【悪役令嬢がリメイク版で敵側のヒロインに昇格したのに、恋愛どころじゃないんですけど!/34話】


「……あなたを正式に雇うとしたら、お代はどのくらい出せばよろしいのかしら?」


「あ? 今は仮契約って事かよ。随分つれない事言うじゃねぇか」

 乾いた笑いを浮かべ、ジャンはいつも通りの口調でありながらわたくしを睥睨する。


 そんな獰猛な顔をされるとちょっと怖い。


 次のドーナツにならないよう気をつけたい。



「だって、わたくしたちは満足な契約確認も無い状態で、人さらいから護って頂いたでしょう? そのお代を先に支払わないと。それから雇用契約を結ぶには遅くないでしょう?」


「なるほどね……そういうことなら」

 ジャンは掌をわたくしに向け、金貨10枚、と言った。


「ガラの悪い連中と、王家からあんたを護らないといけねぇんだろ」


 室内には非常に強い緊張が走り、しん……と静まりかえる。


 傭兵の相場をわたくしは知らない。でも……。


 普通なら無理だと思う。金貨10枚だぞ。


 銀貨なら100枚、銅貨は1万枚、ということだ。

 一般の人がすぐ払えるような金額ではない。



「…………ご冗談でしょう?」

「無理な金額は吹っ掛けねえ、と言ったぜ。目的の物(ミスリル)は買えなかったようだから、それくらい出せる用意(もちあわせ)はあるだろ?」


……よく気付いたな。確かにミスリルは買えなかったから、全然支払えるくらいの額だ。


「支払えないと言ったら?」

「そうだな。ウィリアムってとこに持っていくか……安心しな、あんたも一緒が良いだろ?」

 レト王子はキッとジャンを睨み、そんなことをさせるものかと立ち上がる。


「無駄な抵抗はやめておけよ。あんたらが何かするより早く、おれは全員を斬り裂くことが出来る。その上で何かしようってんなら……面白いな。ぜひやってみせてくれ」


 にたり、という擬音語が似合う笑みを見せ、ジャンは剣の柄を再び指で叩きながらレト王子をじっと見つめる。


 あの仕草は、敵の緊張を促すのだろうか。

 砂漠の蛇が尻尾をガラガラ鳴らして威嚇するのと同じようなものか。


「――あんた、おれがあの雇われ共と剣を交えるとき、お嬢ちゃん抱えて後ろに下がったな。最初から警戒してたんだろ? あいつらと手を組んでいるかも、その上で裏切って利益をせしめるかも……って」


 聞いているような口調だが、相手の返事を待っているわけではないらしい。


 判ってんだよそれくらい、と言いながら、ジャンが壁から背を離す。



「来るな……!」

 レト王子はわたくしを背に庇うようにして、近づこうとするジャンを牽制した。


 ここで剣を抜かなかったのは正しかったかもしれない。


 しかし、牙も生えそろっていないような子猫と、狙った獲物は逃がさない鷹が出会ってしまったようなものだ。震える子猫の抵抗より、アリのひと噛みのほうが痛かろう。


「ジャンニ、冗談なら止めてください!」

 退けよ、と冷たい声音を発してジャンは間に入ったエリクをも睨み付ける。


 その冷たいまでに研ぎ澄まされた殺気が、エリクを一瞬怯ませた。


……ヒョロッとしていてさして広くもない背中……それでいて、とても大きな存在でもあるエリク。


 戦闘は力になれないと言っていたくせに。

 こうしてわたくしたちの前で退く気配がない。



「エリク……! 下がるのです!」

「バカ言うな。そんなこと出来るわけないでしょう」


 この状態でそんなことをする『その覚悟』がどういうものなのか、そんなこともわからぬほどわたくしたちはバカではない。


「……おれと戦おうってんなら別に構わねぇが、ここで死ぬのあんただけだぜ」

「彼女たちはわたしの……弟子みたいな存在でもあり、仲間だ。むざむざ死なせるわけにいかない」


 エリク……! あなた、なんという愛他性のある人だったの……。


 あなたは今まで仕方なくわたくしたちと行動を共にしていた、ツンデレゴボウだと思っていましたが、わたくしたちをそんな風に思って見てくれていたのですね……静かに感動してしまった……。



 わたくしだって連れ去られたり死にたくない。

 当然交渉するに決まっている。


「ジャン。あなたは金貨10枚支払って貰うために、人を殺してでも王都までわたくしたちを連れて行くのですか? 本当に支払われるかの確証もなく、口封じされる可能性もあるというのに、ご苦労なことですね」


「的確な仕事をするやつに払う金がないなら、そいつらを殺すから問題ないな」


 万事解決だ、というそんな言い方をされても、何がどう『問題ない』のかさっぱりわからない。

 相手は騎士団長だぞ。ジャンがどれほど強いかは知らないが、ジャンも死んじゃうぞ。



 バカじゃないのに時折『ブッ(コロ)スイッチ』が入ってしまう、ジャンの思考理論はどうなっているのだろう。気に入らないとスイッチが入る直列回路なのか?



「わたくしたち三人が一斉に襲いかかっていったとしても、あなたに絶対勝てません。それは、ここにいる誰もが判っているでしょう。悔しいけれど実力の差は明らかですから、勝てる算段が全くありませんもの」


「そうだな。ちゃんと判ってるなら――」


「……ですが、レト王子とエリクの二人に……手を触れることも危害を加えることも許しません。その代わり、わたくしは大人しく致します。王都に連れて行けば……ウィリアム家から代金が手に入るのですから、全てよろしいのでしょう?」


 言葉通りに聞くとすれば、わたくしは自分の捕獲を容認し、他の二人に手を出さないで欲しいと言ったように聞こえるはずだ。


 しかし、わたくしの語りにジャンが疑問を感じたらしく……動きを止める。



「わかりきったことを今更口に出さす必要は無いな。何が言いたい?」


 やはりこの男……やばみある性格だけではないのだ。

 言葉の裏もきちんと嗅ぎ分けようとしている。




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こめんと

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