【悪役令嬢がリメイク版で敵側のヒロインに昇格したのに、恋愛どころじゃないんですけど!/96話】


 朝食と洗濯を終え、レト王子と一緒に周辺の地図や魔物の生息域を見るために行動をしていると、思いの外魔界は成長してきているのが分かった。



「球根に手足が生えたような……あそこにいる生き物、最近増えていますわね」


 と、指さしたのはポケットなんとかっていうゲームにいそうな魔物。


 色とりどりの球根ボディがあるが、属性が変わっているから色が変わるのか、個体差なのかは調査中だ。


 つぶらな赤い目と口がついてトコトコ歩き回り、レト王子を見かけると手を振って『おーじさまー』とか言って(わたくしにも聞こえるから、普通の人間にも多分聞こえているはず)ちょっと声が幼児教育番組のマスコットみたいでかわいい……いや、よく考えたら球根ボディに、手はいらないんじゃないかな……。


 やっぱりかわいくない、ちょっと怖いわ。足だけで良かった。



 レト王子はその謎の草……球根みたいな奴に手を振って応え、そうだねとわたくしに答える。


「しょっちゅう分裂したりするようだから成長が早いんだろうね。腰に小さいこぶみたいなのがある子、いるだろう? あれはそのうち子供を連れて歩くのを見かけるようになるよ」



 あの手足付きの球根がその辺を歩き回るというのか。



 歩き回るならカルガモの親子とか、猫ちゃんとか、そういう思わず和むようなものであって欲しかった……。 



「まあ気持ち悪……んんっ、素晴らしい。植物系の魔物が増えるのはありがたいことです。魔牛さん達に食べられたりしなければ良いのですが……」


「たまに食べられているね……」

 既に犠牲になっていた。可愛くはないが、ちょっとばかりいたわしい。




「そういえば……魔族同士がそういった食物連鎖下にある場合、レト王子はどうお考えですの?」


「本当を言ったら魔族同士でも殺し合いがあるのは嫌だけど、俺もスライムを捕食してきた身だ……。食べるということは生きること。それを否定するのはできない。でも人間って、魔族を殺すのは食べるためじゃないだろう」


「魔族は人間を殺すと、食べてしまうのですか?」


「多分大体食べちゃうんじゃないかな。中には……そういう目的ではなく、連れ帰るのもいるだろうけど」


「奴隷にするとか?」


「奴隷って言うか……まあ……リリーにはちょっと刺激が強い話かな……」


「……レト王子だってそんなにわたくしと年齢が離れていませんわよ」


 すると、レト王子は困ったようにわたくしの顔をちらっと見て、わたくしの表情になんとしても聞き出そうという意欲があるのを察し、こほんと咳払いをし、ごにょごにょと耳打ちした。




「――……!」

 思わずわたくしの身がこわばったので、レト王子はそれ見たことかという顔をしながらそっと離れた。


「そっ、そんな、男性向け年齢制限なことを……!?」

 偏った知識としてなら、聞いたことがあるが事実だったりするのか。


 数え切れないほどに、くっ殺女騎士ネタが流行った経緯もある。


 その筋では鉄板……というか、そういう生態なのだろう。


「男だけじゃなくて逆もあるよ。あとはまあ寄生蜂もいるし……」

「寄生! ひっ、怖い……! そういえば蜂、いましたわよね!?」


「彼らが好むのは、ほぼ死ぬのを待つだけの弱った生物だよ。生命力が満ちあふれているリリーたちには寄生しないから大丈夫」


 ほっと胸をなで下ろしながらも、魔族も恐ろしい生き物が多いのだなあと認識を改める。


 しかし、人間だって……同族のみならず亜人種を捕まえてアレコレしたりして、ステラさんやノヴァさんのように複雑な混血児を生ませたりするのだとも考えた。



 魔族怖いと言ってしまうより、よほどわたくしたち人間のほうが残忍で欲望に忠実すぎると思う。



「……早く、魔族の皆さんを説得して魔界に戻ってきて貰いたいものですわね……」

「俺も前はそう思ってた……。でも、こうして環境が出来上がってくると、足りないことにばかり目が行ってしまうんだ」


 手製の調書を挟んだバインダーを握りしめ、レト王子はため息をつく。



 憂う横顔も絵画のように素敵ではあるので、ちょっと見とれてしまいそうになるが……わたくしは、常々考えていたことを口にする。



「レト王子。実はわたくし……そろそろ奴隷商人や人間の貴族にとらわれている魔族達を調査したいのですが……」


「それは……確かに、調べたいところだけど……知ったら、俺は……調べるだけじゃ済まなくなるよ。助けたいと思うし、同胞を家畜以下に扱った人間に怒りをぶつけてしまうかもしれない」



 それは傷つける……最悪、命を奪ってしまうかもしれないということを示唆しているのが分かった。



 ただでさえ、地上ではいろいろなことが起こると魔族の仕業だとか言われているのだ。その気運もあって、諸悪の根源を絶つため学院が建設中だというのに。



 じゃあ一つくらい罪が増えても大して変わらない――とか思ったりもしそうだが、やってしまったかどうかかは、やっぱり明らかに大きな……一線を越えるという違いがあるのだ。



「それでは、わたくしに全てをお任せください。調べてもレト王子にはお教えせず……」「リリーが俺なら、そんなの許せると思う?」



 まっすぐ見つめられ、わたくしは言葉に詰まった。




「……気持ちは嬉しいけど、まだ俺たちが困らない程度の食べ物と住環境があるだけなんだぞ。人型をした魔族を住まわせるには、当面の食料の確保もなく、家を建てるための資材も不足ばかりだ」



「でも、宿屋みたいに部屋がいくつかある大きな建物だけでもひとつ、レンガでとりあえず作って……数人を迎えることはできるのではないかしら。わたくしは、保護をとりあえず視野に入れるべきだと……」


「もし奴隷商人や貴族の屋敷から魔族を奪って魔界に連れてきたとしよう。その建物に100人まで収容できたとして、120人連れてきてしまったら残りの20人はどうなるんだ。家もなく、食べ物だって不十分だ。そのうちなんとかなるからといって、何年待つことになると思う? こんなひもじいなら、まだ奴隷であった方が良かったと思う人も出るじゃないか。それじゃだめなんだ」



 わたくしは保護を先に訴え、レト王子は環境を先にと考えている。



「金銭の蓄えならまだあります。今から少しずつでも切り崩して、資材や食料を買い集めれば……」


「だから、それって少しじゃないだろう? 馬車何個分とか、そういう必要さじゃないか。それを週にどれくらい買うつもり? いくら魔界の水が高く買い取ってもらえるからって、そんなことをしていたら金銭も食料も、蓄えなんかすぐになくなってしまうよ」


 本当に必要なときに使えなくなったら困るよ、とレト王子は言うのだが、貯蓄は魔族用にも考えて貯めていたのだから……使ってもいいじゃないか。


「……やりながら考えていけばいいことも、俺たちどちらの意見も間違っていることだってある。焦らないで」


「…………レト王子が、そうお考えでしたら……」

「リリーが、魔族達の保護を考えてくれているの、俺にもきちんと伝わってるんだ。すごく気持ちは分かるよ」


 わたくしは渋々頷くと、レト王子がごめんねと謝って、手をわたくしの肩にそっと添えた。


「……だけどね、宿屋みたいなものを作るとか、作物を効率よく育てるとか……あとは衣服を作るとか、かな。そういった専門的な職業のことは……本から知識を得ても、俺たちだけじゃすぐにはできない。かといって、あまり魔界に人間ばかりを増やすわけにはいかない。ここは魔界だ。魔物達の世界に人を多く連れては……魔物達の理解を得るのが難しくなっていく」


 そう、だ。

 分かっている。ここが魔物達の世界だ……ということくらい。


 わたくしは役目があるので置いてもらっているが、本来はジャンやエリク、セレスくんだって置く気はなかっただろう。


 それでも、彼らは魔界に必要な人たちだから……魔物に神の素晴らしさを説いたりするセレスくんは、グローバルな視点で魔界を見ているから魔界だけの判断では難しいかもしれないが……



「……レト王子の、今後の計画としてはどのようなものなのですか?」


「俺が考えているのは……まず、緑地と水場を増やしたい。草はこの硬くて耕せない大地の上にも生えているし、家を建てるにはちょうど良い地盤かもしれないけれど、水があるかどうかは環境として重要なものだ。ドラゴンや植物系の魔物のおかげで生育も早いし、この調子だと一年も待てばまた環境が大きく変わる。そう……とりあえず、一年様子を見て欲しいんだ。その間に、木々も育つし畑も耕せる面積は多くなる。木々から果物も採れるだろう」


 つまり環境の促進も兼ねて生産環境を大きく育てておきたい。という感じか。



 一年……。わたくしが16歳になったくらいに、か。



 まだ地上も何事もないはずだから、それは大丈夫だけど……。



「わかりました。では、わたくしはいろいろな専門書籍も集めておきましょうか……来年使うかも分かりませんし」


「……ありがとう。なんだか、図書館ができるのが先になりそうだね」

 そうしてわたくしとレト王子は笑い合って、歩き出すと環境調査を再開した。



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こめんと

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