【悪役令嬢がリメイク版で敵側のヒロインに昇格したのに、恋愛どころじゃないんですけど!/60話】



 レト王子の転移魔法で魔界に……魔王城の前に戻ってきた。

 敵もいないし店もない、夜出歩く必要もないので魔王城付近に街灯なんてものも――、あるはずない。


 一応魔王城の入り口には青白い明かりが灯っているので、遠目だと暗闇に光がぼわっと浮かんでいるようにも見えるだろう。


――でも、ほぼ真っ暗闇の世界。

 太陽もないくせに、一応朝は『闇』が『薄暗い』までには明るくなるので不思議である。


 たまにズシン……ズシン……と重たげな足音と振動を響かせ、ゴーレムくん1号と4号の大きい奴がそのへんを歩いている。


 足下でウロウロしない限りは向こうが避けてくれるので大丈夫だが、踏まれたら無事では済まない。特に夜だから気をつけたいところだ。


「――ここ、は……?」

 わたくしたちには見慣れた魔界の風景が、セレスくんにとっては地の果てかとも思えそうな光景だろう。


 不思議そうに、そして気味悪そうに……少しでも周囲から情報を得ようとこの暗闇の中に、目をこらしている。


「……セレスくん。あなたはこの場所をどうお感じになりまして?」

 錬金術で作った白い光を発する棒状の明かり(サイリウムライトみたいなもの)を向けながら、唐突な質問をしてくるわたくしに、セレスくんは意図が分からないというように目を瞬かせる。


「どうって……暗くて風の音が怖いくらいに強くて、謎の振動も……ああ、空気が何か、ラズールとは違って濃い……です。あとは、周囲の生命力が……なんていうか、薄い……?」

「ふぅん……やはり、感覚のほうが鋭敏なんだね」


 レト王子は感心したようにセレスくんに声を掛けた。

「それで、俺からも聞いてみたいことがあるんだ。君は――魔族についてどう思う?」


「……魔族。人々に危害を為す、古くから人類の……戦乙女の敵と教会からは教えられました。実際、周辺でも魔物に襲われる人は少なくありませんが、私は魔物に攻撃されたこともないので……本当に魔物が危険か、なんて分かりません」


「……分からないけれど異種族は良く思っていない、ということかな」

「よく知らないので、悪くも良くもない……未知の存在ゆえに恐怖はある、それだけです」


「そうか……魔族の排除を推進しているというなら、送り返すところだった」

――いずれ魔界を統治するべき立場の人なので、レト王子は慎重だ。


 エリクとジャンにはそんな質問はしてなかったけど……エリクは魔狼の事をそっとしておいて欲しいと村人にお願いしてくれたから友好的だし、ジャンは魔族とか人間とかじゃなくて、自分に剣を向けてきたら斬るというスタンスっぽいので、あんまりそこは関係なかったようだ。


「この不思議な場所は一体どこなのでしょうか……?」

「……魔界。人間達の住まう大地……から更なる深い場所にある地下世界。魔族達本来の故郷だ」

「魔……?! えっ……」

 淡々とレト王子から騙られることにセレスくんは当然驚いているし、周囲を見渡しているが――暗闇に浮かぶ明かり以外の情報を取得するには難しいだろう。


「ここが、魔界……? しかし、魔界と人間世界を繋ぐ境界は……」

「昔、人間側が閉じただけだろう? 魔族は常に裂け目を閉じることなく開け放っている。そうしなければ、民が死ぬからな」


 そう。魔界と世界の裂け目は綻びかかっている……というのが、無印版の後半で分かることなのだ。それをアリアンヌがぴったり封じるわけで、魔王を倒しに来る。


 魔王を倒せば裂け目を拡大させようと目論む者はいない……という筋書きだったはずだが、そういえば……これはリメイクでどう変更されているのかしら??


 現在、魔王様はアリアンヌと戦いを望まない。

 しかし、そのうち魔界との裂け目を閉じようと考える人間達が出てきて……。

 魔界に関する情報が皆無なんだから、調べようがないっていうのもあるかもしれないけど。


「民……魔族の民? 何のためにそんなことを? ここで暮らせはしないのですか?」

 魔界の状況を知らないので、ほぼ地上と同じような環境だと思っているようなセレスくん。

 これも魔界よくある質問集に追加だな。


 レト王子は、暗闇しかない空を仰ぎ見る。


「言葉通りだ。この魔界は不毛の地。吹きすさぶ風から隠れる場所も、空腹を満たす食料もない。そんな状況で生きていける魔物はほとんどいない。だから、我らの民は安住の地を求めて地上へと出て、土地や仲間を護ろうとする人間と争っている……」


 毎回誰か来るたびにこうやって説明するから、レト王子はこれもめんどくさいんじゃないかなって思うんだよね。


 誰が好きこのんで『自分の国には本当に草一つありません! 我々は民草にも見捨てられてます!』と悲しくなるようなことを話したいだろうか……。


 しかし、これでセレスくんが教会のキレイなご意見で反論しようものなら、彼との関係は決裂する……かな。まあ、それはそれでもうしょうがないけど……。


「君はリリーと俺を、人類を救うための存在だと言った。それは違う。俺たちは、人類の救世主じゃない……俺は魔界の王子で、リリーは魔界の救世主となるべき存在。魔界を繁栄させるため、この地で安心して暮らせるよう一から環境を整えている。それは人間と争うことよりも大事なことだ」


「――……!!」

 セレスくんにとっては、多大なる衝撃だろう。


 大きな目をさらに大きく開き、レト王子から視線をそらせないでいる。



「そんな……リリー様は戦乙女では、ないと……?」

「君には確かに、そういったものを感じる能力があるんだろう。だから対極にあるリリーの力を、そうだと勘違いしてしまった。でも、戦乙女とリリーの持っているオーラは全く違う。多分、君達にとって戦乙女のオーラはもっと柔らかく、輝きを感じるはずだ」


 ふーん、オーラ……。


 魔王家の人でさえ『泣きたくなるような感じ』のわたくしのオーラと戦乙女は違うというのか……。


 なんだか、見てきたように詳しく言うのだなぁ。



「――まあ、そういうことですので、わたくしたちは既に使命を知っている。セレスくんの仰るように、世界を救うなんてことは出来ませんの。ですが、正体を明かしてしまうなんてこともできず、あのように言いました。最終手段です」


「そうだったんですね……。確かに、そんなことはあの場で言えないでしょう。教会に私が報告すればお二方は大変なことになる、そうお感じになったでしょうし」


「その他にも、錬金術を嗜んでおりますので。わたくし知りませんでしたが、錬金術師と教会は不仲だそうですわね。結局教会のお世話になるのは避けたいのです」

「ああ……それなら尚更です。判断は正しいですよ」

 ですが、とセレスくんも顔を上げてわたくし達を順番に見ていく。


「事実を知ってなお、あなたたちに興味と関心が湧きました」

「えぇ……?」

 なんでだよと言いたげなレト王子。


「魔界は平穏を望んでいる。しかし、フォールズ王国と教会は魔族の排除を望んでいます。ご存じでしょうが、多くの魔族や魔物が冒険者や討伐隊に倒され、王家も推奨していますし……売買されてもいます」

「――……王族。つまり国王はもとより、あのクリフ王子も推奨しているのか」


「ご本人がそう仰ったかどうかは分かりませんが、少なくとも……反対を訴えてはいらっしゃらないかと」

「……もともといけ好かないと思っていたが、嫌う理由は増えたな」

 レト王子の目に、強い憤りが宿る。


 庇護したいと思う民が、人間の持つ正義や欲望で犠牲になっている。


 もちろん自分から人間を襲う子もいただろう。

 どちらが先に手を出していたとしても、フォールズ王家と教会というこの国の権力の象徴が魔族の討伐を推奨しているならレト王子が怒るのは当然だし、無力さを噛みしめるのもお辛いだろう。


 かける言葉もないまま怒りに震える彼の手を取る。

 触れてきたわたくしを睨みつけるように視線を向け――……だんだんその憤りは弱まり、消える。


「…………大丈夫。ありがとう」

 睨んでごめんねと謝ってから、レト王子は再びセレスくんを見た。


「……君に個人的な恨みはないから一応聞いておこう。リリーが魔族の関係者と知って、自らの選択に後悔しただろう? 君の信念である『世界のため』にはならない」

 そう。わたくしたちは魔界のためなら頑張るが、地上の、ましてやフォールズのために動く気はないのだ。


「先日、君に裏切るなと誓わせるような形にしたが……君はその様子だと、戦乙女を選定したりも出来るのだろう。忌々しいことに人間にとって戦乙女は……俺にとってのリリーだったように、なくてはならない。君はそれを見いだせる人材だ。だから、地上に戻って今まで通り暮らすといい……だから――」



 だから、もう俺たちとは二度と関わらないほうがいい。



 そう言いたかったのだと思う。多分。

 それを告げる前に、セレスくんはいいえ、と力強く拒絶した。



「いいえ。私はあなた方と誓いました。決して裏切らないと。だから、その誓いを覆すことはありません。私はあなたたちを助けるために働きましょう」



「――えっ? いや、あんなにこだわっていた世界はいいのか?」

「確かに世界を救うことは、平和に繋がる。争いのない世界は人類にとってかなえるべき願いです。しかし、魔界は王族自ら魔族達のために環境を改善しようと活動されているのでしょう? それは世界の平和に繋がっていきます。大変素晴らしいことではありませんか。私は活動する場所が変わっただけ……そう、世界は結局平和になるように動いているのです!」


「そ、そうかもしれないけど……」

「これも、私の新たなる使命!! 神の采配はなんと素晴らしいことなのか! 魔界の民に喜びを、幸福を分け与えよということなのですね!」


 セレスくんは喋っているうちに興奮してきたらしい。顔には謎の恍惚感と幸福がにじみ出ている。

 ドン引きしたレト王子は、我々傍観者に視線を向けた。


「この人、いろいろ……大丈夫なのか?」

「大丈夫じゃなくても、こいつ多分もう帰らねぇな」

「拾ってきた奴が一番悪いと思うけどね……毎日あの謎理論を展開され、錬金術に水を差されるのはまっぴらですけど?」


 エリクの視線がわたくしを貫く。

 そんなゴミを見るような目で……。


 わたくしも、セレスくんがこんなにやべーやつだなんて思ってなかったんだよ……。


 ジャンのこともちょっとばかりやべーと思っていたけど、まさか重要イベントのNPCだったセレスくんが仲間になるなんて思わなかったし、こんなにぶっ飛んでるなんて、想像できるわけない……。


 そして、セレスくんはわたくしのほうに浮かれながら歩いてきて、眩しすぎる笑みを向けた。

「というわけでリリー様、改めて魔界でお世話になります! 是非いろいろなご指導よろしくお願いしますね!」


……居座る気だ。


 わたくしは三人から冷たい視線を向けられ、セレスくんのニコニコ笑顔の眩しいビームを食らいながら、ただでさえ暗い魔界の夜に呑まれてしまいそうな……そんな気がした。




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こめんと

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