翌朝、わたくし・エリク・レト王子の三人は、ついに出来上がった疑似発光体を抱え、畑の前へとやってきた。
発光体……イメージとしては疑似太陽なのだが、大きさは直径60センチ。ちょっぴり大きめのバランスボールとだいたい同じくらいだ。
材料は竜鱗、鉄鋼、魔界の土に煌草、そして――ドレイクが譲ってくれた太陽の石。
薄いオレンジ色をした5センチ程度の丸い石。
もっと大きいものだと思っていたけど……手に持ってみるとほんのりと暖かい。
昨夜遅くに帰ってきたレト王子が、わたくしとエリクに見せてくれたときは、興奮のあまり思わず歓声を上げてエリクと大喜びしてしまった。
そこからエリクは徹夜で疑似太陽の丸い容器を仕上げたため、少し眠そうな顔をしている。
でも、この疑似太陽……魔術と錬金術の融合作品が出来上がる。
それが成功か失敗か、自身の目で確かめたいらしく、疲れを感じて爆睡するどころではないようだ。それはよくわかる。
疑似太陽の内側には、うっすら透けて見える魔法の文字の羅列。
外側の上下にあたる部分にも、違う風合いで文字が記されていた。
これが作った塗料で書いた文字なのかな。発光体の中身は空洞になっていて、中心には太陽の石が組み込まれている。張り付いているといってもいいけど。
石にまで文字が書かれていて、全体的にどうなるのか想像がつかない。
「この魔法文字は、いったいなんと書かれているのでしょう?」
「簡単に言うと、陣が吸い込んだ熱と光を、ゆっくり中心の石へ持続的に送って……熱量を石の力で倍加し、外側へ均一に放射させるってこと」
ほうほう……。では、太陽の石も十分な働きをするんだ……。
「高熱を放つようになるということは……熱源となる石や外側は、溶けたりいたしませんの?」
まじまじと丸い疑似太陽を眺めながらエリクに聞くと、指でこつこつと表面をつつきながら、中にガスを封入しているから平気だと教えられる。
「ガス……? 燃えないようにガスを?」
「可燃性ではないという意味ですが……あのね、リリーさんも錬金術師なのですから、もうちょっと配合や化学の本も読んでくださいよ」
「錬金術なのに、化学も使うのですか……考えてもいませんでしたわ」
「化学は手順を踏み、要点を間違えなけば、おおよそ誰でも実現できるようになっています。多少のものなら個人で作ることが簡単だったりしますから。虫一匹落ちてしまっただけでも失敗する可能性のある錬金術とは違い、化学は『異なる物質を入れた場合の反応の有無』というものがはっきりしていて確実性が高い。使えると重宝しますよ」
要するに化学知識もあると、作る幅が増えるということかしら。
確かに錬金術だけで作るものより、コストがかからないものもありそうだ。
「なるほど。逆に、錬金術の不確定要素がなければ作れない何かも存在する……こともあるのかしら」
「もちろんですよ。そもそも、錬金術自体が不可思議な学問です。釜に入れて混ぜるだけで、なぜ化学では混ざり合わないものが合成できるのか意味が分からないでしょう?」
そんな話をするエリクは本当に楽しそうだ。
もしこれが女の子のデートの時だったとすると、興味を持って食いつかれるか、オタクきもいとか言われてドン引きされるかのどちらかだろう。
「……どうしました」
わたくしの反応が急に乏しくなったのを疑問に思ったらしい。声のトーンをちょっと落として聞いてきた。
「わたくし、エリクの話は面白いと思うので好きですよ。心配なさらないで!」
「はぁ? 何言ってんの? 面白い話なんかしてないけど」
素で返された。確かに脈絡はなかったから、この反応もやむなしだ……けど、けっこうキツイ。
「まあ、でも……話が面白いって言われるのはいやじゃないというか……。別に、何かの参考になればいいんだけどさ……」
あら、急に態度が軟化した。エリクは分かりづらいけど、たまにかわいいところがある。でも、かわいいと言ったらぶっ飛ばされるかもしれない。
「この辺にしない? 作物や城の位置的にもちょうどいいと思うし」
エリクがそう言って立ち止まったのが、城門からまっすぐ歩いて、左右に広がる畑と家畜たちの小屋を20メートルほど通り過ぎた場所。
近くには何もない。強いて言えば、グリーンドラゴンの巣があることと、魔改造植物たちのツルが地を這うように伸びているくらいだ。
「地面に置いてよろしいの?」
「ええ。そのままわたしたちは遠方に下がりましょう。発動した途端に高熱を発して焼け焦げたりしたら大変ですからね」
言うことがしれっと怖い。
わたくしはそっと地面に疑似太陽を置き、エリクとともに城門まで下がる。
するとエリクが爆弾のような円筒を取り出し、マッチで火をつけると上空に投げ……大きな音とともに破裂した。
「それは――」
破裂した何かがあったあたりには、煙がすごく残っている。
「準備ができたというレト王子への合図ですよ。彼はレッドドラゴンの近くにいるはずです」
すると、遙か遠方から、キョオオオという甲高い音がかすかに聞こえた。
そして。
疑似太陽に記された外側の文字が……淡い赤に光る。
「――始まったようですね」
一体何が起こるのか。興奮と緊張で、思わずエリクの服の裾を掴んでしまった。
一瞬怪訝そうにわたくしの手元を見たエリクだったが、特に何も言わずに再び視線を疑似太陽に戻し……様子を見守る。
すると、疑似太陽はふわふわと上空に浮き始めた。
ゆっくりながらも高度を上げ、魔王城の高さ(とはいっても、一階部分より上は壊れているのでたいした高さはない)を超えてなお上がっていく。
「……どこまでいくのかしら……」
「さあ……ちょうどいい位置じゃないでしょうかね」
「さあ、って……」
これが錬金術の不確定要素であるといわれたらそうなのかもしれないけど、まさか見えなくなるくらいまで上がるんじゃないか……そう思っていると、急にカッと光った。
「わっ!?」
暗い魔界生活にすっかり慣れきっていたわたくしたちは、突然の強い光に思わず目をつむった。
「ああ……目が、瞳孔が、キュってしますわね……」
「そうですねえ。ゆっくり光を取り入れるんだ……」
目を覆ったまま指の間隔を少しずつ開けて、光になれるようにしていく。
その間でも、なんだか上空から熱のようなものも降り注いでいるような気がする。
……目が慣れてきたようで、手を外しても……光の下にいても痛くない。
そのまま額に手をかざし、上空を仰ぐ。
「……まあ……! 太陽っぽい感じですわね!」
上空のどの辺で止まっているのか、ここからではちょっと分からないが……確かに白く輝き、魔界の地に暖かな光を届ける物体がある。
光の強さはといえば……魔界の土地に立って住居用の蛍光灯くらいあるんじゃないかな、という程度なので十分だと思う。
燦然と輝いて光を放っている本物の太陽と比べると、照度・光束・光度すべてに文字通り天地ほどの差があるだろうが、少なくとも……見渡せる範囲には十分明るい光と暖かな熱が降り注いでいる気がする。
「……ついに、ついに太陽が魔界に輝いたのですわね!!」
「ええ。喜ばしいです」
作物を植える頃から欲しい欲しいと思っていた光。
そして、限定的ではあるけど雨を降らせることのできる竜もいる。
「――ああ、ちゃんと輝いているみたいだね。あっちからも見えたよ」
目の前にレト王子が現れた。レッドドラゴンの巣から転移してきたのだろう。
彼の姿を見たら、なんだか急に涙腺が潤みそうになる。
「レトおうじぃ……! 太陽が、あんなに……」
「……うん」
言葉少なく、でも優しくレト王子が頷く。
「……やっと、雨も……」
「うん。ブルードラゴンが、あちこちで降らせているよ。雨は空気中に漂う魔力も取り込んで地面に降らせるだろうから、川の水とそんなに変わらない濃度だと思う」
「もう少し木々が増えていけば……雨が降り、上がると木々が溜め込んだ水を少しずつ流す。雨が大量に降れば、川が新しくできるかもしれませんね。その周辺には……またいろいろな草木や生物も増えるでしょう」
そうして環境は出来上がっていくのだとエリクも言う。
「ありがとう、エリク。リリー……本当に、錬金術がなかったら。君たちがいなかったら……魔界は変わらなかった。心からの感謝と敬意を」
そうしてレト王子は頭を下げ、優雅な礼をした。
エリクはくすぐったそうな顔をし、わたくしはボロボロと涙を流してレト王子を見つめていることしかできなかった。
「リリー、そんなに泣かないでよ……俺も嬉しくて泣きそうなんだから」
「わんわん泣けばいいのですわ……! あの草木すらなかった魔界が飛躍の一歩というくらいに発展するのです、それが嬉しくて、わたくし……」
「……自分のことみたいに喜んだり泣いてくれるなんて……。リリーは魔界のことを愛してくれているんだね」
「口を挟んで心苦しいんですが、わたしは席を外した方がよいでしょうかね」
「いや、大丈夫だよ。二人にされたら多分二人で号泣してるだろうからね」
恥ずかしそうな顔をするレト王子にエリクは笑いかけると、それで、と頭上の疑似太陽を指した。
「……勝手に浮くようですが、あれはエネルギーが切れたらどうなるのです? 落ちるんでしょうか」
「一応、浮くため少量のエネルギーを使っているから、そのまま浮き続けるはずだ……けど、完全にエネルギーが通わなくなってしまったら落ちるかも」
「というか……ずっと輝きっぱなし?」
「一応、10時間だけ熱と強い光を出して輝いて、10時間は淡い光だけ。残りの4時間ずつは、徐々に明るくしたり徐々に暗くしたり、っていう地上の太陽のようにしたんだけど……?」
何か変かな、と言うのだが、全然変じゃない。
「素晴らしい」
「完璧に地上ですわ」
わたくしとエリクは拍手を送る。レト王子は『う、うん……』と、拍手を送られたことに対して、どうリアクションを取ったらいいか分からないという顔をしていた。