聞き及んでおります」
「ああ。教会と王家、そして貴族達が出資して建設される……魔族と戦うために基礎知識を学び、実戦を重ね戦場で即戦力になるための戦士を養成するための学院だ」
ああ、やっぱりその辺は無印版と同じなんだ。セレスくんの情報は間違っていない。
疑っていたわけじゃないけれど、今後も大いに活用させてもらいたい。
「年端もいかぬ少年少女に、魔族を見たら殺せとでも洗脳するようなものでしょうか……なかなか物騒な学び舎ですこと」
「いいや、学院に通える生徒の年齢は不問だ。戦う気概があるものを受け入れる。入学方法は多々……条件にもよるが、もちろん、金銭や学力……大きな声では言えないが人脈などでも入学できる。そこから残っていけるかは、実力次第だが」
えっ、年齢不問なの? 子供からお年寄りまでなの? もしや、新キャラに枯れ専用とか、ショタ枠とかいるの? 斬新なリメイク過ぎないか……?
「そっ、そうなのですか……いろいろと大変そうですわねぇ……」
「能力値が近いもの同士のクラスになったりするのかもしれないが、俺も詳しくは分からない」
詳細は待て次号、みたいな……。マクシミリアンもお父さんから聞いたりするのかな。
「しかし……来る者拒まず、という感じですわね。そんなおおっぴらな手段で人を集めようなんて、よほど魔物に困っているのかしら」
「困っている? 当然だ。君は、一年間で人間がどれほど犠牲になっているか、分かっていないからそんなに無関心でいられるのだろうが……」
呆れたようなマクシミリアンの声を聞き流しながら、わたくしは隣のレト王子の様子を窺う。
彼は静かに、それでいて極力感情を出さぬように人間の話を聞いていた。
「資料もないので知ってるかと問われても全然分かりませんわね……だいいち、本当に魔物の仕業かどうかも怪しい事件はあるでしょうし、人間側が発端で大人しくしていた魔族の怒りを買うこともあったのではないかしら。例えば――……人型の魔族を捕らえて、奴隷として買い漁り、粗末にしているとか」
「……それについては……、調査中だ」
静かに言葉を発するが、言いよどんだ節がある。
彼は何かしら知っていて……嘘は言っていないが、本当のことも言っていない気がする。
「……調査が進んだら教えてくださるかしら。興味があります」
「それは……そんなことを話しに来たのではない。その……【セントサミュエル学院】のことだ。まだ全体を見れば建設中ではあるが、既に校舎は完成している。来年から生徒を受け入れ始める。君にも入学して貰うと、クリフォード殿下からの命令だ」
「――え……っ?」
思わぬ情報に虚を突かれ、わたくしはもう一度マクシミリアンを見た。
「……来年ですって? 再来年ではなく?」
なんで、一年前倒しに……!
「再来年に学院の施設が全て完成予定……としているだけで、校舎ができているなら、まずはできる範囲からやっていくのは当然だろう? こういってはなんだが、建設時にかなりの金額が投入されているし、維持費も今後結構な額がかかる。国家の予算に負担をかけぬよう、収入が幾ばくか望めるなら、一年前倒しにしても構わないと決定した」
それは……そうかもしれないけれど。
「クリフ王子の命令とか……仰いましたが、正式な書面でも?」
彼は真面目な顔でわたくしに頷き、こう問われるのを想定していたらしく、王家の紋章の入った書類をわたくしの前に掲げて見せた。
確かこの紋章は、ゲーム内で見たことがある。
仮に細かい部分を偽造されても、紋章の真贋判定が分からないからうろ覚えだけど。
「一応釘を刺しておくが……逃げたり隠れようとは考えないことだ。一応、君の友人としてつるんでいる奴らの顔も見ているし……ディルスターも、エンブリス地方も調査した」
魔界に閉じこもればどうということはなさそう――などと考えていたが、結構きちんと調査しているらしい。
エリクが錬金術師であることも知ってるぞと示唆している。
ジャンのことも分かっているなら、ステラさんのところにもそれとなく探りがあったかもしれないな……。
セレスくんとはテシュトくらいでしか一緒に行動していたりしないけど、ここも今後気をつけなければ。
「どうして……毛嫌いしているわたくしにご命令が下ったのでしょうか」
「分かるだろう。君はクリフォード殿下の婚約者だ。殿下のことをお支えし、助ける義務がある」
「ほぼ関係が断絶しているわたくしではなく、よほど懇意にしているアリアンヌにお任せすればよろしいでしょう?」
「何を言っているんだ。彼女はクリフォード殿下の友人だが、君の立場は将来を誓い合った仲だ」
「わたくしが求めたわけではございません……!」
思わず声を荒げると、マクシミリアンはふっと笑う。
「親同士が決めようが、殿下が君を気に入ろうが、俺には友人として君が貧しい生活に陥ったりしないよう、とかく……不幸にならないことを願うばかりなんだが……」
「クリフ王子がいつまでも婚約破棄をなさらないから、こんな面倒なことに……!」
忙しいだの何だの言ってグズグズして、もう三年が過ぎている。
すると、マクシミリアンがまだ分からないかと声音を鋭くした。
「婚約破棄をしない理由など明白だろう! ……殿下は君を大事に思っているからだ。だいたい、いつまで子供のように難癖をつけて周囲を困らせている? いい加減戻ってきて欲しいと殿下もお考えに違いない」
「クリフ王子がわたくしにそう仰ったわけでもありません。あなたの憶測を交えて話すのはどうかと思いますが」
「……確かにそうだな……ほぼ俺の憶測だ。忘れてくれ」
「言われずともそういたします」
マクシミリアンの謝罪を適当に受け入れたが、これは……かなり困ったことになっている。
当初は学院に通うルート(?)に戻ることを目標にしていたこともあったが、それも魔界に行くまでの間、わたくしがリメイク版で変更された世界観の中、右も左もよく分かっていないときのことだ。
今はそんな学院に通うメリットより、魔界の方に携わっていたいのに……!
「一年後……まだ随分、時間がありますけれど。詳しい入学案内などのパンフレットは今お持ちでないかしら」
「すまない、今回は話だけを先に持ってきて……そう、重要なことを忘れていた」
今の話より重要なことがあるのか。なぜそれを先に話さないんだよ。
「学院に通うことになるので、君も入念な準備が必要だ。半年後、王都の屋敷へ戻って貰う」
王都に……あの屋敷に戻される。
「嫌だとお断りしたら……?」
「王族の命令だ。宰相の息子であろうとも、婚約者である君だろうと覆せないことだろう。無駄な事を考えるのはやめておけ。そこにいる『お友達』やほかのお仲間との関係も、そのときには全て終わりにして貰おう」
その言葉は、わたくしとレト王子に多大な衝撃を与えるに充分だった。