夕食時は、わたくしたちへのささやかな歓迎会ということで、子羊の丸焼きに山盛りのポテトサラダ、木の実と何かのお肉や野菜を油で炒めたものだとか……その他にもなんだか見たこともないようなご馳走も(これで『ささやか』なのか……と少し驚いた)テーブルをいくつか横に繋げた食卓に並べられている。
「そういえばステラさん。以前、ジャンもこちらに所属しておりましたの?」
美味しそうなご馳走たちを用意してくださった村というか団というか、皆様の心遣いにじーんと感動しつつ、皆に恐れられているっぽいジャンのことを尋ねてみる。
「所属、っていうか……んー……まあ、そうね。いたことはいたかしら」
曖昧ながらも、ジャンがステラさんたちと同じ組織というか……傭兵としての繋がりはあったようだ。
「ただ、村にいたのはあいつが今のリリーちゃん位の時までだったかなぁ。その頃って、戦争になる程じゃないんだけど国境あたりが荒れててね。ジャンニはその時にあたしたちと一緒に行動してたの。一時期姿をくらましてたけど、数日前にひょっこり顔を出したと思ったら『鍛えて欲しい奴がいる』なんて言ってくるんだもん。あのジャンニが『頼めるか』なんて殊勝に言うもんだからびっくりしちゃったわ!」
「そうだったんですの……」
わたくしとレト王子のために、ジャンは古巣を頼ってくれたというわけか。
――そこでまた少し感動していると、のしっ、と頭に何かが乗っかってきた。
「……デケェ声でベラベラ余計なこと喋ってんじゃねえよ、ブス」
頭の上からジャンの声がした。ということは、頭に何かが乗っている感じなのは、恐らくジャンの腕であろう。
「あら、女の子にブスって万死に値するわよ? 死にてぇのかしら?」
「ハッ、女の『子』ってトシかよ。おれをやれるもんならやってみろ。こいつがどうなってもいいならな」
と、わたくしを盾にするあたり姑息である。
「ちょっ、ジャン、おやめなさい! もうお食事の時間ですし、悪ふざけでわたくしを巻き込むのもよろしくありませんわ!」
「おれのために死んでくれ……」
「格好良く言ってもダメなものはダメですのよ」
「じゃあ死ね」
「即座にお断りでしてよ」
わたくしたちが死ねとか死なないという極限のやり取りをしていると、ステラさんは仲が良いのねえと笑った。
「これからもジャンニと末永く仲良くしてあげてね、リリーちゃん」
「え? ええ、そう致します……」
「致さなくていい。何勝手に返事してんだ」
べちっと頭をはたかれる。
さっきから好き勝手に人の頭を……。不満を露わにジャンを見上げると、呆れ顔のドーナツお兄さんがわたくしを見下ろしている。
「あのな、この脳みそお花畑の言う『仲良く』は、あんたの思うお友達の関係とは意味が違うぞ。お偉いさんに説教されんのも慣れてるからって、なんでもかんでも考えなしに返事すんな」
ああ、なるほど……。そういえばステラさんは、わたくしとジャンが特別な関係だと思ってるような言動があったな。そこは訂正しなくちゃ。
ジャンのセリフにあった『お偉いさん』というのは魔王様のことだと思うが、何度怒られてもあの恐ろしい目で見つめられて慣れるわけがない。できれば今後一切説教されたくないレベルだ。
「というわけで、わたくしとジャンは特別な関係ではなく、まあざっくり言えば仲間なのですわ」
「こいつが雇い主でおれが傭兵だ」
わたくしの言葉に被せ気味にジャンが再訂正をすると、あからさまにステラさんはがっかりして『なんだー』と落胆の声を上げた。
「あのジャンニが年下の美少女と恋仲かと思ったのに……」
「仮にそうだったとして、あんたの人生に何か得があんのかよ。それに、こいつに手を出したら、とんでもないのから呪われるからやめとけよ」
と、ジャンは視線を遠くに投げる。
それを追うと……鶏に餌をあげているレト王子があった。
金の目と尖った耳もちゃんと幻術で人間ぽく隠しているが、最近イケメンオーラに加えて、ほんのり高貴そうな雰囲気が出てきているのですぐに分かる。
「あの子……」
ステラさんがじっとレト王子を見ているが、首を傾げたあと、不思議な子ねえと呟く。
「鶏好きなのかしら」
「そこかよ。まあ、あいつん家、モノがなんにもねぇからな。鶏くらい少し持って帰るか。多くなってくれば卵毎日食えるし、肉も取れるだろ?」
最後の方はわたくしへの確認のようだ。まあ良いと思いますけど。
「ジャンもきちんと面倒を見てくださいね」
「気が向いたらな」
すると、ジャンはステラさんに『帰りに鶏半分貰っていくから用意しとけよ』と横暴な言葉を残し、レト王子の方へと向かっていった。
「なんか……ごめんなさいね。いつもああいう感じなので」
「いーのいーの。昔はもっと言うこと聞かなかったんだから」
半分だけならまだ許容範囲よと器の大きさを見せてくれるステラさんだが、昔はもっと言うこと聞かずにジャンはステラさんたちと生活していたのか。
いったいどんなクソガキだったんだよ……。
食事をしながらステラさんにこの組織の話などを振ってみると、彼女の所属する自警団というか村というか、組織というか……まぁとにかく【星を射る者たち】は、村人の半分近くが所属しているらしい。
村といってもそんなに大きな村ではなく、人口が100人にも届かないくらいの小さな村落ということであり……昔は大変だったのよとしみじみ頷いていた。
「この村……本当の名前が有るんだか無いんだか知らないんだけど、あたしたちがここに来た頃って、ほとんどじーさんばーさんしかいなかったのよ。なんかさ、ここに置いてかれた……要するに棄てられた、みたいなものでね。貴族の出とか農民とか関係なく住んでて、若い人とか子供とか、全然いないの。みんな珍しそうに、それでいて疎ましそうにあたしとノヴァを見てヒソヒソしててさ……また『そういう奴ら』なのかなと思ったから、傷が癒えたら出て行こうと思って距離を置いてたんだけど……でも、あの人達トシだから、身体が思うように動かないのよ。水を汲みに行くのも大変だし、食事の用意なんてどれくらいかかってるか分かりゃしない。ヘタしたら食べる気力だってないのよ。そんなのほっとくのって、だんだん……見てて辛くなってさ。気がついたら、あたし達は森で獲物や山菜を採って……知らないじーさんとばーさんのご飯も自分たちの分も一緒に作ったりして、気がついたら村で暮らすようになってた」
そう話して昔を思い返しながらも、慈しむような表情でステラさんは仲間達を見つめていた。
「……多少は寿命とか、病気とかいろいろな理由で亡くなった方もいたけど、少しずつみんな元気になっていって、あたしたちがご飯作ってると『切り方が下手だ』とか『味が毎回しょっぱい』とかうるさいこと言いながら手伝ってくれる人が出てきて……少しずつ、村人から顔を覚えられたりお礼を言われるようになって……逆にあたし泣いちゃったの。今まで誰かに感謝された事ってなかったし、それが当たり前なんだろうって思ってたから、見返りを求めたこともなかった。でも、人にありがとうって言われるの、胸が温かくなって、こんなに嬉しいことなんだって」
そして、ステラさんたちは傭兵なので傷ついて帰ってくると、村の人が薬草とかを採って傷薬を作ってくれたりもしたそうだ。身体を大事にしろと言われてよく泣いてしまったそうだ。
そのうちに傭兵の知り合いもここを訪れたり、少ない村の子供が稼ぎを求めて傭兵になったりして仲間も増えてきたので、この組織かつ自衛団を作ったらしい。
「……人情深い集まりなのですわね」
「そうね。意図したわけじゃないけど、結果的にそうなったって感じかしら。唯一、ジャンニは勝手に来てわがままして、勝手にどっか行った感じだけど。なんか荒れてる時期だったのよね」
切り分けた羊肉に特製ソースを絡ませながら、ステラさんは自分の向かいに座っているジャンに『ね?』と話を振る。
「うっせーな。そんなことコイツにゃどうでもいいだろ」
面倒くさそうな顔をして話をぶっちぎった。ちなみに『コイツ』とはわたくしのことである。
「この村は良い『気』に満ちている。モノはないかもしれないが、心が平和で満ち足りた生活を送っているんだな」
ジャンの隣でいろいろ差し出される料理を堪能していたレト王子が、ステラさんに優しく微笑む。
すると、ステラさんは『は、はい……』と、言葉を震わせた。
「……君達の頑張りが成し遂げた信頼と結果だと思う。素晴らしいことだね、俺たちも見習わなくては」
「あ……ありがとう、ございます……ぅ」
そのままレト王子とステラさんは見つめ合う。
……うーん。まあ、レト王子ったら二年くらいですっかりイケメンになってきたものね。微笑まれたら心臓が危なくなるのは分からなくもない。
うっかり惚れてしまっても致し方ないだろう。
わたくしが炒め物を備え付けのスプーンで自分のお皿に盛っていると、わたくしの横に座っているノヴァさんが、くいくい、と袖を引く。
「リリーさん」
「はっ、はい!?」
お風呂場の件が即座に思い起こされ、恥ずかしさと驚きに思わず声をうわずらせて返事をすると、ノヴァさんはそんなに怯えないでくださいとすまなそうな顔をする。
「……あのレトという青年は、一体どのような方なのでしょうか」
「……16歳。動物と一部の魔物が好きな普通のイケメンですわね」
説明に不備がある。そもそも『イケメン』は『普通』ではない……が、魔界の王子ですなんて言えるわけがない。
「普通? いえ、なんだか……あの方には不思議な魅力というか、人を引きつける力があると言いますか……自分もですが、ステラも何か感じたようですので……」
レト王子達に聞こえないようにとぽそぽそ小声でわたくしにそう話してくれるノヴァさん。
彼の耳はぴん、ぴんと時折小さく動く。
わたくしはそちらの方が気になってしまうのだが……レト王子ったら、あの美貌で同性異性関係なく魅了してしまうのか。とんでもない王子様だ。
「……あのさ、後で……君と少し話をしたいんだけど……大丈夫?」
なんと、レト王子がステラさんにそんなことを言い始めた。
いや、何を急に……いくらイケメンだからって、そんなナンパなんかステラさんみたいな綺麗な人を狙うなんて、どうせだめだって言われるから止めた方が――……。
「はい……あたしもなんか……気になって。話をしたいと思っていましたから……」
ステラさんもにっこり微笑んで受け入れ、レト王子も了承されたことに満足げに頷いていた。