【悪役令嬢がリメイク版で敵側のヒロインに昇格したのに、恋愛どころじゃないんですけど!/33話】


 わたくしたちが隣の部屋に入ってくると、エリクとジャンは既に椅子に座ってくつろいでいて、姿を見せたレト王子をじっと眺めている。


 というか、一挙手一投足を見守っていた。


「……なん、だ?」

「別に。なーんも無ェよ?」

 そうは言っても、はたから見ているわたくしにも何か変だなという違和感はあったのだから、レト王子本人にとっても、何かおかしいと感じるに違いない。


 そして、空いている椅子に座るレト王子の頭を、二人で撫でまくる。


 真面目な顔をした男二人に頭を撫でられるという、身代わり地蔵か何かのような状態になってしまったレト王子は――その手を振り払った。


「やめろっ……!」

「ああ、つい……すみません」


 仲が良くなったのかなと思いながら、わたくしが椅子に座ると……年長さん二人の視線がちょっと鋭く刺さる。


「……なん、ですの……?」

「…………別にィ?」


 なんかやりづらい。



 彼らが呼びに来るまでの間に、一体どうしたというのか……と考え、わたくしは気がついた。



 妙にタイミング良くドアがノックされたことに。


 バンッと机に手をついて、挑むようにジャンの顔を正面から睨み付ける。


「――盗み聞きとは、信頼関係の構築とお代の査定に響きましてよ?」

「……なんの事か、わっかんねェけど……こういうところで防音措置もせず、重大な話と色恋の話をするのはどうかと思うぜ? だって……聞かれたら恥ずかしいもんな?」


 こいつ……。


 視線を逸らさずにわたくしを見返してくるが、それを『した』とも『していない』ともあえて……言わないのだ。


 しかも、この言い方……ばっちり聞いてやがるわ。



「たっ……、頼もしい限りですこと」

「どうも」

 もちろん嫌味だけど、それを理解しつつジャンは皮肉を受け取る。



 レト王子は、先ほどのことを思い出したのか――聞かれていたというのが恥ずかしいのか、また顔を赤くしていて、エリクに頭を撫でられていた。


「そんで? これからどうしようってんだ?」

 ジャンは席を立つと、戸口へと移動しながらわたくしたちに方針を尋ねる。


「誰か、防音処理はできるか?」

 内緒話するんだろ、といってわたくしたちの顔を順に見つめる。


「やってみよう」

 レト王子が風の精霊に、音が外部に流れないよう遮断する結界を張って貰う。いろいろな魔法があるのねえ。


 薄い緑色の膜のようなものが、部屋全体を包み込んで――消えた。



「これでいいはず……魔術書を読んでから使ってみるのは初めてだが、失敗した感じはしない。大丈夫だろう」


 空間には何も変化が無いようだったが、ジャンが一度外に出て、再び戻ってきて頷く。ちゃんと魔法が働いてるっぽい。


 扉を閉めて再び壁に背をつけるジャンを見ながら、わたくしは口を開いた。



「さて……わたくしたちの懸念について、どうやら改めてお話しすることはなさそうですわね」

 聞き耳立ててたんだからな……もう少しわたくしも早く気付くべきだった。


「それで、ジャン。レトは……実は魔界の王子なのです……あ、でも、人間と争おうという気持ちでこちらに来ているわけではありません」


 こうなっては仕方が無いので、レト王子に変身を解除しても大丈夫だと伝え、彼は自らにかけていた幻術を解除する。


 丸みを帯びていた耳先は尖り、エリクと同じような焦げ茶色に変えていた髪は元の鮮やかな赤に。瞳は魔性の輝きである金色へ戻る。


「へぇ……ちょっとは男前になるじゃねぇか。()の姿のほうが、おれは似合うと思うぜ」

「……ありがとう」


 すっかり印象が変わった姿をそうしてからかいながら、魔族であるレト王子の姿を目の当たりにした感想はそれだ。


 言い方がなんか……おっさんくさい。


 ジャンのこうした反応を見ると、特別気にしたということはなさそうだ……が、これは特殊なだけだと思う。


「――レト王子はリリーさんと一緒に魔界の復興をしようと、いろいろ材料や資金を人間達の世界で集めています。わたしとは、錬金術を教えた関係で知り合いました」


 エリクの場合は成り行きでそうなってしまったから正体を開示して、エリクも受け入れてくれたという……これも偶然というか奇跡というか……そういう感じだったけど、今となっては受け入れてくれたエリクへわたくしは大変感謝している。


「なんで人間の世界で、魔界に使うモノ集めてんだよ?」


 出た! 『魔界について:よくある質問集』を作るときに、そのうち載りそうな疑問。誰だってそこは気になると思う。



「……魔界……いや、魔王? には、資源も資金も何も無いそうなので。わたしも実際に見たわけではなくリリーさんから聞いただけなので、どれほどの惨状かは分かりません」

 エリクがわたくしの代わりにそう答えてくれた。


「……ほぼ荒野です。強風が吹き荒れ、魔王城の周囲は岩と砂とスライムだけですの。もちろんこれは誇張ではなく――事実を述べています」


「マジかよ。よく今まで生きてこれたなぁ」


 そうなのよ。ほんと、わたくしもそう思ったもの。

 もっとヒョロヒョロだったレト王子と魔王様を見せてあげたいわ……!


「とにかく今現在、土地の改良と……住居の修復材料を調達しています」

「住居? 材料調達って……石材切り出したり、レンガ取り寄せて接着するんだろ? そこから無ぇのか?」


「…………魔界には、店も、王家に従う魔族も居ない……俺たち王族は民に失望され、魔族はほぼ皆、地上に行った。食べるものもなく……何をどうして良いかすら分からず、俺が物心ついたときには、既に父上は生きる気力も無く暮らしていた。俺の声に耳を傾ける機会もほぼ……なかった。リリーはわかるだろう。ずっとベッドから出てこなかった父上の姿を」



 最初に見たあの状態か。あれが14年……想像を絶する。



「……リリーが魔導の娘と判って、つい……連れ去ってしまった。そして、リリーは自ら進んで協力してくれて。俺と父上は心身共に救われたんだ。戦乙女が地上を救うなら、リリーは魔界を救う存在だ」


「あの、レト王子、よろしいでしょうか」


「…………なに?」

 その僅かな間に『レトでいいよ』が含まれているようだ。


 わたくしの思い違いならそれでいい。


「どのようにして……レト王子は、わたくしを【魔導の娘】だと知り得たのですか? 歴史書も魔術書もほぼないのでしょう?」


「ああ……リリーを閉じ込めた部屋に、本がいくつかあっただろう? それらに、名称と存在は記されている」


 おお、あのわたくしが魔界で目覚めた部屋のことね。

 確かに本棚もあった。


「――あら? あの本全部に記してあったということ……ですか」

「そうだよ。魔界の王族ならば分かるはずだと。だから、もし……その奇跡のような【魔導の娘】が俺に分かるなら……と、半信半疑だったが探していた。それが……リリーだ。気配を感じたときは信じられなかった。でも、会って分かった。嬉しくて泣きそうだった」


 なんという……【魔導の娘】への愛の重さ。


 先ほどの説得、だいぶ間違えた気がする。

 魔王様の期待に応えたい、じゃなくて、魔導の娘フィルターがかかっているから好きなのでは?


「違うよリリー……【魔導の娘】だからってだけじゃない、よ……?」

 わたくしの心を読んだように、レト王子は首を横に振る。



 やめて、そんなとろけるデレ顔をわたくしに向けてはいけない!!


 先ほどの可愛さが想起(リプレイ)されてしまうので、わたくしは手の甲に爪を立ててニヤつくのを堪える。


 レト王子の熱弁に、ジャンですら何かを耐えるように難しい顔をし、眉間を押さえた。


「……マジか……そりゃ、ちょこちょこっと親身になったら入れ込むわな……本人は見返りを求めないんだから詐欺より手口が悪いぜ……かわいそうに……」



 んん~? 『かわいそう』なのは誰のこと言っているのかな、ジャンさん?



 確かにレト王子の不憫さは常軌を逸するのだ。


 スライム食べてた過去話から、最近焼きたてのパン食べて親子で喜んでた話なんてしたら、エリクもジャンも泣くかもしれない。


 いや、さすがにそれはないか……。



「とにかく、まあいろいろあって……わたくしはクリフ王子と一悶着――」「いや、待て。その『いろいろ』ってなんだよ?」


 すかさず反応して、ジャンがわたくしの話を途中で遮ってくる。

 おっと、そこに目をつけてきたか……『いろいろ』でサッと流したいのに。


「クリフ王子がリリーの婚約者らしい。しかし、リリーを俺が連れ去った際に魔物を操っていると誤解されて破談してほしいと伯爵から国王に要望があったそうだ。まだ破棄してない」

「おぉ……なにそれ。楽しそうな泥沼だな」


「あなたが思っているような話じゃないのです。ある日目覚めたら、記憶喪失になって……教養も家族の顔も全て忘れたので、騒いでいたら……父がわたくしを別荘に追いやって、わたくしという存在は消えたのですわ」

 そこから――結局全部話してしまった。



 隠そうとするとジャンがすかさず『そこは詳しく』とか口を挟んでくるんだもの!



「なるほどな。おおよその事情は把握したぜ」

「おおよそ、というより全部包み隠さず教えましたわよ? 意外と知りたがりさんですのね……では、今度はわたくしたちの質問にお答えくださらない?」


 何度目かの茶を淹れなおして皆の前に置くと、わたくしは辟易しながらジャンのほうを向いた。


「何が聞きたいんだ?」

「カルカテルラとは……いわゆる優れた剣士を多く輩出した一族……という、大まかな把握でよろしいでしょうか」


「そうだな。血族じゃないのもたまに居たが、否定はしねえ」



「では――……先ほどの男達が言っていましたけれど、カルカテルラ一族は……あなただけなのですか?」

 すると、ジャンは一瞬だけ苦しげに顔を歪める。



「あいつらの情報が正しいとは限らねえだろ」

「ええ。わたくしたちは、あなたがたの一族の事を全く存じ上げません。どちらが嘘をついていようが、真実を述べていようが構わないのですけれど。ああいう方々には有名な話のようでしたので、わたくしのことを根掘り葉掘り聞いたお返しに尋ねようとしただけです。言いたくないのでしたら、質問は止めます」


 人さらいモブおじさんたちが『あの家の奴はもう――……』とか『あの一家の生き残りがまだいるって聞いたぜ』という情報を呟いて動揺していたのだ。


 カルカテルラ一族が、なにかに巻き込まれて大多数を(うしな)ったとみるべきだろう。



 それに、ジャンは(人のことは面白がって聞いてきたくせに)自分のことは話したがらない。


 自分に関係の無いことを無理矢理聞き出そうとするのも好みではないし、わたくしは質問を変えた。


「――わたくしたちは護衛となる人物を欲していました。護って頂いたこともありますし、あなたと込み入った話もしたいと思います。お代や条件など」

 具体的な話をこちらが提示する姿勢を取ると――ジャンは一度、ゆっくり目を伏せて頷いた。




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こめんと

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