【悪役令嬢がリメイク版で敵側のヒロインに昇格したのに、恋愛どころじゃないんですけど!/71話】


「……わたくし、生きて戻る自信がありませんわ……」


 支給された青い矢筒――訓練用。全体的に矢が柔らかく、矢じりの部分が丸くなっていて、当たると塗料のようなものが付着するようになっている安全性に配慮されたもの――を腰につける。


「大丈夫。怪我はするだろうけど、実戦武器は使ったらいけないことになってるし」

 死ぬようなことはないよ。

 そう言って近接武器を装備しているレト王子達にももちろん、刃の処理はされていない練習用の武器を持たされている。どういうわけか塗料が刃の部分ににじみ出るのだ、これ。



 ステラさんがあの後全員に今日の訓練の趣旨を告げた途端、場の空気が変わった気がした。



 この団は弓兵の数も多い。あからさまにわたくしは数々の矢から狙われそうだし、訓練場にトラップだって仕掛けられていないとは限らない。


 実戦さながらと言えば聞こえの良い訓練だ。



「魔法の使用は不可じゃないから、リリーちゃん達が扱えるなら使ったほうが良いわね。人の戦術って参考になるけど、食らわないと分からないこともあるから……頑張ってね」


 いっぱしの傭兵には負けないという団員を、たった四人で(そのうちわたくしはほぼ独学の初心者である)相手するということか……。


 風の精霊にお願いすれば、矢避けの加護とかももらえるだろうけど……わたくしの練習にはならない。序盤は自身の能力把握などもしておきたいから、そのままでいこう。


「ルールはさっきも皆のいる場所で説明したとおり、身体の一部、致命傷であったり行動不能になったりする部位に攻撃が当たったら脱落。ウソついても敵と味方の塗料の色が違うからすぐ分かるから」


 そうして最後に残った人物が所属している側の勝利、ということだ。



 ジャンが出るってことで皆の表情が引き締まったが、多分彼が狙われるのは最後だろう。弱いモノからやられていくのは仕方の無いことだ。悲しいけどこれは戦いなのだ。



「頑張ろうね、リリー」

「ええ」

 レト王子が明るく声を掛けてくれるので、こくりと頷いた。


 そして、木にもたれかかって始まるのを静かに待っているノヴァさん……のところにわたくしは近づき、顔を上げた彼にご協力ありがとうございますと礼を述べた。


「自分も実戦経験を積む必要があったので、何も問題ありません」

「あら、ノヴァさんはあまり実戦を経験されておりませんの?」

 それは意外だな、と思った矢先、まさか、と明るく否定される。


「ステラと同じ程度には戦地に立ちましたが、日々精進したいと思っておりますので……現状の強さに満足したことはありません」

 つまり自らを高め、強い相手を求めているのか……。意識高い系か。


「それじゃ、始めるわよ! 制限時間は夕暮れまで! ――始め!!」

 ステラさんが一段高いところに立って、号令を掛けながら掲げた手を振り下ろす。


 刹那、わたくしの方向に無数の矢が飛んできた。射かける気満々だな、おねーさま達……。

「ふっ……!」

 短い息を吐きながら、わたくしの前に割り込んでノヴァさんが盾で全てを弾く。

 防ぎきれない部分は、手にしている槍でたたき落としていた。


 というか走って来るの見えなかったんですけど、盾持ってるのに速すぎない?

 あ。それに盾装備はこの模擬戦でセーフなんですかね……って、それ強すぎない?


「助かりましたわ……!」

「礼には及びません」

 当然ですと言いたげに微笑むノヴァさん。


 真面目な顔つきから、一瞬だけ見せる微笑み。颯爽と助けに来てくれるところも相まって、なんだか王子様みたいでかっこよかった。


 本物の王子様は、矢を斬り払い……むしろ刃がないので、こちらもまた剣の重みで叩き落としながらだが、かなり落ち着いているので特に心配は要らない様子だ。


「おい、ノヴァ。あっちはどれくらいいる?」

 淡々と業務的な返答をするノヴァさんの横にジャンが滑り込むように来て、あちら側の人数の確認をする。


「わたしとステラがおらず、8人は非戦闘員なので……32人です」

「それじゃ、おれとノヴァで13、レトが4でリリーが2倒せば良いな」

「それで構いません」

 割とあっけないな、とまで言ってしまうジャンさん。

 しかし、それを否定するでもなくノヴァさんも『全くです』と同意している。


「ただ、リリーさんたちにはお速く仕留めて頂かないと……リリーさんたちの目標値は足りなくなるかもしれませんね。ある程度弓兵の数が減るか、リリーさんの目標値分くらいまでは、自分がリリーさんの守護をしましょう」

 余裕の意見である。


「そういうコトなら、ガキの面倒は任せたぜ」

 言うや否や、飛んでくる矢を何事もなく避けて、ジャンはその場から瞬時に姿を消す……くらい速く疾走した。


 茂みの奥で、きゃあという女性の声が聞こえたと思ったら、すぐにジャンが顔を出した。

「あと31」


 そしてサルかと思うくらい手慣れた様子で木々を伝って、移動したと思うと再び人の悲鳴が聞こえる。


『エッラとミゲルは戻って自主訓練ー!』


 どうやらステラさんがどこからかフィールドを見ているらしく、脱落者の把握をしているらしい。


 わたくしもボーっとしている場合じゃない。やられないように周囲をよく見て動き、隙があったら攻勢に出なければ。



「レト……あなたはどう動きます?」

「俺は平気。一人で頑張ってみるから、リリーを頼む」

 レト王子はノヴァさんにそう告げると、お任せくださいと緊張した声音がノヴァさんの口から漏れた。これは、ステラさんと同じく彼の中に流れる魔族の血が反応しているのだろうか。


「それじゃ、頑張れたら褒めてね」

 小さく笑って、レト王子もわたくしに背を向けて駆けだした。


――ご武運をお祈りしておりますわよ!


 わたくしたちもスタート地点から移動してみたが、身を隠す場所というのは結構限られているようだ。



 それに、矢はせわしなく頭上を飛び交うし、要所は向こう側の弓兵に押さえられている。


 わたくしも矢を番えて様子を窺うものの、ノヴァさんの盾を遮蔽物代わりに撃つには……くっ、ここからでは手前にある樹木……横に張り出した枝が邪魔だ。


「地の利があるのは強いですわね」

「戦場の環境把握も、単独で行動しがちな弓兵にとっては大事です。見つかるわけにはいきませんから、慎重行動かつ、一矢で仕留めるくらいの精密さも必要です」


 説明してくれるノヴァさんの盾に矢が当たり、先端に取り付けられた塗料の水っぽい音が二度、三度と聞こえる。


「随分飛んできますが……身体に矢が当たっていませんの?」

「盾で庇っていますから」


 確かに小さな盾ではないが……と思った瞬間、がさりと後方で物音がし、男が飛び出して来た。どうやら回り込まれていたようだ。


 その手には練習用の剣が握られていて……明らかにわたくしの方を狙っている。



「リリーさ……――くッ! 小癪な……」

 ノヴァさんが小さく舌打ちしたが、どうやら矢は彼を足止めするために射続けられている。むこうもこちらを倒すため、連携しているというわけだ。


 わたくしが装備しているのは『ショートボウ』という名前の通り小型の弓だが、 軽くて力の無いわたくしにも扱うことが出来る便利な弓。


「――即撃!」

 神経を研ぎ澄まし、矢を番えて照準を合わせるまでの時間を短縮するという、とてつもなく便利なスキルを発動させて、相手の胸を狙う。


 矢を射った瞬間、ノヴァさんが槍を置いてわたくしを地に引き倒し、振り下ろされた剣を盾で受け止めた。


「――ちゃんと矢が胸に当たっていますから、この攻撃は無効ということで」

「相打ちを狙ったんだがなあ……」


 ダメですよと言って、ノヴァさんは相手を退かすと、わたくしを草むらに押し込んで、移動しましょうと声を掛けた。


「即撃を習得されていたのですね。充分です」

「シャープシューターまでは覚えましたの」

 すると、ノヴァさんはなんと、と驚嘆の声を上げた。


「……それは、随分修練を積まれましたね」



 ここ数年、暇さえあれば練習の的として作業中のゴーレムくん1号(金属製)の背中にバシバシ当てまくっていただけなのだが……打ちまくるのを日課としていれば、こうして熟練度も上がっていった。言い換えれば、熟練度『だけ』は。



 塵も積もれば……ということわざの通り、日々の鍛錬はわたくしの力となったのだ。


 ちなみに、シャープシューターというのは弓で覚えられる上級くらいのスキル(最上級ではない)で、弓スキル全般にプラス補正がかかるありがたいパッシヴスキルだ。


「……けっこう、やれそうかしら」

「スキルはあっても対人戦が初めてでしたら……どうでしょう。気の緩みさえなければ、戦場の感覚を理解するのも早いかもしれません」


 あちらです、と道に不慣れなわたくしを誘導しながら、ノヴァさんは的確にアドバイスをしてくれる。


 時折、悲鳴とステラさんの『○○、撤退~』が聞こえるので、どうやら順調にジャンは発見したら即倒しているらしい。


「……あの木の上、狙えますか?」

 草木の間に身を隠して、50メートルほどの距離、樹上の男性を指す。


 その人は、こちらに気付いておらず違う方向を見て矢を構えていた。


 わたくし達から見れば隙だらけなのだが、なるほど、集中している弓兵はこう見えるわけだな。

「この体勢だと重心が低くて打ちにくいですが、やってみます」


 山道の傾斜を利用し、片足を斜面に掛けて弓を引く。



「うわっ……!?」

 矢を離すと、相手の首元に当たって青い塗料が弾けた。これは、やれたということ……と思ってほっとしていると、ブーツの数センチ横、斜面の土に矢が刺さった。もう誰かに見つかったらしい。


 ノヴァさんは既に前進し、槍で上にいた剣士達と立ち回りを繰り広げていた。



 ここはわたくし自身で考えて動かないと。


 昨日もステラさんから教えて貰ったんだ……『見つかった場合、相手を倒せないなら即逃げる』

 弓は後方から飛んできたはず。斜面を登って逃げるのは無理なので……右に走る。


 こちらの道は緩やかで、身を隠せる木も多い――……が、木陰から女性が弓を引くのが見えた。


「は……っ!」

 咄嗟に身を屈めて、初撃を躱すとわたくしも即射で応じる。


 向こうも射ってくるとは予測していたようで、木の裏に隠れて避けられた。


……今後、近距離戦も少し学んでおくべきかしら。そう考えて、攻め方を決めあぐねていたところ――相対していた女性の隠れていた場所から再び顔を出したのは、レト王子だった。


「倒したよ」

「まあ! それは助かりました……ありがとうございます!」


 わたくしが礼を言うと、レト王子はくすぐったそうに笑って……頑張ってるねと褒めてくださった。


「ええ、それは……互いに」

 飛んできた矢を避け、周囲を素早く確認しながらレト王子の近くに移動する。


 木があれば安心というわけではないので、身を隠すための一時的な場程度にしか利用は出来ない。


「そのうち木登りの練習をしなくては……頭上を取れたら便利ですわね」

「そうだな……」


 二人でなんとなく頭上を見ると、既に一人が矢を引き絞っていた。

「――それじゃ、また後で!」

「はい!」


 素早くそこから左右に分かれ、スキルの力に頼りつつ頭上の弓兵を狙うが……射った次の瞬間、相手の矢が二の腕をかすり、うっすらと赤い線が服に付いた。


 これは戦場だと負傷したということなのよね? 腕を貫かれていないならセーフかしら。


 そしてわたくしの矢は、運良く相手の肩に当たったようだ。


「リリーさんはまだ戦えそうですね。あっちは肩の中心に当たっているので、本来の戦場では弓を引くことも厳しいでしょう」


 いつの間にか敵を倒してきたらしいノヴァさんが側にやってきて、わたくしの腕についた塗料を確認する。



「……敵の数も随分減りましたね。三分の一は終わったんじゃないでしょうか」


「えっ。三分の一……って、もう14、5人は倒したということですの……?」

 始まってどれくらい経ったのかは分からないが、確かに飛来する矢は減った。


「弓が16いるはずでしたが、ステラの読み上げを聞いていると……ジャンニが率先して倒していると思われます。なので、弓も残すところ片手で足りる程度でしょう」


 ということで、とノヴァさんは言いながら盾を背負うと、周囲を見ながら探るように耳をぴこぴこ動かす。なんで動かせるんだろう。どうでもいいけど、ステラさんもノヴァさんもお耳がメインクーンみたいに大きくて長くて、耳先に長い毛がふわっとついていて、すごく可愛い。


「リリーさんもこちらで考えていた規定数倒しましたし、自分もジャンニに(おく)れを取りたくありません。後はご自身で頑張って生き延びてください」

……と、言うだけ言ってだだっと猪のように走り去っていく。

 わたくしが耳をガン見していたことに危機感を覚えたのでなければ、みんなアグレッシヴだ。


 弓兵は片付けたにしろ、まだ剣士達は残っているってことだ。


 そちらの立ち回りも練習をしながら頑張ろう。


 わたくしはできれば敵側の人々に会いたくないなあと思いつつ、単独行動に移ることにした。



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こめんと

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