くつろぐのは悪いことじゃないが、やることが出来ない状態の方が落ち着かない。
気分は既に落ち着いている。
というか、興奮していたわけでも情緒不安定だったわけでもなかったのに、休養を強要されてしまったのだ。急に予定がなくなると暇になる。
もうレト王子はわたくしを送り届けてしばらくした後ラズールに戻ったようだし、ノヴァさんはズルズル伸び放題の草木の手入れをするといっていたし、ジャンは……そういえばいつも何してるのか分からないけど、適当に寝てることだろう。
結局暇なので、ノヴァさんの手伝いか錬金術でもやろうか……まあ、端的に言えば部屋から抜け出そうとドアを開けると……部屋の前に、ゴーレムくん6号が車止めよろしくニョキッと立ちはだかっている。
「……通してくださる?」
いつもなら頷いてさっさと道を空けてくれるはずなのだが、今日はこちらを認識しているくせに退かない。
それどころか、胴体ごとぶんぶんと左右に揺れて拒否を示してきた。
「お手洗いに……女子にそんな事言わせないでくださいな」
別にお手洗いに行きたいわけではない。部屋から抜け出そうとしただけだ。
すると、ゴーレムくんはサッと横に置いてあった金属製のバケツを差し出す。
――……これでしろというのか。
確かにその辺でするよりは……ダメに決まってんでしょ!!
「もう、おばかさん!」
バケツをひったくると、ガボッとゴーレムくんの頭から被せる。
取り外そうとわちゃわちゃしている間に、逃げよう……。
「おい、どこ行くんだよ」
このやりとりを聞きつけたのか、ジャンが自分の部屋の扉を開けて顔を出した。
「どこって、お手洗い……」
「バケツ置いといただろ。ああ、紙ねぇのか。待ってな」
あんたがこれ置いたのか。なんてやつだ。
「いりませんわよ。そもそもお手洗いがあるのに、なぜわざわざバケツでしないといけないんですの? 意味がわかりませんわ。とにかく、暇なので部屋から出て散歩を――」
「今日一日寝とけって言われてたよな。具合悪いなら大人しくしてろ」
くそっ、普段自分に関係ないところの話なんか聞いてないのに、今回はどういうわけか聞いてたのか。
あ、ゴーレムくんまでバケツを外して復帰した。
頭から被せられた事を怒っているらしく、バケツを持ったまま両手をぴこぴこ振って怒りを主張している。
だが、バケツを持ったまま振るので、わたくしの足にはガンガンとバケツの胴体が当てられる。痛くはありませんけど。
「だって、全然このように具合悪くありませんもの! 頭だって大丈夫です!」
「まったく……押さえつけて寝かすのはレトに反感を買うが、頼まれごとはこなすんだ、文句は言えないようにしないとな……言うことが聞けないお嬢ちゃん。ひとりがイヤなら、おれが添い寝でもしてやろうか?」
からかっているんだか本気なんだか……。
しかし、押さえつける、とは……。
男が鬼畜な表情を浮かべながら女の子の上に馬乗りになって、頭や肩をベッドに押さえつけて言うこと聞かせる……などという、いわゆる青年漫画でありがちなとんでもない構図をわたくしは脳内で思い浮かべ――ギャアと品のない声を発した。
「変態! ロリコン! 女の子を押さえつけて、なんて事しようとするんですの!? はっ、恥を知りなさい!」
「あァ? なんかずいぶん楽しいこと考えてるじゃねえか……あんた、この間からおれをそういう目で見てる気がするが……自分でそういうふしだらなこと考えて、おれに気持ち悪い妄想押しつけて騒ぐなんざ……殺されても文句言えねえよな?」
ジャンの目が細められ、声が低くなった……これはブッ殺スイッチが入りそうだ。慌てて冗談ですわよと訂正する。
「エロガキ。相手すんのも面倒だから寝てろ。メシはそのうちノヴァが持っていく」
「……わかりましたわよ。部屋にいれば良いのでしょう。あとエロではございません」
「じゃあクソバカガキだな。ほら入った入った」
「……くっ……」
エロガキ、クソバカガキと口汚く罵られ、結局わたくしは返す言葉もなく部屋に軟禁状態だ。雇い主の女の子になんてことを言うのだ。
しかし、ジャンにしてみれば、雇用主のセクハラである。
彼は自分の身が危険にさらされる前に対処しただけで……冤罪気味ではあるが正しい。
いったん扉が許可もなく開かれ、ジャンがわたくしをゴミを見るような目で見た後、ポイッとバケツとお手洗い用の紙が部屋に投げ入れられ……床に当たったバケツが耳に痛い派手な音を立てた。
「ちょっ、もう少し……」
「逃げ出したら、そん時ゃ……わかってんだろうな」
山賊みたいなセリフを言いながら凄んでくる。
「…………はい……」
わかんねーよ。でも怖いから逃げ出すのは止めよう。
ばたん、と乱暴に扉が閉まった。ややあって、ジャンも部屋に戻ったらしく、ぱたんと違う扉が閉まる音が微かに聞こえる。
……わたくしがエロガキだという要らぬ誤解を招いてしまった。大変不本意だ。誠に遺憾だ。
ゲームだったらロードしなおすところだが、生憎と現実はオートセーブ。ロードは出来ない。
この悲しいやり取りで分かったのは、どうやらゴーレムくん6号とジャンはわたくしの見張りを任され、彼はロリコンじゃないということだけだ。
よかった、大手サイトのゲームレビューで『推しにしようと思っていたのに、ロリコンの変態野郎なのでドン引きです。それに主人公が恋愛対象範囲に入っていないのはゲーム内容として欠陥じゃないかなと思います。恋愛に発展しなくて楽しめませんでした星1です。気持ちの上では星0です』とか書かれる心配はなさそうだ。
とはいえジャンさんは現在20歳である。
わたくしは現在14歳なので、まあロリコンと言われたら(わたくし自体がロリかという)難しいラインの年代ではあるし、6年も経てば26歳と20歳なので、別にフツーじゃん的になる気もする。
まあ単純に言えば大人がティーンに手を出すのは普通にいかんでしょ、というレベルの話なのだが……そういえば、ドラマや映画で女子の年下(例えば生徒)が年上の男(先生とか)に好意を持って言い寄るのは何故イカンって思われないのだろうか。逆はアウトなのに。
あれか、ロリじゃないし18歳以上っぽいからオッケーなのかしらね……って、わたくしそんなに必死にジャンがロリコンじゃないってことを考えなくて良いじゃない。
「くだらない……」
本当にくだらないことだと自分で思う程度にくだらないことを延々と考えてしまった。
わたくしは再びベッドに潜り込……むまえに、本棚から日記を取り出して過去の記録を見る。
あれは、二年くらい前だったし……こっちの日記かな。
――あった。不思議な夢を見た記録だ。
不思議な部屋で、不思議な人物と出会った夢。とても親しみを感じる気さえするという……そんなことよく思い出せたなと感心した。
ただ、当時のわたくしは、レト王子の話すことを幾つか当てたくらいの予知夢であると思ってその日の日記を終えている。
寝起きで妙に引っかかる夢でなかったら、覚えてもいなかっただろうし……。
一応日記に書き記したりしておこうかな。
いつもの日記帳と『魔界計画表』を机の上に置いて、追記していく。