「――……というわけで、レト王子に忠告を受けましたの」
畑の様子を見ながら、ジャンとエリクに、今日の合流前にあった出来事……メルヴィちゃんのことを話す。
すると、年長さん達は『そりゃそうだろう』というような態度を示した。
「女がすり寄ってくるときって、大体下心があるときじゃねーか? 子供でも計算高い奴はいるからな……ちょっと会っただけの奴の行動をそこまで知ってるって事は、相当……気にして見てんだな」
「リリーさんはすぐに人を受け入れてしまいますからね。ぽろっといろいろなことを喋らないようお願いしますよ」
「まぁっ……!」
お二人ともわりと否定的なご意見である。
わたくしの注意力が足りないというものなら反省する必要があるけれど、まだ何も起こっていない。
そんなに心配しなくても良いのではないか、とすら思ってしまう。
あるいは――わたくしが、お友達というものに浮かれているから冷静な判断が出来ていないのかもしれない。
「……わかってます。絶対に皆さんと魔界のことなどは喋りません」
「いや、そこの部分は誰かに言われなくとも、あんたが一番分かっといてくれよ。おれらが言いたいのはそうじゃねーよ……あんた自身のことだ、ご主人様」
話している最中、ジャンの前をゴーレムくん5号(畑の水やり中らしい)が、通り過ぎようとし――ているのにヒョイと足払いをかけ、転んだ5号のタライが宙を舞う。
耕していない土の上に水が盛大にぶちまけられた。
おぉい、なんでナチュラルにいじめてるんだよ!
「……わたくしの話の途中で、ゴーレムになんという無体を。エリクに怒られますわよ」
あ、ほら、エリクも怖い顔をしながら、タライを拾って5号に渡している。
「大丈夫ですよ。ゴーレムは頑丈ですから、足払いくらいは痛くも無いでしょう。作業をやり直すだけです」
そう言いながらも、5号の体についた土も払って頭まで撫でてあげて、結構可愛がってるっぽい。
ジャンが余計なことをするので、話が何だったか忘れかけていた。
「……わたくし自身のこと、ですか。確かにウィリアム家の事もありますから、遊んでいるうちに、うっかり人のいないところで腕を掴まれて、袋詰めされる……なんていうことは避けたいですわね」
「そういうこった。大人を差し向けてダメなら、同年代のガキを使おうって頭がある奴もいるだろ。安い金でよく働くし、警戒されないから余程扱いやすいぜ」
ジャンはその辺の知識に長けているのだろうか。
妙に知ってる口ぶりだ。
「おれだって他人の交友関係にゴチャゴチャ言いたくねえよ。そのガキが、誰かに頼まれて近づいたって証拠は無ェ。かといって、じゃあ何のためにそいつは知らねえ女の情報集めてんだ、って考えちまうんだ。あんたに興味があっても、レトの動向、交友関係まで気にするもんなのか?」
「それはわたしも気になりましたね。それとも、女子というのはそういうところからの徹底的なリサーチを行うものなのでしょうか」
「う~ん……。無い、とは言いません。無駄足を踏まぬためにも情報を集め、待ち伏せをしながら偶然を装って現れるなんて、男性でも女性でもありますでしょう」
「あんた、時々子供らしくないこと考えてるよな」
「まぁっ。警戒するようになっただけですわよ」
やはりこの男、良い勘をしている。
乙女ゲーをやっていても、実際わたくしは子供って年齢ではなかったので、ジャンの指摘が痛い。
「とにかく……納品も買い物もこれまでと同じく、継続することに変わりはありませんわ……ああ、あと、そろそろ地上も季節が変わります。いつまでも厚手の服を着てはいられませんから、お洋服も買わなければいけませんわね」
魔界だと、気候はもとより温度・湿度の変化もそんなにないので、服を選ばなくて良かったが……地上は四季がある。
暑いときに厚手の長袖を着ていたらおかしいだろう。
しかし、皆がこれだけ気をつけろと口を揃えていうのだから、メルヴィちゃんの事には注意しようと思う。悲しいな。
「あっ、リリーさま~! こんにちは!」
「こんにちは、メルヴィさん」
――……気をつけようと思っても、こうしてわたくしを見かけると嬉しそうに駆け寄ってくれるし、だんだん互いに慣れて会話を交わすようになると……会えるのが嬉しくなってしまう。
メルヴィちゃんは、わたくしの周囲に誰の姿もないことが気になったらしい。あれ、と不思議そうな声を上げた。
「今日はお一人なんですか……」
「ええ。お洋服も見たいので、男性が一緒だと……ドレスを見るときお店にいらっしゃる他のお客様も、気を遣ってしまうでしょう?」
買い物は本当だが、一人で来たというのは当然ウソだ。
万が一の事態に備え、その辺にジャンが潜んでいるはず――なのだけど、わたくしにも姿を隠しているので、どこにいるかはわからない。
わたくしがジャンを意識して、メルヴィちゃんに悟られると困るからだという。
ただ、必ず見ているらしいので……気配を隠すのもさぞ上手だろう。
「もしよろしければ、わたくしのほうからメルヴィさんにお買い物の手伝いをお願いしたいの」
「えっ、はひっ……! はい、私で良ければ!」
変わった驚き方をするメルヴィちゃんを伴い、わたくしは大きな洋品店に入ろうとし……困った顔で立ち止まるメルヴィちゃんに気付いた。
「私、ここでお待ちしてますから、どうぞお買い物を……」
メルヴィちゃんが自分の格好に気後れしてしまったことくらいは判る。
そうだよね、わたくしだって知らないお店や高級なお店に入るのは緊張するもの。
「そう仰らず……どうかあなたもいらして?」
「……わかりました……」
決して意地悪するためではないのだ。
彼女の腕を取って中に入ると、わたくしとメルヴィちゃんに、なんだこの子供は、という店じゅうの視線が突き刺さる。
「お買い物に参りましたの。きちんとお金は持っております、ご安心を」
わたくしは鞄から金貨を握ると店員に見せる。
手前の女性店員が、意外そうな顔をしてわたくしたちを見つめている。
「ごめんあそばせ。ドレスと下着、そして動きやすくて軽い服を見たいの。ご案内をお願いできるかしら?」
「――は、はい……!」
相手が子供であろうと、貧しそうな身なりをしていようと、お金さえあれば対応がこんな風にコロッと変わってしまう。
女性店員は、あれこれとわたくしとメルヴィちゃんに服の素材や製法やらの説明をし、流行の柄なども見せてくれる。
別段わたくしは夜会に行くわけでもないので、ファッションの先取りなどに興味は無いが、ちょっとした気分転換に着るならいいかもしれない。
色違いで赤と青の柔らかい素材のチュニックと、黒のソックス、新しい下着(子供用のは白の無地しかない)を数枚、そして気張った時に着るためのよそ行き用のダークブルーのドレスをあつらえた。
この洋品店は男性向けのものは置いていないようだ。
置いてあったところで、わたくしは彼らの大まかな体のサイズ(Lサイズだとか○号とか)は知らない。服や下着は勝手に男同士で買い物に行って選べば良いだろう。
頼んだドレスもすぐには出来ないので、数回通う必要はあるが……なにか一着あると役に立つだろう。
「ご説明と対応、大変わかりやすかったです。どうぞお受け取りくださいませ。今後もよしなにお願い致しますわ」
接客してくれた女性の店員にお礼として金貨を一枚渡すと、また次もよろしくお願いしますと満面の笑みを浮かべながら金貨を握りしめている。
悪い事をして得たお金ではないのだし、こうして一枚払えばあれこれと親身に世話を焼いてくれて、今後大事にしてもらえるなら安いものだ。
採寸している間に、メルヴィちゃんが何故か感動したようにわたくしを見る。
「すごい……! リリーさまは、本当にお嬢様なんですね……! 素敵!」
「もう、そのようなものではございませんと前にお答えしましたが」
「だって、私とは気品が違います……! 見ているだけで、すごいな、ってため息が漏れるんです」
一生懸命褒めてもらったので、わたくしはどうもありがとうと微笑むに留めておいた。
リリーティアお嬢様が学んでいたであろう教養は全て失っているので、ここでお嬢様オーラを出しているのはガワの美しさと、金の力に傅いた店員さんがいるからだ。
採寸を終え、赤いチュニックだけを別に包んでもらって、店を出る前に……メルヴィちゃんにお渡しする。
「その色、あなたに似合うと思いましたので……差し上げます」
「えっ……私に……?」
包みに視線を落とすメルヴィちゃん。
もう一度どうぞと促すと、おずおずと受け取り……深々と頭を下げる。
「ありがとうございます! 大事にしますからっ……!」
「――ええ。わたくしもお揃いにしましたの。青いほう」
「はい! お揃い……! ふふっ、リリーさまと同じなんて嬉しい……」
嬉しそうに包みをギュッと胸に抱いて、わたくしに微笑むメルヴィちゃん。
かわいい……そんなに喜んでもらえるなんて。
「そういえば、メルヴィさんは親しいお友達は多くいらっしゃるの?」
「うーん……孤児院のみんなが兄弟みたいなものですが、ラズールの貧民街に、たまに遊ぶ友人はいます。すっごく親しいっていう人はいません」
「そうでしたか。交友も広くていらっしゃるのね」
特に探りを入れたつもりはない。ただ、わたくしとは違って友人という者くらいはいるのだろうと思っただけだ。
「リリーさまのご友人達は……?」
「わたくし過去の記憶がございませんので、友人と呼べる方がいらっしゃったかは判りませんの」
その途端メルヴィちゃんが、やっちゃった、みたいな顔をする。
「――……す、すみません!」
「いえ、お気になさらないで。いないからといって、特に悲しいとは思いませんから」
メルヴィちゃんが友人になってくれたら、きっとそれがここで初めての友人になるな――……そう思ったけれど、ふとレト王子が『だめだ』と言ったときの顔が浮かんできたので、友達になって欲しいと告げることはしなかった。
しかし、メルヴィちゃんはわたくしの前にささっと小走りで回り込むと、リリーさま、と緊張した面持ちを見せる。
「……私、リリーさまのご友人に……なれ、ません……か……?」
意を決して告げてくれたようだが、わたくしが驚いた顔をすると、語調が途端に弱々しくなり、わたくしの顔を見つめていた視線はだんだん下がって、地面に落ちた。
メルヴィちゃんのお誘いというか提案というか、そういったこんな告白じみたこと(?)は本当に嬉しい。
しかし、わたくしの中でも頷いてはいけないというか、抵抗があった。
他の人たちに口を酸っぱくして言われたからだろうか……。
少しの間があっても返事がないので、メルヴィちゃんは悲しげに眉を寄せてしまう。
「ごめんなさい……迷惑でしたよね……急にそんな事言って」
「いえ……あの、メルヴィさん……どうしてわたくしの友人になってくださると仰ったの?」
「……リリーさまのこと凄いなって尊敬してるんです。同じ歳なのに常に自信に満ちあふれていて、でも、強がったりしなくて……優しくて、すごくいい人だなって思ったんです。私もそんな人になりたいって、憧れちゃうから……近くに居たら、私にも、リリーさまの良い振る舞いを真似できるかなって」
彼女からはそのように見えるのだろうか。尊敬までされるのはこそばゆい。
「買いかぶりすぎですわ。それに、あなたの素直さや謙虚さ、わたくしにはない……とても尊いものです」
まあ、あんまりメルヴィちゃんのこと知らないんだけどさ。
それでも、メルヴィちゃんはそんなことないと頭を左右に振り、いつか、と口にする。
「今はまだ難しいけど、いつかリリーさまからご友人だと、そう言って頂けるような……恥ずかしいところのない人間になります……!」
急にそんなことを宣言されて、嬉しくて胸が詰まりそうになった。
友人になるのに、そんな気概なんて必要ではないはずなのに。
でも。
じゃあ今から友人になりましょうと――そう口にするのはとても躊躇われた。
「……ありがとう、メルヴィさん。期待しておりますわ」
「はいっ!」
無垢な笑みで応じ、がんばりますと拳を握るメルヴィちゃん。
ああ、本当に可愛いなあ。
レト王子の微笑みは理性を壊そうとしてくる謎の力があるが、メルヴィちゃんの微笑みはなんだか心を癒やしてくれる。
また露店を冷やかしながら見て歩き、小一時間が過ぎた頃……メルヴィちゃんは、街の時計台を見る。時間は午後三時になろうとしていた。
「あの……ごめんなさい。そろそろ夕方になるので私、孤児院に戻ります」
なんでも、イモの皮むきやら洗濯の取り込みやら手伝いをしなければいけないのだという。
人数が多いので、そのあたりも大変なのだろう。
「ええ、今日はありがとうございました、メルヴィさん」
「はい! 偶然お会いできたら……お声掛けますから! それじゃあまた!」
手を振って嬉しそうに走り去っていくメルヴィちゃんを見送って――カフェに行こうと思って方向を変えると、すぐ側に大きなパンの袋を抱えたレト王子が立っていた。