【悪役令嬢がリメイク版で敵側のヒロインに昇格したのに、恋愛どころじゃないんですけど!/72話】


 わたくしにとって、遠くから射ることができる剣士さんばかり残っているとはいえ……。


 近接専門の三人(そのうちの二人は敵にしたくない奴である)とやり合うなら、絶対に弓兵を狙った方がやりやすい。わたくしが向こう側の剣士だったら、そう思う。



「いたぞ!」

「くっ……探すの、速すぎ、ですわッ……!」



――実際、わたくしは相手方の剣士数人から逃げ惑っているわけで。


 走った先にも剣士が現れ、進路を変えてしばらく走るとまた違う人に見つかって……。

 そんな感じで、ずっと走っているのだが……どこに行っても見つかる……。



 ああ、もしかしてこれは、わたくしは逃げづらい方面へ誘導されているんだ……。


 それに気付いたところで、急に足を止めて迎撃の体勢に入っても、再び走り出すにはキツイ。


 矢を取り出しながら、周囲の気配を探る。後方……さっきからずっとつかず離れず追いかけてくる奴がひとりと、前方に二人、そして樹上、左右にひとりずつだ。かなり多い。


 前方に向かうと終わりだ。わたくしは前に進むのを止め、方向転換してきた道を戻る。


 目の前に現れた、体格の良い男性剣士さんめがけて素早く射かける。


 身体の中心を狙った矢は剣で弾かれ、矢を取り出す前に鋭い突きが繰り出された。


 後方に素早くステップを踏んで……と言えばカッコイイのだが、避けようとしたら後ろにたたらをふんで、結果的に少し距離を開けることが出来ただけだ。


 ここは急な斜面になっていたせいで、踏ん張りきれなかったのだ。


「可哀想だが……悪く思うなよ!」

 体勢を崩した美少女 (わたくしである)……を斬ろうと、好機と取って走り込んでくる剣士さん。

 若干顔が怖い。



 こうなったら、いちかばちか……だ。



 剣が袈裟懸けに振られる瞬間、わたくしは素早く地に伏せ、相手のすねを横から蹴るようにして足払いを掛ける。


「ぬっ!?」

 重心を崩した男性は、わたくしの上に覆い被さるようにして転ぶ……かと思いきや、何故か後方に吹き飛び、木にしたたか背をぶつける。


「……あら??」

 わたくしは何もしていないのだが……。




「間に合ったようで良かった」

 手をかざしたままの体勢で、レト王子がわたくしの後ろに立っていた。



「……今のは、レト……が?」

「そうだよ。目の前でリリーが男に押し倒されるなんてとんでもないからね」

 押し倒すというか、まあ、覆い被さるかもしれなかったから似たようなモノか。



「――魔法使っても良いって言われてたよな、確か。じゃあ、今だけ」

 と、わたくしの矢筒から一本引き抜くと、魔法をかけてそれを紙飛行機でも投げるように振りかぶった。


 弓で放ったときとは違うまっすぐな軌道で飛び……、ひっくり返っていた男性の脇腹で青い塗料が弾けた。その瞬間、またステラさんの撤退命令が入る。


「……ああ、いざとなったらこういう使い方でも良いかもしれませんわね」

「この場合はずるい気がするけど」

 そう肩をすくめ、レト王子は苦笑いした。



 ピンチになると駆けつけてくれるのは、乙女モノの王子様が持っているヒーローパッシブスキルかなんかなのだろうか。


「レトに今日は何度も助けられましたわね」

「そんなこと……何度だって、いつだって助けてあげるよ」



 照れたように笑うレト王子だったが――それが、戦場での彼を見た最後の瞬間だった。



 ぱすっ、という軽い音がしたと思った瞬間、レト王子のこめかみが赤く染まる。


 血にしては薄く、水っぽい塗料が首を伝う。

 彼は額に手を当て、ベタベタになった手を見て苦い顔をした。


「――や、られた……」

「……レト! ああ、なんてこ……とっ?」


 彼が失格になってしまった悲しみに打ち震えていると、ペチッという音と軽い衝撃がわたくしの身体に伝わり、首筋に剣が当てられている。



 見れば、知らない毛むくじゃらの剣士さんがお疲れ様と言って、剣を離すとにこやかに去って行く。



『はーい、レトさんリリーちゃん撤退ー!』

「あら、わたくしたち……やられてしまいましたわね」

「そうだな……」


 とりあえずステラさんがいる方向を目指せば良いのだろう。

 わたくしとレト王子はともに肩を並べて、撤退していく。


「……これ、戦場だったらわたくしは首が落ちて、レトは眉間を射貫かれて死んでいましたわね」

「ああ。あっけなく死んでたな」


 残念だというレト王子だったが、わたくしは自分がまあ初戦にしては頑張った方だと思う。


「レトを一人残して死んだわけじゃないので良かったです」

「……俺も」

 同じ事を考えていたねと微笑まれて、ちょっとくすぐったさを感じていると……『なにが良かっただバカ』と、お尻を何かでチクリと刺された。


「きゃあっ!?」

 お尻を手で庇いながらバッと振り返ると、呆れ顔のジャンの姿があった。



 塗料の一つもついていない、綺麗な身体ですこと。

「なに二人揃って勝手に死んでんだよ。あんたらのための訓練だぞ。もっと気合い入れて逃げ惑えよ」


 いちいちその通りだ。


「ジャンはまだ生きてるんですのね」

「あんたたちが死んでちゃやる意味ねぇから、別にやられてやっても良いんだが……そーするとあいつら調子に乗るし、ノヴァもいちいち撃破数報告してくるからな。全員倒してくる」


 結局負けたくないんだな。


「戦場に次はあったもんじゃないが、次に戦場で無防備につっ立ってたら……あんたらのケツをブッ刺すから覚えとけよ」

「……もう刺されましたけど、肝に銘じますわ」


 心が汚れていると若干卑猥に聞こえる言動ではあるが、たたっ斬るに近い意味だろう。

 レト王子は訝しむことなく頷いている。心が清い。


 言うだけ言うと、ジャンはわたくしたちを一瞥してまたドーナツバイキングに出かけた。


 ジャンにとっては、張り合いもないつまらないイベントなのかもしれない……けど、ゴロゴロ寝ているよりは楽しそうだ。



「ジャンには悪いことをしてしまいましたわね。しかし、彼の仰るとおりですわ。わたくしのための催しなのだから、一層気を引き締めなければ……!」

「俺もだ。戦場に立つということを意識しなければならないな」


 二人で反省をしながらステラさんのところに戻ってくると、お疲れ様と労いの声を掛けてくれた。


「初心者って聞いてたけど、まあまあやれてたみたいじゃない!」

「ありがとうございます……でも、ジャンにはもっと頑張れって怒られてしまいましたわ。わたくしたちもその通りだと受け止めています」


 せっかく開催してくださったのにすみませんと謝ると、そうねえ、とステラさんは困ったように頬に手を当てる。


「そう言われるとそういうのも……一理あるんだけど、うちの団員8人はあなたたちに倒されてるのよ。やろうって言い出したのはあたしだから……うーん。こっちとしてはそれはそれで由々しき問題っていうか……あいつらをまたみっちりしごき直さないといけなくなるわね」


 確かに、初心者だという人物達に負けたら一応傭兵団としても頭が痛いところだろう。


 8人『しか』なのか、8人『も』かは立場が変われば判断も変わって難しいところのようだ。



 結果、どう考えてもジャンとノヴァさんの絶対殺すマンさんたちのおかげで、わたくしたちのチームが勝利したわけだが……。


「つまんねぇな。おれ一人に全員でかかって来いよ」

「そんなことして喜ぶのはあんただけじゃない。それに、前一回やったでしょ? 結局ノヴァも負けてあんたが勝ってたし」


 ステラさんの耳がへたりと伏せられ、逆に『もう負けませんからね』とノヴァさんが息巻くのだが、あの耳触らせてもらえないかしら……。


 ジャンはわたくしとレト王子の前に来る。


「向こうに戻ったら、次の日から特訓だ。あんたら二人で俺にかかってこい」

 近距離と遠距離をいっぺんに相手してくれるようなのだが。


「二人がかりでも、負ける気がしないのですわね」

「当たり前だろ。目つぶってたって避けてやるさ」


 と、両目を閉じるのでその挑戦を受けてやろう――とお腹に向けてパンチを繰り出したのだが、言葉通りあっさり避けられる。


 続けて足を踏もうとしたり、くすぐってやろうとしたりするのだが、ひょいひょいと目を閉じたままジャンはわたくしの手足が見えているんじゃないかと思うくらい簡単に避けていく。


「へたくそだな」


「むぅ……本当に瞑ってますの?」

「当たり前だろ。それとも、公衆の面前で目隠しておれとするのがお望みか? とんだ変態だな」


「なっ……! そんな言い方するほうが、いやらしいのですわよ!」

 簡単に挑発に乗って、顔を真っ赤にしながら怒るわたくしに、まあまあとノヴァさんがのんびりした声を掛ける。


「ジャンニは人を怒らせて楽しむところがございます。ここは自分が相手をしておきますので、お二人はステラの指示に従って練習を続けてください」


 わたくしたちににっこりと微笑んだ後、真面目な顔をして槍を構えるノヴァさん。


「……というわけで、参ります」

「ハッ、あんたが相手でもおれを相手にするのは10年早いぜ」


「あなたの倍以上の努力を積めば、5年以下で追いつく」

 すっかりやる気を出したノヴァさんに、ジャンもしょうがねぇなと練習用の剣を抜いた。


「……ジャンニとノヴァがやり合うみたいだぜ」

「えっ、ホントに?」

 団員さん達も二人の挙動に集中し、固唾を呑んで――……緊張と興奮が限界に達したときだ。



 甲高く鋭い笛の音がやや遠くから聞こえ、皆が弾かれたようにその方向を見る。



「――魔物だよ! 訓練止め、出撃準備!」

『出撃準備!』


 一斉に皆がそう答え、どこかへと駆けだしていく。よく分からないといった顔をしてステラさんを見る。


「言葉通りのことだとは存じ上げておりますが、魔物がこの周囲にも出現するのですか?」

「ええ。ときたま単眼で金毛の大型猪が出るのよ。すっごい硬くて、追い払うのがいつもやっとだわ」


 金猪。なんか知ってるわ……。


 えーと……ああ、あの気持ち悪いフィールドボス……確か、名前……。



「…………『グレートアイズボア』だったかしら……」

「そう、それよ。よく知ってるわね! リリーちゃん達は危ないからここで待ってて」


「お、お待ちください! わたくし達も戦わせてくださいませんこと!? 初心者ではございますが、矢を撃つことは出来ます!」


「それは……ちょっと頷けないわ。団の連携とかがあるし、リリーちゃん達はそういうのやってなさそうだから、タイミングを外したり、味方に誤射したらとんでもないことになるもの。折角の申し出だけど、待機で」


 ごめんなさいねと丁寧に謝ってくださるが、こちらこそ余計なことを言ってすみませんと謝罪する。確かに団で動くことは団長に任せることが一番だ。


 それじゃあ後でねと言い残し、ステラさんは素早く身を翻して森の木々を伝っていった。


「ジャンも行くおつもりですの?」

「おれは常にここじゃ部外者みてーなモンだからな。マズい事が無い限りは動かねえよ」

 勉強になると思ってこっから見とけ、と木の上の物見台に案内された。


 木登りが苦手なので四苦八苦していると、上からジャンに引っ張ってもらって、ようやく……のぼれ、た……っ。


 一息ついてから物見台の床には縄ばしごが置いてあったのに気づき……これをなぜ降ろしてくれなかったのかと文句を言うと、忘れてたと短い返事があった。


「レトだって、あんたの尻が重くて押すのも大変だっただろうし、悪かったな」


「そっ、そんなところ触るわけないし!!」


「は? 下から押せばもう少し早かっただろ。何のためにケツが出っ張ってんだ。効率を考えろ」

 こいつが真面目に言ってるのかふざけてるのかは分からないが、今回は真面目なんだろう。


「ふんっ。どうせわたくしのそんなところは重くて出っ張ってますわよ」

「そ、そういう意味じゃ……でも、ここでお尻があったから触ろうとか魅力的だとか思ったり、短絡的に行動するのは、どう考えてもおかしいだろ!? リリーだって誰かに急に触れられたら嫌だろ!」

 それはそうだ。わたくしも考えを改めていると、ジャンが吹き出した。


「おこちゃまのケツより、あのでっかい猪の方がずっと魅力的だしな」

 と、親指で外を指すので……わたくしたちは窓辺に寄ると、森の向こう……開けた場所で数人と対峙している、人の倍……、いや、三倍くらい大きな魔物を目撃した。




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こめんと

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