みんなの力で作った魔界の畑は、土壌改良材や植物成長剤といった錬金術の補助効果もあったらしく、エリクの買ってきた苗の半分ほどが根付いた。
逆に言えば半分は枯れてしまったことになるのだけど――ここは太陽が届かないから、半分『も』残ってくれたということが素晴らしいと、わたくしは思う。
あれから一週間経過した頃。
わたくしはレト王子と一緒に、ラズールの本屋で調べ物をしていた。
王都にある王立図書館という、多大な蔵書のある場所にも行ってみたいけれど、王都なんてわたくしたちにとって何が起こるか分からないような、危ない場所にわざわざ行く必要は無い。
ラズールには図書館がない。でも、膨大な品揃えの本屋がある。
店員さんに植物関連の本の場所を聞き、これはと思うあたりを物色する。
しかし、さすがに家庭菜園ハンドブック……のような手頃なものがない。
【植物学研究】とか【植物における有用なる手入れ】とか、わたくしに必要ないものばかりだ。
「リリー、これはどうだろう……【特性で育てる】という本だが……」
レト王子が持ってきた本を軽くパラパラと読む。なるほど、日陰でも育つ植物もある、という内容も書いてある。
「参考になりそうです。ありがとう、レト」
「こういう類のものなら、もう少しあっちの棚だ。たくさんあったぞ」
レト王子に連れられてきた場所には、確かに興味深そうなタイトルがたくさん並んでいた。
気になった本のページを送って、良さそうだなと思うものを重ねると、10冊ほど積んでしまった。
結構な量になったのでレト王子が持ってくれる。
「あの、わたくしも半分持たせてください」
「大丈夫。女性がこんなに重いものを持つことはない。俺にとっても、これは必要なものだ」
ふっと笑ってくれるレト王子。
お気持ちは大変嬉しいのだが、手ぶらというのもなかなか気が引けるものだ。
しかし、ここでご厚意に甘えないと逆に失礼になるだろう。ありがとうと感謝を述べる。
エリクとジャンに納品と調合材料の買い出しは任せていたので、先に来週までの食材の買い出しを全て済ませる。
二人との待ち合わせに指定したカフェには……うん、まだ――来ていないようだ。
エリクは魔術屋も合成屋も見ているだろうから、いい商品を吟味していることだろう。
あるいは、合成屋のハーシェルくんたちと話が弾むこともあるのかも。
錬金術に微塵の興味も無いジャンはきっと、退屈すぎてあくびをしていることだろう。
二人を待ちながら、わたくしとレト王子は先ほど買った本を広げていた。
この間までは狙われていたかもしれないというのに、オープンテラス席でのんびりくつろいでいる。いい気なものだと自分でも思う。
「かぼちゃ、とうもろこし、キャベツ……にんじん……」
買ってきた苗の名前は、エリク達に聞きながらメモしていったので全部書いてある。
本を読みながら枯れていった植物をピックアップすると――どうやらこれらは、日光を必要とする植物である……ということが分かった。
「なるほど……だから育たずに枯れていったのですね」
「つまり、育たない理由というのは日差しの関係か……。そうだ、強い光量を放つアイテムなどは作れないだろうか」
強い光量を放つ……。
動力は魔界で無尽蔵にある風力か魔力になるとして、畑一帯を照らすとなると……パッと思い浮かばない。エリクに聞いてみたり錬金術の本を見ながら、勉強してみよう。
「研究の余地はありそうですが……まだ厳しいです。まずは、日差しをさほど必要としない作物や、栄養の乏しい土地でもを育てられそうなものを選んでみませんこと?」
わたくしの提案に、そうしたほうがいいな、とレト王子も頷いてくれる。
「……頼もしい仲間も増えたが、二人でこうしてあれこれと考えを巡らせるのはとても楽しい」
レト王子がにっこりと笑顔でいうので、わたくしは胸に温かいものがぽわっと灯るのを感じながら、そうですわねと頷いた。
「もう四ヶ月ほど経ちましたか……。あの右も左も分からない頃を思い出します。わたくし、あの土地が発展していくのも楽しみですが、レトのお力になれるのが嬉しいと思います」
これは本心だ。魔王様やレト王子が喜んでくれると本当に嬉しくなる。
「リリー……そこまで俺たちのことを……うん、ありがとう……」
あっ、またそんなデレ顔を……。
最近彼はこんな感じですぐデレてしまう。
実はチョロインならぬチョロヒーローなのではないかという疑念が湧いてきた。
もし、ルート次第ではアリアンヌにもこうなるかもしれないと思うと、本当に心配かつイライラが募りそうである。
しかも、そのデレ顔がめちゃくちゃ可愛いんだ。
あろうことか、わたくしは日に日に少しずつ抵抗値と精神値を削られている気がする。
ちょっと、今も胸がドキドキした。
「レト。人前ですから、お顔をシャキッと」
「んっ、あ、ああ……」
あんな笑顔を誰かが見て、謎の魅力に卒倒してしまったら大変だ。
レト王子はスッと表情を引き締め、紅茶の入ったカップを優雅な所作で口に運び、一息つく。
「それで――……」
場が整う一呼吸を置き、わたくしが話しかけようとしたときだ。
「……あの」
というか細い声がどなたかから掛けられた。
わたくし達の席に近づいてきたのは……たまーにラズールで顔を合わせる、あの弓矢の練習場で見かけた女の子。
「あら……あなた。こんにちは」
「こ……こんにちは……あのっ、この前はオレンジを……ありがとうございました……!」
所々汚れた質素な服を着て、満足に手入れをしていない、ぐちゃぐちゃの鳥の巣のようになった髪を手で撫でつけながら……女の子はわたくしに頭を下げる。
もしかすると、大変な苦労をなさっているのかもしれない。
「あら。お礼なんてご丁寧に……こちらもたくさん買ってしまったので、召し上がって頂けたのなら、とてもありがたいことですわ」
なにせ、オレンジの購入大実験でお金の価値を見いだしたのだから、全然気にしないで欲しい。
……もし37個あったら、もっといっぱいあげることも出来たけれど。
「とっても甘くて美味しかったです……」
「それは嬉しいです。わたくしも家に戻って、魔…………家族……でいただきましたわ。甘くて美味しかった」
魔王親子、と口にしそうになって――わたくしと魔界の関係性を、一般にどう表現すれば良いか迷った。
わたくしは魔王親子にお世話になっているので、居候……という立ち位置でいいのだろうか。そうなると『お世話になっているお屋敷の方々』になる。
若干これは説明が長い。
しかし、家族と適当に言ってしまった瞬間、レト王子が嬉しそうな顔をしたのをわたくしは見逃さない。
ぽろっと余計なことを言ってしまったなとも思うが、レト王子はつぼみの花が開くかのような……柔らかくて可憐で、女子かよ! ……と思うくらいの微笑みを見せてくれるので、めちゃくちゃかわいいの。わたくしが男なら嫁にしたい。
女の子を立たせっぱなしというのも失礼なので、空いている席を引いてどうぞと促す。
最初は困ったような顔をし、お礼だけなのでと遠慮していた女の子だったが、人と待ち合わせをしているところだったから大丈夫、と告げると、すみませんと恐縮しながら座ってくれた。