【悪役令嬢がリメイク版で敵側のヒロインに昇格したのに、恋愛どころじゃないんですけど!/81話】


 レト王子のお話から分かったことといえば、レト王子のお母様は病気でお亡くなりになったこと、弟さん……ヘリオス王子? がいらっしゃった(生死不明である)ことだ。


それ以外に『魔界計画表』の歴史に書き記すことは特にない。


 しかし……子供の頃は幸せな家族だったのに、お母様が亡くなって弟もいなくなり、お父様は引きこもってしまった……。


 ひとりぼっちの寂しさを抱え、レトゥハルト様はスライムを食べて空腹を凌ぎ、精霊たちと会話し、日々【魔導の娘】に関する本を読みあさった結果、ある種の幻想を抱きつつも、顔も名前も知らない存在を探しに地上に赴く……。


 そこで出会ったのがわたくしだ。


 以前ご本人も『嬉しくて泣きそうだった』と話していたが、書籍にしか記されていない、伝説の何かを見つけたレト王子は、人前で泣かぬようぐっと堪えるのも大変だっただろう。



 うう、こっちが泣けてくる境遇だ。


 なんとしても魔王様親子は毎日笑顔で暮らせるようにしてあげたい……。



 思わずウルッときてしまったので……ジャンが放り投げた紙を拾い上げて鼻をかみ、涙を拭った。



……しかし、この感動以降、やることもなくまた暇になってしまった。



 大人しくベッドに入って、目を閉じる。

 そういえば、本当に暇を持て余していたなんて事、ここに来てなかった気がする。


 わたくしがリリーティアになったと困惑しながら辺境の別荘に連れてこられたとき以来、かな。


 そういえば、記憶をなくして変なことを言い始めたというだけで、お屋敷から隠匿するように連れてこられたんだ。


 一緒に来た使用人の態度もさることながら、食事も冷たかったし。


 目を閉じて浮かんでくるのは、初めてレト王子と出会った日のこと。


 黒い獣の姿に驚いたものの、わたくしを魔界に連れてきたヒョロヒョロの少年は、わたくしを頼ってくれた。


 そして、今は彼や仲間に支えられているわけだ。



……ここに来て、わたくしとっても……幸せに暮らしているのね……。

 レト王子も、魔王様も、ジャンもエリクも、あんまり来ないけどセレスくん、そして来たばっかりだけどノヴァさんも含めて……みんなわたくしと同じくらい穏やかで幸せだと思えるなら……嬉しいのだけど……。


 なんだか、少し眠くなってきた。


 本当に、ちょっと……疲れてたの、かしら……?


 ゆっくり眠りの淵に誘われ――……ちょっとくらい良い夢が見られるかしらと期待した。



……

…………。




…………結果としては、ノヴァさんが起こしてくれるまで普通に爆睡していただけだ。



「うッ……!?」

 夕食が出来ましたと呼びに入ってきたノヴァさんが、床に転がったままのバケツや机の上に置かれているトイレ用の紙を見て、表情を凍り付かせている。


「違います、違いますの!! お手洗いに行くのが面倒だとか、変態的な趣味があるわけではなく、これはジャンがわたくしを部屋から出さないように勝手に置いていっただけです! そもそも使用していませんわ!」


「…………そ、そうですか。すみません……ちょっと昔を思い出してしまいまして……失礼……良かった……」


 こちらこそ聞かなければ良かった。しかし、昔を思い出す、か……。

 ステラさんとノヴァさんはずいぶんなところにいたものだ……。 




「あの、今何時くらいでしょうか……レト王子達はもうお戻りになっておりますの?」

「20時を過ぎた頃です。レト王子は先ほどエリクや羊と共に戻られました」


「そうなの――……はっ? 羊?」


 わたくしの聞き間違いだろうか。しかし、ノヴァさんははい、と何でもないことのように頷く。



「なんでも、羊を育てたり羊毛を得るのだとか……村人から購入したようです」

「機材もないのに紡織でもなさるおつもりなのかしら……」


「羊は良いものですよ。毛は衣服、肉は言うに及ばず食料、脂だって加工すれば乾燥を防ぐ軟膏にと、様々な用途がありますから……なかなか頭数が増えないのが難点ですけれど」


 なるほど。羊は有能だ……もう少し家畜のことも視野に入れていこうかな。


 でも、魔界の牛・馬・羊っていないのかしら? 魔狼がいるんだから、いそうなものなんだけど……。



「それはさておき……既に夜ということはわたくし、どうやら寝過ぎてしまいましたわね……」

「お疲れだったのでしょう。風呂の準備も整っていますので、食事後ゆっくりおくつろぎください」


 家事炊事も完璧だと言っていたステラさんの仰るとおり、ノヴァさんは何でもこなしてしまったようだ。


「……ジャンは、お手伝いしてくださらなかったの?」

「ジャンニは、自分の手合わせに付き合ってくれた程度ですね。本人も退屈していたようですし、おかげで互いに良い汗をかきました」


「まあ、その練習は拝見したかったです……」

「女性がご覧になるにはつまらないものですよ。さ、料理が冷めないうちに起きてください」


 ノヴァさんは紳士的にわたくしの手を取ってベッドから立たせると、ダイニングに向かって二人で歩き始める。


「そういえばノヴァさん、耳は獣人の特色が出ていますけれど……尻尾のようなものはございますの?」

「ステラにはついていますが、自分にはありません」


「えっ、ステラさんに、尻尾がついていらっしゃるの……さぞかわいいのでしょうね……」

 妄想しても、ただのセクシーキャットお姉さんにしか見えない。男性などとは信じたくないものだ。


「なかなか尻尾も手入れが大変と聞きました。長時間衣服に押し込めていると、神経も通っているので痺れてくるのだそうです。しかし、出しっぱなしでは植物の種子や虫・ダニなどが付着したりもするので、よくブツブツ言いながらブラシを掛けたりしていますよ」


「まあ……」

 それはかわいそうだ。尻尾というものも一長一短だな。


「ノヴァさんは、その苦難から解放されているのですわね。ステラさんにとっては羨ましいでしょう」

「そうでもありません。自分は自分で、()()になると気分が落ち着かず大変なのですよ。ステラなどはよく持ちこたえていると毎回感心しているそうです」


「時期……?」

 すると、ノヴァさんは困ったように微笑んでから、猫などを飼ったことは、と聞いてきた。


「ございませんわ」

「そうでしたか……それなら、気付かない方がこちらとしてもありがたい限りです」


「??」

 わたくしがまだ聞きたそうな顔をしているのを見て、この話は終わりですよと打ち切られた。

……よくわからないけれど、彼にとっては話しづらいことなのだろう。だったら聞くのは止めておこう。



「こんばんは、リリー様。過労で体調を崩されたと……」

 久々にラズールからセレスくんも来ていて、この狭い通路は賑やかな食卓の場になっている。


 しかし、夢の出来事をブツクサ口に出して呟いただけで軟禁状態だったのに、最終的にはどこをどう伝わったのか、過労ということにまで発展している。


 わたくしの体調が悪いということで、セレスくんは心配してわざわざ来てくれたらしい。


「ええ。ゆっくり休ませていただいたので、問題ありません。ありがとうございます」

「……父が申していましたが。なんでも、エンブリス地方で巨大な金色の猪をたった一人で倒した少女がいたとか……」


 それはあなたじゃないですか、という目を向けるセレスくん。



「まあ……ラズールにまで伝わっておりますの? 情報がとてつもなく早いのですね」

「ええ。いつでも情報のやり取りを出来るよう、父には上層部と魔法水晶がありますから」



 魔法水晶……ああ、レト王子が作ったようなマジックアイテムだ。


 離れていても、相手の姿を見ながら会話をやり取りできる、リモート会話(チャット)用のああいうやつ。


 アニメだけではなくゲームや映画でもよく登場しているお馴染みのアイテムなので、容易にイメージしやすいものだ。


 つまり、それをセレスくんのお父さんも業務用として持っているわけだ。


 まさか息子さんが、魔界と繋がっているとは思いもしなかろう……。



「光り輝く矢を放ち、一撃で悪しき魔物を倒した少女。もしや戦乙女なのではないかと、上層部では噂になっているそうですよ。なので、私に見てくるよう判断を委ねられたのです。矢を放ったのがリリーさんだと分かれば、もう違うことは分かっているので、数日後に戻って違うようだとか、会えなかったと報告します」



 なので、しばらくはこちらに滞在できますとセレスくんは嬉しそうに言う。


 逆に、エリクは……めっちゃくちゃ嫌そうな顔をした。


 わたくしが寝ている間に、セレスくんとノヴァさんとの顔合わせも済んでいるようだったので……引き合わせて紹介する必要はなくなったようだ。


「そういえばエリク、例の素材……入手は出来ました?」

「もちろんですよ。すぐに見つかるものなので、彼と一緒に手分けして採りました」


 彼というのはレト王子のことだ。いいな、わたくしも素材採取したかった。


「……魔狼(あのこ)たちとは会えなかったのかしら」

「きっと奥の方に行けばいると思うよ。今日は入り口付近で採取していたから……用事がないのに会いに行ったら、彼らもゆっくりくつろげないかと思って」


「村人達も言っていましたが、村や羊などには近づかないようですし……互いに手出しはしていないようです。良好な関係を築ければ良いんですが」


 エリクの報告では、魔狼たちは彼らが最初に言っていたように……村人とも諍いを起こすことなく暮らしているらしい。



 とりあえず一安心だ。


「そういえば、久しぶりに魔界に来たら鶏がいましたが……一気に生活感が出てましたよ」

 セレスくんが朗らかに感想を述べ、わたくしもつられて微笑んでしまう。


「そうなのです。しかも羊を先ほど一緒に連れてきたそうですわね。そのうち牛や馬まで増えるのではなくて?」


「ああ、それはいいかもしれないな……魔馬や魔牛もいつか……」


――馬はともかくとして、牛は乳搾りするにしても……食肉用も考えているのだろうか。

 そんなことが気になったが、そんなスローライフ計画をゆっくり考えている場合ではない。


「セレスくんがいるからというわけではありませんが、丁度いらっしゃるので予定の共有を。そろそろ……数日中にファイアドレイクの討伐を視野に入れたいのです」


「おれは構わないぜ。ノヴァだってそうだろ」

「ええ。自分は早く戦ってみたいものなので、明日でも良いくらいですよ」


 戦闘好きのお二方はいつでもいいというスタイルだが……。


「エリク、素材を眠りの粉にして、それを爆弾に組み込む……という作業、どの程度かかりそうかしら」


「粉は、作成して乾燥するから仕上がりに一日半。その間に爆弾の調合にとりかかるつもり。全部で二日必要かな」


 エリクは自分が記入した特性爆弾のレシピを見せてくれた。

 爆弾の材料の他、風の属性石を砕いたもの、黒晶まで含まれている。


「……風の属性石と黒晶を合わせて、ああ、拡散性を向上させるのですわね」

「そう。本当なら『夜啼鳥の溜息』も欲しいところだったけどね、時間もないから」



 ふむふむ……夜啼鳥の溜息があれば、威力も広範囲になるし、拡散強化できそうだものね。



「リリーさんは……それだけを見て、何が出来るかお分かりなのですか……?」

 ノヴァさんが驚いたような顔をしているが、わたくしはええ、と頷く。


「彼女はなぜか勘が良いので、教えていないことを分かってしまったり、その逆のこともあるんですよ」


 エリクがノヴァさんに苦笑しながら言うのだが、わたくしには無印版知識がある……としても、膨大な情報の中の、些細なレシピしか知らないのだ。


「とにかく二日。三日後に出発するとしてその間に買い物を済ませ、体調と仕度をととのえておきましょう」



 皆は頷き、それぞれが出来ることや準備のために自室に戻っていくのだった。




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こめんと

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