【悪役令嬢がリメイク版で敵側のヒロインに昇格したのに、恋愛どころじゃないんですけど!/82話】


―― グリューラ山。


 鉱山街テシュトから半日ほど歩いた先にある、グリューラ火山とも呼ばれる場所だ。

 その山の頂上付近に、太陽の石がある。



 いや、少なくとも無印版『は』あった。



 なぜそんな不穏な言い方なのかといえば……いくら準備を済ませたとはいえ、いきなり火山に直行するのは無謀。



 そこで現地の情報収集を兼ねて、わたくしたちはとりあえずテシュトに降り立ったのだが……。




「太陽の石ィ? 最近は採れたって聞かねえな」


「ドラゴンだかなんかを見たって奴がいたわな」


「あんたらみたいなガキが行くとこじゃない。早く家に帰って寝てろ」



……とまあ、炭鉱夫達に聞いても、有力な情報は特に得られない。



「適当なことを言っているわけじゃない……とは思っていましたけど、太陽の石は本当に流通がないようですよ」


 一応鍛冶屋さんにも聞いてくれたエリクだったが、そもそも太陽の石自体、加工する段階で高熱を発するため、武器合成で使うにはそれに耐えうる設備と技術が必要らしい。


 テシュトではそんな石を使う高度な合成はできないし、利用価値が限定的なため、さほど値段が付かない石のために何日も掛けて火山に行くより、普通に穴を掘っていた方が儲かる。



 火山は活性化していないものの、いつドカンと来るかも分からないし、モンスターもいる。


 命を張ってまで拾ってくる価値もないから探しにも行かない。


 だから取り扱いもない……とのことだ。




「なるほど……」

 ゲーム内では分からないことだったが、改めてそういう説明をされると納得できる。



「つまり俺たちは、酔狂で火山に行くと思われてるわけだね」

「実際普通の人は『火山に行こう』なんて無謀なことは言い出しませんよ」


 あれ以上滞在していても情報や石の入手は望めなかったので、すぐにテシュトを発ち、地図だけを渡され転移をお任せさせられるレト王子。


 セレスくんと和やかに話しているが……レト王子の転移技術、正確性が凄いといつも思う。


 わたくしが同じ事をしたら、火山の中に落ちてしまったり、ラズールのハルさんのショップにそのまま転移してしまったりしそうだもの。



「……セレスくん。本当に大丈夫なのですか? 今からでもテシュトで待って頂くことは可能ですのよ?」


 わたくしの知っているセレスくんはイベントNPCだったのだ。

 戦闘経験があるかどうかも分からないのに、こんなところまで一緒について来て大丈夫なのだろうか。


「回復を担当出来る方は、メンバーにいらっしゃらないと思いますし……。私も仲間なのですから、ご一緒させて欲しいです」


 戦いは不慣れですが頑張ります、などと、スポーツエンターテイメント番組に参加する一般人みたいな自己紹介になっている。


「大丈夫。教会の人間は神の側に近づけるから、死んでも本望ですよね?」

「あはは。神に仕えるものを冒涜する錬金術師には天罰が下りますよ」


 エリクとセレスくんは笑顔で穏やかではないことを言い合っているが、そんな喧噪の中にあってもレト王子は転移陣を形成し、神経を集中させている。



「うん……よし、できた。早く入って」

 魔法陣が紫色に輝く。



 レト王子の指示の通りに皆で身を寄せるようにして陣に入ると……即座に転移され、わたくしたちは一瞬にして見たこともない場所へと到着した。




 火薬のような、何かが腐敗したような……刺激のある匂いがかすかに漂ってきて、わたくしは不快さに顔をしかめた。


「硫化水素の匂い……まだ微かですが、目や喉の痛みなどを感じて具合が悪くなったら、それ以上進むと命に関わります。すぐに引き返しましょう」

 エリクが真面目な顔をして皆に告げたので、頷いて承諾を送る。


「……よく卵が腐ったような臭いと言いますが、一般生活で腐った卵などそうそう嗅ぐ機会はないのではなくて?」


「魔界には氷室があるので特に問題ないですけど、暑いところに置きっぱなしでは腐りますよ。わたしなんかは、研究に没頭していくつかダメにしたこともありますから、温度は関係ないんですけどね……」


 今は食事当番に割り当てがあるから大丈夫だろうけど、エリクは研究してると寝食を忘れそうだものね。


「しっかし、相変わらず便利な術だな。もう山の中腹に来ちまった」

「知らない場所をイメージするのは結構大変なんだよ……」


 ちょっと中に来過ぎちゃったね、とレト王子は言って、周囲を見渡す。

 むき出しの岩や断層。周囲には草木すら生えていない。


「……なんだか魔界みたいですわね」

「そうだねえ。なんだか和む光景だ」


「全然和まねーよ。最近噴火したって聞いてねぇけど、急に爆発するかもしれないから気をつけろよ……つっても、気をつけようがないか」


 ジャンの注意を聞きつつ、わたくしたちは武器を携えて周囲を警戒しながら歩を進める。


 火山というくらいだから足下は溶岩で固まっているかと思いきや、昔の噴火の名残か、風化した山の岩か……細かい破片ばかりでざくざくして歩きづらい。


 メンバーの中で誰よりも耳が良さそうなノヴァさんが先頭に立ち、周囲の音を聞き漏らさんとするかのようにしきりに耳を動かして探っている。


「ドレイクくらいになると、足音や鳴き声も大きいのではないかしら」

「そうでしょうけれど、彼らだけがいるとは限りません。大きな生物がいなくとも、小型で凶暴な生物がいないわけでは……」


 なるほど、大型モンスターの食料となる小型のものが普通にいるかもしれないものね。


 たまにネズミのようなものが出た……くらいで、特に調合素材になりそうな自然物も、危険そうな動植物も見つからない。


 もしかするとリメイクでは配置変更があったのかな……などと思い始めた頃――何かの咆吼が遠くから聞こえた。


「……まさか、あれってドレイクでしょうか……」

「断定は出来かねますが、そういったものである可能性が高いです」

 ノヴァさんの緊張と士気が高まり、ジャンとどのあたりから聞こえたか、どう行くかというのを話している。


 レト王子は、多分咆吼が聞こえたほうを見上げていて、何かが引っかかるのか……眉を顰めた。

「……気になることでも?」


 そう尋ねたとき、再び咆吼が聞こえた。見てないし見ても分からないだろうけどさっきの声と多分……同じ個体だ。


「ああ、うん。その、今のは魔物の声だ……何かと喧嘩しているかも」

「――えっ?」


「ドレイクと思われていたものが、魔物だった……ということも考えられるんじゃないですか?」


 エリクがそう仮定すると、レト王子も一番可能性が高いかもしれないと頷き、心配そうな顔でわたくしに視線を向ける。


「リリーは、もし討伐しようと思っていたドレイクが魔物だったら……やっぱり、倒したい……のか?」

「えっ……」


 思いも寄らぬ質問を投げかけられ、一瞬返事に窮した。


「ドレイクに魔族の血が入っていたらということでしたら、レト王子に説得を試みていただいて……そこから判断したいところではありますが」

「一番は太陽の石だけど、竜素材を欲しいと言っていただろう」

「魔物なら、レト王子の大事な民ですからさすがに諦めますけれど……もし相手がわたくしたちに敵意を持ち、殺そうとした場合……戦うというのは生きて帰るという前提の元、やはり曲げられないところと思ってくだされば」


 そう言うと、レト王子は存外に悲しげな表情をする。


「そう、だな……そうするほかにない……」

「ま、まだ、そうと決まったわけではございませんわ! 行ってみなければ分からないかと――……」


 そう元気づけようとした途端、三度咆吼が――……あら?


「今、何かさっきと違う鳴き声だったような……」

「――違う、今のは別種だけど魔物だ……『誰かいるのか』そう聞いてきた! 俺たちが来たのを分かっている!」


 怪物の声は分からないようだが、レト王子は魔物の声をきちんと聞き取れる。


「ということは、魔物同士で喧嘩を……?」

「そういうことになるね……いったいどうして……」

 急ごう、と言って、レト王子はジャン達を急かした。




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こめんと

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