【悪役令嬢がリメイク版で敵側のヒロインに昇格したのに、恋愛どころじゃないんですけど!/32話】


 わたくしと手を握りあった状態のまま、レト王子は優しげに微笑む。



 なんか……うまく言えないけど……いつもと雰囲気というかムードというか、そういうのがちょっと違うような……。



「……ひとつ、教えて」

「はい?」


「リリーはどうして……クリフォードや戦乙女と争ってでも俺たちを守ろうとするんだ? いや、どんな感情があって……といえば良い、のかな……?」



 えっ、そんなきわどい質問するの?


 レト王子が頬を赤らめ、期待の眼差しでこちらを見ている。



 そんな可愛い顔をして見つめられると、なんだかわたくしもドキドキして発汗作用が促されてしまう。お風呂の効能に違いない。



 レト王子はかわいくてカッコイイし、リリーティアお嬢様という存在と合わせるなら、大勝利の公式カップリング……であろうと思う。


 わたくしが魔王様だったり、ただの乙女ゲープレイヤーであれば、今日はもはや赤飯を炊くレベルで喜び、SNSで『レトリリ最高……(顔文字)沼落ちた(顔文字連打)』と呟きまくり、フォロワーがガサーッと減るくらいハイテンションなプレゼンもできたはずだ。



 わたくしは、リリーティアとして生きている。けれど。



――本当にここで生きていいのだろうか。



 そう何度か考えた。


 ヒョロゴボウの親子を見捨てたら飢え死にしそうだからとか、国が傾きすぎて見ていられないとか……要するに『彼らが不憫だったから情を傾けた』という状況から今に至る。


 自分のことを好意的に見て、温かく接してくれる魔王様やレト王子とふれ合っていくうちに……わたくしは『自分が彼らを幸せにしたい』と思うようになった。


 魔導の娘だから、という肩書きではなく……わたくし自身の感情というものに、もっと目を向けなくていいのか? そんなふうに最近は考える。



……かといってですね、今、こう迫られましても。違うんじゃないかなとは思うんですよ。


 だって、彼の望むような……ラブが込められた返事はしてあげられない。


 なんとなく距離感が近すぎたせいか、女の子というものに初めて触れた純粋なレト王子(14歳)をたぶらかしてしまったように思えるのだ。



 わたくしがどう答えようか迷っていると、レト王子が『教えて』と再び言葉を重ね、わたくしの手の甲へ――……なんと、口づけを落とした。


 それは、それはだめですわよ。14歳でそんな色男技術(テク)を使っちゃだめでしょう。



 彼は思春期真っ盛りだ(と思われる)ので、感情にまかせてそんなことをしては、後で思い出して恥ずかしさに身もだえしてしまうぞ。



 たとえ没落しても、周りに女性がいなくとも。

 彼はれっきとした王子であり、こうしてイケメンの片鱗が既に見えている。


 五年後もこんなことされたら多分わたくしは心臓発作で死ぬ。すでにドキドキしすぎて不整脈だ。


 いや……わたくしがただ考えすぎなのかもしれない。



『たぶらかしている』と言ったが、レト王子から見れば……リリーティアとは魔界を導く存在でありながら、凄く、凄く可愛い12歳の少女。


 年相応に笑ったり怒ったりする。そのくせ、魔界で必死に頑張っているのだ。


 最初は無理矢理さらってきたことに罪悪感を抱えていたが、二人で魔界を再生しようという計画を掲げ……一緒に過ごすことも増え、だんだん互いの為人(ひととなり)を知り、好意的に感じて意識するようになっていった……なんだ、こうして考えると二人の設定は最高か??



 普通にレト王子は思春期の男の子してるし、彼を止めるのに何が問題だというのだ。逆に止めたら不健全では。


「リリー……意地悪しないでくれないか……?」



 はいっ、催促入りました。


 違うのです。焦らしプレイをしているわけではないのです。



 まずい……レト王子を止める理由がない……推しに好かれる身に余るお気持ち。


 普通にわたくしのようなイモガキなど、落とされてしまいそうだ。



「……レト、おうじ」

「なに? ずっとレトで呼んで貰ってもいいよ……?」

 そんなうっとりした顔をしないで頂きたい。かわいい。萌え死ぬ。



「あー、の、もう少し、わたくしに……時間と距離感をくださらない?」

「――……えっ……?」



 信じられないという顔をし、レト王子の手がびくりと震える。


 予想外のことに多大なショックを受けてしまわれたようだ。


「わたくしは恋愛をしている場合ではありませんから……もっと魔界に携わっていたいのです」

「その……り、ゆう……を、教えてくれない、か」

 レト王子の声が、握った手が。震えておられる。



……これ、魔王様の耳に入ったらわたくしは死なされる。



 そういえば、わたくし魔界に戻ったらジャンのことで死ぬかもしれないんだった。忘れてた。

『かも』じゃなくて『確定』になるだけだわ。



 死ぬ前にちゃんと言っておこう。


「レト王子が望むようなお答えは……今のわたくしには出せません……」

「…………」


「……レト王子は、お優しいから……魔王様の、わたくしとレト王子が親密になって欲しいというお気持ちに沿いたいとも思っていらっしゃると思うのです。ですが……それは命令ではありません。それに惑わされず、レト王子のお心に問い、正直になってもらいたい」


「――違う。誤解しないで、リリー。俺は決して、父上がそうお望みになっているからリリーを好いているのではない!」

 目を大きく開き、信じて、と悲しげにわたくしを見つめるレト王子。


 うぐぐ……なんという罪悪感。

 わたくしだって、あなたにこんな意地悪したいわけではないのです……!



「とにかく……わたくしは今、レト王子のお心を受け取ることが……できません。レト王子にもいつか……もしかすると運命の女性というものが現れるかもしれない。そう思うと少し心が痛みますが、ゆっくりでいい、自分の感情と向き合って欲しいのです」


 レト王子とアリアンヌが恋仲になったら魔界の実情的に許すことができない自信はあるが、その時はわたくしも修行僧のように感情を冷静に保つ努力はする。


 むしろ魔界でやること終わったら出家するから……。



 レト王子は唇を噛んで、わたくしの手の上に空いていた手を乗せると、俯いた。


 罪悪感しかない。お詫びに死ぬしかない。



「…………ごめん、もう一つだけ聞かせて欲しい」

 うわ、非常にテンションだだ下がりの声だ。


「は、はい……」

 何言われるのか怖い。



「あのクリフォードとかいうやつが、リリーの婚約者だと言っていたから……俺も気持ちが焦ってしまったけれど、リリーはあいつのこと……まだ好き、か?」


 は?


「……はあぁ? わたくし、あの男と結婚するくらいだったら、あのおキレイな顔をブン殴ってから……いや、ブン殴って顔に落書きして、樽に押し込んで階段の一番上から転がします。わたくしはその後、身を投げてでも、剣で胸を刺してでも、なんとかして死にますし、クリフ王子なんかを尊いレト王子と同じ目線に並べて欲しくないのですけれど?? 前提として誤解があるようですが、そもそもクリフ王子、別に好きじゃないですけど??」


 推しとの解釈違いがつらい……、そもそも事実無根なので、早口でまくし立ててしまった。


「えっ?」

 好きじゃないのか、という顔をしてわたくしを見る。全く違うわ。失礼な。


 ただ、クリフ王子はピュアラバ先生にメイン攻略キャラとして据えられてるだけだわ。



「結婚するならレト王子に決まっているでしょう。クリフ王子とは比べるまでもない事ですから、比較に出さないでくださらない? レト王子の魅力の足下にも及びませんわ!」


 どちらかというなら、という真面目な意見を出したつもりだったのに、レト王子がカァッという擬音語でもつきそうなくらい頬を赤らめた。


「あっ……、えっ……。そういう、意味なのか……!」



 なんだ?? どうしたの??



「っ……初めからそこまで考えていたから断られたのか。変な勘ぐりをして悪かった……女性に大変……恥をかかせて……」


 レト王子が顔を押さえて、だめだ、とか、俺はこんなに慕われていたのか、嬉しい……なんて言い始めている。



 おや? レト王子のようすが……?

 なんかおかしくないかな? 変異を止めるキャンセルボタンはどこなんだ?



 なんかわたくしにはレト王子がすっごいキラキラして見えるんだけど、まさかコレは好感度スチルイベントだったんじゃ……? マズった?



「……レト王子……あの、大丈夫――じゃなさそうです、よね?」

「あ……ああ、ごめん、今、リリーの顔見られな……俺、みっともない顔しているんだろうな……」

 腕で真っ赤な顔を隠すように押さえ、こちらを見つめる瞳を熱っぽく潤ませている。



 いくらなんでもわたくしだって【こういう状態】が、どういうことなのか分からないようなドニブのイモガキではない。


 まあ今後あちこちにバッドエンドも困難もあるので確定ではないにしろ……。



――どうやら、彼の誤解を解くつもりが、大ごとになっちまったっぽいのである。



「レト王子。魔界に、愛だの恋だの考えている余裕なんてないのですよ?」

「あっ……そっ、そうかもしれないが、結婚は待とう、リリー……距離と時間をくれると言ったばっかりだろう」


 だめだ。変な言い方になってしまって、ますます誤解して恥ずかしがっている。


 なんでそんな飛躍した話になるの? 乙女ゲー世界だから、好感度フラグが立つと爆上げなの?


 いや、かわいいけど、だめだ……照れが、照れがわたくしにも伝播した……!



「ちがう、けっこんちがう!」

「ごめん、そうだな……聞かなかったことにしよう。それに、向こうもきちんと婚約を解消しているか分からない。だから、時が来たら必ず自分から言うから、少し待たせるかもしれないけど……あっ、恥ずかしい……ごめん、待ってくれ」


「ちがう、れとおうじ……! けっこん、ちがうのぉ……」

 言いたいことが纏まらず、わたくしの顔も熱い。


 慌てすぎてカタコトでしか話せなくなっている。


「レトでいい……よ?」

 またとろけるような笑みをこちらに向ける。



「~~~~……!」

 だめだ、キラキラのデレ顔かわいい……尊い……浄化される。


 激しい可愛さにたまりかねて、ボスッとベッドに顔を埋めた。

 萌え過ぎからくる魂の叫びを堪えて耐えていると、遠慮がちに扉が叩かれた。


「っ、だ、誰だ?」

 自分の顔をぺちぺち叩いて平常心を一秒でも早く取り戻そうとしているレト王子が、扉の向こうへ問いかける。


 わたくしもレト王子も真っ赤な顔をしているのだ。


 こんな状態で顔を見られたら、さすがに何かあったんだなと気付かれてしまう。

 どちらにしても醜態でしかないので、ドアを開けるのはやめてくれたらしい。



「おれだけど。エリクも一緒」

「あ、あぁ。今……そっちに行く」


 はいよ、という軽い口調の後、彼らの足音が遠ざかっていく。


 隣の部屋だから、移動もそんなにかからない。

「リリー、行こう」

 手を差し伸べてくれるレト王子の顔はまだ少し赤い。



「…………さっきの、聞かなかったことにしますから。互いに、忘れましょう」

「うん……わかってるよ……?」

 嬉しそうに甘い声を出すな。



「内緒だな」

 天使のような微笑みを浮かべ、唇に指を当てるレト王子。



 これ、ぜったいわかってないし。



 だめだ、言えば言うほどおかしくなる。

 気を取り直して……エリク達の所に行かなければ。

 ふーっと長い息を吐いて、わたくしは気持ちを落ち着けた。




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こめんと

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