その日の夜はバーベキューというか焼肉というか、まあ加工した大量の肉で宴の騒ぎになっていた。
血ですら捨てずにソーセージにするらしく、以前加工した豚の血のソーセージというモノを出して貰って……恐る恐る口にしてみたが、香辛料や野菜、穀物も入っているらしいので血っぽさがそんなにない。
臭みの少ないレバーみたいな感じだから、わたくしは平気で食べられる。
というか、豚はなじみ深い家畜だから良いとして、たいして知りもしない怪物の血を加工して食べようなどと、よく思えたものだ。お腹壊さないでほしいけど。
あんなものを退治した後なので少し疲れた――という理由をつけ、わたくしとジャン、レト王子は別室で食事をすることになり、そこにステラさんとノヴァさんもご一緒してくれる。
しかし窓を開ければ外にいる団員さん達と会話が出来るので、料理のおかわりとかはそうやって取って貰っていた。
時々団員さんたちが『件の怪物を倒した外部の人間』を一目見ておこうと窓を覗き込んでくるので、あまり休まる気はしない。
そういう状態ってワケなので、一応内密の話が出来るように、結界を張らせて貰っている。
「――そう。予定を早めて明日帰ることにしたの……」
ジャンから日程の変更を聞き届けたステラさんは、それがいいかもねと頷いた。
「外部に漏らすなっつっても、どうせ誰かが伝えちまう。居場所を突き止められることはまずありえねぇが、うちの主人はただでさえ厄介な立場でな。貴族なんかに知られると困る」
あー、それは確かに困る。
どっかの貴族の耳聡い部下なんかが、その情報を聞いたら……うわ、ダメだ。権力は時折とんでもないことを引き起こしそうだし、王家やらローレンシュタイン家に知られたらまた一悶着がありそうだ。
「……初心者でもそこそこ傭兵を倒せるくらいだったし、リリーちゃんのあの力もあれば……そうね、あと一日しかない特訓は、どのみち必要なさそうだわ……。でも、弓兵としての動きや判断はまだまだだから、あとはジャンニに任せるわ」
いっぱい教えてあげられなくてごめんなさいねとステラさんは謝ってくれたが、むしろこちらこそ場を乱して申し訳ない気持ちになっている。
そして、ノヴァさんがステラさんに何かを耳打ちし、分かってると小声で会話していた。
一体何の話をしているんだろうな、と思っていると、真面目な顔をしてノヴァさんがわたくし達に向き直った。
「……そちらのレトさんの素性は先ほどお伺い致しました。不思議な感じがするとは感じていましたが、まさか魔界の王子だったとは驚きでした……それと、自分たちに魔族の血が流れているかもしれないと仰っていましたが……それは本当です」
魔族の血が入っているなら感じ取ることも出来るのだとレト王子は昨夜言っていたが、本人達がそう認めた以上、レト王子の言っていることは疑う余地もない。
いや、疑っていなかったけどね? でも、わたくしには感じ取れないモノだったから分からないんだもの……。
「……我々兄弟は、貴族の悪趣味な遊びから産まれたものです。ある意味では望まれたけれど、決して愛されて誕生したわけではない……いびつな存在です」
突然そんな重いことを言われたので、何かと思えば……彼らは壮絶な運命だった。あ、いや、その前に。
「失礼。あの、兄弟……? あに・おとうと? ですか?」
「ん? 知らなかったのか? ステラは女の格好してるだけだぞ。風呂は男湯に入ってくるし、モノもついてる」
しれっとジャンが言うのだが、わたくしもレト王子も仰天して彼女……ステラさんを見つめる。
「もう、ジャンニ……折角隠してんのに台無しじゃない! あと乙女に生々しいこと言うのも止めろ」
ステラさん自身が認めた以上、確定のようだ。
お胸も膨らんでるし、ちょっと骨格が丈夫そうな女の人にしか見えないのだが……。
あれは詰め物だってコトか……。
確かに身体が男性のままであるなら、入浴もご一緒するわけにはいかなかっただろう。
「全く気付きませんでしたわ」
「でしょ? 自分で言うのもアレだけど、なかなか可愛く化けてたと思うわ。リリーちゃんの可愛さには負けるけどね」
ぱっちん、とウィンクしてくれるステラさんだが、彼女は充分綺麗である。
ただ、わたくしも素材『だけ』は良いので、今後更に磨きを掛けなくちゃいけませんわね。
「……ノヴァの言うとおり、あたしたちはいろんな種族の混血なの。クソ貴族が、いろんな種族と交配を繰り返していった結果の生まれ……。そういうわけで、あたし、素の性別……男でいるのがイヤだったのよ。だから、逃げと言われたら……そうかもしれないけど、こうして女として生きてるの。結局、色濃く外見で出たのが獣族の特徴だったってだけで、結局の所自分たちが『何』なのかさっぱりわかんないわ。でも、レトさん……いえ、レト様はあたしたちを『魔族』だとはっきり言ってくださった」
「レト様じゃなくてレトさん、でいいよ」
わたくしに強要するように、レトでいいよ? ……は、ないのだな。
だけど、と……本当に申し訳なさそうにステラさんは頭を下げる。
「あたし、あなたたちと一緒には行けない。自分を受け入れて育ててくれた、この村と……ついてきてくれた団員を捨てていくなんて出来ないわ」
もう守るべきものがここにあるから無理だということだろう。
「安心しろ、別に期待しちゃいなかったし」
「え、俺は魔界のことを手伝って欲しいなって思っていたんだけど……残念だ」
レト王子が落胆した様子で肩を落としたので、ごめんなさいと更に謝罪するステラさんの耳が、へにゃりと伏せられる。かわいい……。
「――だから、あたしの代わりにノヴァをそっちに行かせるわ。団の雑用もこなしてきたし、洗濯も炊事も完璧。身の回りのお世話は出来るし、戦力にもなるわよ!」
「ス……ステラ、何を勝手にそんなこと! 自分も団に――」
「うっさい、二人とも行けないってわけにいかないでしょ!? それにあんた、リリーちゃんに――」「ああ、なにも問題ありませわよ!?」
今ステラさんが凄いことを言いそうな気がしたので、わたくしは慌てて二人の話に割り込んだ。
「ノヴァさんもステラさんも、ご自身のやりたいことを最優先で構いませんわよ! わたくし達のことは……ええ、今までもこうしてやってまいりましたもの、大丈夫です! 皆、それぞれ理由と使命みたいなものもありますし、心残りがある状態で離れるなんていけませんもの!」
レト王子、大変申し訳ない。
魔界の存亡に比べれば、わたくしのお風呂場での事件などはゴミみたいな出来事にしか過ぎないのに……あなたのお耳に届くのはやっぱり避けたいのだ。あと普通に誰かに知られるの恥ずかしいし。
「リリーちゃん……。あなた、自分たちが大変なのにあたしたちに気を遣わせまいとして……」
しかし、わたくしの邪加減100パーセントの主張はステラさんを何故か感動させた。
ノヴァさんは唇を噛みしめ、言葉を発さなかったが……かわいいお耳を伏せている。お耳の動き方は制御できないのか、感情がダダ漏れってのも大変そうだ。
「――ノヴァ、やっぱり」「わかってる。リリーさん、やはり……自分がお手伝い致します」
なんと、ノヴァさんがキリッと意思を固めた表情で手伝うことを申し入れてきた。
「い、今一度よくお考えになって。魔界ですのよ……魔界。地の奥です。なにもありませんし、わたくしたちと共にいろんな魔物や怪物、人間と争うことになるやもしれません。そ、そう、お尋ね者になるかも分かりませんのよ!? そうなったらステラさんもそうですが、この団の皆様にも被害が……」
「あら、そんなの大丈夫よ。あたしたち傭兵だもの。その辺の割り切りは既に出来てるし……ノヴァが抜けると確かにしばらくは痛手でしょうけど、大したことないわよ」
「そういうことです。自分も、リリーさんの裸身に触れてしまった責任を感じておりましたし……いつか償いをしなければとも思っていたところです」
神妙な顔で頷かれ、さらっと身体に触った事件を言われて止める暇はなかった。
「――えっ?」
あ、レト王子の顔色と声音が変わった。
ぐりっとわたくしの方を向くので、バッと視線を逸らす。
「リリー? どういうこと?」
「完璧な事故ですの」
「泥まみれの服を洗わせていただこうと思い……」「もうそれ以上は――!」
ノヴァさんが詳しく説明しようとするのを止めさせ……ようとしたのだが、がっしとレト王子がわたくしの肩を掴んで阻む。
「――続けて?」
にこりと微笑みながらノヴァさんに先を促す。傍目には爽やかに見える表情なのに、なんでこんなに怖いのだろうか。
現に、ノヴァさんはこの怖い表情の裏にあるとんでもないものに気付かず経緯を説明し、わたくしの胸に触れてしまったと告げたときには、わたくしにははっきりレト王子の病みパラメータが大幅に増加した……ような気がした。気のせいであってほしい。本当にそうであってくれ。頼む。
ジャンは興味があるのか無いのか、はたまた先を予測して無関係を貫いているのか、猪の串焼きを黙々と頬張っている。
「――というわけです。もしもリリーさんが傷ついたと仰るのであれば責任を、とも考えております」
「よく正直に話してくれたね……だいたい、隠そうなんて考えている人がいるわけないよね、リリー?」
「……そんなことを大っぴらに言いふらすわけがございませんわよ、レト?」
「ああ、それもそうだけど……ああ、ノヴァ、責任は取らなくて大丈夫だよ。リリーはそんなことでギャーギャー騒ぎ立てたりしない」
……確かに騒がないけど、わたくしに騒ぐのは魔王親子だけだよ。
ああ、終わった。またわたくし魔王様に……ガッ、てされてメリメリって……。
何もされてないのに既に悪寒がする。
「リリーも事故として気にしていないようだから、この件は不問にしよう」
「それは……ありがとうございます……」
深々頭を下げるノヴァさんと、天使のような微笑みを浮かべているレト王子だが、本人が忘れたいモノを無理矢理ほじくり返したあげくに叱られるという、納得できないわたくしの心情はどうすれば良いのだろうか。
「……結局、ノヴァはついて来んのか?」
「はい。誠心誠意勤め上げますし……ジャンニ以上に活躍を期待して頂ければ」
「ほぉ? 言うようになったじゃねぇか」
「子供じゃありませんので意思表示は出来ますよ」
ジャンとノヴァさんは、火花を散らしつつ笑っているが、討伐数を競い合う中なのだろうか。ドーナツの数が増えるのは極めて不穏である。
「……ということで、自分は皆にそれとなく挨拶をしてきます。明日の出立は早いのですか?」
「ああ。見送りは要らねえし、話が広がらない朝のうちに出たいと思ってる」
もう充分広がっていても、皆が活動を開始する前には姿をくらましたいと考えているようだ。
「それなら、夜のうちに出てもよろしいんじゃありません?」
「……あんたがいいならそれで構わねえけど、あんなもんぶっ放した後だ、疲れてるだろ」
「あらお優しいこと……いえ、それが……訓練で野山を走っていたときは疲れましたけれど、わたくし、あれを撃った後でも脱力感もなく、疲れておりませんの」
「矢に通した力は精霊の力がほとんどで、リリーが魔力を注入したのはほんの少しだったんだろう。精神的に負担にはならないはずだ」
同じく精霊の力を有しているレト王子が言うのだから、恐らく――そういうことだろう。
それに納得したジャンは、ひとつ大きく頷くと『二時間後に出発しようぜ』と承諾し、ステラさんに鶏をせびる。忘れてなかったのか。
慌ただしく出発することが決まったので、わたくしたちは急いで食事を終え、荷造りに向かうのであった。
――……ただ、レト王子がわたくしに向ける視線には、恐ろしいものが混じっているような気がしてならないのだ……。