【悪役令嬢がリメイク版で敵側のヒロインに昇格したのに、恋愛どころじゃないんですけど!/46話】


「リリちゃん。今日のパンも美味しかったよ。いつもありがとう」

 夕食を済ませた魔王様が、にこやかな笑顔でわたくしにごちそうさまを告げる。

 魔王様は基本ほとんどこの居室から出ない……というか運動しないので、栄養は痩せた体中にムダなく行き渡っている。多分。

 だから血色と肉付きが良くなり……中肉中背、といったあたりになってきた。喜ばしい。


「魔王様、そろそろ筋力を鍛えた方がよろしいかと存じますわ」

「え~? お腹は全然出ていないよ?」


 と、魔王様は不満げな声を上げる。


 今までの生活でお腹なんか出るわけがないだろう。

 ずっとスライムダイエットみたいなことしてたんだから。栄養が足りなさすぎたんだよ。


「ずっと寝そべっておられるのはよろしくありません。体を動かせば、もっとご飯が美味しくなりますのよ。あと健康になります」

「健康、か……。そうだねぇ、病気は辛いものだろうな」


 ふっと寂しげな目をする魔王様だったが、それより、と、またいつもの調子に戻った。



「リリちゃん。レトゥハルトが来ない間に、ぼくがゆっくり悩みでも聞いてあげよう」

「――えっ? わ、わたくし、悩みなんて」

「吐き出すだけで楽になるよ。なんだかいろいろ、齟齬が続いているようだね」


 ふっと優しい目をする魔王様。


 いつも『レトゥハルトを選んで??』って言ってくるばっかりだったので、こんな魔王様は仏様かと思うほどに慈悲深い。


「…………ま、魔王様」

「うん? いいよ、側においで」


 ポンポンと魔王様が手で叩かれた先は、魔王様のお膝の上なのだが……。

 さすがにそれはちょっと……と思っていると、魔王様が不思議な語調で何かを呟いた。



 すると、次の瞬間――わたくしは、魔王様のお膝に転移している。



「ひゃぁっ!? な、なんっ……!?」

「ははっ。びっくりしたかい? 魔王だからね、こう、ちゃちゃっと出来るんだよ……わっ、軽くて柔らかいなあ、リリちゃん。レトゥハルトとは違うものだねぇ」


 わたくしの肩を支えてくれる魔王様の大きな手。

 うわ、魔王様近いし、レト王子のお父様なので顔が良い。



 男子の魅力はジャンやエリクにもあるのだが、健康になった魔王様は、メンズの魅力がすごい。



 あと20年もすればレト王子もこうなるのかなあ。

 落ち着いた大人の魅力の魔王様とレト王子を前にしたら、わたくしの目が灼かれそうである。


 目が灼かれる前に煩悩の炎に萌え殺されそうだが、魔王様はどぎまぎするわたくしの頭をそっと撫でてくれた。



「落ち着いて、リリちゃん。ゆっくりでいいから、悩んだことや……心に浮かんだことをいっぱい話してごらん」


 さすがに煩悩まみれの心情は出せない。


――のだが、わたくしの頭に浮かんできたのはメルヴィちゃんや魔界陣営達のことばかりだ。


「……魔王様。わたくし、どうしたらいいか……よく分からなくなって」

「そうか。どんなことがあったの?」


 魔王様の優しいお声に促されるまま、わたくしはメルヴィちゃんと出会ったこと、レト王子の忠告やジャンの言葉などを話す。


「わたくし、魔界のことはしっかりやり遂げます。ここへ来た当初よりも、自分がやりたいと強く感じております……だから、途中で投げ出したり致しません」

「そうだね。リリちゃんは最初から凄かったね……」


 魔王様の胸に頭を預けながら、わたくしは相づちを打って聞いてくださる魔王様へ、独り言を呟くように話している。


 魔王様はわたくしの頭をそっと撫でては、そうだね、と受け入れてくださるので、心地よかった。

 甘やかされてなんだか涙が出そうだ。



「……メルヴィさんは、孤児院暮らしで大変な生活をなさっているようですが、同情から施しを与えよう、一緒にいよう……と思ったわけではありません。ちゃんとお食事は摂っているようなので、魔王様やレト王子とは栄養や体格が違うのですもの。特に心配はしておりません」

「――はは、そうだね。ぼくらは骨と皮しかないようなものだったからねえ……。そのメルヴィという女の子も、リリちゃんに何か親しみを感じたんだろうね」



……親しみ。



「わたくしも彼女と……親しく、なりたいと思っています。でも皆がよく思いません……タイミングが良すぎるとか、お金目当てとか、秘密は守れないだろうからダメだとか……」

「純粋な好意に、随分と手厳しく言われたんだね」

「ええ……皆さんのおっしゃることも、わたくしがその立場ならば相手に言うだろうとも理解できるので……」


 そうだなあ、とわたくしの頭を撫でながら、魔王様は言葉を選んでいる。


「じゃあ、レトゥハルトがリリちゃんの立場で、リリちゃんがレトゥハルトだったらどうかなあ。ちょっとだけ知ってる人が、何かのきっかけで自分の親しい、護らなくちゃと思う相手に急に距離を詰めてきたら……」

「……当然、警戒しますわね……憶測を込めた勘ぐりをしてしまうでしょう」



 でも、レト王子があれほどはっきり意見を言うとは思わなかったんだけど。



「そうだね。特に、リリちゃんは一度人さらい達と遭遇しているというじゃないか。ぼくは、みんながリリちゃんを心配していると感じるし、リリちゃんもそれに答えようと、友達になれるかもしれない人と距離を置いて我慢するのは辛いことだというのも分かる」

「それが……友達になりたい気持ちもありますが、わたくしの中に、友達になろうと言ってはいけないと、強い注意のような怖いような……もう一歩を踏み込めない何かを感じるんです……」


 彼女に好感はあるが、これ以上はだめだというか、不安というか……。

 それをうまく言えないままに魔王様にお伝えすると、しばし考え込むような様子を見せた。


「……リリちゃん。我々ヴィレン家は、正統なる魔王の血を継ぐ一族だというのは分かるかな」

「ヴィレン家……魔王様のお家の名前ですか?」

「……あれっ、知らなかったっけ。レトゥハルトが名乗っていると思ったんだけど」


 若干ショックをお受けになっている魔王様に、わたくしは少々お待ちくださいといって、一生懸命レト王子のフルネームを思い出す。


「……確かに『レトゥハルト・クルス・ヴィレン』様と仰っておりましたね。ええ、ごめんなさい」

「よかった~……まあ、そういうヴィレン家っていうんだけど。そんなぼくらが【魔導の娘】を感知できるというのはリリちゃんが初めてだ。本来の役目もなにも【魔導の娘】の前例がないから不明だというのは訊いたかな?」

「ええ。最初に伺いました」


「そう……じゃあ、はっきり言わせてもらおう。リリちゃんは確かに【魔導の娘】なのだけれど、リリちゃんの中にある力がね、まだ完全に覚醒できていない。何か……リリちゃんが無意識に押さえ込んでいるんだろう。きみがきみ自身を否定している気がするんだ」

「――……それは……ええ、理由が分かります……」



 わたくしはリリーティアお嬢様ではない。

 それなのに、リリーティアとして……魔導の娘として生きていくことを、受け入れ切れていないのだ。



「もしも、リリちゃんが自分の何かを信頼し、受け入れることが出来れば……きみはもっと聡明に、そして体の奥底に眠る、秘めたる力も発揮されていくことだろう。あと、みんなには酷だけど。ぼくは今回の件がどうなるのか、はっきり分かるんだ。多分、理解できてないけどレトゥハルトもなんとなく分かってる」


「え……、ま、魔王様達には、予知の力がおありなの?!」

「ん~~……予知というか……まあ、今は言わないでおくよ。とにかく、リリちゃんはいろいろやってみなさい。少しくらい、レトゥハルトや仲間達に迷惑を掛けても良い。なに、その子と友人になってもならなくても、仲間が愛想を尽かしてきみの前からいなくなったり、死ぬほどのことはないよ――たぶんね」


 その『たぶん』が微妙に信用おけなくて困るけど、魔王様はわたくしの背中を押してくれたようだ。


 普段引きこもってばっかりなのに、こういうときはお父さんぽいことをするのだなあ。



「わたくし、少々胸のモヤモヤが晴れました。ありがとうございます、魔王様……! 大好き!」

「ははは、そういうことはレトゥハルトに言ってやりなさい」



 そうして魔王様にじゃれついていると、失礼しますという声と共に扉が開き、レト王子が朗らかな表情でティーセットを持って現れた。



「父上、お茶を――……っ……?!」

 わたくしと魔王様の状態を見て、目を見開いてあからさまに動揺するレト王子。

 トレーまで取り落とし、わなわなと震えていた。


「ち、父上? リリー? なに、なにをしてっ……!?」

 ティーセットの割れる音も、耳に届いていないご様子だ。


「何って、見たら分かるだろうレトゥハルト。リリちゃんの悩みを訊いていたんだよ?」

「膝の上に座り、抱き合っているところのどこをどうしたら、悩みを打ち明けているように見えると仰るのです? ……リリー。早く父上の膝から降りるんだ。早く……!」



 ヒエッ……。


 金色の瞳にありありと憤怒を見せて、レト王子が静かにブチ切れている……。

 クリフ王子の時でさえ、こんな怒ってなかったのに。


 言われたとおり魔王様のお膝の上から降り、二人の間に立つと、レト王子がわたくしを非難するように睨む。すごい怖い。


「……よりによって、浮気相手が父上はないだろう?」

「いやいやいや……浮気とかそんな人聞きの悪い……互いにクリーンな関係ですし、全くの誤解なのですわ」

「ぼくの膝の上で涙を浮かべるリリちゃん……とっても可愛かったよ」



 ねえぇえ! ちょっと! なぜそこでいらぬ一言を挟むのですか??


 大人の余裕というか、何かを匂わせるような魔王様の態度に、レト王子の顔が青くなる。

 少しふらついているのでそのまま倒れるかと思ったが……、ぐっと堪えた。



「は、ははっ……。リリー、父上、冗談もほどほどに……」

「妄想をほどほどにするのはレトゥハルトだよ。ちゃんと本当のこと言ってるじゃないか。リリちゃんはみんなからお友達になりたい子を反対されて悩んでいたんだから、頭くらい撫でて、相談に乗ってあげるのは当たり前だろう」

「だったらそう先に仰ってください! なぜそう紛らわしい言い方を……! それに、俺だって父上の膝に乗ったことないのに……」



 急に可愛いこと言った。



 すると、魔王様は赤ちゃんの時には乗せてあげたよと柔らかく微笑む。


「……そう、でしたか……」

 あ、レト王子のご機嫌も急速に良くなっていく。おお、なんか分からんけど良かった。



「それではわたくしはこれで」

「待って、リリー。俺はまだ用事がある」


 ヒッ……、まだなにかあるの?


 レト王子は割れたティーセットの破片を拾い集め、立ち上がる。


「とりあえず、父上へのお茶を淹れ直すから手伝って欲しい」

「は、はぃ……」


 わたくしは震えながら頷くしかできず、魔王様に一礼して部屋を出ると……廊下に備え付けられた茶箪笥の前にやってくる。


 この沈黙が怖い。話しかけられないようにセカセカ動こう。

 茶葉を取るためレト王子に背を向ける。

 が、突然……わたくしの背後から手が伸びて――ぎゅっと抱きすくめられた。

「ひっ……!?」


 痛くはないけど、互いの体温が伝わるような密着は、よろしくないのではないでしょうか。

「……レト王子、なにを、そんなのいけません……」

「いけないのはリリーだよ。あまり、俺を心配させないで」

「お待ちください。わたくし、悪いことは何もしておりません」


「……ほんとうに?」


 抱きすくめる腕に更に力が込められる。

 こんなつるぺた美少女の体を抱きしめるんじゃなくて、ふわふわのぬいぐるみにでも抱きついていれば良いのに……。


 誰が来るか分からない状況で、こんなコトされたら困るんですけど……いや、こなくてもすごく困りますけど……!


「そうか……リリーのせいで、胸がモヤモヤして苦しいはずなんだけど……リリーが悪くないなら、これは俺の気のせいだって事だよな?」


 ヤベッ、脅しに来た。だって、実際何も悪いことはしてない……!


 どういえば良いかを考える間もなく、レト王子がわたくしから離れ、不敵な笑みを向けてくる。


「よく分かったよ。何も恥じることのないリリーは、()()が俺の心のなかいっぱいに広がることがないよう、毎日願っているといい」



 いつの間に新たなティーセットを用意したのか、レト王子がフラグみたいな台詞を吐いてすたすたと魔王様のところに向かっていく。


 恐ろしい……いったいなんだというのか……。レト王子には、隠しパラメータ【嫉妬値】とか【病み値】とかが存在しているのだろうか。


 あの感じだとちょっと溜まってるっぽいし、どっちがMAXになってもろくなことになり得ない。


 ひとつフラグを回避しようとしても、また気をつけるべき死亡フラグが増えてしまった……。


 実際魔王様がお膝に乗せてくれたのに、なぜかレト王子の隠しパラメーターが増える。

 人生ままならないとはこういう事なのか。


 わたくしは割れたティーセットをトレイごと持って、魔王城の外、レンガで囲まれたゴミ捨て場に持っていく。


 ここには無分別にゴミが積まれており、スライムたちの食事場所にもなっている。


 スライム達は頭が良いっぽいので、レト王子がだめだと言ったことはせず、ここに溜まったゴミは食べて良いというと、畑などそっちのけでここに集まる。


 実際今もモコモコと蠢きながら数匹集まっており、わたくしのことも分かるのか……あるいはエサに思ったのか、近くに寄ってくる。



「割れたティーセットです。綺麗に召し上がってくださると嬉しいですが……」


 奴らに目などついていないのに、一応そちらに見せてから、ゴミ捨て場にざらざらと破片を流す。



 破片を体内に送り込んでぷるんぷるん揺れるスライム達を見ていると、わたくしの脳がクラゲかなんかだと勘違いしているのか、少し可愛く思えてきた。




 仲間の注意、メルヴィちゃんのこと、自分がウィリアム家から目をつけられていること、魔界のこと、そして――自分自身を否定していると言われたこと。


 わたくしは、頭と心の中を……どの問題から整理していけば良いのだろう。


 ゴミ捨て場の側にしゃがみ込んで、わたくしはボーっとスライム達を見つめていた。




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こめんと

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