【悪役令嬢がリメイク版で敵側のヒロインに昇格したのに、恋愛どころじゃないんですけど!/39話】


 魔界にエリクが来てくれて良かった。


 そう感じたのは、彼が魔界に来る前の言葉通り、錬金術の手腕を遺憾なく発揮して、実によく働いてくれるからだ。


「エリク、良いところに! ゴーレムに使用する流動金属の件なのですが……」


 と話を振れば、呆れた顔で砂の上を示す。



「もう今朝作りました」


 瓶に詰められながらも、固まることなく対流している流動金属。


 3本ほど机に置いているが、金属は重いのでそれ以上置いていないだけで、机の下には金属の瓶詰めがみっちり所狭しと置かれていた。



 なんと小さなゴーレムの形まで作ってあり、あとは術符を起動させるだけになっている。


 ただ、このまま起動したらこの子は砂まみれだろうな。



 では爆弾のことを、と口に出せば、細長い筒に火薬が詰め込まれた現物が目の前に出てくる。



「いつの話です。向こうにいるときに作りましたけど?」


 全く君はどんくさいですね、と嫌味を投げてくるが……エリク……ただの手際よい天才だった。



「……ディルスターって、エリクみたいな方がたくさんいらっしゃるの? すごい……改めて尊敬致しましたわ……!」


「他の錬金術師は生活に必要なモノしか作らないので、わたしは珍しい部類ですよ。わたしはただ単に錬金術の本を読み漁り、実践して改良研究するのが好きだっただけです。敬意を向けられるほどではありません」


「でしたら、なおのことエリクはいろいろ作ってきたのですね……そういえば、この間はメモ書きだけで何を作るか判別しておりましたもの。知識もたくさん身についていらっしゃる」



 にこにこと微笑みながらさすがですわね、と素直にエリクを褒める。

 と、彼は緊張したように口を引き結び……そっぽを向いた。


「ほ……、褒められたところで……錬金術師として、個人の趣味として当然のことをしただけです! リリーさんのためではありませんから、お礼なんて言わなくてもいいですからね!」


 あら。照れてるのかしら。あなたにもかわいいところがおありでしたのね……。


「と……とにかく。雨呼びの雲の材料として『雨後の夢』は……条件が重なるまで当分手に入りません。それまで、進められることはしていきましょう」

「ええ」


 雨後の夢……なんともロマンがありそうなネーミングをしたお花だが、これは満月の夜に雨が降った、その翌日――早朝にひっそりと咲くらしい。


 ちなみに一番近い条件……満月はあと10日後だ。



 雨が降るかどうかは不明なので、入手するまで機会が延びる可能性は大いにある。


 入手できる場所も『ヨルス高原』と決まっていて――買い物したり、お水を卸す商業都市ラズールと、忌々しいクリフ王子がいる王都……の中間くらいの距離にある――涼しい場所にしか咲いていない。




「では、そろそろ土壌を作るとしましょうか……」

 エリクは様々なモノを詰め込んだ鞄を持ち、レト王子を呼びに行く。


「先に行っていますわね」

「わかりました」


 ジャンは手伝えることがないので寝ると言っていた。実際テントの中で惰眠を貪り続けている。


 多分飛び起きることになると思いますよと先に忠告しておいたけれど……あまり聞いていないようだった。そればっかりはもう知らない。



 わたくしの小屋から100メートルほど離れた場所。


 魔王城の左正面にあたるが、そこを農地とする。



「ついにこの時が来たとは……ドキドキしますわ……」

 スカートの裾を強風にはためかせ、わたくしは高まってくる期待感を隠すこともなく、誰もいない場所でニヤリと笑う。おっと。顔が悪役っぽくなってしまいましたわ。



 鞄から取り出した色とりどりの魔石を農地となる場所の四隅に設置。


 青や赤など四色あるが、青が水、緑が風、黄が土、赤が火……というように属性によって色が変わるのでわかりやすい。


 つまり今回、四大属性それぞれの力をバランス良く借りる。




 砂地に棒で線を引き、石と石を結ぶように陣……とも言いづらいものを描いた。



「――風の精霊よ。ここに寄り添い、羽根よりも柔らかく繋がりたまえ……」

 わたくしが手をかざしながら魔法を唱えると、石はカタカタと小さく震えながら淡い光を発する。



 光の線がするする伸びて、互いのそれと結びつく。

 あっという間に光の四角、そこから複雑で、上下左右対称な不思議な文様を描く。


 なんと、魔法陣というものを自分たちでくみ上げている……!


「よし……良い感じですこと」

 詠唱もまずは上々――! 心の中でぐっと拳を握る。



「おお、もう組んだのですか……」

 そこに、エリクとレト王子がやってきた。


 魔法陣を見て、上出来ですねと微笑むエリク。

 なんか彼に錬金術を褒めてもらえると、合格みたいで嬉しい。



 レト王子は、その魔法陣をじっと見て、ここにスライムを呼べば良いのだと理解したようだ。


「では、早速……」

「わかった」


 静かに目を閉じると、レト王子の足下から魔風……魔術を発動するときに起こるらしい風が吹いた。


 レト王子が手をかざし、来たれ、と声を上げる。


 そこに、スライムたちが……!!



――来ないな。




 そこから5分ほど待った。




――まだ、何も起こらない。



「……来ませんね」

 ついにエリクが言い放ってしまった。


「ス……スライムは、足が遅いから、な……はぁ……すまない……」

 レト王子はずっと掲げていた手を下ろした。お疲れ様です。


 ため息をつくなんて、幸せが逃げますよ。


 よくわからないけど時間をかければ呼べる……らしいが、相手の素早さに影響するのでは、効率が良いのか悪いのか分からない術だ。


 レト王子も少しばかりしょげている。大丈夫です、スライムのせいでもレト王子のせいでもありませんから……悲しい事故が起こっただけです……。



「少し待たないといけないようなら、先にゴーレムの成形でもしましょうか」


 時間ももったいないので、と素早く作業を切り替えるエリクは偉い。

 きちんと段取りというものが出来ている……。



 三人で一斉に瓶を開け、大量の流動金属を砂地に流す。



 ぎらぎらした銀色の沼のようなものが砂上に出来て、わたくしたちはその生ぬるい金属を伸ばしつつ、人形のようなものを作成し始めた。




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こめんと

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