【悪役令嬢がリメイク版で敵側のヒロインに昇格したのに、恋愛どころじゃないんですけど!/87話】


 レト王子の謎めいた言葉は、本当に数時間後に判明することとなった。



 わたくしが自室のベッドで横になって、ゆっくり心身を休めていると――……。



『ギャアアアアーーッ!!』



 とんでもない叫び声と、何かが爆発したかのような強い衝撃。


 地面ごとわたくしの小屋をドンと揺らし、ぱらぱらと壁から砂がこぼれ落ちた。




『キョオオーーンッッ』



 続いて、耳がキーンと痛くなりそうな程の甲高い叫び。


 揺れないまでも、ドドドドという凄い音が小屋の外から聞こえてくる。


「なっ……なんですの!?」


 平和な魔界に突如異変が……というレベルではない。異常事態だ。


 慌ててベッドから飛び起きて、上着を羽織ると外に飛び出す。




 魔王城の廊下を走り抜けて正門に出ると――ぽつん、と鼻の頭に水が滴った。


「んぷっ……? つめた……」



 何かなと思ったのは最初の一粒が鼻を打ったときだけだった。



 すぐに――バケツをひっくり返したかのような豪雨がやってきたのだ。



「うひゃあああっ?!」



 さっきのドドドっていう音はコレだったのかしら! いいえ、それよりも……!!



「雨! 魔界に雨が降っているではありませんか! いったいどういうこと……!?」



 わたくしの髪とパジャマが猛烈な雨によって瞬時にびしょ濡れになり、肌に張り付く。


 額に手を当てて目の中に入ってくる雨を遮りながら仰ぎ見ると、上空では青いドラゴンが楽しげに飛び回っていた。


 そういえば、青いドラゴンは水だか何かを司っているとレト王子が言っていたような……。


「ドラゴンたちは広範囲に雨や何かを降らせる、ということができる……ってこと?」



 わたくしの呟きに応えるかのように別の方向から咆吼が聞こえ、カッと空が赤く光り――とんでもない爆発音と衝撃が周囲に響いた。



 思わず耳を塞いでしゃがみ込んだが、至近距離で起こった爆発ではないようだ。



 それだというのにこの音と衝撃波。


 廊下や部屋に窓ガラスがあったら、今ので割れてしまっていただろう。


 家畜たちは小屋の中に待避しているが、こんな恐ろしい声が聞こえているのに平然としていた。聞こえないのだろうか。


「……そういえば、消音結界がどうとか……なるほど」


 おそるおそる立ち上がって、爆発音が響いた方向を窺うと、赤いドラゴンが空を旋回して火球を吐きまくっている。



 その都度、地響きと爆発音が絶え間なくやってきた。



 地面は揺れるし、城壁やジャン達の小屋……ゴーレムくん達が築き上げた城壁の一部は日干しレンガだったので、はたしていつまで形状を保てるだろうか。



「……ていうかわたくしの部屋も、日干しレンガでしたわね! このままではいけませんわ!」

 だだっと畑の方に走り、空を気持ちよく飛んでいる青竜に声を張り上げた。



「ねえ! お楽しみのところ申し訳ありませんけれど、もっと遠くを飛んでいただけないかしら! このままの勢いで雨を降らされたのでは、お城の一部とわたくしたちの部屋が崩れてしまいますわ!」



「グゲゲゲッ」

 わたくしの言葉は青竜に通じているようだが、謎の発声で返される。



 なんて言ってるのかは分からない……と思っていると、肌を打つ強い雨がわたくしの周囲に『だけ』降り注いだ。



「きゃあああ! 痛っ、やめなさい!」

 いつまでも石つぶてのような雨が続くわけではなかった。


 ぴたりと雨を降らすのをやめ、わたくしの頭上をゆったり飛び回る。


 ただでさえ魔界には強風が吹いているのに、ドラゴンが飛び回ることで突風も巻き起こり、水浸しになった服が体温を急速に奪っていく。



「ケケケケ」


 嘲るような声。




 そうか、あいつ……わたくしをからかって笑ってやがる。



「もう! わたくしをからかって遊ぶなんて、ジャンみたいなみっともないことをするんじゃありません!!」



「――夜に随分なことを、でけえ声で言ってくれるじゃねえか」


 がっしと頭を掴まれ、振り返ると……タンクトップ一枚とズボンという薄着で、若干ご立腹のジャンさんがわたくしを睨み付けていた。


 見る人が見ればスチル絵くらいにありがたいものなのだろうが、わたくしにはドキドキするようなモノではなかった。だいたい、頭も掴まれたまんまだし……。


「あ、あら、ジャンニさんではございませんか。ごきげんよろしいようで」

「ごきげんよろしいわけがあるかよ。寝てるところをドッカンドッカンやられちゃ眠れねえっつの……仕上げに今のだ。怒らない方がどうかしてるぜ」


「……リリーさん、いったいドラゴンになにをしたんですか。設計図を書いているんだからうるさくしないでください」


 ご立腹なのはジャンだけではないようだ。


 神経質そうに眉をつり上げ、何時だと思ってるんだとブツブツ言いながら、エリクもやってきて、水を滴らせるわたくしに目を向ける。


「……なんでそんなにビッシャビシャになってんの?」

「青竜の性根が悪いので……いひゃい……!」

「おれみたいでみっともないと大声で抜かしやがった罰だ」


 頬をぎゅうっとつねられ、わたくしが悲痛な声を上げていると、また上空で『ケケケ』と笑っている。くそっ、ジャンが増えた……!


「――こういうことだから、消音結界が必要なんだよ。このぶんだと、全体的な耐久性を強化するための結界も必要かもしれないね」



 レト王子が姿を見せると、逃げるように青竜は飛び去っていく。



「ひっどい目に遭いましたわ……」

 肌を打った雨は痛かったけど、幸い氷のつぶてなどは混じっていなかった。


 青竜のヤツもやろうと思えば出来たと思うのだが、一応レト王子の言いつけ『家畜や仲間を傷つけないこと』は守っている……のだろう、と信じたい。


「……いたずらをしたから、叱られるということも分かるのでしょうね」


 レト王子の後ろに付き従うようにして現れたノヴァさんも、大きな音には弱いようで、耳をぺったりと伏せたままだ。


「あとでちゃんと怒っておかないといけないね。クセになっては……リリー、そんなずぶ濡れだと風邪を引くから、お風呂にでも入ってきてはどうかな」


「そう致します……ノヴァさん、今から入浴って可能かしら」

 すると、ノヴァさんとエリクは示し合わせてもいないのに同時に頷いた。


「24時間いつでもどうぞ」

「湯は循環して湧くようになってるよ」


 なんだか分からんが、いつの間にか凄い設備になってるぞ。錬金術って凄い。


「助かります……」

 皆が平然としているところで一人で寒さに打ち震えているので、わたくしは挨拶もそこそこに部屋に着替えを取りに立ち寄って、雨漏りしてないことも確認した後、二度目のお風呂に向かった。



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こめんと

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