【悪役令嬢がリメイク版で敵側のヒロインに昇格したのに、恋愛どころじゃないんですけど!/53話】


 今朝からラズールに行くのが楽しみで、そわそわしながら転移してもらって来た――けれど、メルヴィちゃんの姿は、大通りのどこにも……見えない。


 この間はわたくしひとりでの買い物だったから出てきてくれた……のか、メルヴィちゃんの時間が本当に偶然空いたからなのかは……分からないけれど、今日は時間の都合が合わずに来られないのかもしれない。


 会えたら良いな~と思っていただけに、少しばかり残念だわ……。


 それを顔に出さないようにと思っていたのに、レト王子にはバレていた。


「今日は無理でも……またそのうち会えるよ」

 そういってくれる彼の言葉はいつも通り優しいものだったが、顔にはほんの少し、不快……とまではいかなくとも良いようには思っていないようで、とりあえずといった笑みが貼り付けられていた。


 彼女と会えたら互いの心の距離が縮まるというわけでも、ない……けれど。


 お友達は難しくても、それでも――会ってお話しするだけでもうれしい。


 魔界は男所帯だから、こんな繊細なキモチをきっと理解してもらえない。


 魔王様は分かってくれたというよりは、後悔するならなんでもやってみなさいという感じではあった。



――そういえば、わたくしがまだきちんと自分を受け入れ切れていないから、覚醒も中途半端だとかも仰っていた。


 わたくしがその『覚醒』っていうのをすると何かパワーアップするのかな……。バトル漫画みたい。




 漠然とした思いを感じながらふと、ラズールの空を見る。



「……鐘……?」

 空を仰ぎ見た街にも、教会の鐘塔(しょうとう)があることに気付く。



 王都ではそのうち祈りの夜だかなんかを大聖堂で開催して、悩みの相談や罪の告白もする、とかエリクに聞いたけど……。


 そもそも前世というか元々というか、教会というものとは縁遠い生活だったから、どんな場所なのかという純粋な興味はあるし、もしかしたらメルヴィちゃん達も行ったりするかもしれないので、ラズールの教会に足を運んでみようか、と考えた。



「レト、あの教会に行ってみませんか?」

「教会? それはいいが……大丈夫かな、入ると痛かったりしないのか?」


 レト王子はよくわからない感想を言うが、あれかな、聖なる力によってバリアとか張られて入れなかったり、ダメージを負ったりするか、という心配だろうか。


「それは……わかりませんけれど、その……『あの場所』の出身だからといって、不浄の者というわけではございませんし……大丈夫では?」


 そもそも、聖なる属性は四大属性に含まれないっぽいし。


「近くまで行ってみて、無理そうなら止めましょう」

「……わかった」




 大通りを抜け、教会の前に到着する。

 教会は来る者を拒まず、という意識なのか、大きな扉は開け放たれている。


 レト王子は、教会の階段に一歩足を置き……何を感じたのか慌てて引っ込めて登るのを止めた。



「……解除の魔法(ディスペル)だ。これ以上進むと魔法が解けるから、俺はここで待ってる」


 おお、ディスペル。ピュアラバ無印版でイヴァン生徒会長が使ってた魔法だ。


 戦闘中くらいしか使えなかったが、相手にかかっている魔法の効果(……ゲームでは強化・弱体化などを無効化する)を剥ぎ取り、対象をもとの状態にするというものだったが……。


 なるほど、教会にはそんな術が施されているのか。こうして開け放たれていても、全くの不用心ではないって事ね。


 レト王子は、教会に興味があるわたくしに、気兼ねなく中を見るようにと言うのだが……やめておいたほうが良いかもしれない。


「やはり、やめておきますわ……ひとりで行くのは心苦しいです」

「気にすることはない。ここで待ってるし、ジャンも多分……そのあたりにいる」


 多分、というのは相変わらず姿が見えないからだ。


 きょろきょろと辺りを見回しても分からないので、本当に居るのだろうか……と首を傾げると、こつん、と小さな石が足に当たって転がる。


「??」

 何かと思って振り返ると、わたくしのすぐ近くを白いローブを被った男の人がさっさと通り抜けていく……が、すれ違いざま小声で『キョロキョロすんな』とよく聞いた声で注意された。


――うわ、ほんとにいた。


 どこかにすたすた歩いていくジャンの姿を見ないようにして、わたくしはにこりとレト王子に微笑みかける。


「……そういうことなら、ちょっと見てきます」

「うん。いってらっしゃい」


 レト王子は日陰のベンチに座り、教会を外から楽しむようだ。

 わたくしも教会の外観を見上げる。



 教会は白い石を切り出して建てられており、扉の上部……鐘塔と建物の中間ほどの位置に、バラ窓と呼ばれる丸くて大きな窓が装飾のように飾られている。


 この地に建ってから結構な年月が過ぎているらしく、建物には雨だれで黒ずんだ汚れや、苔むした場所も所々あるが神聖かつ綺麗な印象は変わらない。


 正面扉の左右には大きめのアーチ窓があり、内部が見えないよう赤いカーテンが閉められている。


 開け放たれた扉からも、赤一色の分厚い絨毯が奥へと長く延びているのが見えて、通路の両側に――細かな模様が彫り込まれた青いガラスランプが灯されている。


 正面からでも厳かな雰囲気が伝わってくるようだ。



 幻想的で素敵な光景に胸を高鳴らせつつ、わたくしは階段を踏みしめながら、教会の内部に入ってみた。



 外側でも素敵だと思っていたのに、内装は想像以上に豪華絢爛で、どこを見てもなんかキラキラしている。


 緻密に彫られた石像の天使やら聖人、鮮やかに描かれた宗教画。

 細長い窓にはめ込まれた物語調に続くステンドグラス、など……すでに視覚の情報が追いつかない。



「わぁ……」

 思わず感嘆の声を上げてしまい、慌てて口を手で覆う。

 が、昼下がりということもあってかお祈りする人はまばらであり、数人しか居ない。



 そして――残念ながらメルヴィちゃんの姿もなかった。



 確かに『偶然』会ったとき、ということなので約束はしていない。

 今までだって、たまにしか会わなかったから必ず会えたわけではないのに。


 自分でも非常にがっかりしていることが意外だ。


 せっかく教会に来たので見よう見まねでお祈りし……ふと視線を周囲に巡らせると――祭壇の左側、壁近くに……不思議なものがあった。



 分厚いけれど透明度は高くないガラスの小窓がついたドア……が、左右両端一つずつついている、人が入れる木製のタンス……のようなもの。



 高さや形も、ちょっと広めの電話ボックスを二つ重ねて置いたような、そんな感じ。


 ちょっと興味が出たので、近寄って眺めてみる。

 ひとつの扉は開いていて、もう一つは誰かが既に入っているようだった。



「――告解室にようこそ」


 開いたままの扉に手を掛けた途端、誰かが喋った。

 向こう側に居る人だろうか。


「こ、こっかい……?」

「信者の方ではありませんか? それでも、教会は迷える人々を受け入れております。どうぞ、あなたに赦しを授けましょう。中へ」


 赦して欲しいようなことは……と考えたが、こちらに来てからというもの、まあ最初からいろいろやらかしてきている。


 少しくらいは何かを謝っておいても良いかもしれない。


 わたくしは告解室の中の人(というのもちょっと違うっぽいけど)に促されるまま、室内というかボックス内――中に入った。




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こめんと

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