【悪役令嬢がリメイク版で敵側のヒロインに昇格したのに、恋愛どころじゃないんですけど!/41話】


 それから数日。



……ゴーレムくんはよく働く。24時間休むことなく頑張っていた。



 彼らの体には鋼を使っており……種別はいわゆる『アイアンゴーレム』で、非常に丈夫である。


 岩など畑作りの邪魔になるものに容赦なくパンチを繰り出して粉砕していく。とても頼もしい。



 大きな破片相手でも疲れることなく、気の済むまでパンチして細かくしている。

 近くにいると砂塵が上がって大変なことになるのだが、魔石での範囲指定内での作業なので、舞い上がる石や砂は範囲外にいれば全く問題ない。


……残念ながら音や振動には配慮していないので、就寝しているとき、ものすごい音でたまーに起こされる。


 畑にしようとした場所の障害……すなわち岩盤は、一番最初に爆弾を放り投げていたから見事に砕かれていたものの……幸いにして水や溶岩が噴出するということもなく、その下は我々の予想に反し――なんと……土、だった!



 それだけで、わたくしたちの計画は大いに前進することになる。


 また言うけれど、無いと思っていた土が出たのよ。喜ばずにはいられない。


 当初の予定は、スライムの粘体と砂を混ぜて土っぽいものを作り、保水力を補おうとしていた。


 置き換えるにしても何かが不足している気がしていたから不安もあったのに、それが全部消えて無くなったのだ!



 さあ、ゴーレムくん! 君はあちこちパンチして土を露出させてくれたまえ!



 そして背丈がわたくしたちの半分くらいしかない、ちびゴーレムちゃんの2号と3号も作った。



 彼らは砂とスライムの粘体を混ぜたものを予定地に戻して耕したり、ふるいにかけた石を外に出すなどの、小回りの必要な仕事を担当させている。



 無表情でちょこちょこ動いていて、かわいいの。


 目の部分は、みんな同じ土の属性石だ。

 なんとなく、ハニワ的な感じがしないでもない。





「……ふかふかの土にな~れ」

 わたくしは畑になると思われる土地の近くに立ち、昨日作成したばかりの土壌改良剤をまく。


 なぜ『中』ではなく『近く』なのかというと、現在ゴーレムくんが整地作業中なので、彼を止めずに中に入ると粉塵が凄くてマスクをしていても目や喉が痛くなるし、猛烈パンチを食らって吹き飛ぶことにもなりかねないからだ。



 作業を中断させて入れば良いのだが、彼の作業を中断させるのは惜しかったし、ちょっと面倒くさかったので――こうして遠目から作業している。


 なんたって液体肥料となるようなものは調合中だし、土壌改良剤の効果はまだわからない。


 ちびゴーレムたちがふるいにかけている土を見ると、問題なさそうに見えるのだけど。


「……なんにせよ、植えてみないことにはわかりませんわね」



 畑はスライムが勝手に入ってこないよう囲いを作るとして、植樹もしてみようか。

 防風林みたいなものがあれば助かる。



 それがあれば吹き付ける風の勢いは和らぐし、作物が折れ曲がってしまうことも低減するだろう。



 そしてゴーレムをあと数体、土からでもいいから作成し、城壁作成や崩れた場所の補修係として使いたい。



 人間は欲深い生き物だ。どんどん欲しいものがあふれかえる。



「簡単なゴーレムが三体、液体肥料、植物の成長促進剤。これらを作るには……」


「研究ですか? 熱心でいいですね」

 忘れないように材料をメモをしていると、ラズールから戻ってきたエリクに声をかけられた。


 彼らの手には、野菜の苗のようなものが数種類ほど箱にぎっしり詰められていて、一番最後にやってきたジャンは何も持っていない。


 ジャンがなぜ手ぶらなのかと言えば、答えは簡単だ。


 一番戦闘慣れしている彼が有事の際、鞄が邪魔で誰よりも先に動くことができず、両手が塞がっていて剣が抜けないのは致命的。



 だからジャンは剣以外何も持たず軽装、というわけだ。



「おかえりなさい。ご苦労様でした……あら、荷物が多いのですね。鞄に入りきらない大きなものまで買ったのですか?」


「三人で行きましたからね。たくさん仕入れましたよ……苗、調合材料、食料……情報もね」


 まだ何も無い魔界で暮らしていると、食料を主として不便なことはたくさんある。


 特に、地上の出来事や動向を知るのは大事なこと。



「情報がおありでしたなら先にお伺いしたいですわね。それに、地上に出るのも気を張ってお疲れでしょう。お茶でもしながら教えてくださいませ」

 わたくしは立ち上がり、エリク達は運んできた苗を地面に置く。


 いったいなんの苗かな。後で頑張って植えよう。



 エリクとジャンが来てからすぐに、テーブルは大きいものを買った。


 おかげで、四人で向かい合ってご飯を食べることは可能だ。

 魔王様はほぼ部屋から出てこないし。



 しかし……テーブル置き場は、魔王様の部屋の前……通路上。



 ここはそこそこ広く、周囲の壁や天井もいくぶん残っているので、風雨を凌げる・スライムが来ないという……ゲーム用語で言えば安地(安全地帯、の略)なのでいろいろ設置した。



 つまり魔王様の部屋の前は、冷蔵庫があったり食料庫があるという、いわばダイニングキッチン状態になっている。


 たまに朝冷蔵庫を開けると、何かが消えているので、夜こっそりつまみ食いしている人がいる様子。かわいいものだ。



 そして、ここで毎日賑やかに食事して魔王様には申し訳ない。



 レト王子の転移陣に入れば、大きいものや量があるものも運べることは分かったのだが……わざわざ陣を大きめに敷いて転移術を発動させなければいけないので、レト王子が『とても疲れるので、できれば嫌だ』と不満を溢していた。



 実際、転移を使えるのは主要メンバーの中ではレト王子だけ。

 街から街へ行くのに日数や時間もかからず、即飛べる。


 あまりにも便利すぎて、移動は全てお任せになってしまうのだ。


 魔王様に地上の様子を見られるものと、転移アイテムなどを作って頂けないか伺ってみたところ、材料があれば作る、とのこと。


 その材料は……竜の爪やらユニコーンの角など上級アイテムばかりだった。



 わたくし達のいろいろなものが整ったら取りに行けそう。数年後ね。



 というわけで、結局レト王子の転移に頼る生活も当分続く。


 ピュアラバではどこからでも学院に即帰還出来るアイテムならあったけど、あれは高級な素材が必要だ。


 使い捨てアイテムじゃないので一回作ることができれば……永久的に使用できるはずなんだけど、竜の一種を討伐しないといけないので、今は無理。


 それに、魔王様のアイテムクリエイトと錬金術は少し違うようだ。


 わたくしの魔具をお作りになった実績もあるし、やる気が無くとも、魔王としての力はあの細いボディに秘められている。



 それはともかくとして。


 お茶をしながら情報交換をすることにしたわたくし達は、チョコレートケーキとダージリンの紅茶(無印版時代から、現代とたいして変わらぬお菓子や嗜好品がある)を取り分けると、レト王子が魔王様のぶんもお部屋に持っていく。


 そこから戻ってくるのを待ってから対座し……改めて情報の共有をお願いした。


「まず……ラズールは、この間のように、リリーらしき少女を探している不審者はいなかった」


「冒険者らしき奴らが多いとか、そういうこともなかったぜ」

 レト王子とジャンがそれぞれ報告してくれる。


「まぁ……! とてもよろしいことですわね……! ラズールにいけなくなったら本当に困りますもの!」


 この情報が一番嬉しい。



「わたしたちが見つけなかっただけで、まだいるかもしれないですからね? リリーさん、油断は出来ませんよ。確証を持った頃に捕まえに来る可能性も考えておいてください」

「承知致しました。そう……ですね。気の緩みが一番危険かもしれません」

 エリクは念を押すことを忘れない。ありがたい忠告だ。


「何か、他に変わったことなど起こりそうでしたか? 例えば……そうですわね、地上での大きな催しなど」

 いわゆる地域イベント情報というものがあったら知りたい。



「ラズールでは特にありません。王都で近々騎士団入隊試験と……『祈りの夜』が行われると思いますよ」


 エリクがチラシを鞄から取り出し、わたくしの前に差し出してくれた。

 セールスマンみたいに何でも出てくる鞄だなあ。



 質のあまり良くない紙に、青とピンクの二色のインクで刷ったものだ。

【第34回 王国騎士団入隊試験 募集要項】と記載されている。


「ええと……志が高く、熱い勇気を持つ若者を募集しています……あとは細かい基準などの羅列ですわね……」

 一応、日程だけは確認しておく。開催は一ヶ月後だ。



「あとはその、祈りの夜、でしたっけ。場所は大聖堂、とかかしら……」

「その通りです」

 ふむ。無印版で覚えている限り、教会はゲームイベントに絡む事は特になかった。


 どうやら国も無下に出来ない大きな権力を持っているようなので、学院にまで口出しするとややこしいからだろう。



「大聖堂の祈祷は、自由に参加できるようなものだったと思います」

 宗教的なイベントで、大聖堂を夜間開放し、罪の告白やら相談やら国で祀っている女神様への感謝をお祈りというかたちで捧げるものだとエリクが説明してくれる。


「多分、国の催しになるとそんなところですね」

「ありがとうございます。助かりました」

 そして、早速その話が終わると、わたくしはエリクへ先ほどの植物成長剤の話などをし、細々した材料を二人で確認する。


「リリーも、いろいろなものが作れるようになったんだな」

「ええ。最初の頃より、ずっとたくさん出来るようになりましたのよ」


 弓の腕もますます上がってきた。

 練習場はないけれど、吹き抜けを使えば的を置いて練習できることも判ったし、魔術の勉強はほぼ独学だが、錬金術も日々欠かさない。


 しかし、精霊の祝福のないわたくしたち人間には、魔具がないと魔術の発動もあまりうまくいかない。ぱしゅっ、という小さな火花が散るくらいだ。


 じゃあなんで魔術師と魔術書があるんだよという真っ当な疑問も浮かびがちだが、魔術師になるには、自分で妖精の力を借り、魔具的なものを作成することから始めるらしいのだ。


 その魔具品質が高ければ、魔力や四大精霊達の力を取り込みやすくなり、結果的に魔術師としても優れた人材になる、らしい。


 わたくしはそれを持っていないので、自力でなんとかならないかと頑張っているところだ。




「レト王子も、最近ジャンに剣術の稽古をしていただいているのでしょう?」

「ああ。まだ一回も勝てないのが悔しいけど、少しずつ俺も強くなってきた気がする」

「まだまだだな。おれも初心者になんざ負けねぇし、手だって抜かないからな」


 二口でケーキを完食し、甘すぎると文句を言っているジャンは……どうやらきちんと強いらしくて、レト王子はよくジャンと手合わせして蹴り飛ばされたり、投げられたりしているのを見た。


 推しの顔に傷をつけないで欲しいが、レト王子ならきっと隻眼になっても顔に傷があってもカッコイイと思う。むしろ渋くて良いかもしれない。


 整っている顔立ちというのも、なかなかどうして困りものだわね。


「なに?」

 そういう妄想をしながらレト王子を見ていると……彼も、にこりと微笑み返してくれた。


 まさか脳内でこんな痛々しい妄想をされているとは思ってもいない、純粋な笑顔だ。


「なんでもございません。当初お目にかかったときより、逞しくなってきたのだなあと、実感していたのです」


 また口から出任せが飛び出してしまった。虚言癖でもあるのかわたくしは。


 しかし、まんざらでもないレト王子はありがとうと気を良くしてくれたから、これはこれで、人を幸せにした嘘ということにしておこうと思う。





 そして、数日後――。


 魔界は……まあ、ほぼゴーレムで賑わっていた。


 わたくしとレト王子は、全身を砂と泥まみれにしながらも、目を潤ませながら……賑わいの中心にある、ゴーレム達を眺めている。


「今の気分を一言で表しますと……最高、に尽きますわね」

「俺も、感慨深い」



 畑班のゴーレムくん1~3号、城壁補修班のゴーレム4~5号、雑用の6号。


 ゴーレムくん1号と4号以外は小さな子達だが、一生懸命仕事をこなす姿は愛らしい。


 5号など一生懸命砂と土、スライムの粘体を混ぜてはレンガを作り、風干ししている。相変わらず無表情なのが、とてもかわいい。



 焼成レンガにしたいが、まだ『石窯』ができあがっていない。


 というか、石窯は二基作って頂かないと困る。一つは調理用に。



 魔王親子に『おいしい』って言ってもらえるパンを作りたいの……!




……というのは、まだ誰にも伝えていない。

 特にエリクは『今石窯作るの必要なこと?』と真顔で聞いてくる気がするから。



 それはともかく。



 スライムよけの柵をゴーレムくんたちが作り、少し離れた場所に、城壁(というか風よけの意味が大きい)を組み始める補修班たち。


 このままいけば、今日中には……畑の部分は風よけが出来るはずだ。



 苗はわたくしとレト王子が、大きく育つようにと願いを込めて一生懸命植えた。


 買ってきた苗が全て無くなり、成長促進剤を混ぜた水(当然魔界の水だ)をまきながら、畑に緑の葉が揺らいでいるのを見たとき――魔界にもついに畑が……と胸が熱くなって、視界も涙で歪んで言葉が出なかった。



 そんなわたくしの側で、レト王子も一生懸命涙を堪えているようだった。



 産まれたときからこの大地を見てきた魔界の王子にとっては、わたくしでは推し量れぬ様々な心情があるだろう。


 泥だらけになってもその横顔はとても凜々しく、そして――まだ、幼い。



 レト王子、わたくしも畑も魔術も復興も頑張りますわ。


 この畑で……いいえ、魔界のどこでも、作物が収穫できるようにしていきましょうね。




「やっと壁が補修できるのかよ。木材もねぇし、家はまだ先か」

 目の前に、箱に入ったプルプルべとべとの『粘体』が山のように置かれる。


 なぜかジャンとエリクはスライムを倒しに行ってくれていたので、粘体がたくさん集まってきた。



 それをゴーレムくんが畑やレンガ造りに使う。

 スライム狩り、魔界のスライム達が極端に数を減らさない程度にお願いします。



「そうですわね。もうちょっと……かかるのかしら」

「テントも悪くはねぇが、風がうるさくてな。やっぱりきちんとした小屋で寝たいもんだ」



 ジャンが不満を漏らす気持ちはよく分かる。

 わたくしも未だに風がビュウビュウ吹き込んでくる、あの小屋で寝泊まりしているからだ。


「ねぇレト王子。魔王城、階上部分がまるでありませんけれど……もともとの図面のようなものはございませんの?」

「う~ん……父上にお伺いしてみないことには……倉庫にはそのようなものもなかったから期待しないでくれ」



 本当に魔界にはいろいろとモノが無いようだ。



「お城を建ててある、ということは魔界にも職人さん達がいたのかしら……」

「そう、だな……。石材のことはよく分からないが、どこかから運んできたにしても大量だ……もしかすると、魔界のどこかには未開の土地があるのかも」



 魔界の広さなんてわたくし達には判らないので、どの程度かとレト王子に聞くと、地上より少し狭いくらいだと普通にお答えになった。


 フォールズ王国じゃなくて『地上()()』ときたか。


「つまり、フォールズ王国や、他の大陸などを含めた地上……という認識でよろしいでしょうか」

「そうだ」


 つまり、地下の世界=魔界。なのか。そりゃ探索も一人では規模が広すぎて無理だったろう。


 無理というか、探索……間に合っていないのではないだろうか。


「レト王子が探索した場所を記したものですとか、魔界の地図などは、ございませんの……?」

「他の方角は転移で数カ所程度しか行ったことがないが、ここと代わり映えがない。緑地などはなかったはずだし、地図は……無いな」


 本当に何も無いのね……。



 魔界に職人という人材が……魔界人というか、魔族の職人が、ああ、人手が欲しい……!



「ジャン……旅をしている頃に、人型の魔族がいるという場所など、どこかで聞いたり見たりしたことはございませんでしたか?」


 ゴーレムくんの積み重ねたレンガの傾きを手で直していたジャンに、わたくしは思い切って聞いてみると……しばしの沈黙が流れる。




「見たこともあるっちゃ、あったが……」

「ど、どこなんだ?!」


 わたくしよりレト王子のほうが食いついてきている。

 それもそうか。魔族がいるとなったら、知りたくなるよね。


 ただ、ジャンの表情はあまり明るくない。

 というか……表情は消えているのでピリついたような、怖いような、気がする。



「……王都。珍しいってほどでもねぇが、多くいたわけでもない。おれの知ってる限りじゃ、人間ぽい形の魔族は見た目が良い奴が多いからな……男女ともに裏で扱われてるぜ」




 言葉を濁してくれたのは、子供達に聞かせる話でもないし、レト王子を思ってなのだろう。



 ただ、わたくしもレト王子も、大体のことを察してしまった。

 要するに奴隷がメインだと思うが、もっと……口には出しづらい、いろいろな用途で使役させられているのだ。



「……そうか……」

 目を伏せ、今はまだ力が足りないことを悔やむようなレト王子。



「し、しかし。魔族達も、世界中のどこかに隠れて暮らしているのでしょう……いつか無事に見つかりそうな魔族のため、魔界に戻ってもらえるよう環境を整えましょう」



 食料や住む場所という問題はまだ大きく立ちはだかっている。


 だが、それ以上に……人型の魔族もフォールズ内にでさえ、それなりにいることがわかった。


 もちろん、すぐには出来ないけれど……彼らを放っておくことは出来ない。


 隠れ住んでいる魔族の人々に会い、魔界が変わっていることなどを教え……囚われの魔族も開放し、彼らが魔界で安心して住めるように整えていく……ということも、わたくしは密かに心に誓った。



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こめんと

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