【悪役令嬢がリメイク版で敵側のヒロインに昇格したのに、恋愛どころじゃないんですけど!/77話】


 それから二時間後。

 鶏が入った籠を両脇に携え、わたくしたちは人知れずアーチガーデンを離れる。


 たった二日間だったけど、なんだかとっても濃密な時間だった……。

 お世話になった皆様、ありがとうございました。ろくにお礼も言えずごめんなさいね。


「もうここでいいよ。転移魔法で戻るから」

「……魔界の繁栄とリリーちゃんとレトさんの無事を祈っていますから」

 ステラさんが最後まで見送ってくれて、何かあったら必ず教えてねと、ノヴァさんやジャンに言っていた。


 ノヴァさんはステラさんと軽く抱擁し、またそのうち来るからと微笑んだ。

「ノヴァぁ……離れてても、あたしたちは……きょうだい、だからね!」

 ブワッと泣き出すステラさん。


……本当に、ステラさんは女性じゃないかと思うくらい可愛いのよね……。




 魔界に到着すると、たまたまなのか警備中なのか、テコテコ歩いてきたゴーレムくん6号(眠る必要がない彼らは、常に仕事をしている)に鶏の籠を渡す。

「鶏を飼おうと思います。一緒に、大事に育ててくださいませ」

 と話すと、よく分からんという感じでゴーレムくんは横に首を傾け、レト王子を仰ぎ見る。


「まず柵を急いで作って。その中に鶏を放し飼いにするんだ。エサは穀物や葉っぱで良いから」

 すると、ゴーレムくんは頷き……資材置き場に向かっていった。



 脳はないはずなのに、だんだんあの子達は言葉を理解している。すごいことだ。



 資材置き場には、レト王子が運んだ地上の木材がいくつか積んである。

 魔界の木はまだ育っていないので、資材として使うには結局買ってくるほかないのだ。



「……ノヴァさんのお部屋は、一つ空いている場所がありますからそちらをお使いください。ジャン、ご案内してあげて」

「おれの部屋の隣。着いてきな」

 言われるままにノヴァさんはジャンの後をついていく。



 この場に取り残されたわたくしは、早々にお説教の危機を予知し――……。

「それでは、わたくし」「荷物を置いたら父上のところに行こう」


……逃げられそうにない……。



「ですが……もうお休みなのではないでしょうか」


「ああ、心配要らないよ。俺たちが帰ってきた気配は察知しておられるはずだ。ノヴァのことも教えておかないといけないし……ね?」


 ね? っていう含むような言い方に、わたくしはその後の結末がありありと予想できる。




 ああ……あの地獄が待っている……。






 魔王様にお目にかかるのは数日ぶりだし、わたくしにやましいところは何もなければ本当に嬉しいのだが……。


「リリちゃん」

「……はい……」


 フツーに呼びかけられただけなのに、わたくしは目を合わせることが出来ない。傅いたまま床を見つめているだけだ。


 恐怖で魂の底から震えが走る……そんな経験を、わたくしは何度味わえば良いのだろうか。



「レトゥハルトの心の闇がね、また増えちゃった。そっちのほうも頑張ってるんだねぇ。その調子だよ」

「…………心の闇を払う事って出来ないのでしょうか……」


「無理。目覚めるしかないかな」

 確かに人の心の数値など、リセットできようはずもないのだが。


「……ちなみに、どの程度溜まっているなどはおわかりですか……?」

 すると、レト王子は胸に手を当ててじっと目を閉じる。


「うーん……どれくらいと言葉で表すのは難しいけど、まだ許容範囲かな」

「まだ……」

 わたくしが知らない間に、レト王子に黒いものが蓄積しているというのか……。



 というか、まだ、ということは……だいたい3~5割程度と思っておこう。


 それでこんな思いをしているのなら、溜まりに溜まったら何が起こるんだ。景品が出る……わけはないわね。



「そ、それが溜まると、どうなっちゃうんでしょうか……(わたくしが)死んじゃうとか……?」

 すると、魔王様とレト王子は何がおかしいのかクスクスと笑い、わたくしを哀れな子でも見るように眺めた。


「ああ、父上。ご覧の通り、リリーは困惑しているようです……とても愛らしいと思いませんか?」

「当然だよレトゥハルト。何せリリちゃんは……ああ、リリちゃんも今知っておきたい?」


「…………いえ、怖いから結構です」

「ああそう? 怯えるリリちゃんの顔も可愛いから、さらに怖がらせてあげられなくて残念だなあ」


 怖がるようなことを言われるのは絶対イヤだ! というか、それが未来に待ち受けているかと思うと絶対今知りたくないし、回避したい!


 それに勝手に溜まっていくモノをどうしたらわたくしが予防できるかなんて分からないし……この二年ちょっとで5割近く溜まっていると仮定したなら、結局すぐ溜まってしまうモノなのでは? わたくしのバッドエンドは目前なのでは?



「ああところで、レトゥハルト。ノヴァという間男はどうしたの? 殺しとく?」

 ノヴァさんは顔を合わせてもいないのに、死刑宣告されている。


「なりません父上。ノヴァはクリフ王子とは違って間男じゃない。大事な民なんだ……リリーに手を出したわけじゃないし……でも……ううん、なんでもない」


 死刑は回避されたものの……『でも』って言い淀んだのがすんごい気になる。

 ノヴァさんは超逃げろ。


 そんでもって本来はレト王子が間男みたいなもんなのに、いつの間にか間男認定されているクリフ王子は……まあ頑張って婚約破棄して欲しい。



 今頃悪寒を感じ、くしゃみも止まらないことだろう。



「あら……? そういえば魔王様はノヴァさんやわたくしの事までどうしてご存じなんですの……まだ何もお話ししておりませんのに」


「ふふ。ぼくは暇だからね、水晶を見ればいつでもいろいろ覗けるんだ。だから、レトゥハルトとリリちゃんがイチャイチャしてたのも知ってるし、リリちゃんが怪物を倒したのも見てたよ」


「怪物を見ていたのは嬉しいですが、人の私生活を覗くなんて、趣味悪い能力の無駄遣いをなさるなんて……! それに、い……いちゃいちゃなんか、してませんわ……!」


 絶対見るの止めてくださいと念押ししたのだが、多分またやるんだろうな。



「それはさておき……リリちゃん。ちょっとこっちに来てくれないかな」

 魔王様は優しいお顔でわたくしを手招きする。


 来てくれと言われても、遠い距離ではない。わたくしは床に傅いているので、立ち上がって近づけば良いだけだ。


 失礼致しますと立ち上がり、魔王様のお側に寄らせて頂くと、すぅっと魔王様の手が伸びて……わたくしの頬を撫でた。


 そこは、わたくしが切れた弓の弦で頬を打ったところだ。


「まだ少し腫れてるじゃないか。痛かったでしょうに……はい、これで治ったよ」

 男性にしては細い、魔王様の指先が離れる。


 わたくしが自身の頬を撫でてみると、先ほどまで感じていたぴりぴりした痛みも、手に伝わる肌の腫れもない。つるつるのつやつや顔だ。


「まあ、すごい……! 魔王様、ありがとうございます!」

「レトゥハルトは怪我くらいしてもすぐ治るけど、リリちゃんは人間だし、女の子だ。傷口から雑菌が入っても危ないし、顔に傷跡が残ったり悪化するなんて困るからね……」



 そうして、魔王様は慈しむような目をしてわたくしを見る。




――いや、わたくしを見ていることは見ているのだが、なんか違う誰かを見ているかのような……。



「お気持ち嬉しゅうございます。ですが、わたくしはこんなに元気なので、ご心配には及びませんわ!」

 拳をぐっと握って元気そうなポーズをとってみると、魔王様は微笑む。


「……今日は疲れただろう。二人ともゆっくり休みなさい」


「ありがとうございます。魔王様も……遅い時間に申し訳ございません。どうぞごゆっくりおやすみくださいませ」

「ああ、おやすみ」



 居室の扉を閉めるとき、魔王様は注意していないと気づけない程度に……悲しげで、切なそうな表情をしていたのが気になった。



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こめんと

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