「……わがままを言ってしまい、すみません」
「いえ……」
そうして再び、わたくしとセレスくんは告解室で向かい合って座っていた。
格子と薄暗いせいもあって互いの顔などほぼ見えないはずなのに――なんだかセレスくんの顔が、はっきり見えそうな気さえする……。
私の話を聞いて欲しいと言ってくるセレスくんのお願いを断って逃げ出しても良かったのだが、なんだか可哀想になって、つい話を聞く体勢になってしまった。
レト王子がハトと戯れている間に、早く帰ってあげなくちゃ……。
「私はセレスティオ・ニコライ・マスロフと申します。実は、司祭ではなくまだ修道士です……父の補佐をしておりますが手が足りず、未熟な私が告解室に……どうかお許しください」
「さ、さようでございましたの……謝罪などは不要ですわ。どこでも様々なご事情がおありですものね」
人手不足の辛さはわたくしにもよくわかる。
魔界などゴーレムの手を借りてようやく壁の穴が塞がってきたところだ。
「……私は雪がしんしんと降る日、教会の前に棄てられていて……父が業務の傍ら、養子として今日まで一生懸命育ててくださいました。私は日々、神に生きていることを感謝し、父にも同じくらい感謝しております。だから、自分のことなど……父のように神父として成長するのだなという程度にしか……深く考えたことはありません」
とつとつと身の上を語ってくださる。なんと、セレスくんは孤児だったのか……。
メルヴィちゃんといいセレスくんといい、辛い生い立ちの人が多いようだ。
セレスくんが養子なら、司教様に子供がいてもおかしくはない。ああ、びっくりした。
「あの……そのように大変なご事情、わたくしのように初めて出会ったものに教えてしまって良いのですか?」
「構いません。昔から住んでいるものは知っているでしょうし、私も隠すことではありませんから。そして……気分を害するようなことを言ってしまったら申し訳ありませんが、あなたからは、なんだか不思議な気配を感じます。ご相談で『人を導く定めである』といっていた言葉にも、なるほどと頷ける部分があります」
――ヤベッ、早速嗅ぎつけ始めた。セレスくん鼻が良いんだな。
「……その時のわたくしには『そうするしかなかった』というのもございましたから、選んでいる余裕もありませんでしたの。今は自分の意思でのびのび暮らしておりまして、誰かに洗脳されているということもないので心配無用ですわ」
変な人に連れて行かれていないよ、というのを強調したかったのだが、セレスくんは格子の向こう側でそれなのですが、と声をひそめた。
「その『自分の意思で暮らす』……というのは、どのような状況や心理なのでしょうか」
「どのような、って……たまに仲間と軽い口論というか、意見を出すうちに言い合いなどもしょっちゅうありますのよ。ですが、遠慮していても相手には伝わらないし、自分の中でも気が晴れなかったりするでしょう? 自分のしたいことを相手に告げ、相手のしたいことを理解して受け入れたり調整する、という……先ほどセレスくん……失礼、司祭様が仰っていたことです」
うっかり名前を呼んでしまったが、セレスくんは新鮮なのでそう呼んで構いませんと笑ってくれる。
レト王子も呼び捨てで良いようなことをいうし、セレスくんもこれでいいというし、偉い人たちの考えることは分からない。
「確かに、私も父には遠慮というか……業務以外での意見を言いづらい気がします。それを必要だとは思っていなかったので、改めて気付かされると……少しばかり『変わる』というのは怖い気持ちがしますね」
「……あなたのお名前を伺って良いでしょうか」
「っ、リリー……です」
「リリー……? リリー……もしや、メルヴィさんが最近知り合ったお嬢様だと言っているリリーさんでしょうか」
「! メルヴィさんをご存じですか!?」
思わず身を乗り出してしまうと、ビクッとセレスくんの体が震えた。
「あっ……し、失礼致しました。その、今日メルヴィさんはこの辺にいらっしゃらないなと……」
「ええ……孤児院の方々が何度かお見えにもなりました。ここ数日、メルヴィさんの姿が見えないのでどこにいったか知っていたら教えて欲しい……と」
突然知らされる、彼女の失踪。
「えっ……、な、何日も?」
「はい。もう五日くらい経つかと……」
「そんなに……。メルヴィさん、今まで帰ってこないときなどはあったのですか?」
「いえ、彼女は教会や孤児院の手伝いをよくしてくれる良い子です。何日も帰ってこないなど、そのような話は聞いたこともありません」
「……失礼ながら……このあたりに、人さらいや奴隷商人などは」
すると、セレスくんが息を呑む気配がする。
「ラズールや王都の裏道には、そういったものが潜んでいるという噂があります……実際にいるのかは分かりませんが、たまに行方不明になる方もいるというので、誰を頼って良いか分からず教会に駆け込む方などが少なくありません」
話を聞く分に、よくあること……に近い感じのようだ。大都市は恐ろしいな。
「わたくしあまり深くは分かりませんが、人さらいなど……立派な罪でしょう? そういったことは、ラズールの自警団や王国騎士団の管轄にはならないのでしょうか……」
「国に関わる目に見える問題ではないことや、貴族の方にとっても……需要があるので、取り締まりには動きづらいという所なのでしょう。それに人捜しを冒険者の方にお願いするのは、とても費用がかかるのです。ひとり探すような依頼でも、一般的な方にとって報酬の捻出はかなりの負担となって難しいかと」
なるほど。ピュアラバにも人や猫を探すクエストあったけど……王都に住んでるような人たちだから報酬が払えたのかな。
「……失礼ですが、リリーさんは……家出をされていますか?」
割とストレートに来た。
「込み入ったことになるので詳細は伏せますけれど、出奔したという状況に当てはまるかと存じます」
「そうですか……というのも――」
「……ここにも尋ね人が来た、のでしょう?」
わたくしがそう指摘すると、セレスくんはぎこちなく頷き、肯定する。
「たしか……十日ほど前になります。教会で、リリーティアという子を知らないかと、冒険者風の若い男性が来ました。その時、メルヴィさんも一緒に掃除の手伝いをしてくださっていたので……」
ここ最近のメルヴィちゃんは饒舌で、セレスくんにわたくしの話をしていたという。
彼もリリーという人物に対して『一般的な貴族とはちょっと違う、変わったお嬢様』だという認識があったらしい。
そこに人捜しの依頼が来て、知らないと帰してからメルヴィちゃんは少し考え込んでいたともいう。
「その人達と接触したという可能性もありますが……あくまで『かもしれない』ので、確実性はありません」
「…………そうだとしても……困りましたわね」
確証はないが、話を聞いていると……わたくしを探しに来た人物に何かのアクションをしたりするのは充分考えられる。
ジャンの『それ見たことか』という顔がありありと浮かんできた。
「……ごめんなさい、余計な心配を掛けてしまいました……」
「いえ、セレスくんのせいではございません。それに、わたくしもどうしたものかと気になっておりましたので、お話を聞くことが出来て逆に良かったといいますか……」
結構長い時間話してしまっていた。そろそろ戻らないと。
「あの、セレスくん……わたくしそろそろおいとま致します。人を待たせておりますので……」
「ええ。こちらこそお引き留めして申し訳ありません……あの、もし……メルヴィさんを王都で探すつもりでしたら、私にも教えてください。近々王都に行かねばならない用事がありますので、協力できるかと」
「王都に……ええと大聖堂の?」
「ええ、そうです。私は今後の活動勉強に行くのですが、空く時間もあると思います」
「そのようになったらお話し致しますね」
それではと席を立ち、セレスくんに一礼して告解室を出る。
相変わらず薄暗い室内には人がまばらだったが……長椅子にじっと座っていた男性が立ち上がった。
「…………」
白いフードを被っていたので信者の人かと思ったら、ジャンだった。
わたくしを一瞥して、外に出て行く。
待っててくれたのかな。
一応わたくしは再び教会の祭壇に(作法を知らないので)適当な礼をして、銅貨を数枚祭壇の上に寄付がわりに置いた。
告解室から出たセレスくんは、どうやらわたくしの礼の作法を見ていたようだ。苦笑いして、いつでも来てくださいと声を掛けてくれる。
酷いお作法だったかもしれないが、これは後日教えてもら……いや、あまりセレスくんたちと関わってはいけないかもしれない。
もう一度セレスくんに頭を下げ、わたくしはしずしずと教会を後にした。