探索調査……といっても、ほぼレト王子が助手のようにかいがいしく世話を焼いてくれていたので、わたくしはあまり疲れていない。
「あの、レト王子、朝から飛び回ってお疲れではないでしょうか……」
「今日は早く寝るから大丈夫。リリーといろいろ出来ることの方が嬉しいから」
そういって、上機嫌でたまねぎの皮を剥いてくれる。
――この人は、本当に優しい人だな……。
申し訳ないようなありがたいような、なぜよりによってわたくしに好意を向けてくださるのか、とか、己の内外の要素にいろいろなことを感じなくはないのだが……改めてレト王子の人柄を思うと、あんまりにもわたくしにいい人過ぎて、きゅぅと胸が苦しくなる。
……ちゃんとわたくしが、支えてあげられるようにならなくては……!!
「今日はあなたの好きなものでも作りましょうか」
「それは嬉しいな。うーん……でも、リリーやエリクが作ってくれるものはどれも美味しいから何でも好きだ」
うっわ、かわいい……。聞きましたかエリク。
あなたもきっとデレること間違いなしの言葉が飛び出しましたわよ。
「そういえば、エリクはまだ釜で?」
「ああ。魔界の調合表を作りながら、地上の植物の種を魔界に馴染ませるため、どうとか言っていたが……」
植物の種を……?
そんな植物ネタ、ゲーム内に出てこなかったから分からないなぁ。
合成だって戦闘用の調合や回復アイテムが主だったし、これは新しい要素なのだろう。
エリクが取り付けてくれた蛇口を捻ると、無色透明な水が出る。
――この水は浄水処理をして無色透明になっているけど、魔界のお水だ。
最初怖々飲んでみたけれど、柔らかい感じがする。
そして、魔力が含まれているので、精神力まで回復できる優れもの……なのだが、この水で調理するとご飯食べてるだけで体力も精神力も回復する……ことになるので、実はものすごい効能になっている。
冷蔵庫から処理済の丸鶏を出して、腹を綺麗に洗って軽く拭く。
鶏をそのまま置いて、胡椒・刻んだハーブなどを塩に全部混ぜ込み、鶏の表面に塗りつけて、味をなじませるため再び放置する。
「鶏の丸焼きって、なんだか特別な日って感じがしますわね……ふふ、楽しみ」
庶民なので、うっかりクリスマスとかを思い出すが……そんなことは無いとレト王子は言った。
「俺はリリーが来てくれてから、毎日ご馳走が出ている気がして、密かに感動しているんだ……んっ? どうした、リリー?」
「……目にゴミが入ってしまっただけですわ。ああ、取れました」
そうだった。レト王子は最近……こういう、人間のご飯食べ始めたんだ。
不憫すぎてうっかり泣きそうになっただけなので、気にしないでほしい。
「パンもまだありますけれど、折角だったらたまにお米が食べたいような……」
「あの小さい穀物か。あれもおいしいな!」
お米もタピオカもあるピュアラバ世界、しょうゆもお味噌も……多分納豆もあるので、舌が日本ナイズされてるわたくしも食に困ることはほとんど無い。
キッチンの棚に銘柄は知らないけどお米があるので、それを取り出して軽く研ぐ。
これは後で炊くから、水をそのまま吸わせておこう。
「俺は何をすれば……」
「えーっと、それではわたくしが野菜をきざむので、焦げないようにバターで炒めてくださると嬉しいです」
「わかった」
彼は頷いてフライパンを用意し、かまどの上に置くと火の加減を見た。
「俺は料理というものをよく知らないが、火加減が強いとか弱いとかあるのか」
「そのままだと少し強いので――」
時折フライパンを離したりすれば、と言おうとしたところ、レト王子はかまどに指をかざし、火自体を弱める。
「これでいいか?」
「……どういう仕掛けを?」
「火の精霊に頼んで弱めてもらっている」
「……加護の無駄遣い、便利ですわね」
非常に勿体なくも便利である。
既にいくつか皮をむき終えている野菜……たまねぎやにんじんを、細かくきざんで、フライパンにバターを多めに入れると野菜を投入し、レト王子にお任せする。
「あっ……こぼした……ごめん」
うわずった声を上げながら、慣れない料理に悪戦苦闘するレト王子。
「ねえ、リリー……これっ、これでいいのか?!」
「はい。そのまま、焦げ付かないようにゆっくり混ぜてください。錬金術みたいな感じで。力は入れなくて良いですからね」
「うん……」
一生懸命なレト王子……なんかすごく……かわいい……。
わたくしは密かに推しの不慣れな調理姿に萌えながら、頃合いを見て刻んだセロリも再度フライパンに投入する。するとレト王子がまた困ったような声を上げていた。
炒め終えた野菜を平らな容器に移し、少し冷まします……と言うと、またレト王子は加護の無駄遣いをして風の精霊の力で冷ましてくれるので、調理の手間が大幅に軽減される。
一家に一人加護持ちが欲しいところだ。
そのご厚意にありがたく感謝しながら、鶏の腹に野菜の刻んだものやキノコを詰め、鶏の腹を閉じ表面にガーリックオイルを塗った。
「すごいなぁ。どんなものができあがるか楽しみだ……」
天板に乗った艶やかな鶏をオーブンに入れるが、あの弱めてもらった火加減だと、じっくり焼けそうで良いな……。
しかし、レト王子は期待した顔でわたくしに笑いかけてくれるので、これは絶対に失敗できない……。
お米を炊き、鶏肉の様子を見たり、油をかけ直したりしながら付け合わせのサラダなども作り、レト王子との調理もお喋りも楽しく進んでいる。
「――おや、リリーさんにレト王子。夕食はあなたたちが作っているのですか」
周囲に漂う香りに誘われたのか、エリクがキッチン(というかここはそもそも通路の一部なのだが)に顔を出し、美味しそうな匂いがしますねと目を細めた。
「リリーが、鶏に詰め物をした料理を作っているんだ」
「ローストチキンですか。へぇ……」
「驚くことはございません。先日、書店でレシピ本を購入したので作ってみたいなと思っただけですわ」
これは本当だ。お菓子や普通のご飯は作っても、ちょっとしたご馳走レシピみたいなものなんて知らない。
人数も増えてきたし、お祝いに作れるようなメニューが知りたかったので、今回それを実践したまでだ。
「わたしもローストチキンなんて大層なもの作ったことはありませんから、焼き時間などは知りませんが……」
分からないながらも心配だったのか、エリクはオーブンに歩み寄ると、フタを開けて焼きを確認している。
「見た目はきちんと出来ているようですが」
「もう少し経ったら、串を刺してみようと思っておりましたが……エリクにその役目をお願いしますわ」
「ふむ? 良いですよ。お引き受けしましょう」
そう言いながら手を洗い、結局他のことも手伝ってくれるような様子だ。
レト王子はテーブルを拭き、ランチョンマットと食器を並べていく。
魔王様用のトレイも綺麗に拭いて、お食事を持っていく用意も万全なようだ。
「ジャンはまだ寝ているのでしょうか」
「――朝から晩までいつまでも寝るわけねぇだろ、バカか」
エリクに聞いたはずなのに、いつの間にか当の本人まで現れた。
確かに彼に寝起きの様子はないが、相変わらず寝癖らしきものは直していない。
「ジャンにお会いするのは、ご飯の時だけですわね。寂しいこと」
「そんなにおれが恋しいなら、テントの中にでも来るんだな」
結局テントの中にいるんじゃないか。そう思ったけど口にしないでおいた。
「そんで? 今日はどこまで行ったんだ?」
「岩山と洞窟を発見したのですが……結局、事前に話していた結果以上のことは分かりませんでしたわね。植物の生えている感じはなく、洞窟内には毒魚がいるらしいことだけです」
でも岩山はとても長くて大きかったことや、鉄を多く含みそうだから砂岩は持ってきたというと、エリクは嬉しそうに頷いた。
「それは上出来です。後でください」
「どうぞ。分析はエリクのほうが得意そうですものね」
炊き上がったご飯の盛り付けをレト王子にお願いし、洗い物を拭いているとエリクがローストチキンをオーブンから取り出して、火加減を確かめている。
どうやら大丈夫らしい。大きく頷いてから、包丁を持って切り分け始めた。
「急に狭くなったな……」
なぜか皆キッチン回りで喋っているので、急激な密度増加が起こっている。
皿を持ってあたふたするレト王子の手から皿を受け取り、ジャンが早く盛れと急かしていた。
「あら珍しい。ジャンがお手伝いをしてくださるなんて」
「誰もいなけりゃ、自分でやってることだろ」
「え。料理できるんですか?」
「そりゃそうだ。野営するのに料理ができなきゃ、硬ぇパンや干し肉囓る羽目になるからな」
ご飯の盛られた皿をテーブルに置き、さらっと当たり前のように答えるのだが、ご飯作れるなら最初に教えて欲しい。
「それならば、その素晴らしい料理の腕、是非知りたいものです。ご馳走してくださるのを楽しみにしております」
「それは難しい。おれは可愛らしいご主人様が作ってくれるうまい飯を毎日楽しみにしているからな」
わたくしがにっこり微笑んで催促すれば、ジャンもにやりと笑って辞退してくる。
「そこをなんとか……ジャンのご飯を一度くらいは」
「レトだってエリクだって、男のドカ盛りよりは、栄養のバランスも考えられた食事がいいに決まってるよな?」
「……わたしは、まあ美味しければ……」
「俺は……うぅん……いろいろ食べてみたい」
「なんだよ。そこはお嬢ちゃんに感謝しとけよ」
「そういうことなので、今度お願い致しますね」
食事に興味があるのか無いのか不明瞭なエリクとレト王子の返答に、チッと嫌そうな顔をしつつ悪態をついたジャンだったが、嫌がられてないのが良かったのか、渋々『今度な』と言う。
スープをそれぞれの場所に置き、夕食も完成だ。
「なんだか、食の楽しみまで増えて嬉しいことですわね」
「そうだな」
レト王子は弾む声でそう答え、魔王様に料理を運んでいった。