ドラゴン素材を利用した塗料を作るということだったが、あり合わせの材料でいったいどうやって作るのかしら。
『塗料なんてそんなものなんでもいい。二人になるための口実だよ……俺はリリーと一緒に過ごしたかったんだ……』
ギュッ。レト王子が部屋に入った途端、わたくしを抱きしめる。
どきどき。ああもぅ、大胆すぎて心臓が爆発しちゃう……!
『まあっ、レト王子いけませんわ……!』
『嘘つき……こっち見て……』
レト王子の部屋で、わたくしと彼は見つめ合い……濃密で長い時間を一緒に過ごした……。
……という少女妄想的スイーツロマン展開があるわけもなく。
「リリー、この間取ってきた赤い石があっただろう。あれを砕いて」
「はい!」
わたくしはハンマーを手にして石を砕く作業にとりかかり、レト王子は白竜の尻尾をナイフで解体する作業に入っていた。
わかってはいたが、錬金術は立派な学問。できあがりや効果は素晴らしくあっても、作業課程は地味極まりない。
わたくしは砕いた石を乳鉢に入れ、ごりごりとすりつぶす気の遠くなるような作業に入る。
レト王子の作業なんか、鱗を取って皮を剥ぎ、肉と骨を分離するという……ドラゴンという大層なところに置き換わっただけで、魚を調理する下準備とさほど変わらないのだ。
ノヴァさんが手伝ってくれたらドラゴンの下処理はすぐだったかもしれないのに……みんな変に気を回すから……。
しかし、レト王子はそんなことなど問題ないかのように……楽しそうに鱗を一枚一枚引き抜いている。
「ドラゴンの鱗って堅いと思っていたのに、見ているとすぐ引き抜けますわね」
「すぐ引き抜けるのは、俺だからだよ。もしかするとノヴァも少しならできるかも」
「えっ?」
よくわからない答えだ。
「ちょっとやってみて?」
レト王子は作業台から一歩離れて、わたくしを誘う。
ちょっと興味もあったし、レト王子にも伝えたいことがあるようだったのでそちらに移動した。
レト王子が引き抜いていたように、ドラゴンのしっかりとしていて堅い鱗を握り、ぐいっと引っ張ってみる。
「……あらっ?」
つるんと離れたのは、私が鱗を握っていた指のほうだ。鱗は依然としてくっついたまま。
鱗は堅いくせにつやつやしているので滑りやすいし、まるで岩のように皮に張り付いていて動かない。
もう一度しっかり握って引っ張ってみても……結局鱗一枚すら剥がすこともできず、わたくしの指だけが鱗から離れ、勢い余って転びそうになるだけだった。
「……ドラゴンの鱗って堅いし、すごくしっかりくっついているでしょ?」
「ええ……なぜレト王子はそう簡単にあの強靱なものを引き抜いているのでしょう……コツがあるのかしら……?」
すると、レト王子はただ『力が違うから』と困ったように告げる。
「人間ってバランスがとれているって長所があっても、魔族と比べたら……総合的な能力に隔たりがあるんだよ。俺がドラゴンの鱗を素手で引き抜いているのは、その魔族だから。成長してくれば人間より力もずっと強くなる。普段はみんなと暮らしているから、同じくらいの力に抑えてるんだよ」
では普段の制限を解き放つと、道具を使わなくてもドラゴンの鱗をこうやってむしるほどの握力……というか腕力というか、そういうことになるのだろうか。
そうじゃなかったとしても、これって随分限定的な力の使い方すぎない?
普通にペンチ的な……引っこ抜く専用の道具を使えばいいのでは? と思ったが、傷がついてはいけないとか、取りに行くのが面倒だったとか、力を使った方が手っ取り早かったんだろう……。
「人間よりも能力値が高いのでしたら、本気を出せばジャンとの手合わせも簡単に圧勝できるのかもしれませんわね」
「うん、力では押し切れるかもしれないね。でも、ジャンは俺の技量くらいの相手なら反応できる気がする。相手は利き腕じゃないのに、こっちが本気になっても勝てないとか、悔しいし恥ずかしいじゃないか。だから俺も基本の技量を上げて、いつかこのままでも……って、いいだろ、そんなこと……」
自分で話してたくせに、レト王子はぶっきらぼうにそう言い放つと再び作業に戻った。
人間と同等の能力で、ジャンを超えたいと思ってらっしゃるのね。
その努力と目標は素晴らしいものだし、わたくしも応援したい。
でもそんなことを言ったら、恥ずかしがられたり嫌がりそうなので……無言のまま中断していた作業に戻る。
わたくしたちはほぼ無言のまま、それぞれ作業に集中し、部屋の中ではナイフを使う音とすりつぶす音のみが響く。
一時間後、石を滑らかな粉にする作業中は終了。
単調だったのでようやく解放された……けど、鱗とともに合成釜に入れて混ぜるので、結局かき混ぜる作業は続くわけだ。
合成釜に塗料の材料を入れると、レト王子がドラゴンの細切れ肉と数滴の血液、そして丈夫すぎる鱗をバキッと片手で握りつぶして釜に放り込む。
「…………」
ちょっと待って。そんな卵の殻や枯れた葉っぱみたいにドラゴンの鱗を軽々と粉砕するとは……。
わたくしがぎょっとしたまま固まっていたので、レト王子が怪訝そうな顔をする。
「うん? どうしたんだ……ああ、握力?」
「え、ええ……手、切れたりしませんの?」
「うん。たまに紙一枚で指が切れることもあるけど、今のは平気だったみたい」
ブチブチと簡単そうに鱗を引き抜いていたり、砕いたりできる魔族のパワーすごい。
あるいは魔族の王家だから、ほかの魔族より超すごいステータス値なのかもしれない。
本気になったらわたくしの首も四肢でさえ簡単に引っこ抜けるんだろうな。
ただでさえ病み値が貯まってるっぽいんだから、殺意を抱かせないように気をつけよう……。
釜の中身をぐるぐるかき混ぜながら、ちらりとレト王子の後ろ姿を盗み見る。
彼の燃えるように赤い髪はとっても綺麗な色だと思うけど、わたくしが知っている限り、出会ってから髪を切ったりしていないのでノヴァさんみたいに長く伸びてきた。
「……レト王子は、髪を伸ばすことにしてますの?」
「えっ、そういうわけじゃないんだけど……でも、そうだな、かなり伸びてきたかも」
後ろで結んである髪をむんずと無造作に掴み、レト王子は自分の赤毛をじっと見つめた後、ちょっと恥ずかしそうにこっちを見た。
「ねえ、リリーは……長いままか切った方がいいか、どっちの髪型が好み?」
おっと……。これはゲーム画面だったら選択肢が出る問いだな。
しかし当然ながら、わたくしの眼前にそんなものは現れない。
「うーん……そうですわね、初めてお会いしたときは髪が短かったので、割とそのイメージがありますけれど……長いものも見慣れてくれば気になりません」
「総合すると、短い方が好きな感じかな。それじゃあ、後で切ってくるよ」
「後で切ってくる、とはラズールかどこかの美容室に?」
「美容室? いや、自分でナイフか何かでざっくりと。いつもそうしてたから」
思い切りがよすぎる。
「ノヴァさんに整えてもらうとよろしいかと。器用そうですから」
「せっかく伸ばしたものを切るから、魔物の体毛や毛皮代わりの調合材料になるといいんだけど……」
確かに長い髪をバッサリ切ると、気持ちいいけどもったいない気がするものだ。
調合に使うのも少し違う気はするけど、魔力を豊富に含んでいる(かもしれない)し、役に立つことにつながるなら問題ないだろう。多分。
話しているうちに、鱗と粉々にした魔界の土は次第に釜の中で混ざり合ってきたので、魔界の水を加えながら少しずつ伸ばしていく。
水を入れてかき混ぜると、ふわっと青白く輝くのが綺麗だ。
「……レト王子、濃度や出来映えはこのくらいでよろしいのかしら?」
彼はひょいと釜の中をのぞき込み、棒を引き上げさせると、水滴の濃さや粘度を見て……『いいんじゃないかな』と微笑んだ。