【悪役令嬢がリメイク版で敵側のヒロインに昇格したのに、恋愛どころじゃないんですけど!/88話】


 翌朝、げんなりとした様子でそれぞれが朝食の席に着く。


 昨夜のドラゴンの咆吼が余程酷かったのだろう。みんなの中でも特にノヴァさんが憔悴しているように見えた。



「……見て大丈夫じゃないとは一目瞭然ですけれど、もしやお耳が痛いとか……?」

「そう、ですね……まだあの甲高い声が耳の奥で響いているような気がして……ドラゴンは恐ろしくありませんが、高音域の音が苦手なのです」


「耳栓でもしろよ。対策で持ってるだろ」


「それは持ってきていますが……レトさん。魔界にいる間中、ドラゴンというのは常にあの騒ぎなのでしょうか」


 コールスローをつつきながらノヴァさんがそう尋ねると、急に住民が増えた魔界の王子様は、うーん、とはっきりしないような声を上げて考える。



「俺も実際に見たのは初めてだけど……知識としては『ああいうもの』だと思ってるよ。それに彼らはまだ子供のように若い個体だから、ブレスの吐き方や自分の特性、生き物の反応、狩りの方法とかを勉強してるとか……じゃないかな」


「そうですか……今後も続きそうですね」

 それ以上聞く気がなくなったらしく、ノヴァさんはハァと息を吐いて食事を再開した。



 音を拾いやすいというのは弊害もあるようだ。



 あの騒ぎがあった後、魔王様が城に結界を張ってくださった。

 魔王様が仰っていた『後で』の意味はドラゴンたちの咆吼だというのは分かったが、出来るんなら早くやって欲しい――とエリクが不満を漏らす。


 大丈夫、それは誰もが同じ気持ちだっただろう。



 特にノヴァさんは誰よりも強く感じているはずだ。


「ということは……城の結界も、考えたほうが良いという事じゃないの? 魔王がずっと結界を張り続けるわけじゃないでしょ」


「結界って一度張れば術者が解くか壊れるまでは持続するけど、確かに複数体が面白がって吐くブレスをそう何十回も防げるかどうか分からないし、防衛に関しては改善もしよう……あと、レンガも焼成したものを使用したい。城壁の一部が崩れたよ」


 雨水を吸って柔らかくなった城壁に、緑のドラゴンが蹴りを見舞ったそうだ。


 爪跡というか足跡……が残っているし、その周囲は崩れ落ちた。


「丁度巣にしたい手頃な場所があったのに、壁が邪魔だから蹴り倒したそうだけど……グリーンドラゴンがその周辺に住まうなら、あのあたりは森になるのが早いと思う。できればもうちょっと、ブルードラゴンと一緒にあちこちに行ってもらいたいけど」


 彼らにとってもまず寝床が先、ということだ。


「そういえば、あの白いドラゴンの尻尾って……どうなさるおつもりですの?」

「ああ、切れた尻尾はもうくっつかないから、素材にすれば良いよ。元と同じ形じゃないかもしれないけど、切れた付け根から尻尾は再生するし」


 魔力や元素というものを使用して、ドラゴンも成長したり傷を治したりするらしいのだが、傷を治すなら地上よりも魔界のほうが肌になじむ魔力もある。


 竜族によくある狩猟から食事、宝石などに財宝集めに至るサイクルの心配も、経験を積むことができるならそれに越したことはないが――若い段階ではまだ緊急性はないらしい。


 しかし、ドラゴンの吐くブレスや体から放出される魔素……? とかいうものが環境の成長を促進させるとかで、結果的に双方のためにも良いだろうという判断から連れてきたようだ。



「大人のドレイクとの諍いで、ドラゴンが一匹傷ついたんだ。様子を窺っていたドラゴンたちも内心怯えていたと思う。だから大人しくついてきてくれたんだ」


「そういえば、あの白い子はどこへ……? 城の周辺にいないようですが」

「ああ……いうことを聞いて療養しているよ」



 あの凄く長くて大きな岩の頂上で大人しく身体を丸め、傷を治すことに専念しているらしい。



「傷が痛むから、たまにイライラして光を発生させるけど気にしないでほしいって。死ぬほどの怪我じゃないし、ドラゴンたちも次第に、俺たちや環境に順応してくれるだろう」


「……白いドラゴンは気を遣ってくれるだけ、ありがたいことですねぇ」

 セレス君が新しくお茶を注いでくれて、話を一区切りさせたレト王子はすぐに口をつけて喉を潤す。



 まあとにかく、今回のドレイクには改めてレト王子が様子を見に行くだろうし、わたくしも太陽の石があるなら欲しい。


 そしてドラゴンの光やら何やらを効率的に使いたいものだ。


「そういえばエリクは、昨晩設計図を書いていると仰っていたような……。わたくしも、無尽蔵といえるほどに魔界じゅうにある魔力とドラゴンのブレスを一緒に取り込み、魔術式を発動させると効率的に効果を伸ばせるのではないかとまでは考えましたの」


 ドラゴンや魔術などの詳しい話より、錬金術の話の方がわたくしには理解しやすい。眠そうなとろんとした目を向け、エリクはああ、と覇気のない返事をよこした。



「ドラゴンの体表が発光する、というのが見ていないのでどういうものか全然掴めないんですけどね、まずはレッドドラゴンの吐く火球やブレスの熱を集めて、強力な光を照射させるためのエネルギーにしようと思う」


「つまり、熱から光を作るということ……で、よろしいのかしら」


「そうです……取り込んで光にするだけなら買い足す素材もなく作れる。だけど、効果もとても狭い範囲。城内を照らすくらいの、照明程度にしかならないんです。拡散と効果を倍増させようと素材を組み込んだ装置にすると、どうしても手元にある白竜の尻尾の皮だけじゃ足りないし、なにより『愚者の夢』という上級素材も必要になるんだよねぇ。それを探す方が大変だ」


「『愚者の夢』……存じ上げませんわ。それはどのような素材ですの?」

 知らない素材の名前が出たので、素直に聞いた。


「見た目は灰色の……普通の魚だよ。普段は深海に住んでいる、15センチくらいの大きさ」

 そんなに大きな魚ではなさそうだ。それが上級素材というのも、ちょっと疑問に感じる。実は凶暴だったりするのかしら。


「その魚、空を飛ぶこともあるらしいですけど、産卵に来ているんじゃないかって漁師や学者には言われてる。で、骨がごくまれに虹色に輝いているんだそうだ。骨が輝いても見た目は普通の魚だし、骨が虹色になっているかどうかは開かないとわからない。魚だから腐敗しやすく品質はすぐに落ちやすい――そして、何より問題なのが……錬金術師以外はその骨に興味がないし、空気に触れて数時間もすれば輝きが失われます」


「……つまり条件が厳しいから上級素材という理由なのですわね。確かに樽いっぱい買っても、まずは開かないといけない……」



 うーん、想像するだけで大変な作業だ。

 干物や塩漬けといった保存食が大量に仕込めそう。


「エリク自身、見たことなどは?」

「残念ながら、一度もない。知っていると思いますが、ディルスターは海から遠いので……海の魚が運ばれることがまずありません」



 ということは、やはり大きいものは作れないわけか……。




「ねえ、それなら、無理に全部を錬金術にしなければいいよ。俺の知ってる魔術の技術でなんとかなりそうだ」



 レト王子がわたくしとエリクの悩みに光明をもたらすかのように話に入り、ダイニングテーブルの上に指で図を描く。


「特定の場所にしないと、後世でドラゴンのブレスはその術式で無力化しちゃうことになると大変だから、ドラゴンのブレスはたまに術式付近で吐いてもらうことになるかな。ブレスはとてつもない威力だから、一度撃ってもらえたら、相当のエネルギーや魔素が貯まるはずなんだ。それを毎日三度くらい吐けるんだからすごいものだよ」


 一日三回。『それだけ』なのか『そんなに』なのかは意見の分かれるところだと思うけど、すさまじい高熱や酸性のブレスを自らの体内から放出して、よく喉が焼けないものだ。


「力として使えそうなのは、レッドドラゴンのブレスと、ライトドラゴンだね。ブレスを吸収する術式……これは竜の血肉、鱗を使って作る塗料が必要で、魔界の土と混ぜて作れば安定すると思うんだ。とにかく術式に熱や光を吸い込んで貯め込み、必要な一定量ずつ、調合したアイテムのほうへ送ればいい」


「魔術が、巨大なエネルギーを入れる容器の代わりになって供給もしてくれる……というわけですね」

 エリクがそうやって補足してくれなかったら、少しわかりづらい説明だった。


「となると、わたくしたちが作成するのはドラゴン素材の塗料……そして発光体ですわね。ドラゴンの力を使用した疑似光、どれほどの照射力を持続できるのかしら」


「最初はライトドラゴンの傷が癒えるまで、レッドドラゴン一体分からの供給になるけど……太陽の石くらいの力は出るんじゃないか? 作ってみないとわからない」


 まあそもそも、太陽の石だって名前は知ってるけど性質はよく知らない。

 石の力が何年持つかわからないものだし、電球交換するように10年に一度とかだったらコスパ悪そうだ。


 その点、うまく居座ってくれたら長い寿命があるドラゴンさんたちは安心できる動力……じゃなかった、魔界の民だ。



「それじゃ、今日は一緒に塗料の材料調達と作成でもしようか」

 にっこりとレト王子がわたくしに微笑み……『私も』と言いかけたセレスくんの肩をエリクとノヴァさんが掴んで椅子に無理矢理座らせると、無言で首を横に振る。



――なんの真似だ。そういう、余計な気を回す必要はないと思うぞ。



 ちらちらと目だけを左右に動かして状況を理解した(させられた)セレスくんは、何かに気づいたかのようにハッとした顔をして頷いた後、笑顔でわたくしたちに『頑張ってくださいね』と告げた。




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こめんと

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