ジャンとエリクをわたくしの小屋がある方へと連れて行き、ここをキャンプ地とする旨を伝えるのだが、強風の影響で、声が届きにくいのでなかなか意思疎通が図れない。
「キ、……ンプ…………る!」
「……なん……た?」
「テン……、出……か?」
終始こんな調子で何度も全員で聞き返し、石を運んで重しにしたりなどの設営作業を行う。
もうちょっと強い風が吹いたら飛んでいってしまいそうなテントではなく……タイニーハウスみたいなのが出来れば良いんだけど、それはまた次の段階だ。
なるべく地上の生き物や素材を持ち込まないようにと思っているので(だいたい、住居建材だって鞄に入らないはずだ)順番的にも少し遅れてしまう。
わたくしたち三人は風と砂に吹き付けられつつ、バサバサうるさい布製のテントを立て終え、一息つく。
「こんなに風がうるさいとは想定外でした……早急に改善したいですね」
「だから、まだ住むには適さないとエリクには申し上げましたのに……」
レト王子に連れてこられたわたくしでさえ、当初は大変驚いたものだ。
「あ、そうそう。たまにスライムがやってきますから、お気をつけあそばせ」
「はぁ?! あそばせ、じゃねぇだろ。ヘタしたら死ぬやつだぜ、それ」
ジャンもスライムと聞いて、この弱々しいテントの壁面を指で押したりしている。
こんなテント、強度には期待できない。
そう、たまーにスライムはわたくしの小屋の中まで入ってくることがある。
朝起きてベッドの横にスライムがいたときは、自分の体の一部が溶けていないかと半分パニックになったものだ。
スライムは一般的にザコキャラっぽい扱いでもあるが……ジャンが言うとおり、顔に張り付かれたら体内に侵入しようとしたり、そのまま窒息させようとしてくるらしくて、地上でも探索・野宿中に警戒するべきモンスターとして名を挙げられているらしい。
しかし、奴らも覇者のオーラというか……そういう君主を感じ取る力があるのか、魔王城に侵入しない。
離れに住んでいるわたくしの側には来る。
だから多分ジャンとエリクの所にも来る。
最悪わたくし達はスライムにのっかられて、窒息か溶かされて死ぬ。スラ死。
略称が最悪ね。
「……早急に結界的な防御が必要だと思われますわね」
「結界石の作成を急ぎましょう……そこそこ難度がありますから、わたしが作ります。魔界にはオズさんからいただいた釜がありますよね」
「レト王子の部屋に置かれているはずですわ。日々錬金術を学んでいらっしゃるようです……けれど魔界と地上で、同条件でも合成差があるのはあなたもご存じでしょう?」
わたくしの研究資料――という名の合成早引き表――は、手書きで複写してエリクにも渡してある。
彼はそれを鞄から取り出し、わたくしが渡した合成表を見つめた。
「だいたいは頭に入れましたけど……うん、魔界で『乙女の涙』と『ウェズン鉱石』を合成すれば手持ちの材料で結界石が作れそうです。問題は、こちらで作成が可能かどうかという点のみですね」
「乙女の涙なら、先日購入した物が……まだあるはずです。ウェズン鉱石は先ほど購入しましたわね」
エリクがテシュトであれこれと鉱石を購入するので、人の金で買う合成材料は最高だろうなと思っていたが、ここで『買っといて良かった!』になるのだから、わたくしも相当手のひら返しが早いというものだ。
もはや何を話しているか分からないし、錬金術も興味無いといった感じでジャンは口を挟まない。
ごろりとその場に横になっては起き上がり、厚手のブランケットを敷き直し、寝床の準備にいそしんでいる。
「おや、この施設は楽しそうだな。俺も混ぜてくれないか」
家族のだんらんを終えたらしいレト王子が、テントの外布……(ドアでいいのだろうか)を捲って、顔を覗かせた。
いそいそと入り込むと、ジャンから先に靴を脱げと言われたので、靴紐を解いている。
「そうだわ、エリク。わたくし先日『粘体』で凝固剤を作りましたの。これをアレに使って、残りを砂とクズ石を混ぜてレンガにしようと思います」
粘体は、ディルスターでスライムを狩りまくっていたときのドロップ素材だ。
量を見せてくださいというので、自分の鞄から大きめの瓶を出すと、足りませんねと即座にダメ出しを食らう。
「まず、アレを作るんだよね? じゃあその三倍持ってきてよ。なんなの? 全部小さいので良いの?」
「うう……スライム退治一緒にやってくださる? ジャン……」
「あぁん? なんでスライム倒すんだ? 熟練度上げんのか?」
「それもありますけど、合成の材料が足りないのです」
「スライムなんか倒すの、レトに頼んで広範囲に電撃かましてもらえばいいだろ。斬って、移動しちゃまた剣で斬って、なんて作業めんどくせえよ。疲れるっての」
戦闘おまかせモードとか、現実にはないもんね。そうよね。
「魔界のスライムは俺が呼べばきちんと来るぞ。何か必要なら、申し訳ないが犠牲になって貰う旨を伝えれば分かってくれると思う。食べる以外に呼んだことがないが、分かってくれると思う」
「は? スライムって話しできんのか?」
「頭に直接語りかけてくるというか……少なくとも、俺は話し合って、スライムが良いよというので食べていた」
衝撃的な内容に、わたくしたち人間は言葉が出ない。
マジかよ……そういうこと早く教えてよ。
スライム、問答無用に殺して食べてたわけじゃないのか……説得して、互いに理解と納得の上か……。
レト王子が『君の全身を食べたい』というと、スライムが『いいよ王子! 食べて!』ってなってたのか……なんて慈愛に満ちあふれ、器が広いスライムなの……魔界の母だよ、きみたちは。
「と、とりあえず、広範囲魔法で倒すにしても……実験がてら爆弾を使ってみるのも良いかもしれませんわね」
「ええ。どのみち作る予定でしたから……ああ、では並行作業としてやっていけば良いでしょう」
「爆弾って……それ使って何作るんだよ」
怪しみ始めるジャンに、わたくしとエリクは『畑』『粘体』と言った。