さほど広くもなく、ただでさえ歩きづらい山道を急ぎ足で進んでいるものの、レト王子の歩速はしばらく経っても全く落ちる気配がない。
彼の心情的に、この山に住むドレイクだと思っていた怪物が実は魔物……すなわち民を見つけた喜びと焦りもあって、落ち着いてはいられないのかも。
もしかしたらこのまま我々を置いて、今すぐ駆けだしていくのではないか……とすら思える。
「レト王子、落ち着いてくださいませ」
「わかってる……」
小走りに近づいて声を掛けたのだが、彼はこちらに見向きもせずに短く答えた。
わたくしと話しているこの時間すら惜しいようだ。
「歩調を少し緩めていただきたいのです……。周囲への注意を怠っては、危険ですわ」
「ちゃんと見てる。大丈夫」
うそだー、ちゃんと見てないじゃないの。
ちらっと後ろを振り返ると、ジャンとノヴァさんは問題なくついてきているが、錬金術師と司祭見習いという、いかにも運動量が少なそうな職業の二人とは、少し間が空いてしまっている。
前衛職のお二人にレト王子のことはお任せするとして、わたくしはパーティの後衛の二人を待つことにした。
わたくしも後方から射るので、どっちかといえば後衛職になるのだろう。
後衛同士、前方の皆様とはぐれない程度に仲良く参りましょうか。
「あえて伺いますが……大丈夫ですの?」
「大丈夫に見えるなら、いいけどね……」
「歩くのは慣れているかと思ったんですけど、結構山道って……きついです……」
エリクもセレスくんもゼーハー言いながらそれぞれ感想を述べているが、わたくしがこうして二人を待っている間にも、レト王子は先に行ってしまう。
「おぉい、いい加減遅ぇぞ。速く歩け」
立ち止まってくれたジャンが、二人……と、多分わたくしにも叱咤の声を掛ける。
「速くったって……できるならそうしてますよ」
「普段やらねーから、今できねぇんだろ」
……なんだか、いろいろな局面で思い起こされそうな教育的ワードだ。
カレンダーめくると、毎月の標語的に載ってるやつにありそうで耳に痛い。
「そもそもわたしたちは戦闘職じゃないんですよ?」
「文句言うならなんで着いてきてんだよ」
「わたしが眠り爆弾とかを持ってきたからでしょうが! 説明しても新しいアイテム、誰も上手く使えなさそうだからこうして……」
「へーへー、すいませんすいません、っと」
エリクとジャンのやり取りを聞きながら、わたくしとセレスくんはその後ろを歩く。
「しかしリリー様、本当に体調の加減は……」
「あら、大丈夫ですわよ。ゆっくり休みましたもの」
あれから数日経っている。そんなに心配することはない、そう言っているのにセレスくんの表情は曇る。
「……セレスくんって、資質だけではなく体調なども感じ取ることが可能なのですか?」
「資質などと比べると精度は下がりますが、なんとなく合ってる、という程度じゃないかと。だから、やはり万全ではないかな……と感じます」
そう言われてもお腹は痛くないし、わたくし自身が『変だな~調子悪いな~』と思う部分はない。
「精霊の力を一度使うと、精神力が乱れやすくなるとかかしら……?」
「いいえ、そんなはずはありません。リリーさんは精霊の加護があるのですから、むしろ精霊が乱れを整えようとしてくれるはずです」
そういうものなのか……精霊って凄いのね。ありがとう……!
「でも、わたくし本当に――」
何もない……そう言おうとすると、それを遮るようにまたしても咆吼があった。
さっきよりも格段に近い。
空気がビリビリと震え、恐ろしい声に恐怖が心の底から湧いてくる。
「……かなり近い。急ぐぞ。ビビってる場合じゃないぜ。こいつらの咆吼はそういうモノなんだよ――って、おい、突入すんな……チッ、おれたちも走るぞ」
レト王子とノヴァさんは小走りになっている。それを見たジャンはわたくし達にそう言うと、自分も走った。
「セレスくん、エリク、走れますわね?! というか、走れなかったら置いていきますわよ」
仲良くいこうねといっておいて駆けだして申し訳ない。
「わかったよ……走りゃ良いんでしょ」
投げやりにエリクが答え、セレスくんも一緒に駆ける。
……これは……残念な概算だが、彼らはあと数十メートルで息が切れることだろう。
「がむしゃらに走らず、小走りで構いませんわよ……わたくしは急いでいますので、お先に失礼しますわね」
彼らを捨てるようにして追い抜くと『薄情者ー!』という酷い言葉が後ろから聞こえるが気にしない。
ノヴァさんも一緒だから、レト王子がブレスで黒焦げているとかは……ない……と思うけど、急いでいるときには一瞬の判断ミスが命取りになる……って、ステラさんが合宿中に教えてくれたもの。
エリクとセレスくんは大丈夫だ。一応何度か振り返りながら走ってあげるからね!
側面の岩が崩れて道を埋めてしまったらしく、道幅が一層狭くなっている場所があり、人一人通るのがやっと……という、もはや道というよりも隙間だ。
どうやらこの先……というより、もうここからが、問題の魔物がいる場所のようだ。
「なんか、熱いですわね……」
急にむわっとする熱風が吹いてきた。
火口というわけじゃないだろうけど、間違いなく何かがいるのだ。
レト王子たちは既に入っていったようだし、わたくしたちの先を行ったジャンは、とっとと飛び込んでいったが……なんかあの人は、このタイミングでブレスが吐かれても回避しそうだ。
心配しなくてよさそう……とか思うと、どういうわけか『また変なこと考えてただろ』って嗅ぎつけるかもしれないから、この思考はどこかに追いやっておこう。
わたくしはそっと岩場に張り付き、顔だけを出して内部を確認する……。