金猪『グレートアイズボア』……学院から聖山エンブリスに行く道中に出てくる、フィールドの戦闘イベントボス……だった。
倒すとエンブリスにいく道が開けた――ということは、この辺はエンブリスの近くにあるのかしら。
ピュアラバ無印版では、戦っている最中に『うわぁ、なんて硬い表皮なの……! 私の攻撃も全然通じない……どうしよう……』『諦めるなアリアンヌ!』みたいなアリアンヌとクリフ王子の戦闘中会話があって、同時に攻撃して強力な技を繰り出すっていう必殺技開放の戦闘イベント。
……という記憶を思い出したが、今出現しているそいつが同個体であるかは分からない。
で、金猪は単眼なので、普通は両側面についているはずの目は鼻の上……人間でいう額の辺りに大きくギョロッとした目玉がついていて、わたくしの感覚では、かわいくない部類に入る。
ノヴァさんが猪の正面で対峙しているから怪物は警戒して止まっているものの、その隙にと無数に放たれて雨のように降る矢は、ただの一本すら金の表皮に刺さらず弾かれている。
それはそれとして金猪、一応フィールドボスだから大きめに描かれているかと思いきや……実際目の当たりにすると大きいというか――巨大だ。
山のヌシ的な、そういうどっしりした迫力がある。
あんなダンプカーみたいなものが突進してきたら、その破壊力たるや……うう、怖すぎて想像したくもない。
したくもないのだが……まるで山がぶつかってくるような突進攻撃を食らって『きゃあ!』という悲鳴と、ちょっぴり痛めのダメージだけで済むアリアンヌ達がいかに丈夫かお分かり頂けるだろうか。戦闘民族か何かかな。
「レト。あれは魔物、なのですか……?」
「…………魔物じゃない、あれはただの怪物だよ」
「ただの怪物というのもいまいち想像が追いつかないのですが、そもそも怪物ってどうやって生まれるのでしょう」
「うぅん……悪意ある第三者の魔術合成、負の力を取り込んだ動物たちの変異、あとは……遠い昔、神がいろいろな生物と同じく生み出したモノの生き残り……らしいけど、神や魔神っていう存在は、創世以来この世界に出てこないと父上から聞いたよ。【魔導の娘】もそういう存在と同じなんじゃないかって思ってたくらいだ」
「なんだか話が壮大ですが……つまり、魔神が魔族を作り、地上の生物は別の神が作った生物……?」
なるほど、そう考えるとなんとなく分かった。
地上と魔界は、担当した神様が違うのだ。
結局、怪物というものが生まれた原因は分からないが、魔族ではないということは確実らしい。
しかし魔神様は、魔界の環境をなぜ整えなかったのだろうか。植物も生き物も全てひっくるめて作って頂きたかったものである。
そんな話をしながら戦いを見ているのだが……剣士達も金猪にダメージらしきものは与えられていない。ノヴァさんですら苦戦しているようだ。
「あれを倒す……のが目的で合っているかしら?」
「そーしないと、村に入ってくるからな。ブッ壊れた部分だけ直しゃいいなら通しても構わねえが、人襲うんだったら自警団として動くのは当然だろ」
あっさりとジャンは言ってくれるが、多分長時間戦闘しても、自警団ですら歯が立たないのはわたくしより分かっているのだろう。
「……ジャンだったら、金猪を倒せますか?」
静かに、そして確認するように訊いたわたくしに、ジャンは暫し黙る。
「……刺すことに特化したノヴァの槍が入り込まねえくらい皮が硬いんなら、おれの剣で削るのは難しい……目玉を狙うにしても、頭デケエから脳髄まで貫ききれるかどうか、ってとこだな」
おお。できないとは言わなくとも、ジャンが珍しく難色を示している。
あの金猪、相当やるな。
――しかし、猪の弱点なんだったっけ。
ほぼ会話通りにイベントこなすだけの流れだったから、特別この属性が弱いとか無かったような……。
おぼろげな記憶を遡って――……。
……
クリフ『諦めるなアリアンヌ! いい考えがある。硬い表皮を貫くなら、僕の剣に炎の魔法を合わせろ!』
アリアンヌ『炎の? わかりました! クリフォードさまに魔法を合わせて……』
クリフ『剣! 剣のほうに、だ!!』
……
なんか思い出すだけでイラッとくる二人の顔が浮かんでしまった。
……アリアンヌもクリフ王子をそのまま焦がせば良かったのに。
とはいえ、ヒントになる……かしら。猪、魔法に弱そうだという所は変わってないことを祈ろう。
「……レト。失礼ながら炎の魔法や、属性付与は習得されておりますの?」
「え……ああ、もちろん出来るよ」
「それでは……わたくしの弓に、炎の属性付与をお願い致しますわ」
先ほどまで使用していたショートボウをレト王子の前に差し出すと、ジャンとレト王子が怪訝そうな表情を浮かべる。
「……何するの」
「やってみたいことが。大丈夫です、周囲の邪魔にはならないように射ます」
強化は矢のほうにするもんじゃないのかという懸念ならば、矢のほうはわたくしが魔術で強化して撃ち出すから、そちらではダメなのだ。
「……危ないことは、やめてね?」
「ええ。離れたところからなので大丈夫です」
レト王子はしょうがないというようにショートボウに属性付与を行う。
赤く光ったと思いきや、弓の全体に赤く、炎の揺らめきが……。
「これが、属性付与……熱そう……」
「付与した者と装備者は熱くないはずだよ」
レト王子からショートボウを返され、恐る恐る握ってみると――確かに熱くない。
「ありがとうございます。これなら、もう100メートルほど近づいて……」
「100メートルったって、あいつらと同じ立ち位置くらいだぞ。もうちょっと遠目からなんとかならねーのか?」
「……わたくしの弓、力の弱い者が扱えるという利点があっても、欠点は飛距離ですの。ロングボウなどと比べると半分以下なのですわ」
「あんた、ロングボウは扱えないのか? 属性武器も余裕で扱えるとか抜かしてただろ」
「熟練度的には問題ないと思うのですが……能力的には、わかりません……引いたことがありませんもの」
「たいした腕だ」
多少の皮肉を込めながら息を吐くと……ついてこい、とジャンはわたくしに告げる。
「勝手にしくじって死なれちゃ困るからな」