【悪役令嬢がリメイク版で敵側のヒロインに昇格したのに、恋愛どころじゃないんですけど!/84話】


 そこには……向かい合う二頭の竜の姿があった。



 一頭は赤くて羽のない、陸上の四つ足恐竜に近いようなどっしりとしたフォルムの竜。


――これが多分、噂のドレイクなんだと思う。当たり前だけど初めて見た。



 そのドレイクが眼光鋭く睨んでいるのは、傷を負ったドラゴンだ。



 ドレイクと比べると白い方は二回りほど小さく、地に伏せるように倒れ込んでいた。


 細めだけど強靱そうな爪を有する四肢、そして背に生えている翼……だが、白いドラゴンの後脚には噛まれた傷があり、尻尾も千切れて近くに転がっている。



 千切れているんだから相当深く噛まれた……というのは分かるが、白いドラゴンの周囲には身体から流れ出た血が散っていて、胴体に裂傷も結構ある。


 ドレイクだっても無傷ではない……けれど、白い子と比べるとたいした傷ではなさそうだ。


 周囲に漂うのは血の臭い。そして、岩場も所々焦げている……。

 先程の咆吼もあるし、この様子から見ると今まで互いに争っていたのだろう。


「――やめろ!」


 レト王子がドレイクと白いこの間に割って入ろうと駆けだして、ノヴァさんが慌てて行動を抑止しようとしたが、あっけなくその手をすり抜けていく。


「ちょっ……!」

 レト王子、なんという無謀なことを……!


 今様子を覗いたばかりのわたくしより、止めようと動いたノヴァさんのほうが驚きは大きいだろうが、最悪の事態になっては困る!


「――エリク、眠り爆弾の準備をお早く……!」

 ゼヒゼヒ言いながら上がってくるエリクにそう言い残し、わたくしも中に突入する。


「あんたは後ろにいろ」

 ノヴァさんのほうへ走ろうとすると、手前にいたジャンに襟首を掴まれて止められる。


「だって、レト王子が」

「あんたが飛び出したってしょうがねーだろ。岩陰に術士どもと隠れて、戦闘が始まったらなんとか爆弾とやらを出せ」


 と、指さしたのは大きい岩。ここに潜めば確かに数人は隠れられるだろう。


 わたくしとエリク、セレスくんはそこに押されるようにして待機させられ、ジャンはノヴァさんの側へと歩いて行く。



 そんなことより、レト王子が黒焦げにならないか心配なんだけど……。

 ぬっと顔だけを岩から出して動向を見守る。ああ、何も出来ない我が身が呪わしい。



「お前がこの火山の主だな。こうなった理由を俺に話してくれるか?」

 傷ついた白いドラゴンの首に手を置いて、労ってやりながらドレイクに聞くレト王子。ドレイクがじろりと彼を見て、鼻を鳴らした。


「お前もこの子も俺の……魔界の大事な民だ。何があったのかは分からないが、見殺しにしたくない」


 レト王子の言葉は通じているのだろうが、まだ戦闘直後で興奮でもしているのか。

 ドレイクは『ぐるるる』と低く唸る。


 すると、白い子もぐるると鳴いた。レト王子が頷く。



「餌場に入ってしまったのは申し訳がなかった。本竜(ほんにん)も詫びていると言っているし、この子の取った餌は、既にお前が食べたんだろう?」


 どちらの会話も分からないわたくしが何か言えることもないのだが、レト王子の言葉の端々から推察すると……どうやら、ドレイクの縄張りに入ったこと・勝手に餌を捕っていたこと……が原因で、白い子はブチ切れた赤いドレイク……いわゆるファイアドレイクに殺されかかっていたようだ。



 ドラゴンの事件なだけに、逆鱗に触れたというモノか。



「――えっ? この子だけじゃなく、他にも魔界のドラゴンが来ている……? 何度言っても聞かないから殺す……だって?」


 レト王子は許して欲しいと交渉を続けている……のだが、どうやら性懲りもなくやってくるのは白い子……と他に複数。ドレイクはもはや我慢の限界のようだ。



 一応最初のうちは穏便に立ち去って貰おうと努力した(?)のに、言うことを聞かずに狩り場を漁っていたのはこの白い子達。


 ドレイクが襲ったのにはそれなりの事情があった……ということか。

 レト王子も呆れたように白い子を見つめ、どうしてそんなことを、と聞いた。


 ゴニャゴニャと白い子が言い訳がましく何かを言い、ドレイクも唸る。


……というか、ドレイクの言葉通じてないか? あの子も魔物の血が入ってるのか?


「いつでも点火は出来るんだけど、これは急に戦闘が始まったりしませんよ……ね?」

 エリクが金色の帯が巻かれた爆弾を手にしたまま、わたくしに小声で問いかける。

 彼もどうすべきか決めあぐねているようだ。


「このまま戦闘に突入する可能性も充分ありますけれど、話し合いが続いているのでまだ大丈夫かと思われますわ……」


「あの白いドラゴンはどうするのでしょうか。レト様も困っているようですが」

 実際困るだろう。

 縄張りを荒らしたのはあの子たちだし、こちらにはお詫びに差し上げるようなものなど何もない。



「――お前、その仲間はどうした? 近くにいるのか?」


 レト王子が叱るような口調で言うと、白い子はキューキュー鳴いて何かを訴える。

 しかし、レト王子は首を振ってだめだとはっきり断る。



「全員連れてこないとだめだ。ドレイクだって迷惑してたのに、今まで我慢していたんだぞ。怪我をしたのはお前達が忠告を守らなかったからだ。イヤだからって逃げないで、きちんと謝って」


 レト王子の言葉にドレイクも頷いているかのようにまぶたをゆっくり閉じて、また開く。


 一応ドレイクの討伐も視野に入れて来たのに、なんか……ここが収まってもやりにくい展開になりそうな予感がする。


 渋々、白いドラゴンは空に向かって一声高く鳴いた。



 すると、すぐに数頭の鳴き声がどこかから聞こえ、上空に数種類のドラゴンが現れた。




 このドラゴンの群れが、白い子の仲間……そしてすなわち、魔界の民である。


 旋回して周囲の様子を窺った後、彼らは白いドラゴンの周囲に降り立ち、眉をつり上げたままのレト王子をじっと見てから……しゅんとうなだれる。


「後ろめたい事実は全部聞いたぞ。ドレイクに謝りなさい」

「ぎゅるるぅ……」


「食事が取れないのは皆同じだろう? むしろ、草原に降り立った方が獲物は多かったのに、なぜわざわざこんなところに……いや、説明より先に謝罪が必要だったな」


 ごめんなさい、とレト王子が先にドレイクへ頭を下げた。


 ぎょっとした(ように見える)白い子も慌てて長い首を折り曲げて頭を下げ、集まった子達もそれにならう。


 偉い人が謝ったので頭を自分たちも下げる、というのはこちらの世界もそういう縦社会なのだろうか……。


 というかドラゴンは群れるのだろうか。なんか常に単体で行動してるイメージなんだけど。



 レト王子に叱られるドラゴンたちを見ていたドレイクは、機嫌が良いのか悪いのか『ぐるる』と低く唸った。


「……本当か?」

 レト王子もほっとした顔をする。この様子だと……良い方向に行きつつあるのかしら。


「わかった。この子達は連れて帰る。馬一頭はなんとか……用意してみるよ」

 千切れた白い尻尾を拾い上げ、レト王子は『魔界に帰るぞ』と、わたくし達を含め、ドラゴン全員に言った……と思う。


 手を地面にかざしたが、すぐに困ったように自身の手のひらを見て、リリー、とわたくしを呼ぶ。


「……全員分だとかなり辛いんだ……手、というか力を貸して」

「えっ……わ、わたくしですか?」

「かなり大きく陣を張らないといけなくて。俺一人だと魔力が枯渇しちゃうんだ」


 岩陰から出ると……ドレイクやドラゴンたちから自分が見られているのがひしひしと分かる。

 前を通ったときにガブッと噛まれないかとちょっとばかりビビりながら進むと……早速レト王子から右手を差し出された。


「手を握って。魔力を俺に流して欲しいんだ……自分が倒れない程度に」

「わかり、ました……」


 そっとレト王子の手を握って視界の情報を遮断……つまり目を瞑りながら神経を集中させつつ、魔力を彼に通していると、近くにいろいろな気配が寄ってくるのが分かる。



「ぐるる……?」

 ドラゴンらしき奴が、わたくしの隣でいぶかしげな声を出す。


「そ、そういうのではないよ」

 否定したレト王子の精神がなぜか乱され、魔力が通しづらくなる。


「――もう大丈夫、ありがとうリリー……そしてドレイク、今日は済まなかった。また後日」

「がるっ」


 ドレイクとレト王子はなんだか友達みたいに軽い挨拶を交わしたが――……わたくし達は事情もよく分からないまま一時撤退を余儀なくされたのである。




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こめんと

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