振り返るとそこにレト王子が立っていたので、声には出さなかったけど内心凄く驚いた。
「あら? レト、いつの間に」
「買い物をしていたら丁度見かけてね。彼女とリリーが別れるのを見計らっていたんだ。楽しそうで、見ている俺も微笑ましかった」
女性同士だとまた、違うものなんだなとなにか感心したように言うレト王子のお顔は……やはり良い。
整っているので、男性的な魅力というものはまだ年齢的にも出てこないが……ただ美形だなあと思ってしまう。今日一緒に行動していても違和感はなかったと思われる。
「な、何? そんなに熱く見られては恥ずかしい……」
ついじっと見ていると、ぽっと頬を染めるレト王子。
熱い眼差しを送ったわけじゃないのに、簡単に照れないで欲しい。
「パン、随分大きいのを買ったのですわね」
「…………今、絶対に俺を見ていたよね? パンのほうに視線は行ってなかったよな?」
話題を逸らしたことが大いに気に入らなかったのだろう、少しばかり脅すような口調で、レト王子はわたくしに詰め寄った。
「でも、そのパン……」
「パンの事はどうでもいいだろ? というか、今関係なくない?」
……年長組の口が悪いせいで、レト王子が不良みたいになってしまった……!!
「今日もかっこいいですよ、レト」
「――……うん。ありがとう。リリーに言われると嬉しい」
褒めた途端、コロッといつもの可愛いレト王子に戻った。
恐ろしい……。今後、気に入らないことがあるとこうして凄んで威圧を加えてくるかもしれない。全部エリクとジャンのせいだ。
「そういえばあの……お二人は?」
「ああ、エリクはカフェにいる。ジャンは……俺も知らない」
先にカフェに行っていようというので、レト王子に連れて行かれる。
いつもの場所に行くと、既にエリクがケーキセットを一人で楽しんでいるのを見た。
「あっ、ズルい。わたくしもいただきたいわ!」
「食べたら良いでしょう。ああ、このモンブランは美味しいですよ」
糖分の補給は必要ですからねと言いながらこの人、既に二皿くらい食べてないか?
席に着くと、わたくしも早速エリクと同じモンブランのセットを注文し、レト王子はイチゴのショートケーキにしたようだ。
「今週の買い出しは終わりましたが……リリーさん。あちらの土地で、今度は何をしていくか決まりましたか?」
ケーキを食べ終わって満足そうなエリクは、今度は研究に飢えていたのだろうか。
わたくしが喉を潤す前にそう聞いてくる。
最近はエリクも来てくれたし、ゴーレムくんも働いてくれるので城壁の建設や補修は少しずつだが進んでいる。
畑も、水を多く必要とする作物とそうでない作物とわける必要があるので、これも作っている途中だ。
めでたくエリクのお陰でお風呂の制作と、下水処理は終わった。
汚れた水は、水道管のような鉄のパイプを通り――深く掘って石や砂、炭などを層に重ね、一番下の部分に魔術屋さんで作ってもらった『清浄なる宝玉』を使用している――レンガを積み重ねて深く作った浄水処理用の場所に送られる。
で、その宝玉を通して違うパイプから流れる水は、生活用水にも使えるくらい綺麗に浄化されているので、そのまま川下に流して問題ない。
最新設備になったのは良いが、今までの魔王城の衛生処理は一体どうなっていたのかなど、またスライムと言われても困るから考えるのは止めよう。
しかし――……まだやるべき事だらけだ。
「たくさんありますわよ……植樹も薬草も植えたいですし、あの土地は広すぎるので、とりあえず周囲30キロ程度の大まかな地理の把握もしたい。あと……わたくし思ったのですが、川が流れているということは、あの先に沼……というか湖のようなものもあるのでは?」
目の前に置かれた美味しいモンブランをフォークで一口大に切って口に運ぶ。
程よい甘みとふわふわのクリーム。
栗の香りが口いっぱいに広がって、とても美味しい……。
わたくしが静かに幸せを噛みしめていると、レト王子が難しい顔をして、川下のことを話してくれた。
「ああ。湖というか……あの川の先は岩が多く安定感のない、下向きに細く続く洞窟になっている。奥にはコウモリと魚がいたが、人が行くには腹ばいになって進まざるを得ない。腕を自由に振ることもできないくらい狭すぎる場所だから、釣りも魚取りも難しいだろう」
レト王子が既に調査済みらしい。なるほど、お魚がいる……それはいい。
「コウモリ……ということは、彼らが生きていくのにも食事は必要ですわね。コウモリの食事、って虫か果物だと思っていましたが、近くに木があったりするのかも……」
「そうか……確かに。帰ったら周辺の探索をしてみるとしようかな」
レト王子は頷いてその役を買って出てくれたものの、まさかお一人で何十キロも歩くつもりだろうか。
わたくし達がそれぞれ意見を述べていると、空いている席にどっかり座る白いものが現れた。
「とりあえず冷たい茶をくれ。甘みを入れないやつ」
あ、ジャンだ。
日よけの白い外套を被っていたから全然分からなかった。
店員さんをつかまえてめちゃくちゃざっくりした注文をし、外套を脱ぐと暑い、と手で首元をあおぐ。
確かに汗も多くかいている。首筋を流れる玉のような汗を手の甲で拭って外套で拭く……ので、またハンカチを差し出すと、遠慮無くゴシゴシと顔やら手やら拭き始めた。
……もしこいつがワキを拭いたら、そのハンカチはもう使いたくないので森に棄てて帰ろう。
「別行動されていたのは知っていましたが、どこにいらしたの?」
「気付かれるように動きゃしねぇよ。それに、あんたと別れた後、あのガキの後を追ってたんだ」
店員さんが持ってきたアイスティーを奪うように受け取り、ストローも使わずグビグビと麦茶でも飲むかのように喉へ流し込む。
トレーの上に空になったグラスをタンッと勢いよく置くと、またおかわりを頼んだ。
「……あんたがガキと別れた路地。二つほど裏に行った先、小せぇけど孤児院があるぜ。あのガキはそこに入っていったし、他のガキとも親しげだったから確かに、そこで暮らしているようだ」
ガキ、ガキと言うので、メルヴィちゃんかそうでないかわかりにくい。
「あ、そうだわ。レトは最近口が悪くなってきましたので、お二人の口調の真似なんてしないでくださいな」
わたくしがそう注意すると、口元を押さえてそんなに悪かったのかとビックリしているレト王子――と、平然としている年長組。
「わたしは普段敬語にしているので、口が悪いはずありませんけど?」
「おれだって普通じゃねーか?」
「いいえ。レト王子は先ほど、素の口調のエリクと、ジャンの口調で喋っていました。由々しき事態です」
「はぁ? わたしの話し方を彼がすると、気に入らないわけ? じゃあわたしはどうしたらいい? 喋るなってこと?」
おお、その口調だよ、その口調!! さっきパンの時にそれが出てたんだよ!
「あのなあ、あんたがどんな幻想持ってるか知らねぇけど、レトだって男なんだぜ。いつまでもかわいいままだと思うなよ?」
それだよ! そういう口調でパンは関係ないよなって言ってたんだよ!
「リリー……ええと、なるべく、怖い言葉はしないよう気をつけるから……」
レト王子も気を遣ってくれているが、年長組は基本レト王子の味方なので、わたくし圧倒的アウェイ感である。やりづらい。
わたくしが何も言わないので、諦めたものだと悟ったジャンが目を細めてニヤニヤ笑うと、さっきの話の続きを再開した。
「…………で、孤児院は多分2、30人が住んでる。貧民街のガキがだいたいあそこにいるんだろう。特別、都市や貴族から出資があるわけでもない。善意の寄付がメインの運営だ」
「善意の寄付だけでは、収入が安定しないので経営も……」
「ああ。当然順調ってわけじゃない。かといって、口減らしもない……おっと、同情して恵んでやろうとか考えるのは止めろよ。あんたみたいなお人好しは、ローストチキンがわざわざドアを叩いてパーティ会場にやってきてくれたようなモンだ。骨まで食い尽くされるからな」
そもそも、違うところで手一杯なのに、他まで面倒見ようとか思うなよ――というとどめの一押しを頂き、わたくしは渋々頷かざるを得ない。
「……そこまで調べてわたくしに教えくださいましたが、結局なにが仰りたいの」
「なんだ、分かんねぇのか……」
肩をすくめたジャンは、顔貸せとわたくしに手招きするので、ちょっと身をテーブルに乗り出すと……ガッと頭を掴まれて、ジャンと近い距離で見つめ合うことになる。
あれっ、こんな感じのシチュエーション、魔王様ともやったような……。
「あのガキをこれ以上甘やかすな。距離を保て」
じっと真面目な顔でわたくしに告げる。
わたくしが何も言えずにいると、頭を掴んでいた手は離され、ジャンは背もたれにドサリと身を預けた。
「浮かれ気味のあんたには、ちょっとばかり酷なことだが。人に施すばかりが相手の為になることじゃない。あのガキとあんたは違うんだ。目の前に金を出してくれそうな人物がいたら、施設のためにちょっとチョーダイ……ってなっても知らねぇぞ」
「――あの方はそんなこと、致しません……!」
自分の感情が堪えきれなかった。
「友達になりたいって彼女は仰ってました。そんな人が、やましい下心を持つわけ……ありません!」
強めの口調でジャンに言うと、彼はあからさまにダメだこれは、というため息を吐き、勝手にしろと言い捨てた。
「後で泣くのはあんただからな」
事の成り行きを見守っているエリクやレト王子も、困ったような顔でわたくし達を見ている。
「……と、とにかく……いったん帰らないか? リリーも少し、落ち着いたほうが良い。そうしよう」
周囲を見ながらレト王子がそう言いつつ席を立つので、それぞれが後に続いた。