「…………誰?」
翌日、朝食の準備をしにきたエリクが見たのは……わたくしと一緒に調理をする知らない男性。まあノヴァさんのことだ。
昨日わたくしたちが帰ってきたときには……エリクの部屋の明かりが付いていなかった。
だから眠っているかもしれないと思い、ノヴァさんのことは告げていない……ので、顔を合わせたのはこれが初めてになる。
「こちらはノヴァさん。半獣人ということですが、魔族の血も混ざっているそうです。ジャンと顔見知りなんですの。こちらがエリク。わたくしやレト王子に錬金術を教えてくださったのです。まあ、お師匠さんのようなものですわ」
二人は簡単に自己紹介をし、よろしくと会釈し合った。
というわけで、三人で食事を作ることになったのだが、朝から豪華なものを作るわけでもないので……手持ち無沙汰感もある。
「エリク、今日はわたくしがノヴァさんにいろいろお伝えしながら調理致します。あなたには、そうだ……! 金猪の皮を持って帰ってきたのでしたわ!」
ついでにお肉も。忘れてた忘れてた。
ノヴァさんにキッチンをお願いし、わたくしは素早く部屋に駆け戻り、鞄を引っ掴んで再びエリクの前に戻ってくる。
「こっ、これですの……! あと、爪も頂いてきましたわ!」
牙や目玉という重要な部位は吹き飛んでしまったから、それくらいしか持って帰れなかった。
「……随分と、硬いし丈夫な毛を持った獣ですね……うん……針のようだ」
それを受け取ったエリクは指先でつんつんと猪の硬い毛に触れ、裏返してみたり曲げたり伸ばしたりを確かめる。
「レト王子によれば、それは怪物ということですが……魔力は特に感じませんわ。異常に硬いという利点だけ……耐久性をあげるくらいしか、わたくしには発想が出来なくて」
利用方法を模索していたのだが、何か良い案はないか……そう尋ねると、エリクは充分使い出がありますと嬉しそうに答えた。
「切断するには苦労しそうですが、この鋭い針を細かくして爆弾に仕込めば、攻撃力の向上も期待できる。それに一本一本の毛が太くてしっかりしているので、合成釜で混ぜ込めるならば繊維質の補強にも使用できるでしょう。ああ、あとは……」
一端話し始めたら止まらないんじゃないかというほどにうんちくをまくし立てられるが、その言葉の端々から伝わる、錬金術への情熱と愛情。
あなたは本当に研究が好きなんだね……。
「……なんでしょうか、その顔」
わたくしが菩薩のような笑みを浮かべているのを見たエリクが、気味悪そうに言って身をすすっと引いた。
ツンデレ錬金術師なので、褒めても素直に受け取ってもらえないのは分かっている。
「――これからも錬金術師の先達として頼りにしておりますわよ!」
「は?? 言われなくとも勝手に研究はしますよ。お構いなく」
そう、こういう感じなのだ。
「これ、貰っても構いませんか? 全部使ってしまうと思いますけど」
「どうぞ。わたくしでは使用方法が思いつかないので……お土産だと思ってください」
ピュアラバのイベントでも、金猪はお金以外ドロップアイテムはなかった気がするし、わたくしより知識のある人に使って貰えるならその方がありがたい。
「そういえば、外の魚のことなんだけどさ」
金猪の皮をポーチにしまい込むと、エリクは外の溜め池で飼っている魚――以前レト王子と一緒に行った洞窟に生息していたやつを採ってきた――の事を口にする。
「あれは内臓に微弱な毒があるので、内臓を取って火をよく通せば可食できるよ。おいしくはなかったですけどね。それに、鱗やヒレは水の属性を持っている。もう少し水の力を秘めた生物の素材が集まれば……魔術の動力が必要になるけど、人の手を掛けず定期的に雨を降らせたりできる調合が出来そうなんですよ」
わたくしたちがいない間に、この人は随分研究にいそしんでいたようだ。
改めてその豊富な知識や応用力に舌を巻きつつ、敬意を抱かずにはいられない。
「水の属性生物……思い当たり節はいくつかありますけれど、火山帯にはいないと思いますわね。探すとなると、少し優先度合いが下がりますが」
「急ぎじゃないんで構わないですよ。ファイアドレイクとも戦うつもりなのでしょうし」
「ファイアドレイク……」
調理に専念していたノヴァさんの耳がぴこん、と動いた。興味を示したらしい。
「ええ。火山に行って欲しい素材があるのですが、どうやらそういうところって、ドラゴン種が住んでいることが多いと本に書いてありましたの」
「……そうですね。人里から大分離れた火山や山脈、渓谷などに住んでいるとも聞きますが……リリーさん、そういった場所には奴らの巣があることも考慮しなければいけないのではありませんか?」
ノヴァさんが冷静に指摘し、わたくしもはたと思い至る。
「……根城だというのはそういうことですものね……」
……つまり、一匹だけじゃないという事だ。
「ドラゴンは身体も大きいので、群れで暮らすものではありませんが……ドレイクやワイバーンになると、ドラゴンよりは小柄です。数匹暮らしていたり、繁殖の時期なら気性も荒いでしょう」
「ああ……それも考慮しておりませんでした」
多方向からブレスなんて吐かれては防ぎようがない。自分のことだけじゃなく、皆の安全も考えねば。
太陽の石は欲しい。ついでに竜素材も欲しい。
ドレイクと出会って、一匹ならいけるのでは……と思っていたが、複数相手する可能性を考慮しなければいけない。
いささか無謀が過ぎるなあ……なんとか戦いを避けたり出来ないものか。
なんなら眠っていてくれたら……――。
「……眠りの粉」
ぽつりと漏らした言葉に反応し、エリクはわたくしに視線を向けた。
「そうだわ。眠りの粉を作成して、爆弾の材料と一緒に調合すれば……」
「ふむ……夢笠キノコと夜蜘蛛の巣が必要だけど、それらはディルスターの森にあるはずですよ。夜に行けば採取できます」
地元民であるエリクが言うのだから、素材の方は大丈夫だ。
「怪物退治の次はドレイク退治をなさるのですか。リリーさんは大忙しですね」
オムレツを皿に盛って形を整えながら、ノヴァさんは他人事のように言っている。
「手を貸して頂きますわよ、ノヴァさん」
「無論です。そのときはお付き合いしましょう」
ドレイクと戦えるのなら楽しみです、とも……涼しげな顔をして言ってのけるのであった。