「エリク。目玉焼き用のお皿を出してください」
「もう既に並べ終えています。わたしの分は半熟でお願いしますね」
朝食の準備をわたくしとエリクはいつも一緒に行っている。
当番制にしようと思ったものの、ジャンが皆のために起きてくるはずもなく、かといってレト王子は敬称通り……この魔界の王子様なので、こんな朝食の当番などさせるわけにはいかない。
結局わたくしとエリクがやることになっている。
フライパンの上では、ベーコンエッグができあがりつつあった。
これを作り終えたら、かまどの入り口付近に置いたパンも温め終わる頃だ。
「レト王子とジャンを起こすのをお願いしてもよろしくて?」
「俺はもう起きてるよ」
レト王子の声がしたと思ったら、目の前を一羽のツバメらしき鳥がひゅっと飛んだ。
「わぁあ!? こら、危な……!」
フライパンを持つわたくしの近くを自由に飛んでいる。
炎と熱からこの小さな命を護ろうとしながらも、なんでここに鳥が、と思っていると……なんとツバメが笑った。
「――ただいま。ちょっと、出かけていたんだ」
椅子の上に着地した真っ黒のツバメ(っぽいもの)は、なんと――瞬時にレト王子の姿になる。
そういえば、レト王子は変化の魔法が使えるのだった。
どんな姿に変身しても、毛というか羽というか、そういったものは赤ではなく黒に変化するのだという。
「周辺の地図が欲しいと言っていただろう? ちょっと早く起きて、周囲を飛んできた」
「まぁ……! それはとてもお疲れでしょう。食事も出来ましたわ。たくさん召し上がってくださいませ」
かまどからちょうど良い焼き色になったパンを皿に二つずつ乗せて、レト王子に差し出す。
彼は流れる汗をタオルで拭きながら、パン皿を掴み……はたと自分の手をじっと見る。
食事の前に手を洗って着替えてくると言って洗面所に行った。
入れ違いにやってきたのがジャンで、寝癖でぼさぼさの髪を気にせずに椅子に座る。
「あら、ジャン。おはようございます。今日はずいぶん個性的で素敵な髪型でいらっしゃること」
「鏡がないんでセットが大変なんだよ。次の日も同じようには出来なくてな」
嘘をつけ。ソレなんにもしてないだろ。
わたくしのご挨拶にもさらっと返事をし、レト王子の席に置かれたパン皿を勝手に自分のほうへと引き寄せ、ばりばりと食べている。
「この中では一番のお兄さんなのに、朝の挨拶もできずに食べ始めるなんて、お行儀は最低ですわね」
「カルカテルラ家は男所帯ですの。あんたみたいに、四六時中いろいろうるさく仰る方はおりませんのよ」
わたくしの口調を真似て、お嬢様語で返してくる。
「…………」
「おお、こわいねえ」
無言でじろりと睨んだことが面白いのか、ジャンは半ばバカにしたようにわたくしを見ていた。
「魔王様から半ば育児放棄されて育ったレト王子でさえ、きちんとご挨拶をお返しになりますのに……そこは性格ではありませんか?」
「分かってんならいちいち言うなよ」
「ううう……!!」
ああ言えばこう言う……というか、ジャンと軽口をたたき合ってわたくしが優位に立ったことがないような気がする。
ふん、今に見ていなさいよ。
人数分のベーコンエッグとパン、コンソメスープとグリーンサラダを用意し、魔王様の分を運ぼうとすると――戻ってきたレト王子がトレーごと奪う。
「俺が持っていく。朝のご挨拶もしておきたいし、リリーにちょっかい出されては困るからな」
笑顔でそう言ってくれるレト王子だが、この間の『リリちゃんならぼくの膝の上にいるよイベント』の事をまだ……怒っているようだ。
あの構図、レト王子から見たらどんなスチル絵だったのだろう。
というか、リリーにちょっかいを、のニュアンスはわたくし『に』とも、わたくし『が』とも取れる言い方である。
勝手に誤解しておいて酷いのではないだろうか。
レト王子が去って行った後、静かに怒っているわたくしをエリクがもの言いたげに見る。
「今度は痴話喧嘩ですか。よくもまあ、いろいろと対人関係に難があるお嬢さんですね」
「……わたくしだって、波風立てずに過ごしたいのです。というか、普通に魔王様とお話ししていたのに、なぜわたくしは浮気者という非難を受けたりしているのでしょう……」
「一番に頼ってほしいとか、そういうのがあんじゃねーのか?」
ジャンのいうことも分からなくはないのだが……ちょっと想像し――……ただけで、げっそりしてしまった。
「……何でも相談してくる女……そういうの、重たすぎませんこと?」
わたくしの呟きは、しばしの沈黙を生む。
「……おれはめんどくせえって思うけど、中には喜ぶ奴もいるだろ……」
うんうんと無言でエリクも頷く。
その喜ぶ奴というのがレト王子って……ことなのだろうか。そんなわけはない。
そういうものなのかなあ、と思って席に座ると、丁度レト王子も戻ってきたところだった。
ジャンの言うことが本当なのかは分からないが、くだらない質問でもしてみようか。
「あの、レト王子。今日はどんな風に過ごしたら良いと思いますか?」
「――……俺と一緒に、錬金術の調合をしてみるのはどうだろうか」
「……じゃあ、夕食は何にしたらよろしいかしら?」
「うぅん……そうだ、一緒に作ろう。材料を見ながら考えるのも楽しいと思う」
「りんごの皮の剥き方が分かりませんの」
「俺が教えるよ。簡単だからすぐに分かるようになる」
屈託無い笑顔で何もかも一緒にやろうと応えてくれるものだから、ジャンが堪えきれずにスープを吹き出して笑い始めた。
我慢していたらしいエリクも、突っ伏して肩をふるわせている。
「えっ!? な、なんだ、二人ともどうしたんだ?!」
驚いているのはレト王子だけである。
わたくしは笑えもせず、苦い顔も出来ず、中途半端な引きつり顔で彼らを眺めることしか出来ない。
「質問ヒドすぎだ……いくらなんでも、りんご……くらい、皮むけるだろ」
ジャンはまだ笑いながら、隣にいるわたくしの肩をバシバシと叩いてくる。痛いんですけど。
「いや、失礼……とにかく、まあ、良かったですねリリーさん……たくさん相談されるとよろしいかと、思います」
お前ら……他人事だと思って面白がってるな。
ここで『全部自分でできます』なんて言えるわけがない。
「……ええ。りんごの剥き方をマスターしたら、あなたがたにりんごをたくさん剥いて差し上げますわね。レト王子、ご指導よろしくお願い致します」
「任せて!」
そんな嬉しそうに言わないで欲しい。かわいい。
……普段わたくしが料理しているところを皆見ているはずなのに、りんごは剥けないキャラになってしまった。
今日の予定も畑のチェックをして、植物図鑑を睨みながら来週買っておきたい薬草を吟味して、とか決めていたのに、やっぱり余計無いことはしないほうが良い……。
予定が変わってしまったことを残念に思いながら、朝食に口をつけた。