調査を終え、週に一度の買い出しにやってきた。
相変わらず大きくて綺麗で、いろいろなものが揃う便利な商業都市。
今週の分をハルさんに卸すと、最近わたくしたちに笑顔を見せてくだらないことを話してくれるようになった彼女は、そういえばですね、とカウンターの中でごそごそと何かを探している。
「日頃の感謝を込めて、リリーさんにこれを渡そうと思って……」
と、差し出してくれたのは……銀色のカードだ。
「こ、これは……?」
「魔術屋と大口のお取引を長期行ってくださる方に、こっそり渡しているVIP専用カードです。これをお会計の時に見せてくださったら、VIP様用価格でご提供します」
「……おおっ……、これが噂の……!」
ゲーム内では勝手に割引になってるだけなのに、あの仕組みがこういう形になっているとは……!
「合成時のお手数料とかも……?」
「ええ、ハーシェルのところはできませんけど、うちで良ければ半額で」
「あああ……素晴らしい……」
魔術屋であんまり合成してないけど、硬いものを粉にするときとかは、買い出しに行く前にやって貰っている。
ちなみにハーシェルくんを彼女が呼び捨てにしているのは、ハルさんがお姉さんだからだ。あんまり姉弟なのに似てないけど。
「またのご利用をお待ちしております~!」
にっこり笑顔のハルさんに見送られて、わたくしたちはショップから出た。
……安くなっているからと、まだ要らないものまで買ってしまった。
わたくしの鞄は、見た目は変わらないけど……中身がぱんぱんに詰まっている。
だってVIP価格で三割引だもの。そんなに安くて大丈夫なのかと、こっちが心配になるよ。
「新しい鞄が欲しいですわ……でも、マジカルカバンも結構高かったのに、これ以上容量が詰めるものを探すとなると……自分で作るほかにありませんわね。いっそ、鞄に入れていくとすぐにダイニングに転送してくれるような……」
「そんなものがあったら、なんでも買えそうだね」
楽しげな顔をするレト王子だが、はたして鞄から中身を全部出したときに、調合箱に全部納めきれるだろうか……。
「そういえば、レトはジャン達と遊びに来ているときって……何をしていますの?」
用事が無くてもラズールにジャン達と来ていることがあるので、みんなで何をしているのか気になったが……レト王子は、ちょっと困ったような顔をする。
「えっ……、俺は本屋に行ったり、パンを買ったりしてるけど」
「別行動を……?」
「そうだよ。いつも男所帯なんだし、一緒にいたってしょうがないじゃないか。ジャンはさっさと消えるから分からないし、ノヴァはいろんなお店……というか花屋とかを見て買い物をしてる。エリクは数時間後にカフェに行けば見つかるから……俺だけ、何しようか迷うんだよね」
普段地上に出るときは、幻術を使用して耳や目の色を隠しているレト王子。
教会に行こうとしても、解除の呪文が階段に彫り込まれているので、その効果が人前で解けてしまっては大変だ。だから――夜でもなければ中に入れない。
それに、もし教会に入ってレト王子がうまく術をかけ直せたとしても、教会ってセレスくんだけじゃなくて司教様も普段いるんだろうし……こんな美形が来ては、当然ながら記憶に残ってしまう。教会の方にも印象づけられたらそれは困っちゃうものね。
「そういえば、ジャンっていつも何をしているんだろうな……」
彼は勝手にどこかに行ってしまう。でも、わたくしたちをどこかから見張っていてもくれるので、実は行動が謎だらけだ。
「……ジャンも男性ですから、その……悶々としたものを発散したり……」
「……リリー」
「はい」
「そういう……ちょっとコメントしづらい意見を出さないで。本当でも嘘でも、仲間をそんないかがわしい目で見てしまうようになると困る……」
確かにそうだ。妙にアレだとかコレだとか、考えてしまってはプライベートの詮索になってしまう。
「わかりました。今後気をつけますけれど……レトは、仲間にそんなこと考えていないのですね」
「ああ。誰が何しててもそんなに興味ないし……」
「出会った頃よりもいろいろな部分も成長したわたくしを見て、いかがわしいことを全く考えたりもしませんわよね?」
「え、あ、ああ……ものによるんじゃないかな……」
ものってなんだ。いかがわしいに優劣があるのか。
「では伺いますが、わたくし、一時期はあの通りぺったんこでしたが、今は出るところは出て、くびれるところはくびれてきましたの……自分の成長を素晴らしいと感じています。ひとにお見せできないのが残念なくらいです。今後もきっとすくすくと――」「もういいから! 人が周囲にいないからって、そんなこと言わないで!」
顔を赤くしてわたくしの説明を止めるレト王子。
「顔が真っ赤ですわよ。やっぱりいかがわしいことを考えましたね」
「……リリーみたいにジャンからエロガキって言われるくらい、しょっちゅうは考えてません」
んっ? そんな可愛くわたくしの悪口を言って、そっぽを向いてもだめだぞ。
しかし、確かに乙女ゲーで自ら相手に猥談を振ってくるヒロインというものもいるわけがないのだ。
決して猥談好きというわけじゃないけれど、周りに女の子がいなさすぎて、恋バナや、こういう体つきのお悩み話も盛り上がれない。
「男子ってどういう話をしているのかしら……」
「俺たちは……ほぼ、共通の話ばっかりだ。ジャンとノヴァは旧知のようだから、俺たちが知らない話もすることはあるけどね」
確かにみんなレト王子より……ちょっとだけ年上の人たちだし、教育的に王子様には悪い影響の話はしないのだろう。うう、ちょっと罪悪感が……。
「とりあえず、今日は孤児院に行くんだろ?」
「ええ。たまに郵便物を受け取りに行かないと……それに孤児院にも何回も行っていると……あの慎ましい生活でも、たくましく成長している子供達の力強さに、好感を持ちます」
「それは分かる気がするよ。ふふ、最初は渋々郵便を取りに行っていたのに、最近は楽しそうだよね」
そう言って、レト王子御用達のパン屋さんへと先に顔を出す。
一週間ほど前に、孤児院に持って行きたいからとお願いしたパイを引き取りに来た。
このパン屋さんはあの孤児院へ週に三回くらいの頻度でコッペパンを納めていることもあり、人数もきちんと把握している。
わたくしたちが顔を出すと快く迎えてくれて、フルーツパイの入ったばんじゅう(食べ物を入れて重ねられる箱)を持たせてくれた。
わたくしが二箱程度しか持てないのに、レト王子は倍くらい平気で持っている。
「……重くありませんの?」
「少し重いけど……前が見えない方が辛い、かな」
そうレト王子が言うと、パン屋さんも笑った。
わたくしが横について誘導しながら、レト王子と一緒に孤児院に到着する。
「あらあら、リリーティア様!」
孤児院の先生が出てきて、わたくしたちに挨拶を述べようとする前に……子供達が彼女の脇をばーっと駆け抜け、わたくしたちの周りに集まってきた。
「あっ、リリーさまだー!」
「何それ! 何持ってるの?」
「わぁ、ちょっと……!」
「危ないから引っ張ってはいけませんわ。レトがその入れ物をひっくり返したら、あなたたちのおやつが、なくなってしまいますのよ」
すると、子供達は正直なもので……今までぐいぐいとレト王子の腕を引っ張っていた手をパッと離し、ザザッと波が引くように道が開けた。
そうして孤児院の中に案内してもらい、数人の先生におやつを引き渡すと……嬉しそうに微笑んで何度も礼を言われてしまった。もちろん先生達の分もあるからね。
「ローレンシュタイン家の皆様には本当に良くしていただきまして……施設の経営状況も大分改善いたしました」
応接室に通され、院長と向かい合ってお茶を飲みながら近況を話される……のだが、わたくしは申し訳ないことに孤児院に出資をほとんどしていない。
こうして郵便を引き取りに来るついでに、何か軽いものを買うだけだ。
よく分からないが、金銭的なことはアリアンヌの方で勝手にいろいろやっているんだろう。
廊下の先で遠く聞こえる子供達の歓声に、院長先生はしわだらけの目元を細めた。
「メルヴィ……もうアリアンヌと言うのでしたね。あの子は元気でしょうか……」
「えっ……」
どうやら、わたくしとアリアンヌがたまに会っていると思っているらしい。
その上で手紙が何度も来るのだったら、どれだけ仲良しなんだよと思わされるのだが……。実際、そう認識されているようだ。
「さ、最近は会っておりませんが……院長さんのほうがご存じでしょう?」
「うふふ……。元気で明るい子でしたからね。まさか貴族の娘さんになるとは思いませんでしたけど。その節はありがとうございました」
「……い、いいえ……ローレンシュタイン当主が決めたことでございますから……」
わたくしにはまるっきり関係が無いのだ。そう丁寧に頭を下げられても困る。
院長はそれから数十分の間、ローレンシュタインを賛美する話と今後の経営方針を告げられ、孤児院を出る頃にはすっかり、わたくしたちはげっそりしてしまった……。
「……善意っていうのは、辛いものだね」
「時折、悪意のない善意ほど恐ろしいものはないと感じますのよ……セレスくんがわたくしたちの能力を感知した頃を思い出しましたわ……」
「ああ……あのときも、大変だったよ……話が通じなくて――……」
(若干セレスくんをネタにしているが)こうして二人で思い出話をしながら歩いていると、不意に前方へ視線を投げたレト王子の言葉が途絶えた。
どうしたのかと同じ方向に視線を向ければ、シンプルな装飾ながらも高級そうな馬車がこちらにやってくる。
きっと偉い人が乗っているんだろう。難癖つけられても嫌だし、通行の邪魔にならないよう、わたくしたちは端に寄って歩いていると……馬車がすれ違い、すぐに停まった。
「もし、そこの女性……まさかリリーティアか?」
馬車の窓から顔を出したのは、涼しげな水色の髪をしたメガネ美男子……。
見覚えのある顔に、レト王子は少しばかりむっとした表情を作る。
「――あら……マクシミリアン……ですの?」
すると、彼はこくりと頷いた。
「週の中日は必ずといっていいほどラズールにいるはずだと以前アリアンヌ嬢に聞いた。孤児院にいるかと思い、今から向かうところだった。行き違いにならなくて良かったな」
――クソ。あの女、余計なことをクリフ王子の片腕にしゃべりやがったな……。
「――わたくしに、またクリフ王子が御用ですの?」
「結果的にはそうなるが……今日は俺一人で来た」
あら、これは珍しいことだ。いつも一緒なんだと思っていた。
すると、マクシミリアンは馬車の扉を開け放ち、どうぞ、とわたくしたちに声をかける。
「必ず本人へ届けようと思っていた、込み入った話だ。人になるべく聞かれたくないので、馬車の中で話をしたい」
その口ぶりに……拒否できない何かが含まれている。
わたくしの胸の不安は、人知れず大きくなったのだった。