いざ、ドレイクとの戦闘!
……になるかと思いきや、わたくしたちはその戦闘の暇さえ与えられず、レト王子と魔物たちのやりとりを眺めていただけだった。
そして……わたくしたちは(レト王子が)連れて帰ってきたドラゴンを眺める。
負傷した白いドラゴンのほか、青、黒、緑、赤……各種のドラゴンたち。
戦隊モノかと思う程度に色が豊富だ。
彼らは見たこともない土地で、それぞれ好奇心の赴くままに視線をあちらこちらへと向け……魔界で飼い始めた羊と鶏を見つけ、そちらに向かって歩き出そうとしたときには、レト王子がさすがに止めた。
「レト王子、わたくし達には経緯がさっぱり分かりません。あなたとファイアドレイクの中で、どのような話になったのですか? それに。彼らをどうするつもりなのでしょうか……」
「……結論から言えば、あのドレイクも魔物との混血種だった。彼らは同族で獲物の取り合いをしていたんだ」
「……会話が通じているので、もしやとは思いましたが。実際にそう口にされると、なんと言って良いか……」
「あの辺は狩りに適した場じゃない。獲物の数も少なかったんだけど、ドレイクの狩り場は同族のよしみで目を瞑って貰っていたんだ。でも、獲物を狩る頻度が高すぎて、獲物がもうなくなりつつあるそうだよ」
「つまり荒らし回ったんだな。そりゃあんななんにもねえところで食いまくってりゃ、減るに決まってる。道中、ネズミくらいしか見かけなかったしな」
ジャンの言葉に、レト王子はそういうことと頷く。
「まだ多少残ってるみたいだけど、これ以上は山を捨てないといけなくなるそうだ。かなり前から控えろと言ってたのに、聞かなかったんだって」
だから実力で止めざるを得なかった、ということ……にしても、だ。
「……魔界にも、餌はございませんわ。動物を増やせるならとっくに使っていますし……」
食糧の問題はまだ解決できていない。とても深刻だ。
ドラゴンの……この太い牙、鋭い爪、大きな身体。どう見ても彼らは草食ではなく肉食だと思う。
だが、レト王子は心配要らないよと付け加えた。
「ドラゴンは肉が好みだけど、何でも食べられる。この大気だって栄養になるんだ。こればっかりではだめだけど、草も今なら生えているし――環境も作り出せるはずだ」
そうして誇らしげにレト王子はドラゴンの首を軽く叩いた。
「この青いドラゴンは、氷や水を司っている。局地的にそれらを降らせることも出来るはずだし、何かしらの属性があるドラゴンは、その力を振るうこともできるんだよ」
レト王子の紹介に、どうだとばかりに首を伸ばす青いドラゴン。
「……日照に影響がある子はいますか?」
「日照というか……強い光を放つはずなんだけど、いま怪我してるから……どうなんだろう」
そう告げるレト王子の視線の先には、あの白いドラゴンがいる。
「本来ならライトドラゴンは身体に溜まった熱を光にして、放出することができるはずだ。一日に何度もそうしないと、体温が上がりすぎてしまうらしいよ」
難儀な身体だなあ。
「……光る……ということは、そうだ……その光を集めて、全体的に長く拡散できるよう、いわゆる光を溜めておく……電池みたいにできないかしら」
太陽の石で擬似的に作るつもりだったが、そんな便利なドラゴンたちがいるのなら、熱やら光やらを集め、長時間放射できるようにすればいい……。いや、太陽の石もあれば欲しいですよ?
「エリク、こうしてはいられません。あなたの知識をお借りして、光の器を作りますわよ!」
ガッとエリクの腕を取って、設計図の作成から取りかかろうと思ったのだが、エリクが抵抗を示す。
「は? 光の器? って……ちょっとリリーさん! まだ話……」
「後でそれは伺いましょう……って、あら……?」
エリクを引っ張っていたわたくしの身体は、糸の切れた人形みたいに力ががくんと一気に抜けて、土の上に倒れこんだ。
「……あら?」
身体を起こそうとしても、指先に力が入らない。どうしてしまったんだろう――と思っていると、わたくしの身体が仰向けにされ、視界にレト王子の顔が飛び込んでくる。
「リリー!! ……さっき言ったじゃないか。倒れない程度に力を貰うって。もしかして俺に全部渡したんだな」
側に駆け寄ってくれたらしいレト王子は、わたくしの身体を抱き起こした。
問題ないと分かると、わたくしの身体から手を離し、エリクの手を借りながらわたくしの身体を背負ってくれる。
なんか、力が入らないから自分の全てを明け渡してしまったようで、これはこれで恥ずかしいのですが……それは、すごく。
レト王子は恥ずかしくないのだろうか……じゃなくて、大丈夫だろうか。
「だって、加減がよく分からなかったんですもの……なるほど、精神力や魔力も枯渇すると、こうなるのですね……」
「ええ。何日も昏睡状態になることだってあるから気をつけてください」
セレスくんがわたくしの顔を覗き込むようにしながら、体調を探ってくれているようなのだが……きゅっと顔を背け、セレスくんの視線から逃れた。
「あの、セレスくんのせいではなく……体調の善し悪しを正確に探られるというのはちょっと、自分の内面をのぞき見られているようで恥ずかしいといいますか……」
「――あっ、そ、それは、誤解ですからね?! 本当に身体の一部分を見たり触ったりなどするわけじゃありません! 良いか悪いかという判断だけですので、身体つきとかの話じゃないですよ!?」
「その、生々しい表現をしないでいただけますか……」
セレスくんが恥ずかしがりながら弁解した言葉の一部が、ノヴァさんに刺さってしまったらしい。申し訳なさそうな顔をして、耳はぺたりと伏せられていた。
「ドラゴンたちは魔界で暮らすといい。力が有り余っているなら、魔王城から離れた場所で放出してくるんだぞ。城の屋根に穴が空いては大変だから」
「きゅる」
「お前は、魔力を特にたくさん吸って……回復にあてるんだ。食べ物は、その……考えておく」
家畜と彼ら(わたくしたち人間である)を食べちゃだめだぞと言い残し、レト王子はわたくしを連れて城へと戻っていく。
「あの、どちらに」
「父上のところだ。リリーの状態を見せないと」
「ですが、これって魔力切れなのでしょう? だったら――」
「だめだ」
強い口調でレト王子はわたくしの反論を許さなかった。
「魔力切れだって、わかっていても怖いんだ……頼むから言うことを聞いて」
……レト王子は誰かを失うことが怖いのだろう。
わたくしはその背にもたれかかったまま、ゆっくり頷いた。