告解室というボックス内は薄暗くて――とても狭い。
スペースも人がひとり座るだけの余裕しかないけれど、むしろ座れるだけの余裕がある……とも言える。
お尻の部分の布張りが硬そうな椅子を引き、正面を向いて座る。
正面の壁……ちょうど頭から胸の部分くらいの位置に格子がはめ込まれていて、暗闇にうっすら神父様の姿が浮かんで見えた。
魔法でも使用しているのか顔はうまい感じに見えないので、プライバシーが保たれる仕組みになっている。
多分、相手からも同じように見えるのだろう。
「――ようこそ、告解室に」
先ほどと同じ言葉だけど、いくぶん柔らかく口にした司祭様。
男性の若い声だ。白い服が暗闇に浮かぶ。
「あの……わたくし、こういう場所を利用するのが初めてで……マナーなどどうすれば良いのか……」
「大丈夫です。ここにはあなたと神しかおりません……告解とは私という司祭を通じ、神に罪を報告し、赦しを得るものです。そして、ここで話したことは誰にも漏れることはありません」
なるほど、司祭様というのは神様の仲介役のような感じということらしい。
「その、人に相談できない悩み、でも……いいのでしょうか……」
すると、司祭様は小さく笑った。
「ええ、もちろん」
そうして司祭様は、光る球を手に取った。淡く発光して、部屋全体を目に見えない膜のようなものが覆う。
あ、これはレト王子が使っていた、空間の音を外部に漏れないようにする結界だ。じゃあ、手に持っているあれは魔具なのかしら。
どうせ互いに顔も見えないから誰だか分からないし、ここで話したことは誰にも漏れないというのであれば……なんでも聞いてもらおう。
「……世迷い言だと思って聞いてくださいませ。わたくしには……特定の人々を導く運命を持っている。そう告げられ、わたくしは今現在、とある場所で暮らしています」
神父様からの返事は特にない。
突然危ないことを言い始めたから驚いているのかもしれないし、素直に聞く体勢に入っているからなのだ……と思うことにしよう。
「そこでは高貴なる人や仲間と共に、土地の開拓に携わっています。しかし資金や資材を得る手段が乏しく、思うようにいかない毎日ながらも、わたくしの心はとても充実し、日々楽しんでいたのですが……最近、ラズールで気になる女の子がおります。個人的な願望で友人になりたいと思うのですが、それを……わたくしの周囲がよく思いません」
「ご友人になれるかどうかを迷っておられる?」
気遣わしげな司祭様の声に、わたくしはそうですと頷いた。
「仲間達は、それぞれの環境で培った感覚や理由から、わたくしに親しくしようとする彼女のことを……よく言いません。しかし、友人になると決めるのはわたくし自身だから、なるようになるよと背を押してくださる方もおります。どちらの言葉も、わたくしを思ってのこと。なのに、わたくし自身の心がいざとなると定まらないのです。でも、彼女と会うのは楽しみで……どっちつかずで苦しいのです」
なるほど、と神父様は呟いて頷いた……ような気がする。
「人は、いつも愛する者達との間で悩み、惑い、苦しむものです。あなたはその悩みをずっと抱えてきたのでしょう。その煩悶、神も見ておられます」
「…………」
見てるだけかよ、と言っては怒られるのだろうな。
「集団で暮らす以上、意見の相違もあることでしょう。しかし、互いを尊重することは出来るはずです。互いに認め、譲歩し、心を一つにしてください。その心遣いはいずれ必ず実を結ぶことでしょう。良い実であるように祈っています」
「……参考までに、神様ではなく司祭様自身のご意見をお伺いしたいですわ」
「えっ? 私ですか……?」
向こう側で司祭様が驚いてしまわれたようだ。
ええ、と小さく頷くと、司祭様はうーん、と小さく唸る。
「私は教会に属しておりますので、神の使いとして声を届け……平時より自分の意思を出すことは少ないのです」
「まぁ……聖職者というのも大変なのですわね。ではご自身のお気持ちって、いつ出されるのですか?」
「…………」
司祭様は黙り込んでしまった。
あ、これ……また余計なことをしてしまったかもしれない。
「も、申し訳ございません。わたくし大変失礼なことを……どうぞ忘れてくださいませ、本日はどうもありがとうございました!」
失礼致しますと頭を下げ、わたくしは急いで扉を開けると、後ろも振り返らずに祈りの場から立ち去る。
走ると怒られたり信者の皆さんに不審がられたりするだろうから、なるべく早足で廊下を歩いた。
暗い室内から明るい屋外へと出た瞬間、目が痛いほどに強い日差しが差し込む。
眩しかったので、目を細めながら外の風景を見つめる。
日陰でベンチに座り、足下のハトに話しかけて微笑んでいる男子……レト王子はまだこちらに気付いていない。なんだ、あの可愛い生き物は。
ジャン、レト王子をしっかり護ってくれ。さらわれてしまう。
待とう。ここでわたくしが急いで出て行くと、ハトとレト王子の可愛いたわむれが終わってしまう……なぜ手元にスマホがないんだ……!! 激写したい……!
ここから邪魔しないように、もうちょっとあのお姿を眺めていたい。
うっかりそんな萌えに浸ってしまった。
「迷えるお嬢さん。お待ちください」
後方から声を掛けられた。
この声は、さっきの――……。
おそるおそる振り返ると、汚れのない白い服の色が目に飛び込んでくる。
わたくしとそう変わりないくらいの男の子が微笑んだ。
「まだ告解の途中ではありませんか?」
「い、いえ。もう良いのです。司祭様……に、失礼を……っ」
しかし、何か既視感というか懐かしさもあるこの司祭様……。
毛先にいくにつれ白くなっていく緑グラデの白い髪。
目の色は青……おっ? おぉ?
よく見たら、これは……重要なNPCのセレスくんではないか!!
「あ、セ、あ、うう……」
「?」
セレスくん、なんて軽々しく口に出しては知っていると思われる。記憶に残るのは避けたい。
セレスくん……セレスティオという名前だが、彼は……仲間ではなかったけど無印版からいた。
確かリベス司教(そこそこ偉い人)っていうかたの息子さんだ。
セレスくん、なんとゲーム中盤くらいにアリアンヌの資質……つまり戦乙女の再臨であると見い出すイベントに関わる。
というか神に仕える司教様に子供が居て良いのかとか、そういう疑問が残るのだが……。
まあいい、まさかセレスくんがラズールにいたとは……。
人の資質が分かるなんて奴に、わたくしの正体を暴かれては困る。
適当に切り上げなければ。
「本当に、もう大丈夫です。皆を尊重して話し合ってみますので」
先ほどの教え、ありがたく胸に刻みます~という態度をし、セレスくんもほっとしたような顔をして頷く。
「……あの。失礼なことを言いますが、あなたは先ほど、私に投げかけた質問……その真意を伺いたくて」
「ですから、その、あれは……」
「憤りを感じているのではなく、本当に私の心に波紋を投じた一言なので……」
すると、セレスくんは再び告解室を指し示す。
「――本当はいけないのですが、どうか私の話を聞いてくださいませんか」
幸い誰もいませんので、とわたくしに聞こえる程度の声量で、セレスくんは申し訳なさそうに告げたのだった。