【悪役令嬢がリメイク版で敵側のヒロインに昇格したのに、恋愛どころじゃないんですけど!/57話】


 週末、わたくしは再びラズールを訪れ……教会に足を向けた。


 またレト王子が待ちぼうけを食ってしまうのは可哀想なので、エリクやジャンと夏用の衣服を見て回ってきたらどうかと提案したが、リリーを待つと言って聞かないので、今回もまたハトと戯れてもらう事になる。



「……かわいそうに」

――エリクの一言が、妙に痛い。



 だってレト王子教会入れないんだからしょうがないじゃないの。


「いいんだ、俺が待つって言ってるだけだし」

「きちんと水分をとりながら日陰にいるんですよ」

「わかってるよ」

「なんだかそうしていると、ご兄弟みたいですわね」

 わたくしはなんとなしに言ったのだが、レト王子は一瞬寂しそうな顔をし、そう見えるかなと微笑む。


「え、ええ……ちょっとだけ」


 わたくしの言葉にはそれ以上返答せず、レト王子は鞄を持って仕度をし始める。



 そういえばレト王子のお母さん……王妃様はいないし、魔王様も――この間健康がどうとか言って悲しげな顔をした。



 もしかして、王妃様は何らかの病気で亡くなられているとか……?



 いや、邪推は止めておこう。いずれ、何かのときに話があるかもしれないし、辛いことになるなら聞き出すことじゃない。



「リリーも準備は済んだなら、出かけようか」

「え、ええ。はい。お願い致しますわ」






 ラズールに着くと、早速各自別行動を取りはじめた。


 エリクは自分に出来ることはないからと言ってさっさと書店と魔術道具巡りに出かけていったし、あの様子ではまた人の金で何か大量に買ってくるに違いない。




 ジャンはいつものように人混みに紛れてどこかへ消えた。



 教会に着くと、レト王子とは外で別れ、わたくしひとりで屋内に入っていく。




 お香の甘い香りが教会の広間内を満たしていて、入った瞬間から別世界のように感じて――荘厳な雰囲気に圧倒されてしまう。


「おや、リリーさん……こんにちは。また来てくださったんですね」

 わたくしがまた装飾を眺めていると、セレスくんのほうから近づいてきた。


「あら、ごめんあそばせ。とても素敵だなと思って眺めておりましたの」


「それは嬉しいです。年に何回か大掃除をしますが、実は石像などの清掃も管理も大変なんですよ」


 それはそうだろう。額縁なんかもあるし、ステンドグラスなんて大きいものが割れたら修復もいくらかかるか分かったものじゃない。


「あの、そういえば……メルヴィさんは――」

「……告解室で話しませんか」

 誰も居ない教会ではあったが声のトーンを落とし、セレスくんはお静かにというジェスチャーを取る。



 美しさも兼ね備えたレト王子とはまた違う、中性的な顔立ちのセレスくん。

 華奢な体と神に仕える者という設定も相まって、男の子にも女の子にも見えるような……神秘的にも感じさせる存在。



 確かキャラクター設定資料には男としっかり書かれていたはずなので『彼』でいいはずだ。


 その彼、セレスくんにつれられて再び告解室に入ると、実はですねと言いながら結界を張り、若干身を乗り出すようにして話しはじめた。


「まだ、メルヴィさんは戻ってきていません……」

「……そうですか」



 多分着いていった、とジャンの言っていたことを要点だけ絞ってセレスくんに話すこともできるが、彼にそこまで――話してしまっても大丈夫だ、という確証が持てない。



 セレスくんだって地域で良くしてくれる子のことは気になるはずだ。


 だけど、なぜわたくしが彼女の動向を知っていて、行動しないのかということをつつかれては……答えようがない。


「……その、話は変わってしまいますが……わたくし、王都にはご一緒に行けません……」

「そうですか。いえ、お気になさらず。こちらが誘っただけのことですので」


 そうですかというときのセレスくんは少し残念そうだったので、なんだか悪いことをしてしまった気になってくる。



「ところで……リリーさん、あなたには不思議な力が宿っていると先日話したと思いますが……なんだか更に、別の感覚が……増していませんか?」


「別の感覚……?」

「ええ……精霊の大いなる力を感じるといいますか……常人にはない、特殊な力です」




 あれっ? これはいけないセリフが出てきたぞ。


 アリアンヌの戦乙女イベントでいうやつじゃなかったっけ。



「失礼ですが気のせいだと……」

「いえ。私には、人の持った気質を感じることが出来るんです」



 うん、知ってる。



「……そんな、わたくしには大層な力など……」

「――リリーさん。あなたはもしかすると、精霊の加護を授かりつつあるのかもしれません。もしや、伝説の戦乙女なのかもしれません」



 出た! セレスくんの戦乙女イベがわたくしに来てしまった!!



「い、いえ、伝説? とか、そういうのでは……!」

 むしろ真逆なのだが、今まで魔界で出たこともない【魔導の娘】とかいうやつを、セレスくんが知ってるはずもない。


 しかし、セレスくんの興奮は格子越しにいても伝わってくる。


「……精霊の加護は、選ばれた人間のみが授かる特別なしるしです。ああ、リリーさん……いや、リリー様とお呼びしなくては」


 これは危ない。戦乙女だと思わせてはいけない。


 というか、セレスくんがハッタリ野郎だったらお前の中ではそうなんだろうな、で終わるけれど、この人の場合はガチなのだ。若いのにたいしたモンなのである。


「お、おやめください……! わたくし、戦乙女とか、そんなよくわからないものではございません!」


 慌てて立ち上がると、セレスくんも困ったような小さなうめき声を発した。


「困惑されるのも分かりますが……しかし、本当に……私は感じるのです」

「…………」



 ウソじゃないよ、セレスくん。あなたの力は本物なんだよ。

 だってわたくしも、日夜精霊の力を得るために訓練してるんだもの。


 自分ではっきり感じられなくとも、練習の成果が出てきているのは嬉しい……!



……とは言えず、わたくしはそんなんじゃないと否定することしか出来ない。


 ここに居ては問答がずっと続くだろう。



 残念ながら、セレスくん。あなたとの関係はここまでだ。



「――お話にはなりませんわね。もう失礼致します」

「あっ……!? リリー様……」


 わたくしは扉を開き、教会内に人が居ないことを良いことに――猛ダッシュした。



 さらばラズール教会。セレスくんがお父さんに戦乙女だと報告しないことを願うぞ!



 脱兎の如く教会から逃げ出してくると、丁度レト王子が顔を上げ、飛び出して来たわたくしに気付いた。


 今日はハトと戯れていないご様子だ。

 息を切らせて彼の元まで走っていくと、なぜか嬉しそうな顔をされる。


「……急いで帰ってきてくれたの?」

「え、ええ……はや、早く、ここから立ち去りましょう……!」


 荒い息をつきながらレト王子の腕を引き、一刻も早く立ち去ろうと急かすわたくしに、何が起こったのか分からないという顔をするレト王子。


「理由、後でお話ししますから……!」

「――う、うん……わかった」

 こくこくと頷き、レト王子はベンチから立ち上がる。


「――リリー様!」

 教会の入り口に、わたくし達へ向かって声を張るセレスくんがいた。


 げっ。足速いな、セレスくん。


「早く行きましょう! あの方は、わたくしを戦乙女だと勘違いされているのです……!」

「ええっ? 一体なんでそんなことに……」


 疑問は当然だが、説明は後だ。


 走り始めようとするわたくし達より、勢いを殺さず駆けてくるセレスくんの方が速い。


「お待ちなさい! なぜ逃げるのですかっ?!」

 わたくしの側まで走ってくると、がしっと肩を掴んで引き留めた。



 ヒッ、詰んだ。戦乙女判定マン、怖すぎる。



「落ち着いて、私の話を聞いてください……! 私は、あなたの力になりたいと思って……! ああ、そういえば『いつ』自分の感情を出すか、とあなたは言いましたよね。じゃあ『今』です!」


 どっかの先生みたいなことを言われたって困る。


「自分の意見を出すことは喜ぶべきなのでしょうけれど、何度も言いましたようにわたくし――」


 そういう者ではないと言い終える前に、レト王子がセレスくんの手首を掴み、わたくしの肩から引き剥がす。


「みだりに女性に触れるのは失礼だぞ」


 そうレト王子がセレスくんを窘めているが、いつも勝手に手を握ったり抱きついてくるくせに、いったいどの口が失礼だと言うのか。


「確かに……失礼しました。ですが、あなたは……っ?!」



 お前一体誰だよと言いたそうにレト王子を不審そうに見たセレスくんだが、驚愕に目が大きく見開かれ、レト王子を凝視する。セレスくんは驚いてばっかりだな。目玉が落ちちゃいそうだ。



「な、なんという偉大な力……! あなたの体中から四大精霊全ての気配を感じます……! こんな、こんな圧倒的な神の如き気配を持つなんて、あなたは一体……!」


「別に、普通の男だけど……」

「いいえ! 普通じゃない!」


 そうか。セレスくんは感じ取れる人だから、精霊とスライムが幼い頃からのお話し相手だったレト王子を見たら、それはびっくりすることだろう。


 実際加護の数はアリアンヌ(無印比)をゆうに越えるのだ。


 それに、人類の有史で四大精霊全てと仲良しになっていた奴がいたかどうか。



 セレスくんもそんなような事……むしろわたくしよりも詳しく把握しているだろうから、もっと細かい部分まで考えているに違いない。


 動揺して、その唇がわなないている。


 わたくしの存在はすっかり忘れ去られているようで良かったけど、これは……更に面倒くさいことになったかもしれない。



「リリー様、この方は一体……?」

 ぐりんっとわたくしの方を勢いよく向いて確認してくるセレスくん。あ、忘れられていなかった。


「わたくしがお世話になっているお屋敷の方です」

「この間は家族だって言ってたじゃないか」


 若干むくれ顔でレト王子が横やりを入れてくるが、今そこは申し訳ないけどどうでもいい。


 セレスくんの疑問と執着は更に悪化しているのだ。そこをどうにか躱しておきたい。


「……話をお伺いしたいのですが」

「お断りだ。教会に入りたくないし、よく分からないことを知っているように話したりはできない」


「……人には話せない境遇でしたら、それは構いません。ただ、リリー様にしてもあなたにしても、人類を救う、大いなる運命をお持ちです」


「――残念だけど、それは違う。俺とリリーは人類なんて救わない」

 むしろ敵と言っても良いのだ。


 セレスくんはわけがわからないという顔をしたが、すぐにきゅっと表情を引き締めた。



「――決めました。私はあなた方を正しい方向に導く手伝いをします」

「ええっ? 正しくって……どういう……」

「あなたがた二人に出会えたことは神のお導きでしょう。その力を振るう方向を見誤っていては困ります。世のため人のため、その力はあるべきです」


 神様のお導きは無いと思うのだが、戦乙女判定マンは今までに無い反応だったので、すっかりわたくしたちをそういう存在だと勘違いしてしまったようだ。


「いい加減にしてくれないか。そういった役目は俺たちではなく……もっと別の奴に課せられた役目だと思うぞ。ひとの運命を君の思想でねじ曲げようとしないでほしい」


「いいえ。これは私の思想ではありません。この世には人類を導くための使命を持った方は多々おります。あなたとリリー様はそのなかでも、重大な役目を持ったうちのお一人なのです。その使命を持って生まれた。今こそ真に目覚めるべき時です」


 セレスくんもレト王子も頑として譲らない。


「言いたいことは間違っていないと思うが……リリー、なんなんだこの司祭」


 なんなんだ、と言われてしまうのは可哀想だが、実際になんなんだと言いたくなるのはとても理解できる。


「セレスくんは、人の資質を見抜けるそうです……」

「そういえば、なんで先週と今週の短い間で互いの名前を知って呼びあってるの? ああ、もう……とにかく、行こう。なんか怖いから関わり合いたくない」


 レト王子から普通に危ない人扱いされていることに申し訳なくも感じるが、わたくしも同じ立場だったら……というかさっきそういう感じだったから、もう話し合いが出来なかったら逃げるしかないよね。


「どこに行かれるというのです……?」

「なんでついてくるのさ」


「あなたがたを説得するまで止めません」


 迷惑極まりない。

 困り果てていたところに、仲良く愉しそうだなと言いながらジャンがやってきた。




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こめんと

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