【悪役令嬢がリメイク版で敵側のヒロインに昇格したのに、恋愛どころじゃないんですけど!/40話】


 エリク監督の指示の元、わたくしたちはゴーレム製作に取りかかる。



「手足は太めで、頑丈そうにお願いします。力仕事用なので……手は胴よりも長くしてくださいね。足は多少短めでも構いませんが、短すぎないように」

「わかった」



 とはいえ、プルプルした液体で人形を作るのは難しい。

 左右の太さをなるべく均一にするという作業がまた困難だ。



「ねえエリク、このまま命を吹き込んだら、ゴーレムは背中がペラッペラなのではありませんか?」


「大丈夫。起動させた後、ゴーレムに流動金属を追加で飲ませます。そうすると、自分でもバランスが良くないところに流して構築するでしょう」


 へぇ……、ゴーレムってすごいのね。




 三人でやっていれば仕上がりもそれなりに早い。ある程度、人形として丈夫そうな……スリーサイズが全部同じ数値っぽいドラム缶体型のゴーレムができあがった。


 目の部分に添えた琥珀みたいな色をした土の属性石が、魔族の証みたいに見えて可愛さも感じる。



「おや。丁度スライムも集まってきましたね」



 エリクが先ほどの魔法陣付近を見て指し示すと、確かに……たくさんのスライムが陣の中で押し合いへし合い蠢いていた。



 うぅ……ちょっとうぞうぞして、いっぱいいて気持ち悪い。



 丁度ゴーレム製作も終わったところだったので、レト王子がスライム達の所に行ってしゃがみ込んだ。



「ああ、こんにちは……集まってもらってありがとう。ちょっと……いや、大変申し訳ないのだが、お前達の粘体が魔界のために欲しいんだ……そう、命を奪うことになる」


 どうやら、頭の中に直接語りかけてくるスライムと会話しているようだ。

 スライムってどんな声なのかしら。


 それに、魔族語? とかで話しているのか、それとももっと感覚的なものなのか……は不明だが――……レト王子もあんな優しい口調ながら、言っていることは……『こんにちは、では死ね』だ。さすが魔王様の息子。


 アリアンヌが来たときもそんな感じでお願いしたい。



 死んで欲しいと言われたスライムたちはなんと申し立てているのだろう……。

 レト王子がこちらを向いて、にこりと微笑む。

「スライムたちは、魔界のためなら今後いつでもこの命使ってくれといっている。頼りになる奴らだ」


 ありがとうと感謝の言葉を口にしながら、レト王子は手前のスライムの頭(?)らしき部位……てっぺん付近を撫でさする。


 スライムもモコモコと身を震わせ、というか蠢かせ、感謝か別れを言っているようだ。



「スライムって、本当に意思疎通できたのですね……」

「ん……ええ……そう、みたいですわよ……少なくとも、レト王子には……」


 エリクも信じられないといった顔で呟き、わたくしも微妙な返答をした。


 なにせ、こうして魔物達と会話をしているのはレト王子だけなのだ。


 魔狼の場合は、彼らの態度に出ていたから理解し合っているのが分かったけれど……スライムって、なんなの? 単細胞生物なの? アメーバみたいなものなの? それとも、こう……未知の『いあ! いあ!』みたいなやつなの?



 モンスター図鑑なども、ピュアラバには確かにある。


 わたくしは合成材料や売値などは少しくらい覚えているが、モンスターの知識は残念ながら『こいつを倒すと○○を落とす』という……いわゆるドロップアイテムの記憶くらいしか持ち合わせていない。


 モンスター図鑑みたいなものは、ハルさんのところにあるかしら……。



 わたくしが次にラズールへ行くとき見繕ってほしいものを考えている間に、レト王子はもう大丈夫だと言って立ち上がる。


 エリクはさっさと爆弾に点火し――ポイッと魔法陣の中にそれを二つほど放り投げた。




 地を揺るがす振動と、大きな破裂音が魔界に、というか魔王城の前でこだまする。


 農地予定の魔法陣の中は、向こう側すら見えぬほど煙と砂で真っ黒に覆われている。

 この中は砕かれた大小さまざまな岩盤が宙を舞っていることだろう。



 運動会の競争ものに使うバトンサイズの爆弾に、大変な威力があるようだ。



 今更ながらに錬金術って……凄いっ……!



 はたして、魔法陣の前に立っていた二人は大丈夫なのかと心配したが、あの魔石がきちんと発動していれば、無傷であるはずだ。


……はずだ、なんて自分で言っておいても心配だ。


 術も成功しているって事が分かっても不安にはなる。



 なぜ成功しているか分かるか、といえば……本来なら爆風に乗って四方八方に散るはずの石・砂粒が――ないから『成功』しているのだ。



 実際エリクは平然と立っており、レト王子は少し腰が引けたようである。

 飛んでくる石つぶてを想定していたらしく、顔を腕で隠していた。



「よかった。きちんと成功したようですわね! ……ちょっと不安でしたわ」

「陣が発動しているので、不安に感じることはありません」


 わたくしが魔石で囲ったのは、範囲指定用の術だ。


 我らがエリク先生から教わった錬金術なのだが、一見魔術っぽいこれは、なんと錬金術のカテゴリになる。



 こういった、錬金術や範囲魔法の効果を決まった場所にのみ発動させるものだ。



 範囲指定できるとはいえ、事前に準備しなければいけないし、単一にしか効果のないものを範囲内全てに引き延ばす~とか、通常効果以上に範囲をうんと広くさせる~とか、そういうことはできないそうだ。あくまで通常効果内で、範囲を絞りたい場合に使うという。



 陣の中で起こったことだけ、効果がある。

 その陣の外にいれば、一切効果が無い。便利なものだ。



「――よく頑張りましたね」

 エリクがねぎらうように微笑み、褒めてくれる。


「エリク……先生でもあるあなたに錬金術を褒めてもらえるのは、とても嬉しいです」

「ま……まあ、わたしがきちんと基礎から教えているわけなので、いくらなんでも……上達しなくては困りますけどね! 調子に乗って調合を失敗したりしないようお願いしますよ!」


 褒めてもらえた嬉しさのあまり、思わず笑顔を浮かべたわたくしの顔を見て……、お得意のツンが始まった。


 頬をほんのり赤らめているので、自分が人を褒めた……という事実が彼の中ではくすぐったいとか、恥ずかしい、とかなのかもしれない。



 そういえば。この人はわたくし達と一緒にいて、少し柔らかく笑うようになってきたな……ちょっと嬉しいな。



 エリクの些細な変化はさておき、あんなにいたスライム達は千切れて無惨にも散っている。


 破砕された岩盤と粘体が混ざり、もしこれを収集しなければいけなかったら大変だったが……この状態は……エリクとわたくしの想定内でもあり、正しい。


 レト王子は黙祷を捧げているのか、目を閉じて微動だにしない。




 早速ゴーレムを起動させようとしたところで、押っ取り刀(剣だけど)でやってきたジャンが、わたくしたちに大丈夫かと声をかける。



「なんだ今の音! 何があった!」

「わたくし達が作った爆弾です」

「爆――……」


 ジャンに魔法陣のほうを指し示すと、彼はしばらくそれをじっと見て、わたくしの頭をベシッと叩く。



「痛っ! いきなり、なにをなさるの! ひどいですわ!」

「うるせぇ。ぶっ飛ばされないだけマシだろ」

 頭を押さえて抗議するわたくしに、ジャンは当然のように言い放つ。



「紛らわしいモン作りやがって……」

「だから寝ていられないと思いますと先にお伝えしましたわよ!」

 わたくしたちのいがみ合いに、まあまあと宥めにやってきたエリクが術符を見せる。



「起きたなら丁度良かった。これからますますうるさくなりますから……さあ、ゴーレムも起動しますよ」

 得意分野の実験も兼ねるのだから、どう見てもエリクが一番楽しんでいる。



 ディルスターにいたら、たとえ爆弾を考案しても起動実験なんか絶対出来なかったでしょうし、ゴーレムは大きさを考えれば――言わずもがなである。


 いや、小型のゴーレムを作ってあげたら、マーズさんという農家のお兄さんは喜んだかもしれないなぁ。


 エリクは先ほど作ったゴーレムに近づき、胸に術符を貼った。



 ゴーレムの胸に貼り付けた術符。

 とうとう起動かと思いきや、すぐに無地の札をその上に置き、地上の魔力水(※正規品)をふりかけた。


 じわじわと術符のインクが無地の札に染みた頃を見計らい……剥がす。


「あら、その札は一体何に使うのですか?」

「様々な要因でゴーレムが不要になったときに、術札の効果を消すためです」


――この術符は仮初(かりそめ)ではあるものの……【命を吹き込む】ためのものだという。

 ゴーレムが不要になった場合、わざわざゴーレムによじ登ったりして、札の文字を消すとか、そんな危ないことをしていられない。


 そこでエリクは考えた。

 札の効果をリンクさせることで、効率的に管理出来ないか、と。



 そして……これがエリクの事前実験結果を踏まえ、本格始動するゴーレム第一号くんである。



 札を貼られたゴーレムくん一号は、カッと属性石の目を光らせた。


 ぴくり。わたくしが担当した部位……指が動く。




 ゴーレムくんの体に流れる金属は少しずつ固まり始めている。

 関節を意識した部分には、スライムの粘体で作った凝固剤も押し込んだ。



 皆が息を呑んで見守る中……――ゴーレムくんは、立ち上がった……!



 ゴーレム魔界の大地に立つ。


 なんて……素晴らしい……。

 ああ。魔界の歴史が、また一ページ……更新されようとしている。



 惜しむらくは、魔王様もレト王子もわたくしも、誰一人として歴史書を記していないことかな。つまり、ゴーレムくんが歴史に載る可能性は低めだ。そのうち誰かが『~らしい』形式で書くだろう。



「ゴーレム、屈んで」

 エリクが流動金属の瓶を抱えるほど手にして命じる。


 言われたとおりに屈むというか……膝を抱えるようにして座るゴーレムくん。


 背に回ったエリクは、ゴーレムくんの広い背中に、ばしゃばしゃと流動金属を振りかけていく。


 そんなに振りかけてはこぼれ落ちそうだと心配したが、意外にも流動金属はゴーレムくんの体内に吸収されているのか、一滴たりとも砂にこぼれ落ちない。


 そして、事前にエリクが言っていたとおり……平べったかった部分は、モコモコと質量を増し、ボディビルダーさんが羨みそうなパンパンのボディができあがった。いいよっ、キレてるよっ!



「この魔界に新たな生命が産まれた……なんだか不思議な光景だな……」

「えっ、ええ……そうですわね」


 心の中で、肩がメロンだとか声援を送っていたわたくしは、レト王子が感慨深げに呟いたことが何を示すのか、一瞬よく分からなかった。




「――ようこそ魔界へ。お前を歓迎しよう、ゴーレム」

 レト王子は溌剌(はつらつ)と声を上げ、ゴーレムくんに向かって手を伸ばす。


 それをじっと見つめていた(ようにわたくしには見えた)ゴーレムくんは……残念ながら自我というものがないので、レト王子の呼びかけには応えない。


 それでもレト王子は気にした風もなく、ゴーレムくんのボディに触れる。



「お前の体には魔界の開拓という、大きな仕事がかかっている。よろしく頼む」

 レト王子は、とても嬉しそうにゴーレムくんへ微笑んでいた。




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こめんと

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