「――私は、初めてお会いした日からリリーさまが普通の女の子じゃない、と思っていました。だって、貴族の女の子が従者もつけずに一人でこんなことするはずもない。それに、なんだか……出会った瞬間から、今までに感じたことのない強い親しみのような、怖いような、離ればなれになる運命のようなものを感じました」
感じましたって……セレスくんみたいなことを言うんだなあ。
彼女が戦乙女の再臨だというアリアンヌだから……いや、無印版で悪役令嬢リリーティアお嬢様にいじめられたという苦い精神だけが引き継がれているとか……?
――わたくし魔導の娘だというのに……いじめた方が忘れてしまうという言葉もあるが、メルヴィちゃんにそういう畏怖をなーんにも感じなかったのでクソニブもいいところだわね。
「リリーさまとお話ししたいと思って、ずっと……遠くから気にしていました。お見かけしたときは嬉しくて、でも、リリーさまはレトさんと手を繋いだり、楽しそうに笑い合ってご飯を食べたりデートされていて……急に入り込んで邪魔するのは気が引けて……」
アリアンヌの指摘通り――わたくしはレト王子とはぐれないように、混雑している大通りで手を繋いで食料を選んだり買い食いしたり、まあ……傍目にはデートだと捉えられても仕方がない行動をしていた。
「い、いや、デートなんてそんな付き合ってるみたいなことは――」
「――ずっと見られていたのは恥ずかしいけど、邪魔しないのは正しい判断だなあ……そう思うよねリリー?」
「わたくしそうは思わ……」
「……思うよ、ね?」
わたくしの肩に置いた手に力を込めながら何嬉しそうに笑ってるんだよレト王子。さりげない圧が加わってるぞ。
「え……ええ、ソウ、デスワネ……」
それ以外に言える言葉は許されない気がする。
「――清く正しい生活だった、ね。所詮口だけか。見てくれと言わんばかりに行動が浮き彫りじゃないか」
「ぐっ……誤解ですわ」
そしてクリフ王子。なんであんたがムッとしてんだよ。関係ないでしょうに。
「あれ、リリー……あいつに誤解されて何か困ることでもあった? ないよね?」
レト王子の囲い込みが凄い。もう無理……ジャン、助けて……。
「おやおや。うちのご主人は罪作りだねえ」
ジャンさん?? 何笑ってんだい?
わたくしは両王子の逆らえない権力で圧を掛けられ怒られて、面白くも何ともねえわよ?
「アリアンヌさん、それより続きを……」
「あっ、そう、ですね……ええと……」
わたくしは唯一この場を流すことの出来るアリアンヌに助け船を出すことしか出来ず、彼女もまた話の途中だったため、どこまで話したかを遡ってから口を開く。
「意を決して、リリーさまに話しかけて……ようやく私、お近づきになることが出来て嬉しかったんです……レトさんや、そのお友達には別に興味がなくて……ただ、お話ししたり仲良く出来れば良かった。リリーさまがお友達がいないと仰ったとき、それなら私……友人になれるかもしれないな、って……でも……」
あの日を思い出したのか悲しそうにアリアンヌは俯き、涙を堪えるようにドレスを握りしめた。
「……リリーさまは、頷いてはくれなかった」
「…………ええ。そのことに謝罪も言い訳も致しませんわ」
――どのような理由であってもわたくしは返事を……しなかった。
「リリーさまは私が孤児だから、そういう人を友人に選ぶことなんてしなかったのだ、と諦めようとしました。けど……リリーさまは私のいいところって『謙虚で素直なこと』だから良いと褒めてくださって……そして、自分の友人にふさわしくなるのを期待してくださるって、そう言ってくれました! だから、自分を磨こうとしたんですけど……何から初めて良いか分からなくて。丁度、貴族の娘さんを探しているって人がいて……その人に話しかけたんです。私が多分そうですって……貴族の娘になれるんだって思って、一緒についていったんです……」
ん?? なんか、ちょっとよくわかんない感じの流れになってたぞ?
「ア、アリアンヌさん、少々お待ちを……クリフ王子、ちょっとよろしいかしら……貴族の娘さんを探している、というのは……その、リリーティアという娘を探していた、ということ……ではございませんの?」
「……そうだ。リリーティアという名前の少女を探させろとウィリアムに命じたのは僕だ。ラズールに送った調査員と共にリリーティアが戻って来たらしいと報告があったので、確認に僕とローレンシュタイン卿が立ち会った……が、全然違う。しかもこの娘は『私がリリーティアになります』と言って周囲を混乱させていた……話にならないので追い返そうとしたんだが、実際にリリーティアを知っている。話を聞くうちに、ローレンシュタイン卿が『あの子と仲良くしていたなら、姉妹になればきっとリリーティアも心配で戻ってくるだろう』と決心し、家に置くことにしたのだ」
それはそれは……。クリフ王子達もそれなりにご苦労だったというわけか。
「……あら、ウィリアム家ってわたくしの顔は知らなかったのですわね。まあそれはどうでもいいです……けれど、ローレンシュタイン卿も思い切ったことをなさったものですわ……」
なんでそれで戻ってくると思ったんだよ。普通そんなやべー奴とは縁切りたいだろ。
きっとこのわたくしの『思いつき即実行』はローレンシュタイン……父親に似た思考回路なのだ。きっとそうだ。
「――まあ、つまり……話をぎゅっと縮めると。わたくしに友人と認められたかった。だから貴族になれば認めてもらえると思って……貴族の娘になるため、わざわざ王都へ行ったと?」
「はい!」
……反省を感じさせず、キャピッ(はーと)みたいな態度。
苛立ちよりも、頭痛と疲労が蓄積する。
「貴族の娘にしてくれる募集だと思ったら、実は人探しだったっていう勘違いをしてたのはすごく恥ずかしいですけど……結果的にお友達以上の関係になれましたし、クリフォード王子さまにまで親身にして頂けたから、なんでもやってみるものですよね!」
ああ……この突拍子もなく、悪びれないポジティブっぽい感じ……アリアンヌだ……間違いない……。これリメイクでも健在だったか……。
「……良いですか、メルヴィさん」
「リリーティアお姉様、違いますよ~! もう私はアリアンヌですっ!」
ぷくっと頬を膨らませるアリアンヌ。ちゃっかり名前呼んでお姉様とか言うな。
「……良いですかアリアンヌさん。あなたがわたくしのためと思って取った行動、それでどれだけの方が心配されたと思いますの? 書き置きもなく飛び出して……孤児院の方々がどれほど心配したかなど、わたくしたちが考える以上のことでしょう。相談に訪れたらしい教会、大通りのお店、街のお子さん方……自警団の方々もいらっしゃる。あちらこちらで探されたのだと思いますわ。それについてはどうお考えです?」
「えっ……だって、私は無事だったし……」
「だって、って……それで良いと思っているんですの!?」
思わず強めに問うと、アリアンヌはビクッと身をすくめて怖がっている。
怒られるのは慣れていないようだ。
「おい、リリーティア。あまり意地悪をするものじゃない。彼女は君の妹になったんだ、まだ不安も多いだろうし優しくしてくれないかな? それに、下々が貴族のために動くのは当たり前だ。気にする方がおかしいぞ」
クリフ王子が口を挟み、自分を庇ったのでアリアンヌが嬉しそうに彼を見つめた。
おお……この不条理な感じが、リリーティアお嬢様目線なのだな。なるほど。
って、意地悪して、って言われたよね……これではわたくし、アリアンヌをイジメくさってクリフ王子に断罪されるイベントが見えてしまうじゃない……!!
いや、レト王子はわたくしの横にいるし、死亡フラグではないはず……いや、今回『は』というだけ……違う死亡フラグが待っているかもしれない。ソレは困る。
いや、それはだめだ……けど、どうして……メルヴィちゃんあんなに良い子だったのに、アリアンヌになったらバカになっちゃったの……?
「……やっぱり、リリーティアお姉様は迷惑なんですね……私のこと」
「…………」
肯定したい。
しかし、ここでそうですわねとか言うと断罪ポイントがたまる。
「リリーティア! そこはきちんと否定しろ! こんなに可憐な妹を嫌うはずないよ、大丈夫……」
クリフ王子がアリアンヌを慰め、プラス断罪ポイント追加……という余計なことをしてくる。
クソッ……アリアンヌの可愛さに脳までやられやがって……とっととくっついてわたくしと婚約解消しろ。
「この際……はっきり、申し上げておきますわね……」
じろり、と目の前でいちゃつく二人を見る。
剣呑な視線にたじろぎ、クリフ王子がアリアンヌを後ろ手に庇うが、別に怪我させようとしてはいないので安心して欲しい。
「わたくしにも耳の痛い話ではございますが、誰かに迷惑を掛けてしまったことはもう仕方がありません。しかし、孤児院の方々はあなたの育ての親であり、育った家です。無断で家を出て、他人の家の子になっているなど常軌を逸しています……心配をおかけした謝罪はきちんとするべきだとわたくしは感じますの」
「……」
『お前が言うな』と無言で伝えてくるクリフ王子の視線が痛い。
分かってるよ。だから『わたくしにも~』って言っておいたでしょう。
「それに――わたくしとあなたが義理とはいえ『姉妹』ですって? あらあら……ご冗談は大概になさってくださる? わたくしはあなたの『リリーティアお姉様』とやらではございませんのよ、アリアンヌさん?」
ふっと笑って、わたくしは彼女を見据えた。
「――よくお聞きあそばせ。わたくしはリリー! ローレンシュタイン伯爵令嬢でもなく……そこにいるクリフ王子の婚約者であるリリーティアなどでもない!」
くらえ! とばかりにビッとクリフ王子に指先を向けると、彼は衝撃を受けたような顔を浮かべていた。どうせならそのまま吹き飛ばされて欲しいものだ。
わたくしは……自分がリリーティアお嬢様の身体を持っているのだから、リリーティアお嬢様が本来しないであろう事を……自分がしていいのかも悩んでいた。
自分の心のままに生きて良いのかも分からなかった。
でも、それはもう不要だ。
ここにいるのは、アリアンヌをいじめ抜いた悪役令嬢のリリーティアお嬢様ではない。
こんな優柔不断で性悪王子の婚約者でもない。
「……リリーティアという娘はどこにもいない。戻らぬ泡沫の記憶や夢と同じ存在ですのよ」
わたくしは――……自分の意思で行動する。もうお嬢様の幻影を追う必要はない。
もう、自分でいることを迷ったりしない。
「だってわたくしは――……ただの『リリー』……それ以上でもそれ以下でもございませんわ!! 戻る家も進む未来も、誰と共に陽の差さぬ荒野を往くのかも、わたくし自身が選びます!!」
これが『リリーティアお嬢様ならばこうしただろう』とはもう考えない。
もう、その必要なんてない。
わたくしは自分で誰かを自由に信じ、どの道を生きるか決めることが出来る、リリーという少女だ。
アリアンヌが出現したのならば、わたくしは今まで以上に自分を認め、その能力を開放させるべく励むつもりだ。
「アリアンヌさん……あなたとわたくしが再会することがないよう、そして、あなたの本当の幸せを――世界でいちばん遠い場所からお祈りしておきますわね」
「リリー、……さま……っ?!」
どうして、と震える声で呟いたアリアンヌ。
「どうして、私たちは仲良くなれないんですか!? お友達って、そんなに難しいんですかっ……!! いつも一緒にいるその人達、リリーさまのなんなんですか!?」
「――それでは、さようなら……アリアンヌさん」
参りましょうとレト王子に告げ、わたくしはクリフ王子が『えっ、待て……』とか言うのを無視して歩き始める。
「リリーティア! 貴様、なぜアリアンヌと僕の話を素直に聞かない!? なぜ、僕の元へ戻ろうとしないんだ……! 僕はこの国の王子だぞ! 君はあんなに僕を――」
「――……いつまでも同じ事ばっかりうるさいのですわ」
顎をあげ、嘲るような笑みを浮かべたまま……後方を振り向いてやる。
自分でも生意気な顔をしているのだろうと想像する。
実際、クリフ王子は信じられないという顔をしてわたくしを見つめていた。
さぞや挑発的に見えたことだろう。
「まったく何度も何度も……同じ話をさせないでくださる? わたくしの戻るべき場所は、そのローレンなんとかという貴族のお屋敷でもなければ……あなたの横でもありませんの」
「じゃあそいつらは何だ! 僕たちより自分にふさわしいとでも!?」
「わかってるなら直接わたくしの口から告げる必要はございませんわね……」
そう言ってやってレト王子とジャンの腕を取る。
「さ、用は済んだっぽいですから……わたくしたちの家に帰りますわよ」
にっこりレト王子とジャンに笑顔を向けると、レト王子は感動しているのか困惑しているのか照れているのか……ちょっとばかり目を潤ませて、わたくしを穴の空くほど見つめたままだ。
ジャンは、わたくしの頬を優しく撫でてから勝ち誇った笑みを貼り付け『こういうことだ、悪いなオウジサマ』と、間男のような捨て台詞を吐いた。
いやー、その煽りスキル最高だぞ、ジャン。
君はとても、人を怒らせるのに長けている。今日の主演男優賞をあげよう。
いつの間にか教会の入り口には、成り行きを見守っていたマクシミリアン……とセレスくんがいた。
「きょ、教会の前では……お静かに、願います」
セレスくんは困ったように苦笑いしており、マクシミリアンは教会の前で巻き起こる愛憎ドラマに、頭痛を堪えながら額に手を当て……たと思いきや、考え直せと言いながらわたくしの側へ走り寄ってくる。こいつもメッチャ足が速いな。
「くそっ、もう少し早く用事を済ませるべきだった……リリーティア……なぜこんな強硬手段を取った。もうちょっと事を穏便に運べなかったのか?」
わざと殿下を煽るようなことをするのは止めたまえ。そう彼は小声で付け足す。
ああ、マクシミリアン。
あなたはこんなにまともそうなのに、なぜクリフ王子の側にいるのかしら。
あなただってお友達を選べる立場では……ないのか。宰相の息子さんだものね。
「ごめんあそばせ、マクシミリアン。あなたに恨みなどはこれっぽっちもございませんが、わたくしはリリーというただの娘……そして、わたくしにもやるべきこと……いえ、わたくしにしかできぬことがあるのです」
「それに彼らが必要だと? 俺やクリフォード殿下と共に考える方が――」
「――無理です。あなたがたとわたくしたちでは、生きる道も『しるべ』となるものも違うのです。あなたはあなたの信じるもののために生きるとよろしいかと」
「それが、貴女の選んだ道だと……」
「――もう放っておけそんな女!」
まだ何か訴えかけようとするマクシミリアンだったが、クリフ王子のブチ切れたような呼びかけに慌てて振り返る。
クリフ王子はといえば、憎悪を込めたような目でわたくし――ではなく、なぜかレト王子を睨んでいた。
「レト、とかいったな……――貴様が、リリーティアをこんな境遇にそそのかしたのか? 王族の命令にも従えぬよう判断力を奪わせ、人の情を無くし、惨めな生活をさせ、貧民として押し込めているのか……!」
「それは違――むぐっ」
わたくしの反論は即座にレト王子の手によって塞がれ、彼自身により『そうだ』と断定される。
「俺は彼女から『リリーティア・ローレンシュタインとして生きること』を奪った。こうしてリリーが側にいてくれることに、深い幸福を感じている。後悔など、あるはずはない」
「そうか……ならば貴様だけは、断じて許しはしない。よく覚えておけ」
「――だったら、どのような手段を講じようと……俺も貴様だけにはリリーを渡しはしない。突如現れた娘にうつつを抜かしているような貴様より、彼女も俺の方が好ましいようだからね」
二人は不敵な……というか、このまま斬り合いが始まってもおかしくない、危険な……一触即発のじりじりとした雰囲気を形成している。
しかし、ここで斬り合うようなことになったら絶対にレト王子が負けるに違いない。
上達しているとはいえ、相手は何でもそつなくこなすクリフ王子だ。
剣術だって自信があると豪語するだけの腕前が(ゲーム設定では)あったはずだ。
ここで……。
――おやめになって! わたくしのために争わないで!!
などと言ったら、誰のせいだというツッコミと共にマクシミリアンのドロップキックが飛んできそうだ。
「……クリフォード殿下。そろそろ……孤児院へ出向かなければ」
胃でも痛めていそうなマクシミリアンの呼びかけというか催促というか……この空気をぶった切りに来たというか、ともかくナイス判断である。
「ああ、わかった……ふん、貴様と僕が剣を交えるときがあるかと思うと楽しみだ!」
そうして赤いマントをぶわぁっと風になびかせるようにして翻すと、わたくしたちを睨みつけながら、アリアンヌと共に馬車に乗り込んだ。