【悪役令嬢がリメイク版で敵側のヒロインに昇格したのに、恋愛どころじゃないんですけど!/83話】


 さほど広くもなく、ただでさえ歩きづらい山道を急ぎ足で進んでいるものの、レト王子の歩速はしばらく経っても全く落ちる気配がない。


 彼の心情的に、この山に住むドレイクだと思っていた怪物が実は魔物……すなわち民を見つけた喜びと焦りもあって、落ち着いてはいられないのかも。


 もしかしたらこのまま我々を置いて、今すぐ駆けだしていくのではないか……とすら思える。


「レト王子、落ち着いてくださいませ」

「わかってる……」


 小走りに近づいて声を掛けたのだが、彼はこちらに見向きもせずに短く答えた。

 わたくしと話しているこの時間すら惜しいようだ。


「歩調を少し緩めていただきたいのです……。周囲への注意を怠っては、危険ですわ」

「ちゃんと見てる。大丈夫」


 うそだー、ちゃんと見てないじゃないの。


 ちらっと後ろを振り返ると、ジャンとノヴァさんは問題なくついてきているが、錬金術師と司祭見習いという、いかにも運動量が少なそうな職業の二人とは、少し間が空いてしまっている。


 前衛職のお二人にレト王子のことはお任せするとして、わたくしはパーティの後衛の二人を待つことにした。


 わたくしも後方から射るので、どっちかといえば後衛職になるのだろう。

 後衛同士、前方の皆様とはぐれない程度に仲良く参りましょうか。


「あえて伺いますが……大丈夫ですの?」

「大丈夫に見えるなら、いいけどね……」

「歩くのは慣れているかと思ったんですけど、結構山道って……きついです……」


 エリクもセレスくんもゼーハー言いながらそれぞれ感想を述べているが、わたくしがこうして二人を待っている間にも、レト王子は先に行ってしまう。


「おぉい、いい加減遅ぇぞ。速く歩け」


 立ち止まってくれたジャンが、二人……と、多分わたくしにも叱咤の声を掛ける。


「速くったって……できるならそうしてますよ」

「普段やらねーから、今できねぇんだろ」


……なんだか、いろいろな局面で思い起こされそうな教育的ワードだ。


 カレンダーめくると、毎月の標語的に載ってるやつにありそうで耳に痛い。


「そもそもわたしたちは戦闘職じゃないんですよ?」

「文句言うならなんで着いてきてんだよ」


「わたしが眠り爆弾とかを持ってきたからでしょうが! 説明しても新しいアイテム、誰も上手く使えなさそうだからこうして……」

「へーへー、すいませんすいません、っと」

 エリクとジャンのやり取りを聞きながら、わたくしとセレスくんはその後ろを歩く。


「しかしリリー様、本当に体調の加減は……」

「あら、大丈夫ですわよ。ゆっくり休みましたもの」


 あれから数日経っている。そんなに心配することはない、そう言っているのにセレスくんの表情は曇る。


「……セレスくんって、資質だけではなく体調なども感じ取ることが可能なのですか?」

「資質などと比べると精度は下がりますが、なんとなく合ってる、という程度じゃないかと。だから、やはり万全ではないかな……と感じます」


 そう言われてもお腹は痛くないし、わたくし自身が『変だな~調子悪いな~』と思う部分はない。


「精霊の力を一度使うと、精神力が乱れやすくなるとかかしら……?」

「いいえ、そんなはずはありません。リリーさんは精霊の加護があるのですから、むしろ精霊が乱れを整えようとしてくれるはずです」


 そういうものなのか……精霊って凄いのね。ありがとう……!

「でも、わたくし本当に――」

 何もない……そう言おうとすると、それを遮るようにまたしても咆吼があった。


 さっきよりも格段に近い。


 空気がビリビリと震え、恐ろしい声に恐怖が心の底から湧いてくる。



「……かなり近い。急ぐぞ。ビビってる場合じゃないぜ。こいつらの咆吼はそういうモノなんだよ――って、おい、突入すんな……チッ、おれたちも走るぞ」


 レト王子とノヴァさんは小走りになっている。それを見たジャンはわたくし達にそう言うと、自分も走った。


「セレスくん、エリク、走れますわね?! というか、走れなかったら置いていきますわよ」

 仲良くいこうねといっておいて駆けだして申し訳ない。


「わかったよ……走りゃ良いんでしょ」

 投げやりにエリクが答え、セレスくんも一緒に駆ける。


……これは……残念な概算だが、彼らはあと数十メートルで息が切れることだろう。


「がむしゃらに走らず、小走りで構いませんわよ……わたくしは急いでいますので、お先に失礼しますわね」


 彼らを捨てるようにして追い抜くと『薄情者ー!』という酷い言葉が後ろから聞こえるが気にしない。



 ノヴァさんも一緒だから、レト王子がブレスで黒焦げているとかは……ない……と思うけど、急いでいるときには一瞬の判断ミスが命取りになる……って、ステラさんが合宿中に教えてくれたもの。


 エリクとセレスくんは大丈夫だ。一応何度か振り返りながら走ってあげるからね!



 側面の岩が崩れて道を埋めてしまったらしく、道幅が一層狭くなっている場所があり、人一人通るのがやっと……という、もはや道というよりも隙間だ。


 どうやらこの先……というより、もう()()からが、問題の魔物がいる場所のようだ。


「なんか、熱いですわね……」


 急にむわっとする熱風が吹いてきた。

 火口というわけじゃないだろうけど、間違いなく何かがいるのだ。


 レト王子たちは既に入っていったようだし、わたくしたちの先を行ったジャンは、とっとと飛び込んでいったが……なんかあの人は、このタイミングでブレスが吐かれても回避しそうだ。


 心配しなくてよさそう……とか思うと、どういうわけか『また変なこと考えてただろ』って嗅ぎつけるかもしれないから、この思考はどこかに追いやっておこう。


 わたくしはそっと岩場に張り付き、顔だけを出して内部を確認する……。



前へ / Mainに戻る /  次へ


こめんと

チェックボタンだけでも送信できます~
コメント