――どうか、そっとしておいてほしい。
 出来れば地上の要人と関わり合いになりたくない。
 特に王家と教会。それがわたくしたちの心からの願いである……のだが。
 どーいうわけか、わたくしはクリフ王子と婚約者(破棄予定)で、教会のセレスくんには戦乙女だと勘違いされている。
 教会はわたくしが悪いかもしれないけど、クリフ王子とはなんでこうなったのか……、運命のいたずらにしても、今後関わり合いになりたくない二大巨頭だ。
 特にクリフ王子。無印の断罪イベでも本編始まってないと思われる現在でも、リリーティアお嬢様を悪し様に罵ってくる。
 そんなにわたくしを嫌いなら関わらなければ良いのにと思わざるを得ない。
「はぁ……」
「そんなに嫌なら、あんなこと言わなければ良かったのに」
 幾度目かのため息を吐いたところで、レト王子が不満げに口を開いた。
 わたくしたちは既に夕刻、森の中の深い場所にいる。
 先に到着し、周囲をチェックして罠の有無を知っておきたかったからだ。
 が、そういったものもなく、ジャンも暇そうなので安心して時間を潰しているというわけ。
 セレスくんに顔が割れていないエリクが教会の様子を見に行ってくれたが、セレスくんは普段通り司祭の仕事をしていたそうだ。
 このまま彼が時間を過ぎても来なければ良いと心の底から思う。
「だいたい、なぜかリリーの側に男ばかり集まるし……」
 レト王子の愚痴がまだ続いていた。彼は割と根に持つほうらしい。
 まだ思春期の少年だからしょうがないのだけど、実は嫉妬深い。
 かと思えば見つめるだけで照れるし、褒めると嬉しそうにする。
 食事は美味しく召し上がってくださるし、一緒に過ごすだけでご機嫌そうなのだ。
 小動物も好きだし、魔界の生命体……というかゴーレムとスライムをとても可愛がっている。
――あれ?? かわいすぎるのでは??
「んん……お、男ばかりではございません。メルヴィさんだっております」
 事実を並べると萌えてしまい、顔がにやけそうになるのを堪え……難しい顔をしながら、そういえば的にメルヴィちゃんを引き合いに出す。
 魔術屋のハルさんもいるけど、彼女は取引先の相手だから『お友達』ではないし。
「あの子はリリーの友達にはなれない」
「……はぁ……はっきり仰るのですわね。ですが、魔王様が……レト王子も無意識で、彼女とわたくしのことがどうなるか気付いてるって。魔王様ご自身も、どうなるか分かると仰っていましたわ」
「父上が……そんなことを……」
 魔王様大好きなレト王子が驚くでも喜ぶでもなく、ただ真面目な顔で頷いていた。
「そういえば、セレスくんの話を聞いてから、以前からお伺いしたいと思っていたことが……」
「ん?」
「わたくしの【魔導の娘】という何かの力、魔王様達にはどう感じるのですか? 例えば、眩しいとか熱いとか……感覚的なものでも」
 予知能力はないと仰っていたけど、わたくしは興味があったのでお伺いしたいのだ。
 レト王子はわたくしの顔をじっと見て、耳を貸してと小声で言った。
 言われたとおり横を向いて顔を近づけると、唇を寄せた彼は『泣きたくなる感覚』と、漠然とした回答を行った。
「…………?」
「震えと共に胸にこみ上げてくるんだ。尊敬と畏怖が混ざったもの、と言ってもいいかな。俺たちの一族全員【魔導の娘】が分かるというなら、きっと父上も同じように感じたはずだ」
「……セレスくんも、精霊の力とは別の不思議な力を感じると仰っていた気が……」
 あれ? 何か……引っかかる。
 何か、もう少しで何かの結論に到達できそうな、もどかしい思考。
「――そうか……」
 しかし、わたくしより先にレト王子の方が納得したような顔をしていた。
「え、どうされましたの……?」
「……多分、あのセレスという司祭も、俺たちと同じようにそういうことが『わかる』血筋なんだ……」
「ええ、資質が分かると仰っておりました」
「そうじゃなくて――」
「なあ、腹減ったんだけど……食いモン持ってきたか?」
 なんかすごい重大なことを聞けそうな良いところだったのに、ジャンが空腹を訴えて割り込んできた。
「さっき何か召し上がってましたわよね??」
「食ってたけど、さっきはさっき――今は今だろ」
 燃費の悪いお腹だこと。
 まあ、何か分からないけど無性にお腹が空く日ってのもありますからね。
 鞄からクッキーを取り出すと、ジャンはクッキーかよと言いながらも一枚取って口に入れ……わたくしの手から全てのクッキーを奪っていった。
「もう……後でご飯食べられなくなりますわよ」
「子供じゃねぇから平気」
 かわいげの無い青年だ。まだ18歳だから……子供……ってほどでもないか。
 日は既に暮れ、夜の帳がゆっくり地上を覆って、星がちらほら瞬くのが見えた頃。
 ラズールの街から、大きな荷物を持った人が歩いてくる。
 なぜ分かるかと言えば、レト王子が水晶玉に入り口付近の映像を映してくれているからだ。すごい。魔法使いっぽい。
 その人物の姿を見るのとほぼ同時、エリクが懐中時計を水晶玉に近づけて、漏れ出る光で時刻を確認した。
 長針が12の文字にかかるほんの少し前。
 つまり時間通り、である。
 街から急ぎ足でやってきた人は――いつもジャンが着ていたような、白いフード付きの外套を頭からすっぽり着ているから顔までは分からない。
 ジャンはといえば、今日はいつもの黒っぽい服を着ていた。
 理由として『森に紛れるように潜伏するのに、目立つ服を着るバカがいるか』――ということで、わたくしたちも揃って暗いカラーの服を着るよう命じられている。
「……背丈はあのガキっぽいが、顔が見えねぇな。そのまま見てろ。ここから動くなよ」
 そのリアルタイム映像を睨むように見ていたジャンが立ち上がる。
「どこに……」
「あんたらを連れて歩くよりは安全な手段を取るだけだ」
 そうして明かりも持たず、頭の先から黒っぽい色をしているジャンは、瞬時に暗闇に紛れる。
 確かに心配いらないと思うけど、逆に何するのかも不安でたまらない。
 この暗さに乗じてさっくり闇討ちしてしまうのでは……とすら感じるからだ。
 森の入り口付近に到着した人物は、周囲を見渡す。
 待ち合わせ場所と思わしきところに誰も居ないのでは、不安にもなるだろう。
 すると――その人物の姿が急にかき消えた。
 あれっとわたくしたちが驚いた次の瞬間には……ジャンがその場に佇んでいた。
 剣などもまだ抜いていないので、どうやら白い人物の後ろに回り込むと、体術か何かで地面に引き倒したようだ。
 水晶の映像からではよく分からない。ジャンが屈んで映像から消えたので、多分相手のフードを取って顔を改めている……、のだと思う。
「……ジャン、そういえば明かりを持っていませんわよ……ね?」
「夜目が利くのでしょう……嗅覚かもしれませんが」
「人間なのに凄いな」
 それぞれ言いたいことを呟きながら水晶の映像を見守っていると、再び顔を見せたジャンは、周囲を注意深く確認し……どう見てもわたくしたちへ向かって、小さく手招きをした。
 水晶から見ている角度もだいたい分かって、誰かに見られることなくそのジェスチャーを取っているのか。あの男普通にデキる奴だな。
 改めて、ジャンが仲間で良かったなあと思いながらわたくしは二人を促して立ち上がり、森の入り口の方へ歩いて行く……が、向こうから人の背を押しながら向かってくるジャンと合流できたので、実際さほど歩いていない。
 ジャンにせっつかれながら歩いてきたのは――セレスくん。
 ああ、紛うことなきセレスくんだ。
「――こんばんは。あれだけ言ったのに本当に来てしまったのですわね。なんだか呆れを通り越して、あなたのものすごい執念に感服しそうですわ。本当に考え直してくださいましたの?」
「もちろんです。誰のせいにもしません」
 セレスくんの硬い声音の中に、強い決意が感じられる。
――以前、そんな短時間で重大なことを決めることは出来ないと言いましたが、彼は一度決意したら曲げない人なのかもしれない。
「本当に良いのですね? きっと司教様はお嘆きになることでしょう」
「……書き置きが部屋にあります。父はまだ王都におりますし、三日後には見つかるでしょうけれど――あなたがたの事情は誰にも話していませんから安心してください」
「先に忠告はしてあるし、ベラベラ余計なこと書いたり話したら、そのどてっ腹に剣をブッ刺してるところだから安心していいぞ」
 乱暴な口調ではあるけれども、わたくしもそんなようなことをほんの少し思っていたから、ジャンが代弁してくれて助かる。
「……はぁ。仕方ありませんわね……レト、転移をお願いできますかしら……」
「……本当は嫌だけど……もうこれ以上は無理だな」
 嫌々、ほんとうに絶対やりたくないけどしょうがない、的な態度がありありと見える。
 渋々レト王子はメモリーストーンを握り、魔法陣を素早く展開する。
 おお……詠唱がいらないくらいに早いじゃない?? すごくない??
「早く入って」
 ぞんざいにセレスくんへ告げると、ジャンがポイッと魔法陣に押し込む。
 わたくしたちはそのまま、セレスくんを――魔界にご招待したのだ。