【悪役令嬢がリメイク版で敵側のヒロインに昇格したのに、恋愛どころじゃないんですけど!/43話】


 席に着いたのを見てから店員に軽く手で合図し、この女の子用にわたくしと同じものを頼む。


 女の子のことをちらりと見た男性店員の表情が消えたが、瞬きの間に笑顔へと戻る。


 もしかすると思うところがあったのだろうが、嫌悪の表情が出なかったのは、お客様を不快にしないという店の教育がなされているようで、偉いなあと素直に思う。


 しかし、女の子は落ち着かない様子だ。


 それもそうだろう。こんなところに座って、よく知らない女と茶など飲んでも面白くはないかもしれない……今更ながらそう思って、申し訳なく感じる。



「あなたのお気持ちも考慮せず、無理矢理お引き留めしてしまって……お詫び申し上げます」

 わたくしが頭を下げると、女の子はぎょっとした顔をする。


「えっ……いえ、だいじょぶ、です!」

 わたわたと顔の前で両手を広げて左右に振る。顔もだんだん紅潮してきた。


 全然だいじょばない感じだ。



「失礼ながら……あなたとはよくお会いしますわね。ご縁があるようなのにお名前、まだ伺っておりませんでした。折角同年代の女の子とお話しできたので、お近づきの機会でのお茶、とでも思ってくださいませ。わたくし、リリーと申しますの」


 彼女の前にふわりと香る紅茶が運ばれると、女の子は店員さんに会釈をしながら、わたくしの話に耳を傾けてくれている。



「私、メルヴィ、です……! あのっ、リリー……さま、って……お話の感じから庶民ではありませんよね……?」

「ふふっ、リリーでよろしくてよ。確かにわたくし、庶民ではございません。かといって、貴族でもございませんわ」


 貴族であったのは、半年ほど前にわたくしがローレンシュタイン伯爵の家で目覚めた日に終わったことだ。


 戸籍もどうなっているか分からない以上、わたくしは存在しない人間に等しいのである。


 しかし、メルヴィちゃんにとってはわたくしの真意など当然分からないらしく、可愛らしいお顔をやや傾げ、そうなんですか、と不思議そうな顔をした。


 目の前の紅茶のカップを手に取り、いただきますと口をつけるメルヴィちゃん。

 男ばかり見ていたせいもあり、女の子は可愛くて良いなあと思ってしまう。


 そして、彼女は紅茶を飲みながらわたくしの隣のレト王子へチラッと観察するような視線を向ける。


 おお、この美少年が気になりますか。そうでしょうとも。


「――彼はレトです。わたくしがお世話になっているお屋敷の息子さんですの」

「初めまして。レトだ」

「め、メルヴィです……どうも……あの、たまにお友達? と一緒に、買い物来てますよね……」


 恐らくエリクやジャンの事だろう。



 レト王子もそう察したらしく、頷く。


「そんなことまで……よく見ているな」

「あっ、ご、ごめんなさ……! リリーさま、来てるかな、って……」

「えぇっ? わたくし?」


 突然自分の名前が出たので、思わず聞き返してしまう。


 メルヴィちゃんよ、そこはレト王子の美貌に負けてしまうところなのではないだろうか。


 確かにリリーティアお嬢様も可愛いから、同性を見て癒やされることもないとは言い切れないけど。



「矢を射る練習をしていたときのリリーさま、凜々しくて、ひたむきで……的に当たるととても嬉しそうで、笑うと可愛いな、って……。話し方も私たちとは違うし、どこかの偉いお家の方なんだと……私もあんなふうになれたら、って、まぶしかったんです……ご、ごめんなさい! ずっと見られるのってやっぱり嫌でしたよね……」


 メルヴィちゃんは恥ずかしそうにもじもじと体を揺すりながら、当時の様子を述べてくれる。


 わたくしのほうも自分がどう見られていたのかを理解し、恥ずかしくなってきた……。


「リリーは何事にも一生懸命だし、とても可愛いひとなんだ。見ていたくなるのは分かる」

「ちょっ……! 何を仰いますの! もう!」


 わたくしがレト王子を諫めようとしても、彼には聞かないらしく、照れなくて良いよと微笑まれてしまった。


 それを見ていたメルヴィちゃんが、お二人は仲が良いんですねと……ほわっと微笑んだ。



 うーん。やっぱりとても可愛い子だ。その短めの金髪も綺麗に梳いてあげたい。


 かわいいお洋服たくさん着せてみたい……。


 この赤い目もぱっちりしていて綺麗だし――……。



 メルヴィちゃんを見ていて、そういった興味というか着飾らせたいという欲が湧いてきたものの……あれっ、とわたくしは引っかかりを覚えた。



 赤い目で、金髪の可愛い女の子。



――アリアンヌも、そうじゃなかっただろうか。



 この世界で金髪も赤い目も、そう珍しい部類ではない。



 しかし、無印版・雑誌特集・パッケージのみの情報源しかないわたくしの記憶では、アリアンヌの髪は腰くらいまで長かったし、リメイク版のパッケージでも変化なく長髪だ。


 メルヴィちゃんのようなショートカットではなかった。


「めっ、メルヴィさんは、ラズールのお生まれですか?」


 心の動揺を悟られぬよう微笑んで軽い話題を振りながら、メルヴィちゃんを観察する。

 すると、彼女はどうでしょう、と首を傾げた。


「私は孤児なので……物心ついたときからラズールの孤児院でお世話になってました。だから、両親のことは分かりません。多分……ですけど、ラズールの出身じゃないかな、って思ってます」



 ふむ。無印版でアリアンヌの家は王都にあった。

 マップにアリアンヌの家らしいイラストが(中には入れないけれど)載っている。


 そして、学院に入学するまでアリアンヌは両親と暮らしていたはずなので、結果的にメルヴィちゃんは別人であるようだ。良かった。



「……知らないとはいえ、失礼なことを伺ってしまいました。申し訳ございません」


 わたくしの謝罪に、全然大丈夫です、と微笑みを向けてくれる。


「別に隠すことでもないですから。ただ、誕生日が正確に分からないのが困るところです。でも、生まれて間もない赤ちゃんのときに孤児院に拾ってもらったので、12歳というのは間違いなさそうですが誕生日は拾ってもらった日……ってことになってます」

「12歳? では、わたくしと同い年ですね!」


 わたくしが両手のひらを合わせながらそう告げると、メルヴィちゃんもそうなんですかと弾んだ声をあげた……ように聞こえる。



「ねぇメルヴィさん、なんだかあなたとたくさんお話ししたい気分です。今度……女の子同士でわたくしと――」「――リリー、そういうのはだめだ」


 わたくしが言い終わるよりも早く、レト王子が眉を顰めてわたくしに注意してくる。


……そうね、だめだよね。



「……ごめんなさい、聞かなかったことにしてくださいませ」

「えっ? あ……っ、でも……」


 急にわたくしがしゅんとしてしまったので、メルヴィちゃんはどうしたものかとオロオロして、レト王子とわたくしの間で視線が行き来する。



「……あのっ、そしたら……リリーさまがお買い物するとき、偶然会えば、一緒にお話とか出来るかもしれませんよね! それならしょうがないですよね!?」


 なんと、メルヴィちゃんのほうから誘ってくれた。


 可愛い……そして優しい……。

 なるほどね、女の子に誘われるというのはこういう感じなのか……。



 ほぼモブキャラ(というのも失礼なのだけど)のメルヴィちゃんですらこんなに可愛いのに、アリアンヌをいざ目にすることになったら、一体どれほどのまぶしさと可愛さにやられるのだろう。



 ゲームをしていて、なんで庶民女の誘いにホイホイ引っかかるんだ、お前ら全員イエスマンかよ! ……と思ったこともあったが、メルヴィちゃんの事を見て魂で理解した。



 こんな感じで見えるなら、可愛い女子のお誘いを断る男がいるわけないという気になってくる。



「……ええ、ぜひよろしくお願いますわね! わたくし、次に来るとき……」

「いつも週の中日、お昼頃によく大通りでお買い物してますよね……。そのくらいに、また……会えたら声かけますから……っ」



 ぽっと顔を赤らめるメルヴィちゃん。

 うう、女の子に微笑まれると、男の子とは違う嬉しさがこみ上げてくる。



「あっ……それじゃ、私そろそろ孤児院のお手伝いがあるので帰ります。リリーさま……と、レトさん、今日はありがとうございました……!」


 きびきびした動作で立ち上がり、頭を下げるメルヴィちゃんだが、ピタと動きを止めて、困ったような顔をした。



「あ、のぉ……お茶の代金、いくらでしょうか……」

「あら。お気になさらず。わたくしが無理矢理付き合わせましたもの」

「でも……」

「リリーが良いというんだ。気にすることはない」



 わたくしたちの間で、喫茶店のレジ前会計おばちゃんズみたいなやり取りが起こる前に、レト王子が奢りという旨を伝えてくれた。



 メルヴィちゃんは申し訳ないと言いながらペコペコ頭を下げ、姿が見えなくなるまで何度も振り返り、会釈して立ち去っていく。


 それに手を振って応えていたが、メルヴィちゃんがいなくなると、ちょっと寂しい雰囲気になった。レト王子は何も言わずに、温くなった紅茶を飲んでいる。



 しかし、メルヴィちゃんったら……フラフラやってくるわたくしのこと、よく見てたんだなあ。

 大体の出現時刻まで把握していたとは……。



「……リリー。あの少女と話していて、何か感じなかったか?」

 あまり感情のこもらない声で、レト王子がそう聞いてくる。


「何か、って……彼女にですか? それとも会話の内容に不審な点が、という?」

「なんというか……素直すぎるというか……うまく言えないが、気をつけたほうがいい」


 わたくしがどう答えようか迷っていると、責めたいわけじゃない、とレト王子のほうが困った顔をする。


「同性の友達が出来て嬉しいのだと察することくらい、俺にも出来る。だが、彼女はきっと秘密は守れない気がする、と感じたんだ……リリーはがっかりするだろうが、俺にとってはあまり好ましくない……と思った」


 彼女は自分の思いをわたくしに一生懸命伝えようとした。ずっと見ていてごめんなさいと謝罪されたし、怪しいとか思ったりもしてない。


 とても好感が持てたのだが、レト王子がいうには『良くも悪くも感情に素直であり、無意識のうちに重大な秘密などを誰かに伝えてしまうかもしれない』というのを危惧しているようだ。


 レト王子は確かに素直な子だけど、慎重な部分もあるからな……。


「……俺の思い違いであればそれでいい。でも、心を開いて深いところまで見せるような、そういう関わりはいけない。忠告だけは心に留めておいて」

「レトがそう仰るのは初めてですね……」


 いつもはからかい半分だったり、妬いたような感じで言ったりするのだが、今回だけは様子が違う。ドーナツお兄さんのジャンより別の意味で危険だと認識されているのだろう。


 レト王子や魔界の秘密などを教えることはないが、自分のことでも、わたくしはその忠告にできる限り従おうと思う。


 そう言うと、レト王子は申し訳なさそうな感じで頷いた。




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こめんと

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