【悪役令嬢がリメイク版で敵側のヒロインに昇格したのに、恋愛どころじゃないんですけど!/92話】


 そこからは魔界の太陽誕生を祝うため、(わたくしたちができる範囲で)盛大な宴の準備が行われた。


 もちろん料理を作ったりするのは料理できる勢三人だが、レト王子とジャンがラズールで前菜やらローストビーフを見繕ってくれたり、デザートを買ってきたりと、行いは嬉しいのだがレト王子の転移技術は『ちょっとそこのコンビニいくわ』的にクルマを出すのと大して変わらないくらい気軽に使われている……。



 いろいろと準備をしながら時計を見ると……もうすぐ16時になる。

 ダイニングテーブルや椅子を今日だけ外に出してもらっている間に、わたくしは魔王様の居室を訪ねた。




「魔王様、失礼いたしますわ」

 自分で開けるとなると、結構重い鉄の扉を押し開……く途中で、ふっと重みが消えた。


「あっ? ……っと、とっ……」

 押していた力の行き場を失って踏ん張りがきかないまま、前のめりで魔王様の居室に入り込む。


 どうやら魔王様が扉を開けるときに力を使ってくださったのだろう……。


「珍しいね。夕飯はまだだと思うけど、こんな時間にどうしたのかな」

 相変わらずベッドの中から魔王様がそう聞いてくるのだが、魔王様ってお手洗いやお風呂といったものにいつ行っているのか気になる。一度もすれ違ったことがない。


「あの。夕日を皆で一緒に見たいと……魔界の初めての夕日なのです」

「夕日……。ああ、そういえば太陽のようなものを作ったとかレトゥハルトが言っていたね。おめでとう」


「ありがとう存じます。魔界の記念すべき日に、ぜひ魔王様も宴を楽しみながら……夕日が落ち……ということはございませんが、疑似月見など」


 いかがでしょうか、とわたくしは魔王様に聞いてみたが、魔王様は目を細めて嬉しそうに笑った。

 この感じは、きっと来てくださる……!




「ぼくはいいや。皆で楽しみなさい」

「――……えっ?」




 思わず聞き返してしまった。

 もう一度魔王様は『皆で楽しみなさい』と仰る。


「で、ですが……」

魔王(ぼく)が来ては皆気を遣って楽しめないよ。魔界に疑似太陽ができたのは……えーと……クリフくんだっけ? と、リリちゃんのおかげだ。ぼくは何もしていないからね」


「っと、クリフじゃなくてエリク、エリクでございます!! クリフは……リリーティアの婚約者のほうです」


 自分でそんなことを言うのもいやだが、わたくしはリリーだ。リリーティアじゃない……。



「あっ、ゴメン、そうだった。そいつと間違えるなんて絶対いけないことだ! あーほんとエリクくんだっけ、かわいそうなことを言っちゃったな」


 魔王様は勝手に間違えて勝手に怒っている。


 クリフ王子はまだ魔界への害を一切与えていないのに、もう魔界の王に嫌われているし……って、まあクリフ王子はレト王子に結構暴言吐いてたし、息子さんがぷんすか怒りながら父親に報告していれば、よい感情も抱きにくいものかもしれないけど……。



「……まあとにかくさ、ぼくはここでいいから。できれば、同じものを食べさせてくれたら嬉しいかなあ、なんて」


「魔王様がそう仰るなら……。ご一緒できないのは残念ですが、食事は後ほどどっさりお持ちいたしますわね」


「ありがとう。気を遣わせてばかりですまないね」


「いいえ……それでは、申し訳ございませんが……この両目に夕日の思い出を焼き付けてきます」


「いってらっしゃい。今日という日をきちんと楽しむんだよ」


「――…………はい」



 魔王様の仰った言葉が、なんだか……わたくしが恐れるすべてを知っているかのように、とても重みのある言葉に聞こえて、胸が詰まるような思いだった。


 一礼して居室を出ると、テーブルを運び出されて閑散としたキッチンが目につく。



 食器棚も、キッチンもそこにあるのに。


 テーブルがないというだけで、まるで生活の一部が失われたようにすら感じる。




「…………だめ、ですわね……」

 不安がまた大きくなってしまった。


 出たばかりだというのに、わたくしは踵を返すと扉を乱暴にたたく。



「魔王様……再び失礼いたしま……っわ?!」

 握りしめた拳で四度ほど叩こうとしたところ、視界がぶれて、あっという間に魔王様の隣に転移させられていた。


 尻餅をつく形で、魔王様のベットの脇に座る。


「あんなに叩かれたらびっくりするじゃないか」

「わ、わたくしも急に転移させられたのでびっくりしましたわ……」


 渋々というように魔王様がスポンと顔だけをブランケットの中から出して、わたくしをじっと黄金の瞳で見据えた。


「言い忘れたことでもあったのかい?」

「っ、そ、そうですわ……!」


 わたくしは尻餅をついた体勢から、ババッと正座すると……魔王様に向き直る。


 なんで正座かと言われたら、この方が座りやすかったからだ。



「魔王様、やっぱりご出席していただきたいのです!」


「だから……」「――わたくしの悔いのない一日(きょう)のために!! わたくしは、自分のためだけに、おこがましくも魔王様を呼びつけるのです!」


「なんと……」

 驚きに目を見開く魔王様。


「……わたくし、皆と……今日を記念すべき幸せな記憶として残したいのです。今日という日はもう二度と来ないから……その記憶に、仮初めとはいえ月光の元……レト王子にジャン、エリク、セレスくん、ノヴァさん……そして魔王様のお姿も残したい、です……」



 これがイベントスチルであろうと、アルバム機能だってない。


 写真すら残せないのだもの。だからわたくしの幸せな記憶(おもいで)にしたい。



「…………さっき、いやだと言ったよね」

「……聞いていましたが、それでも、お願いにあがりました」


「やっぱりいやだと言ったら、引き下がってくれないかな」

「そのときは……仲間の手を借りてベッドごと運び出します」


 わたくしが本気なのを見て、魔王様は強引な手段だなあと苦笑いした。



「……わがままなんだね」

「もともと悪役令嬢でしたので、これくらいどうということはございませんの」


 悪役令嬢という意味が分かったのかそうでないのか、魔王様はしょうがない子だねえ、とベッドからムクムクと身を起こした。



「リリちゃんのわがままを聞いてあげるのは、今日だけだよ? あとはレトゥハルトに頼んでくれないかな」


 魔王様は腕を一振りすると、楽そうなダボッとした汚い……じゃない、着古したようなローブから、あっという間に高級そうな質感のある漆黒のローブへと着替えた。


 ローブは足首に達するくらい長いもので、腰には飾り布として白い布が巻かれている。


 裾の部分は金色の刺繍で蔓草のような模様をあしらったもので、シンプルなのだけど、魔王様が着るとそれだけで素晴らしい。


 むしろ、ローブだけを見るならちょっと物足りないかな? と思われたものが、とんでもない美形が着ているので過度なものは不要なくらい。さすがレト王子のお父様。


 この廃墟っぽい魔王城の退廃的な雰囲気も相まって、まるで全てが調和しているようだ……ありがたや……と、思わず拝みそうになってしまう。



「こんな感じでいいかな。食事だけだから、着飾っては行かないよ」

 十分綺麗なお洋服なんですけど、これで着飾っていない……だと……?


「……ああ、リリちゃん。黒晶の粉ってあるかな」


「えーと……確かまだあったはずです……」


「そうか。じゃあ5グラムくらい持ってきてくれる?」


「わ、わかりましたわ。少々お待ちください……お逃げにならないでくださいませね」


「ここでちゃんと待っているよ。お願いするね」


 魔王様が逃げ出したりしないうちに、わたくしはダッシュでレト王子の部屋へ行き、素材箱から黒晶の粉をきちんと天秤で量る。



 ダッシュからの繊細な作業。息を切らしながら、ブルブルと震える手で粉を計量しているのだから、誰かに見られたらいろいろと危険なやつなのだと思われるだろう。


 残りをきちんとしまう時間すらもどかしく思いながら片付け、再び魔王様のところへと向かう。


 またあの扉閉まってるし……魔王様に呼びかければ、開けてもらえるかしら?



――そうして扉の前にたどり着いて、瞬きした瞬間……魔王様のお膝の上に転移していた。




「あらっ?」


「おかえり。多分また扉を叩くと思っていたから、先に転移陣を敷いておいたんだよ? ……それなのにリリちゃんじゃなくて男どもが先に来ていたら、互いに不幸な出来事しかなかったなあ……よかった」


 先着一名様を魔王様の膝の上に転移させる魔方陣だったのか。それは確かに……レト王子以外はいやだろうな。


「これを……黒晶の粉をお持ちいたしましたわ」

「ありがと。それじゃ、ぼくの前に立っていて」


 魔王様の手のひらに薬包……黒晶の粉を置き、わたくしは魔王様に促されるように立ち上がる。

 カサカサと乾いた音を立てながら薬包が開かれ、魔王様が中身すべてを手のひらの上に落とすと、わたくしに向かって吹きかける。



「ひぎゃっ!?」

 まさかそんなものを吹きかけられるとは思わず、色気も何もない声を出してしまった。


 とっさに目を瞑ったから、粉はそんなに入っていないだろうけど……。


 まだ粉がもうもうと舞っている気がするので、ふーっと息を吐きながら粉を散らす。多分この行為に何の効果もない。


「なっ、何をなさるんですの……ひどいですわ」

「ごめんごめん。準備するのに必要だったから……さ、目を開けてごらん」


 が、魔王様はクスクスと笑って、反省の色が見えない。


 まさか新手のいじめだろうか……と心配しながらもゆっくりまぶたを開き、あっと声を上げた。



 わたくしの質素かつ動きやすいチュニックが、魔王様のお召しになっているローブのように、一瞬で豪華な黒いドレスになっていたのだ……!


「あらっ!? わたくしの服、変わってますわ!?」


 パニエやクリノリンという、ドレスのボリュームを出すための衣服や器具もないから、直線的なドレスラインになるけれど……丈も膝丈だったものがすねまでと長くなっているし、ゆったりした袖や裾にも繊細な純白のレースがついていて、ブーツまで黒いハイヒールになっている……。


「まっ、魔法ですのね? 魔法って、すごいっ……!」

「ははっ、ぼく一人着替えたら恥ずかしいでしょう? それに、リリちゃんはとても可愛いから、ドレスくらい着てもらわなくちゃ」


 3時間くらいで消えちゃうけどね、と魔王様は仰るのだが、すごい……これが『魔王ぱわー』なのだろうか。魔王様ってすごい……!


「それじゃ、行こうか? はい、どうぞ」

 どうぞといいながら手を差し出す魔王様。


 その手をどうするのかしげしげと眺めていると、お手をどうぞ、と優しく告げられる……ああ、そうか……エスコートというのをしてくださるのね!!



「それでは……失礼して……」


 緊張しつつもそっと魔王様の手へ自分の手を重ねると、優しく握られてふんわりと微笑まれる。


 ああ、まぶしい……! 忘れてたわけじゃないけど、魔王様、ちゃんとしていてもいなくてもかっこいい……! 目が溶けてしまいそうだ……!


「リリちゃん、どうしてそんなにぎゅっと目を閉じているの? ちゃんと前を見て歩かないと危ないよ」


「そ、そうですわよね……! でも、ちょっとまぶしくて……」


「そうかい? 城内はいつもと変わらないくらいの明るさだと思うけどねぇ」

 わたくしの歩幅に合わせて、魔王様とともにゆっくりと歩く。


 居室を出るとき、魔王様は一瞬面立ちを険しくされたが、目をつむって一歩を踏み出し、ピタと止まる。


「……?」

 どうしたのだろう。そう思って見上げると、魔王様は寂しげに微笑んで周囲を見渡していた。




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こめんと

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