怪物『グレートアイズボア』を撃破したわたくしのことは、団員全てが目撃していたし、村中にも一日経たずして伝わることとなった。
解体に携わった方々も、怪物の金皮は非常に固くて剥ぐのに難儀されていたが、鋼のような体毛に苦戦しつつもなんとか皮を剥ぎ終えると、脂ののった非常に美味しそうな肉が見える。
「……あの皮と肉の一部が欲しいですわね……」
皮は錬金術の素材、肉は美味しければ食材にしたいという思惑からだ。
どれほどの威力があるのか知らなかったとはいえ、頭を吹き飛ばしてしまったので、村で獣の副産物を商人に売るとしても、一枚皮としての価値はかなり薄まっているだろう。
そして重要な……牙やら目玉といったものも手に入らないのだ。
錬金術の材料として、結構いいものになっただろうに、我ながら凄く勿体ないことをしたものだ……。
ステラさん・ノヴァさんは、今レト王子と別室でお話ししているはずだ。
わたくしは頬を氷で冷やしながら解体されていく怪物を眺め、時折賛辞の言葉を頂き、ちょっとしつこくなってくるとそれらをジャンが追い払い……が何度か続き、面倒になったジャンが側に立つようになると、わたくしに言葉をかける人はピタリといなくなった。
「自分でやっておいて今更なのですが……あれがわたくしの力なのですね」
アリアンヌと同等の力を有するであろうわたくし……んっ、同等とは決まったわけじゃないな。アリアンヌのほうが強いかもしれないし、ここは努力次第で差が生まれるだろう。
とにかく、同じ程度の力があるとして……魔界でもあんな威力のモノを好き放題ぶっ放していたら、純粋な魔力の濃さも相まって、より強い威力を発揮していたかもしれない。
なるほど、そんなものをぶつけられては城壁やら何やらは壊れるわけだ。
歴代の魔王様たちもたまったものではなかろう。
「そうだな。並の人間にゃ出せないモンだな」
わたくしの独り言は、ジャンの耳にも届いたらしい。あっさりと肯定され、そうですよねと頷いた。
「あんたの努力と素質が形になってるんだ。ただ……大っぴらに使わせるわけにはいかなくなったな。わかるだろ?」
「ええ……何かの折に頼られるようになっては困ります」
そう答えると、ジャンは少し違うな、と首を振った。
「あんたはガキだし、世間知らずだ。ちょっと情に訴えりゃ利用しやすいんだよ。ステラはそういうのを嫌がるだろうが、あんたを『使える』と思った奴は多いはずだ。今後、何かあればすぐにあんたを呼ぼうって進言してくるだろうぜ」
そんなことがありえるのかしら、と考えてみたが、まあ確かに……人間手を抜いたり楽できるところはそうしたい。
「でも、この村は皆さんの誇りなのでしょう? 外部の人間に頼るなんて考えてはいないかもしれませんわ」
「元々半分くらいは転がり込んできた傭兵だ。今更一人か二人増えたって、何が変わるわけでもない。戦力が増強できて良いだろうくらいしか考えてねぇよ」
だから、とジャンは切り出されていく怪物の肉片を見つめながら呟いた。
「ここに、もう来ることはなくなる。村の奴らを護るのはあいつらの仕事だし、あんたやおれには別の役目があるからな」
「…………あなたの、仲間でもあるのでしょう?」
「ふん、どいつもこいつも顔見知り程度だ。おれには、故郷も守るものも何もねぇって言ったろ」
「あら、でも……わたくしやレトのお世話をこんなに頑張ってくださっているじゃありませんか。何もないなんて、そんなはずありませんわ。充分あなたにも守るべき者はございましてよ。よかったですわね」
にっこり微笑んでそう告げると、ジャンは一瞬きょとんとした顔をし……ごつ、とわたくしの額に軽く拳を当てる。
「痛っ」
「ガキが生意気なこと言うからだ」
わたくし、生意気なことを言った気はしないのだけど……。
痛みを和らげるため額をさすっていると、ジャンはフッと笑って『そういうことにしといてやるよ』と言った。
「……えっ? 何をです?」
「あんたが言ったことだよ」
「……なんか良いこと言ってましたかしら……?」
特にキメ台詞を言った覚えがない。
「…………あんたがトリ頭のアホだってことがよく分かった」
笑みを浮かべていたはずのジャンは、いつものように面倒くさいものでも見たかのように――辟易した顔をした。