【悪役令嬢がリメイク版で敵側のヒロインに昇格したのに、恋愛どころじゃないんですけど!/66話】


 それから二日ばかり経った頃、食後の紅茶を嗜んでいるわたくしの前に……いつもの軽鎧を身につけたジャンが仕度をしろと言ってきた。


「アーチガーデンに出かけるぞ」

「あーち……? どこですの?」

 記憶を探ってみたが、知らない地名だ。


「おれの知り合いで、弓を扱う奴が住んでる。そいつんとこだ」

「ああ、例の口が悪いという……わかりましたわ」


 一応動きやすい格好にしていこう……そう思って椅子から立ち上がると、目の前のテーブルに、ブーツやら服やらの装備品がどさっと置かれた。


「買ってきてやったからそれ着ていけ」

「……着るのは構いませんけれど、サイズだって教えてないのに大丈夫なんですの?」

「だいたい目測だ。多分大丈夫だろ」

 大丈夫なわけないし。


 それに、わたくしは常にドレス姿だったぞ。

 目測でわたくしのサイズが分かるはずがない……靴のサイズだって教えていないのだ。


 でも、急かされるので仕方なく投げ出された装備品を手に取り、自室に戻ると……改めて服を確認する。


 レザーパンツ(短)……黒いショートパンツ。


 レギンス……のようなもの。多分こっちを穿いてからレザーパンツをつけるのだろう。生地はツルツルしているが、ストレッチ素材なのかよく伸びる。締め付けは苦しくなさそうだが、これは良い物……なの、よね。多分。


 ブーツ……すねくらいまで覆う普通のブーツ。靴のサイズはなぜかぴったりだ。


 厚手のシャツ……ちょっと大きめのカーキ色のシャツ。布地は厚めで身体にぴったりフィットする感じなので、動きづらさはなさそう。名前知らないけど、結構良さそうな材質だ。


 胸当て……肩当てはついていない、胸元を覆う皮製。シャツの上からすぽっと被るように着る。




……見たところ、おかしな装備はない。



 目測が割と正確なことに恐ろしさを感じつつ、わたくしはそれを装備し……てみたが、自室の鏡に映しても、変なところはない。


 着込んだ後に荷物鞄と弓一式を持って外に出ると、既に皆待っていた。

 エリクはお留守番ということらしく、ただ見送ってくれるだけの様子。


「もっと素早く、ちゃちゃっと着替えられねーのか」

「だって、変な服渡されてるんじゃないかって……一応確認してましたもの」


「おこちゃまにどんな服渡すような変態だと思ってた? 死ぬか?」

 にっこり笑ったジャンさんは、剣の柄に手を添えた。


「ま、まあ、似合ってるぞ、リリー。さすがジャンの見立てだ」

 それを慌ててレト王子が止め、ぎこちなく世辞を述べる。


 サイズがぴったりすぎる所は口に出さないでおこう。


「その、アーチなんとか……は、どの辺まで行くのですか?」

「山奥。場所はもうレトと先に行って覚えて貰った」


「いつの間に……まあ、行動が早くて助かります。参りましょうか……」




 そうして転移陣を展開して貰い、一瞬にして見知らぬ土地に着いたのだが……周囲を見渡し、歩き出そうと踏み出した途端……どこからか視線を感じる。




「――な、なにかに見られておりますわよ」

 わたくしがそう口に出すと、ジャンはそうだなと、のんびりした口調で頷いた。


「他には分かるか?」

「えっ? ほ、他ですの? えーと、ええと……」


 わたくしは焦りながらも周囲の様子を探るため、感覚を鋭敏にする。


 熟練度が上がると周囲の罠感知や人数把握が出来るパッシヴスキルがつくのだが、実戦経験の乏しいわたくしはソレを有効に活用していない。


「……罠はない、ようです。ですが前方に潜んでいるのが二人、あと――後方に一人います、わね」

 実際に脳裏に映るわけではない。何か、ぼうっとした赤い煙みたいなものが、ぼんやりと草木の間に見えるのだ。


 これが人の気配なのだろう。


 わたくしがジャン達にそう告げると……ふふっと、笑い声がどこかから聞こえた。


「――不慣れそうだけど、一応感知は出来るみたいね。えらいえらい」

 明るい女の人の声だ。


 がさがさと草木の間から姿を見せたのは、紫色の髪を前下がりに切りそろえたお姉さん。

 しかし、頭の上に猫のような動物耳がぴんと立っている。

 本来人間の耳があるはずの位置は、どうなっているのかは髪の毛に覆われているので分からないが……。


 見た目は人間だけど、あの耳ホンモノなのだろうか……。


 わたくしの視線が頭の上にあるのが分かったらしく、お姉さんはうふふと笑う。


「あら、半獣人(ハーフビースト)が珍しい?」

「……え、えぇ……初めてでした。じろじろ眺めて申し訳ございません」

「いいのよ、見られたって減るもんじゃないし。それで、ジャンニ……この子を鍛えろってことよね?」


 お姉さんはジャンへそう聞くと、ビシバシ頼むぜと他人事ながらスパルタ教育を頼みやがった。


「それはいいけど……三日の間にいろいろ詰め込みすぎて、イヤだー、って泣かせちゃったりするかもしれないわよ?」


「泣こうが喚こうが鍛えろ。決して逃がすな」


「はーい、了解」


 なんか凄い怖いことを話されてるんですけど??


 レト王子にどういうことなのだという不安げな視線を向けると、彼は困ったように微笑む。


「俺も内容までは知らないんだ……でも、俺も似たような訓練を今から受けるから、互いに頑張ろう」

 なんと、レト王子も謎の訓練プログラムを……。


 わたくしがファイアドレイクを倒したいと言ったばかりに、魔王の息子さんまで酷い目に遭わされるとは……。


「さ、リリーちゃんだっけ? 今日から三日間頑張りましょう! お姉さんできるだけ優しく教えるからね! あ、あたしはステラ。ステラ・ルミナス・フューリー。【星を射る者たち(シューティングスター)】の長をしているの」

 よろしくねと手を差し出されたので、わたくしも同じように手を差し出して握手を交わす。


 しっかり握り返してくれる手は弓を握っているからか、彼女の手はところどころマメのように硬くなっているところがあり、その努力も実力もきっと凄いのだろうということが窺える。


「シューティングスター……失礼ですが、そちらの組織は……?」

「ああ、この村の自警団だと思ってくれたら良いわ。でも、そのへんの冒険者には全然負ける気がしないけどね!」

 胸を張って、ふんす、と鼻から息を吐きながらドヤ顔をするステラさん。


 綺麗だし、なんだかお茶目で面白い人。


「今日からよろしくお願い致します」

「ええ。こちらこそ……ってわけで、ジャンニ。彼女を借りていくわよ!」

「ああ」


「それじゃ、リリー……互いに上達を目標に頑張ろう」

「はい」

 仲間達と手を振って別れると、わたくしはステラさんに連れられ、彼女たちの自警団にも挨拶する。


「初めまして、リリーと申します。三日という短い間ですが、ステラさんをはじめ皆様にご迷惑をおかけ致しますが、どうぞご指導よろしくお願い致します」


 頭を下げて一応礼儀正しく挨拶をしてから団員さん達の顔を見渡す。


 人間だけじゃない、といったら失礼だけど……ステラさんのように半獣人だったり、全身毛むくじゃらだったり、様々な外見の男女がいる。


「俺はイガル……」「可愛いお嬢さんだなあ」「ステラじゃなくて、俺が教えても良いぜ。忙しいんじゃないか?」「どこから来たの?」「顔小っさ!」


 自己紹介した後に、団員さん達が近くに来て名前を教えてくれたりするんだけど、みんなから一斉に言われるから、誰が何言ってるかさっぱり分からない。


「こら。リリーちゃん困ってるでしょ。男臭い下品な息を吐きかけるんじゃないわよ。リリーちゃんに手を出したら、あたしとジャンニが許さないわよ」


 わたくしの側で、しっしっと団員さん達を追い払うステラさんだが、団員さん達はその仕草よりも『ジャンニ』のほうが効いたらしい。


「ジャンニの女か……それはやべぇな」

「毛皮剥がされたくねえ……」


 いろいろな声が聞こえてくる。


「あの、わたくしジャンとはそういう――」「いーのいーの。あいつが女の子連れてくるってことは今までなかったんだし? 特別な間柄だって分かってるから」


 大変な誤解がここに生まれている。


……いや、それよりジャンがやべーやつだというのは、この自警団でも通用している認識のようだ。



 行った先のあちこちで危ない逸話を生み出しているのだろうか……。



 その話も多大に興味はあるが、今集中するべきは弓兵の基礎行動だ。

 あとで機会があればステラさんからジャンの話を伺ってみよう。


「それじゃ、荷物置いたら訓練始めましょうね」

 にっこりと微笑むステラさんだが、その女神のような微笑みがあったのは、荷物を置いて練習場に到着するまでのことだったのだ……。



前へ / Mainに戻る /  次へ


こめんと

チェックボタンだけでも送信できます~
コメント