【悪役令嬢がリメイク版で敵側のヒロインに昇格したのに、恋愛どころじゃないんですけど!/56話】


 その後……いつものカフェで、わたくしは若干不機嫌そうなレト王子のために、あれこれと美味しそうなスイーツを頼んでご機嫌取りをしていた。


 しかし、レト王子は手をつけようとしない。

「……ずっと待ってたのに、全然帰ってこなかった」


 口を尖らせてブツブツ文句を言い、ストローでアイスティーの氷をくるくるとかき混ぜている。かわいいけど、これは結構怒っているらしい。


 食べないなら貰いますと、エリクが皿を取って食べてしまう。

 いや、あなたにあげたんじゃないんだけど……。



「レト、どうぞ機嫌を直してくださいませんこと? わたくしも少々込み入った事情がありまして……」

「告解室、人に言えない話や罪を告白する場所……だと思うんだけど。そんなに話すことがあったの?」

「うーん……わたくしより、神父様のお悩みを聞く羽目になりまして……っと、あとメルヴィさんの事も知っていて……」


「リリーには悪いけど、その子のことは別にいいよ……」

 視線をプイッとハズされた。

 おお……柔らかい拒否ではあるけど、興味が無いというのがとても伝わってくる。


 みんなメルヴィちゃんのどこがそんなに気に入らないのだろう。

 とっても素直で、とっても可愛いのになぁ……。



「んで? そのガキがどうしたって?」

 一応聞いてくれるのはジャンだけだ。


 エリクはパフェを完食する作業に取りかかって、美味しいらしく目を細めている。こちらの話にはまるで興味が無い。



 そしてこの席、オープンテラスの中でも他の席とは離れているのでいろいろな話がしやすい。

 一応レト王子が、風の精霊に声量を抑えるようお願いしてくれているので、間近で聞かない限りは把握するのも難しいだろう。


 声を遮断することはもちろんできるが、わざとそうしていない。

 全く聞こえないとなると、他の人たちから怪しまれるから……だろう。



 一応わたくしも声の調子を抑え、大通りに背を向ける体勢で座り直す。


「今回担当してくださったのは司教様の息子さんなのですが、メルヴィさんとお知り合いのようです。彼女、教会も良く手伝ってくれるらしく……」


「そういう、どーでもいい部分は良いんだよ。要点を教えろ」

「……メルヴィさんが数日帰っていないそうです。わたくしを探しに来た人と接点を持った可能性もあるかもしれません」


 すると――やはり、ジャンはわたくしをじろりと睨むように見た。


「他にはあるか」

「えっと……その調査をしたいかな、と」

「つまり? はっきり言えよ」


「……王都に行きたい」

「ダメだよ」


 レト王子が首を横に振る。ぴしゃりと言い放つ声は冷たい。


「俺だって王都には別の理由で行きたい。でも、まだダメだ」

「……だって、わたくしのせいでメルヴィさんが連れて行かれたりしたら……」


「――その心配は無ェな。ガキは自分から行ったはずだぜ」

 無表情のままジャンは自分の皿に載ったミートパイを食べ終え、口の周りを指で拭ってわたくしを見た。


「また手を拭くものを持っていらっしゃらないのですね。どうぞ」


 しょうがなくハンカチを差し出すと『そうじゃない』と言われたが、結局受け取って使っている。


「ガキが、おれくらいの若い男と広場で話しているのを見たって奴がいる。一度や二度じゃなく、数回だからな」

「……自分から話しかけたって事でしょうか。交友関係は広いとしても、わたくしが初めて話しかけたとき、目を合わせずおどおどしていたから……自分から積極的に行けるとは思えなかったのですが」


「その辺は知らねぇけど、最近活発に動いていたようだぜ。それで、六日前も広場で冒険者と話しているのを見た。それっきりその冒険者も見なくなった。どう思うも何も、人買いに連れて行かれたという線は薄いだろ」


 同時に姿を消したという事か。


「確かに時期的にもおかしいところはないみたいですが――五日前に、教会に孤児院の方が帰ってこないと相談に来たようでした……随分この短時間で詳しく調べましたわね」

「まぁな」


「……メルヴィさんが何を思ってその方に連れられたかは分かりませんが、誘拐にはならないのでしょうか」

「さてね。一応傭兵ギルドと冒険者ギルドにも顔を出してそれとなく聞いてみたが、この二ヶ月くらいの間で人捜しの依頼は――『0』だ」


 わたくしはその不可思議な言葉に眉根を寄せた。


「ゼロ? ラズール地区だけの話でしょうか」

「ギルドは一応世界に広がってるんだぜ? 職員はどんな依頼があるかすぐに閲覧できるようになってる。そのなかでゼロって事だ」


「……つまり、リリーさんを探してほしいという依頼自体がなく、冒険者『風』の男は……ウィリアム家の息がかかった者であると」

「そういう事だろうな」


 ようやく仲間達が話し合いに参加してくれた。


「リリーじゃないのに連れて行ったのが引っかかるな。人相書きは出てたはずだ」

「そのへんは知らねぇが、トラブルにもならず連れて行ったってなれば、ガキが自分でリリーだと騙ったか……有益な情報を持ってたか、だな」


 有益な情報と聞いて、クリフとレト王子の視線がわたくしに向けられる。


「きちんと秘密は守っております。まあ、その……『お世話になっているお屋敷』があるとはいいましたが」


「屋敷とはまた、虚勢を張りましたね」

「…………ちょっとは、屋敷っぽくなりつつある」


 エリクの苦笑いに、否定は出来ず居心地が悪そうなレト王子。


 しかし、メルヴィちゃんが自ら進んで王都……しかもウィリアム家に行ったかもしれないなんて、もう何を思ってそんなことをしたのかも分からない。


 まさか……わたくしがいたという情報を細かく報告するため?

 それとも、実は既にウィリアム家の誰かと繋がっていた……?


「……ここから王都って、普通なら何日くらいかかるのかしら」

「馬車で四日くらいだな。もう着いて、用事が済んで戻る途中か下女になってるか、放り出されてるだろ」


 つまり今から行動を起こしても無駄になるって事か。


 レト王子にだめだと反対されては、彼女が帰ってくるのを待つしかない……。


「あ……ヨルス高原にも行きますわよね」

「行くとしても、エリクと俺だけだ。リリーを連れて行かないぞ」

 恨みがましい目を向けても、レト王子は首を縦には振ってくれない。


 レト王子がダメと仰るのでは、もうこちらもやりようがない。

「また来週くらいには何か変わったことが起きてるかもしれないぜ。良くも悪くも、な」



 ここでこれ以上あれこれ言っても、三人は動いてくれないし、わたくしも動けない。わたくしも頷くほか無かった。






 魔界に戻っていつも通りに食事と魔王様への謁見をこなし、部屋に戻ってくると……わたくしは日課の精霊との対話の訓練に取りかかる。


 最初の日よりは、やり方のコツが掴めてきた。

 ザワザワしたものが落ち着いて、何か近くに来ているような、心の中で小さい声が聞こえるような……気がする。


 ただ、今日はいまいち集中が出来ない。


 少し続けていたけど、王都のことが気になって手に着かないので――今日は切り上げた。



 悶々としてきたので、気分転換にお茶でも淹れて飲もうと思い立って……部屋の扉を開けると、ちょうど通路の向こうからレト王子と雑用係ゴーレムくん6号が一緒に歩いてくるのが見えた。


 6号は、頭の平べったい部分にお菓子の入ったトレイを乗っけて、テコテコ歩いている……かわいい……。



「あ、リリー……どこか行くの?」

「いえ、お茶でも淹れようかと思いまして……」

「それなら丁度良かった。一緒にどうかと思って、リリーの部屋を訪ねようとしていたんだ……今日も、いろいろあったから話もしたいし」

 ダメかな、と申し訳なさそうに聞いてくる。


 こんなかわいいゴーレムの使い方をしてくる推しに話をしたいと言われて、断り切れるほどわたくしは怒っていないし、用事があるわけでもない。


 結局また部屋に戻り、レト王子は自身で持っていたトレイをわたくしに託す。

 と、ゴーレムくんの頭のトレイを持ち上げ、ありがとうと6号の頭を撫でていた。


 小さなお手伝いさんは手を軽く挙げて来た道をそのまま戻っていったが、また別の仕事をするのだろうか。



「……あら?」

 今、あの子……手を挙げたわよね。



「……どうしたの?」

「いえ、見間違えでなければゴーレムが、レト王子にお礼を言われて手を挙げていたなと……言葉が分かるのかしら?」


「ああ。父上が少し改良したんだ。だんだん自分で考えるし、学べるようになるって。あの子は小さいけどよく働くし、俺に少し懐いてくれたみたいだ。そのうち会話が出来ると嬉しいなあ」


 嬉しそうにゴーレムの話をするレト王子……小動物と戯れているみたいに言われても……。


「魔王様……すごい……」

「エリクもちょっと悔しがっていたよ。錬金術でホムンクルスを作るのは素材や手法からしてとっても大変なことで、自分でもまだ無理なのにって」


 ニート生活していても魔王様だからなあ……。

 よく分からないけど、ゴーレムに知能? を与えるなんてことまで出来るんだ。



 魔王様の手腕が普段発揮されないのを残念に思いながら、レト王子を部屋に通すと、相変わらずモノが増えない部屋を見て嘆いていた。


「先週くらいに来たばかりじゃないですか。そんなすぐには増えませんわよ」

「それもそうだけど……今度家具を見に行かないか?」

「身辺が少し落ち着いたら、そう致しましょうか」


 そう言うと、いつになることかとレト王子は苦笑した。



「あの子のこと……力になれず、ごめん」

 レト王子はそう言って頭を下げてくる。


 あの子、というのは言わずもがなメルヴィちゃんのことだ。


「調べることは特にございませんでしたから……わたくしの方こそ、教会に行きたいなんて言って、レト王子とジャンを待たせて……」


「そっちじゃない……俺はね、リリーの味方でありたいって思ってる。でも今回はどうしてか分からないけど、嫌だというか……なんだか危ない気がして応援できないんだ。今だって、リリーにあの子との関わりを止めて欲しいと思っている。だけど……リリーは、あの子を探したいんだろう?」



 悲しげな表情で告げられる。

 わたくしには何のことだかさっぱり分からないけど、その胸騒ぎは……なんとなくレト王子も『分かっている』ことだからだと魔王様は仰っていた。


 たまに第一印象で、あっこの人ダメだな~苦手だなって思うと、ずっとダメだったりするような……ああいう感じかしら。ちょっと違うのかな。



「わたくしも仲間の信頼や協力を無下にしてまで、メルヴィちゃんに執着しているわけではありません……。ただ、自分のせいで連れ去られたのではないかと思うと気がかりになりますし……あと、ジャンの推察通りなら、なぜ自ら行動したのかが分からず、気になって」

「確かに……戻ってくるのを待つしか無いようだけど、週末にまたラズールに出かけてみよう」

「……お願い、できますか?」

「うん」

 頷きを返してくれたので、わたくしは深々と感謝の意を示すように頭を下げ――ようとすると、途中でおでこに手を添えられて止められた。



「俺が勝手に手伝うだけだよ。危険が近づいたら無理矢理連れて帰るから、そのつもりではいて」

「はい……」

「それじゃ、今日も精霊と話す練習しようか」



 その話は終わり、と気持ちを切り替えるように明るい口調で言って、レト王子はにっこりと微笑む。



「――お願い致します」

 わたくしも微笑みを返し、目を閉じる。



――その間、ずっと握られている手が気になったけど……彼なりの熱意や心配の表れだと思っておこう。



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こめんと

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