【悪役令嬢がリメイク版で敵側のヒロインに昇格したのに、恋愛どころじゃないんですけど!/35話】


「……わたくしたちを差し出すというなら、あなたには金貨10枚……しばらくは好きに暮らせる程度の金銭のみが転がってくる。うまくすればウィリアム家でたまに使われる程度の見返りでしょうね。カルカテルラという一族が、そんなことでよろしいの? わたくしたちを引き渡すというなら、あなたが剣士として活き活き輝ける場所と機会が……永久に失われる。それだけは断言致します」



 剣士を脳筋、だと軽視しているわけではない。

 けれど、ジャンはなかなか頭が良さそうだ。



 どんな局面でも命を懸けたやり取りで暮らしてきたであろうジャンには、平和ボケして過ごしてきた人間が、ちょっと頭を使って考えるくだらないこと……ハッタリだとかも嗅ぎ取れるらしい。


「ほぉ? お嬢ちゃんが、おれに刺激的で楽しいことを与えてくれるとでも?」


 実際、ほら。わたくしの提案など、こうしてせせら笑っている。


「ええ、もちろんですわ」

 ジャンの試すような口調に、当たり前だとはっきり言い放つ。


「三人ぶんの命を見逃していただけるなら金貨10枚くらい安いものです。今ここできっちり払ってさし上げてもよろしくてよ」


「ふ……。頑張ったが、答えとしては弱すぎるぜ。おれが活き活きできる? それは具体的になんだ、と聞いてるんだぜ?」


 それがお前に理解できるのか? という口ぶりだ。



 そんな重たいことを12歳の小娘に求めないでいただきたいが、ここは相手との交渉なのだ。

 うまくいけばいいのだけれど……じゃなくて、うまくやるしかない。


「考えてもごらんなさいな。わたくしは魔王と王子に付き従う【魔導の娘】です。敵は――魔界を滅さんと向かってくる全員なのですよ。戦乙女の名の(もと)に、フォールズ王国中……いえ、大陸……もしかすると世界中から己の腕に覚えのある者が、大義の名目でわたくしたちを平然と殺そうとするのです」



 無印版はアリアンヌの仲間に……クリフ王子、宰相の息子マクシミリアン、生徒会長イヴァン、同級生のクィンシー、転校生のガイハと出てくる。


 そう。このガイハが強い剣士だったわけよ。



 素早さは最速だし、クリティカルいっぱい出してさ。

 なんかアンニュイで、そういう雰囲気がかっこいいわけよ。



 だから剣士がいないとわたくしたちは自衛も満足に出来ないし、戦乙女と対峙することになったら、ガイハに惨殺されてしまうだろう。



 あーあ。あちこちにバッドエンドの片鱗がある。


 いつでもどこでも気の休まる暇が無いものだ。


 まあ、そういう戦乙女陣営のこともわたくしは()っている……無印版知識で、だけど。



「……きっと戦乙女の側には凄腕の剣士もいることでしょう。もしあなたが戦乙女と共に駆り出されるとして。わたくしたちのような手応えのない存在を殲滅する『作業』は楽しめるでしょうか? 多勢に無勢、戦力にも格段に差があるなら、結果は火を見るより明らかでしかありませんでしょう。ですが……『逆』ならどうかしら?」

 一度言葉を切って、ジャンの反応を伺う。



 じっとわたくしの話を聞いてくれているようだ。


 こうしている間にジャンの脳内では、有利不利や心の機微など様々な計算が行われていることだろう。


 人を(もっ)て言を廃せず、とはこういうことかしら。



 あともう一押し、ジャン的にガツンとくるワードを考えたいところ。

 がんばれ、わたくし……! 魔界の未来がかかっているのよ!



「ジャンニ・カルカテルラ。もしもあなたがわたくしたちと共に在るのなら。凄腕の剣士と対峙する機会も、四方を敵に囲まれた中から活路を見いだす場所も、レト王子やわたくしという主を護る剣士としての役目も……戦地があなたの死に場所になるという、望む全てを得ることが出来るのです!」

 そこで、わたくしはジャンに向き直りながら勢いよく手のひらを差し出す。



「――あなたに向けられる、ひりつくような殺意、命を奪おうと振られる剣。そんなぎりぎりの場面で、あなたを満たす血の臭い、生への渇望、死の甘美な(いざな)いを……わたくしたち以外、最高の場を提供できようはずがありませんわ!」



 ちょっと説得というより演説っぽくなってしまった気がするが、言うべき事は言えた、と思う。


 ジャンはわたくしから視線を外し、レト王子に『あんたは何か言うことあるのか』と急に振ってきた。


 まずい、わたくしの演説は効果無かった感じ……!?


「……こんな没落した王家が何を、と鼻で笑われることだが」

 わたくしの心配をよそに……レト王子は表情を変えずに話し始めた。



「俺は……金じゃなく信頼で繋がる絆が欲しいと、広い魔界の荒野を見たときにそう思った。どんなことであろうと……お前が俺たちを失って、少しでも損をしたと思えるなら、それはありがたい機会だと思う。そして、俺はジャンニという人物を……きちんと知りたいと思う」


 その言葉は、レト王子らしい素直な気持ちそのままだった。


 ああ、わたくしの演説よりよっぽど浄化される……。


「……ふん、正気か? あんた、お人好しすぎると早死にすることになるぜ」


「その方々は好奇心旺盛で、素直で、お人好しで。人の忠告をあまり聞かないのです。そのくせ無謀でね……何度叱っても懲りないと思いますよ。その原動力はなんなのでしょうね」

 これだから目が離せないので困りますとエリクも口を出してきた。



 このツンデレこそなんなのよ。


 親に対して感情も湧かないとかいってたから、そういう情の繋がりが薄いかと思いきや、面倒見良すぎか。どっちがお人好しなんだ。



 こういうレト王子とエリクの口添えのお陰か……。


「魔界はバカばっか集まってんのかよ」

 とジャンは悪態をつき、諦めたように肩をすくめた。




「――……ビビらせて悪かったな。芝居を打ったわけでもねえが、ウィリアムに持っていくのはヤメにしとくわ」

「え……ほ、本当ですか!?」

 引き下がってくれた事を驚くわたくし達に、ジャンはしょうがねえだろと言いながら自分の方へ椅子を引き寄せて座る。


「どっちみちあんたら、多分余計なことしてすぐ捕まるんだからな。あっけなく死なれてもつまらない。それに、ヒリつく殺意と剣を向けられるってんなら興奮する。おれにそんなもんを向けたら殺してくださいってことだろうからな……強ければ強いほど殺し甲斐もあるってもんだ」


 物騒すぎることを言いながら不遜な笑みを浮かべている。



 ドーナツ無双でもする気なのか。だけど、敵じゃないなら心強い。

「では、ジャンは……わたくしたちと一緒に来てくださるのですか……?」

「条件次第だな」


「どんな条件でしょうか」

 ちょっと耳斬らせろとかじゃないだろうか。大丈夫かな。


 怖々尋ねると、先ほど提示した金貨10枚は結局支払うべしという。

 それは払えるからいいけど。



……毎回大金支払うたびに思うけど、魔界の水がハルさんに卸す一本のお値段、3万1000ゴールドなのよ。


 わたくしの命もエリクの生活も、格段に魔界のお水より価値が下がる。



 錬金術って本当に凄いなと思いながら、命の価値というものに疑問を感じる。


 金貨10枚ということなので、素直に金貨でお代を支払うと、ジャンはつまらなそうにそれを見る。


「……本当に金貨なんて使い勝手の悪い、たいそうなモンをお持ちで」

「ごめんあそばせぇ? あまり持ち合わせがございませんの~」

 おほほとお嬢様っぽい仕草をするわたくし。


 もちろんわざと金貨で支払った。銀貨はわたくしたちだって使う。


 それに、金貨なんて持っていても、錬金術の買い物以外でほとんど使わないし。


「チッ……仕方ねぇか……」

 ぶつぶつ言いながらも、お金は財布に入れて懐にしまっていた。


 大金ですから、落としたりスリに遭わないよう気をつけてくださいませね。



「んで、もう一つだが」

……まだ条件があるのか。欲張りさんだな。


「おれを魔界、とかいうとこに住まわせること。傭兵の衣食住管理も主の基本だからそこも頼むぜ」

「そんな基本ありましたかしら……」


「あ、そ。イヤだってんなら――」「わ……わかりましたわよ! ただし当分の間は、寝袋とかテントで寝泊まりさせますからね!」



「……四六時中一緒ということになるんだな……」

 淡々としたレト王子の声が怖い。


 くそっ。また死亡フラグが。



「――待ってください」

 そこに割り込んできてくれるエリク。

 おお、エリク……やっぱりおかしいって思うよね? よかった、真面目な人が――。



「ずるいです。わたしも一緒に行きます」

「なに……?」

「えっ……?」

 自分も行くと不満を口にしたエリクに、わたくしもレト王子も驚いてしまった。



「ディルスターの家はわたしのものなので置いておきますが、以前一度魔界を見たいとリリーさんたちに言いましたよね。そのときは人間はだめだと断られました。なのに、ジャンは住むからといったら、こうもあっさり許可される。個人的に納得がいきません」


 くっ、確かに……。それはエリクにとって度し難いことだろう。



「だから、わたしもご一緒します。いいよね? 返事は肯定しかないからね?」

 結局イヤだと言うことも出来ず、頷く(しかない)わけだが……。


「ありがとう。わたしも充分、役に立てると思います」

 念願叶ったエリクは嬉しそうな笑顔を向けてくれた。


 この人が、こんなまぶしい素直な笑顔を見せたのは初めてな気がする。


 貴重な機会だというのに、こんな形で見ることになるとは……。



「大丈夫ですよ、落ち込むことはありません。()()に使う術式用の媒体と札、全種類完了しましたから。動作の調整もしたいんですよ」


「――!! それは凄く嬉しいです!! ええ、ぜひ魔界に行きましょう。すぐに取りかかった方がよろしいですもの!」


 エリクに掴みかからん勢いで駆け寄ると、わたくしは彼の手を取って上下にぶんぶんと振り、感謝の意を示した。


 エリクは頷き、ジャンは意味も分からず首を傾げ、レト王子はじっとわたくしを見つめている。



「……それじゃあ、帰るのなら鞄を取ってくる。少し待っててくれ」


 レト王子が鞄を取りに部屋を出ると、そういえばとジャンはわたくしを見た。



 その目は若干……いや、かなり冷たい。


 わたくし、ブッ殺スイッチオンさせた覚えはない。


「あのな……あんた、あいつに好かれてる自覚がなさ過ぎだぜ」

「ああ、それはわたしも思いました……」

 エリクまで突然参戦してきた。


「……えっ? なんでここでレト王子が出てくるんですか?」


 なにこれ。なんでわたくし責められてるの?


「いや、レト王子のことは好きですよ? でも今魔界はそれどころじゃ……」

「……彼は愛情や絆を渇望しているというのに、共に情を育んでいると思っている相手は、自分を友達に毛が生えた程度にしか感じていないのだから……見ていられませんね……」


 普段他者に興味ないくせに、妙にレト王子を理解しているエリクの言葉が辛い。



「まぁ……いいけどよ。相手は王族だし、真剣にその辺考えてるかもしれねえから、そういうことに一番近い立ち位置ってのは……自覚しておけよ」

 急にリアルな話になってるし。


 わたくしがあわあわ焦っていると、レト王子がやってきて、怪訝そうな顔をした。

「何の話を?」


「漠然とした未来の、もしも話さ……んじゃ、魔界とやらに行こうぜ」

 といって、ジャンはわたくしの進路話を――無情に切った。




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こめんと

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